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⑤聖女視点 おわり
しおりを挟むその後、王子は涙目で引きずって連れ出され、あれやこれやと勇者として城を出ていった。
どうやら私が召喚される前から、いつでも旅立てるようにと準備だけはされていたらしい。
私は部屋から出ていないので分からないが、メイドさん曰く意外なほどひっそりと王子は城を後にしたと言う。
王子はきっとこれから大変な旅をしてくるんだろうな。
何年かかるかも分かんないし、無事に帰ってこられるのかも分からない。
あの待っててくれって言うのは、無事を祈っていてくれって意味だったのだろうか。
だとすれば、もっとちゃんと応えれば良かったな。
ともあれ、魔王が倒されるまで私はここで待つ事になっている。
無事に王子が戻ってくる事を祈りながら、待つとしよう。
「…………ただいま戻りました」
「お、おう……おかえり……」
なお王子は一時間くらいで帰ってきた。
「……あの、早いね……?」
「はい……あの……魔王の目の前までワープしました……」
「ワープ」
「その後は、ワンパンでこう……倒せました……」
「ワンパンで」
「勇者の力ってすごいですね……」
「う、うん……よかったね……」
バツが悪そうに、何とも言えない顔で俯く王子。
私もそれを何とも言えない気分と顔で迎えながら、一応労っておいた。
もしかして国はこうなると分かっていたから盛大な見送りをしなかったのではないか。
一時間と少し前に勢い良くドア開けて勢い良く王子を引き摺って去って行ったオッサンの晴れ晴れとした笑顔が脳裏に浮かんでは消える。
もしかして記念日って脱童貞記念ではなく魔王討伐記念の方なんだろうか。
それよりも何だか虚ろな目をした王子がなんか痛々しい。
見ていてちょっとつらい。
「ま、まあ……良かったようん……怪我も無さそうで……」
「ありがとうございます……特に何をするでもなく倒せました……」
「そう……うん……おつかれ……」
「俺……今までずっと何を頑張ってきたんだろう……」
どうしようすごい可哀想。
「…………ヒノエさん」
「はい」
「ギュッてしてください……」
「良いよ……おいでよ……」
そうだよな、心が駄目になるよな。
虚ろな目で私に腕を伸ばす王子の胸に収まろうとしたが、やや逡巡した後に王子はその場に座り込んだ。
拗ねた子供みたいにちんまりと座る王子の前に膝をつき、正面から抱えるように、言われた通りにギュッとした。
背中をとんとんと叩いてやれば、少ししてから王子のすすり泣く声が聞こえる。
この言い表せない状況は、メンタルの弱い王子にはつらいだろうな、と聞こえないふりをしておいた。
くすんくすん、と心がバッキバキになった王子の泣き声。
背中に回された腕は青年と言うに相応しいものだが、私の胸で泣いているのはもはやただの子供だ。
何かこう、何か。
なんかすごいかわいそう。
王様とかどんな教育してきたの、どうやったらこんな哀しい生き物が生まれるの。
ちゃんと教えてあげてくれよ、勇者としての教育があったって事は初めてじゃないんだろこの事態。
だったら何でこんな哀しい感じになるまで放っておいたんだ。
ああもう可哀想でちょっとつらい。
今まで頑張ってきて命を落とす覚悟すらしてたのに一時間で帰ってきた王子が本当に可哀想でつらい。
そりゃ今までの苦労は何だったんだって心も目も死ぬよ。
「ヒノエさん……」
「はい」
「甘やかして下さい……」
「良いけど急にぶっ込んでくるね……」
幼児退行してる気がする王子の頭をわしわしと撫でつつ背中を軽く叩く。
ぎゅっと私に回された腕に力がこもり、胸に額を擦りつけてくる。
そういや王様は見たけどお妃様は見てないな、まあ見る機会が無かったんだけど。
もしかしたらあんまり親から愛されてないとか愛情を感じてないとかそう言うのがあるのかも知れない。
王子って立場だとそう言う事もありそうだもんな。
後々国を背負う立場とは言え、甘えたい時もあるわな。
そう思うとちょっと可愛く見えてきた。
「ヒノエさん……」
「はいはい」
と言うかこいつ完全に敬語になってるのな。
「魔王倒したから、じきに帰れると思います……」
「僥倖」
「すぐ帰りたいですよね……」
「冷蔵庫のもずくの消費期限が今日までだから帰りたいね」
「もずく」
「どうせ失職したところだし、それ以外では急ぐ必要無いけど」
「えっ……すみません……」
「いや別に」
胸から少し顔を上げて、捨てられそうな犬みたいな目で見上げてくる王子。
申し訳なさそうに眉尻を下げてる情けない表情は、イケメンがすると何ともアンバランスだ。
正直帰りたいけど長期間でなければ少しくらい問題はない。
帰るなと言われたら天の邪鬼なので即時帰宅すると思うけど。
とは言え何らかの理由があって帰れないのであれば素直に受け入れよう、もずくは惜しいが。
しかしガバガバな扱いを受けているし、そんな事はまあ無いだろう。
帰る準備があるなら、それが終わり次第帰らせて貰おう。
何か胸の間に挟まるでかい犬が悲しげな顔してるけど理由が分からない。
私の胸の間はそんなに居心地が良いのか、懐かれるような事をした記憶が一切無いぞ。
「あの……ヒノエさんが嫌でなければ、その……」
「あん?」
「えっと……もうちょっと、こう……ここに」
『聖女様!! ご帰還の準備が整いました!!』
「あ、帰りまーす」
「お疲れ様でした!!!」
勢いよくドアが開けられた瞬間、王子は目にも留まらぬ速度で私から離れて立ち上がり、頭を下げた。
身のこなしがすごい、AGI高そう。
「何かすごい勢いでいろいろ終わるね」
『早くお戻りになられたいかと思いまして!!』
「声がうるさい」
「ヒノエさん本当にありがとうございました!! お陰で世界が救われました!!」
「王子どうした、泣いてるのか」
「感謝の涙です!!!」
「大丈夫か君」
「ただお礼を何も出来ていないのが心残りです!!」
「良いよ別に、全体的に良い体験だったよ」
「心が広い……聖女だ……」
「目が虚ろだけど大丈夫か王子」
「…………あの、約束はどうすれば……?」
「約束」
「あの、もう一回って言う、その」
「ああはいアレね、忘れてた」
「…………」
「泣くなよ」
「泣いてません……」
「感謝の涙どうした」
王子もう泣いてるけど何の涙だよそれ。
「約束はまあ、また今度な」
「また、今度……」
「そ、またいずれ会おう、な」
「……はい」
「元気でな王子」
「…………お元気で、聖女ヒノエ」
表情を引き締め、王子は改めて深々と頭を下げる。
私はそれに頷きで返事をして、勢いのあるオッサンについて部屋を出て行った。
長い廊下を歩き、冷たい石の床を踏み、再び訪れたのは私が召喚されたあの空間。
白い光で描かれた魔法陣は、初めてここに訪れた時と同じ輝きだ。
思えば、ほんの数時間とは言え濃い一日だった。
半日くらいで処女を失い内臓を抉られ世界が救われたって思うと濃密すぎてわけがわからん。
それでも、まあ、悪い体験では無かったか。
来た時とは違い、王様が私を見送ってくれる。
深く頭を下げる王様にお辞儀を返すと、私は躊躇いなく魔法陣の上に乗った。
「聖女ヒノエ、心より感謝致します」
「いえ、お気になさらず」
「何か謝礼を用意しようとは思ったのですが」
「良いです良いです、それより王子の心のフォローお願いします」
「はい」
「脱童貞記念日は可哀想過ぎるからやめてあげて下さい」
「…………」
「やめてやれよ……」
「もう記念日になったので……」
「残酷な世界だ……」
ぱ、と足下の魔法陣から光が立ち上った。
周辺の人達が深々と頭を下げる中、私は通ってきた道を眺める。
王子は見送りしないんだな、と少し笑っていると、視界が真っ白に染まった。
少しの間を置いて、視界に色が戻る。
一人用こたつと座椅子。
こたつの上にはテレビのリモコンと携帯電話、パンくずの残る白い皿。
見覚えしか無い、馴染みの深い、私の部屋だ。
「あー……帰ってきた」
夢だったのかな、と思わんでも無かったが、私が着てるのはメイドさんに着せられた白い寝間着。
シンプルなネグリジェ姿で、本来着ていたジャージも半纏も忘れてきた。
何なら最初に穿いてたパンツすらも忘れてきた。
でもまあ、良いか。
この寝間着は記念に取っておこう、肌触り異様に良いし。
「はーしかし、妙に疲れたな……」
がしがしと後頭部を掻きながら、溜息を吐く。
精神的にも肉体的にも疲れたし、濃すぎる一日を過ごしてしまった。
スマホを確認すると、どうやら私が向こうに行ってからほんの数分も経っていないらしい。
向こうに居る間は時間が進んでないって事なのか、まあ原理とか分からんしどうでも良いや。
これならもずくも問題なく食えるな、と笑っていると、肌寒さに肩が震えた。
向こうじゃ適温だったけど、こっちではさすがに寝間着一枚だと寒いな。
半纏は置いてきてしまったが、クローゼットにカーディガンでもあったはずだ。
取り敢えず何か羽織ろう、と狭い部屋の中を移動して、クローゼットの扉を開けた。
がら。
「うう……ヒノエさん……俺なにも出来なかった……」
ばたん。
ファンタジックな体験したからかファンタジックな幻覚見てんな。
何かクローゼットの奥があの部屋に繋がってた気がするぞ。
がら。
「また……またって、どうすれば……これ以上迷惑かけられないし……呼ぶ事なんて出来ないし……」
ばたん。
クローゼットに奥が異世界に通じてるって確か洋画で見た事あるな。
と言うか王子がすごい私を恋しがってたけど何で懐いてるんだあいつ。
がら。
「俺が向こうに行けば……いや駄目だ立場的にそれは出来ない……どうすれば……うう、ヒノエさん……!!」
ベッドに突っ伏して泣いてる王子を眺めながら、そっと狭いクローゼットの中に入る。
服や掃除機の隙間を通ってさっきまで居た部屋に踏み込むと、足の裏がフッカフカの絨毯に迎えられた。
入ってきた方へ振り返ると、壁にかっぽりと四角い穴が空いている。
なるほどなるほど、そうかそうか。
「ヒノエさん……ッヒノエさん……!! 俺いつか、絶対またヒノエさんに会いますから……!!」
「そうか」
「はい!! ……はい!!?」
「おう、元気そうだな」
「ヒ、え、ヒノエさん!? 帰ったんじゃ!?」
「帰ったんだけど服とマグカップ忘れたから」
「忘れ物を取りに……!?」
「まあ嘘だけど、見てこれ」
「これは……転移門……!? 何故こんな所に……!?」
「家帰ったら何か繋がってた」
「えっ……あ、これ……えっ…………どうしよ……」
「王子ちょっとこっち来て」
「あっはい……」
びっくりして涙が引っ込んだらしい王子の手を引いてクローゼットの中に入ると、そのまま難なく王子は私の狭い部屋に立つ。
困惑しながら部屋を見回す王子を横目にクローゼットを閉じてもう一度開いても、情け容赦無く向こうの部屋が見えた。
「これどうすれば良いんだろ……」
「えっと……多分、うっかり繋がりっぱなしになったのでは無いかと……」
「そんな4G回線みたいな……て言うか引っ越しする時どうすんだよこれ……」
「恐らくはヒノエさんが住む場所と言う条件だと思うので、引っ越したら転移門も移動するかと……」
「ええ……」
「こんな事あるんですね……」
「いや知らんけど……」
王子を適温である向こうの部屋に押し戻しながら、どうしようとか聞いた事無いとか戸惑う横顔を見上げる。
もうさっきの悲劇のヒロインみたいな雰囲気は無さそうだった。
「取り敢えずだ」
「は、はい?」
「約束守れそうで良かったな」
「え、ぁ、…………」
かあ、と真っ赤になっていく王子の顔を見上げながら私は笑った。
「が、がんばりま」
「王子からアプローチ全部しろよ」
「ハードルが高い!? いやでも教育は受けてるからやります! がんばりますから!!」
「絶対実践に移せないタイプだよ王子は」
「がっ、がんばりますからね!?」
これから面倒くさくなりそうだなあ、と
年甲斐もなく、少しわくわくしてしまった。
おしまい。
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