とりあえず、夏

浅羽ふゆ

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「あれ? お祭り行かないの?」

 祭りの日。浴衣姿の妹はちょっと浮かれている。
「後で行くよ」
 と答えると自分で聞いてきたくせに、ふーん。と興味なさげに家を出ていった。
 とは言え、集合時間前に山根の家に行くので俺も準備をしなくては。
 浴衣姿の杉川さんなんてそうそう見られるもんじゃない。何だかソワソワする。
 思わず「永久保存版だな」と口に出てしまった俺の顔は酷く気持ち悪かったであろう。
 山根の家に着くと山根もやっぱりちょっと浮かれていた。お互い口に出さずとも「お前もか。そうだよな」と通じ合っていた。
 そしてそのまま、俺たちにしては珍しく早めに集合場所に向かった。浴衣と言うワードは男達を存分に狂わせる。じっとしてなんかいられなかった。
 集合時間十分前に着くとやっぱり既に杉川さん達は到着していた。
 が、知らない男と話していた。
「え?」
 と声に出たのも束の間、山根が大きな声で「お待たせー!」と二人の元へ走ると、知らない男たちはつまらなそうな顔をして消えていった。
 ナンパか。
 俺は理解して山根を追う。
 手を振る二人を見て俺はドキッとした。さっきの男達と話してたのとは明らかに違う笑顔は真実だ。
 可愛すぎる! これはナンパされるはずだ! と思った。実際、バーベキューの時に気付いたのだが森さんも実は美人だった。気づくのが遅すぎるが。
 杉川さんばっかり見てたので気づかなかったが、森さんもかなりレベルが高い。
 杉川さんはズバ抜けているが。
 浴衣の二人はその魅力が倍増していた。杉川さんは紺色の浴衣が物凄く似合っていて髪形もいつもと違うのでかなり新鮮だった。
 しばらく見とれていると杉川さんは照れくさそうに、変じゃないかな? と聞いてくるので俺は首をブンブン振る。
「似合ってる!」
「ふふ! ありがとう!」
 笑う杉川さんはやはり可愛くて今日はそれだけで良い日になりそうだった。
 四人で集まるのも久しぶりだったが、やはりこのグループは馬が合うらしく笑いが絶えない。
 いつもならやらない金魚すくいもめちゃくちゃ楽しくなるくらいで、思わず二回もやってしまう始末。
 次に山根があれやろうぜ! と指さしたのは射的。俺は内心ニヤッと笑った。
 俺と山根は射的の名人なのだ。
 ここが西部劇だったら最強のガンマンが二人もいることになる。
 それくらい自信があった。
 俺と山根はなれた手つきで銃を構える。
 どれが欲しい? と聞くと二人は色違いのストラップを指差した。

「了解」

 同時に引き金を引く。
 もちろん一発で取る。
「わー! すごい! すごい!」
 盛り上がる二人に気分も良くなり、どうせだったらと俺と山根もさっきと同じストラップをまた撃ち落とした。
 俺達は同じストラップをその場で携帯に付ける。山根は森さんと同じ色。俺は杉川さんと同じ色。
「お揃いだね!」
 ストラップをゆらゆらさせて笑う杉川さんに、俺もストラップをゆらゆらさせて笑う。
「じゃがバタ食おうぜ!」
「賛成!」
 山根が言うとみんなが声をあげた。誰かの提案に異議を唱える事が無い。馬が合うとは心地がいいものだった。
 出店の通りから少し外れたベンチに座ってじゃがバタを食べる。
「いや~、夏も終わっちまうなぁ」
 山根は祭りで盛り上がってる人々を眺めながら言った。
 その言葉になんか急に淋しくなってきた。夏休みが終わるなんて信じられなかった。
「でも今までの夏休みで一番楽しかった気がする」
 俺が呟くと山根も、それわかるわー。と続いた。
 森さんも杉川さんも口々に「最高の夏休みだったね」と言っている。
 山根が時計を見て、俺に耳打ちする。
「おい。トイレ行こうぜ」
 トイレに着くや否や山根はにやけた顔で切り出した。
「もうすぐ花火が上がるだろ? 俺は聡美ちゃんと見たいからはぐれようぜ!」
 それは望むところだったので俺は直ぐに了承。いろいろと打ち合わせをして作戦もスムーズに決まる。
「よっしゃ! んじゃ健闘を祈るって事で!」
 山根と俺はハイタッチして戻った。
 意気揚々とベンチに着くと何か様子がおかしかった。
 森さんはなんか目が赤くて、杉川さんはいつもの笑顔じゃなかった。表面的にはいつも通りなんだけど、やっぱりどこか違った。
 山根も違和感には気付いていたみたいだが気付いていないフリをして、さっきよりも明るく振る舞った。俺もそれに習って無駄に明るく振る舞う。
 おかげでさっきの空気が戻った気がしたが、それでも俺には何かが引っかかっていた。
 花火が上がるまであと一時間くらいになって、俺たちはわざと人混みをかき分けるように無理やり進んでいく。
 思惑通り山根は森さんの手を引いてどんどん進んでいく。俺と杉川さんと徐々に距離が離れていって、気づくと俺達はしっかりはぐれていた。
 とりあえず俺と杉川さんは人混みを出て丁度空いていたベンチに座り、一息着く事にした。
「はぐれちゃったねぇ」
「ふふふ! わざとでしょ?」
 杉川さんはニコッと笑って言う。
 バレてる! 上手い切り抜け方を探したが見つかる前に杉川さんは続けて口を開いた。
「でも聡美も山根君と二人になりたかっただろうし良かったかも」
 杉川さんは人混みを見据えながら少し笑った。
「もしかして森さんて……」
 と言い掛けると杉川さんは俺に振り向く。
「うん。きっと山根君もでしょ?」
 俺は逃げ場なしだなと観念した。
「その通り」
 素直に話すと杉川さんの顔がパッと明るくなる。
「やっぱり!」
 あの二人ならきっと上手く行くよ。と笑いながら何だか少し寂しそうな杉川さんをほっとけなくて、俺は気付いたら杉川さんの手を引いて「行こう」と走っていた。

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