穢れによりて魔を祓う

ブリッジ林

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おまけ①

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 常に適温に保たれた部屋の中、ふかふかのソファに寝そべりながら本を読んでいた。
 寛ぐなら自分の狭い部屋よりも、こっちの世界の部屋の方が遥かに快適だ。

 異世界の扉がガバガバに開きっぱなしになっている件に関しては、まあ別に良いんじゃないみたいなゆるふわ判定で放置されている。
 聖女としての役目を終えた私の立場は、救世の聖女である事実は変わらないと言う事でそれなりにもてなされていた。

 別にこっちの世界に来るのは単純に快適な室温や環境だからと言うだけで、傍若無人な態度はするが豪遊したいとかは無い。
 食事も生活もそんな世話になるつもりは無かったので、基本的にこの世界を救う要因だった聖女らしからぬ質素さだ。

 何もしてなくても三食昼寝付きで衣食住の約束をしてもらえたのは素直に嬉しい。
 申し訳ないより嬉しい、ダメ人間になる。

 まあそんな感じで、世界を救い終わった後も気ままに異世界に来てだらだら過ごしているわけだが。
 何やら不思議と懐いた王子が、私にちょこちょこと小学生みたいなアプローチをしかけてくるようにもなった。


「ヒノエさん! 手、手を握らせて下さい!!」

「ヒノエさん! あの、あ、あの……頭撫でて良いですか!?」

「ヒノエさん! ぎゅって……あ……ぎゅって、しても、良いですか……?」


 脳裏によぎる王子のがっかりアプローチ。
 最終目的の円満セックスは随分と遠そうだ。

 私はそれらを適当に流したり応えたりしながら、構ってほしい犬みたいな行動を繰り返す王子で遊んでいる。

 いやなに、なぜなついたかは謎だが好意を真っ直ぐに向けられて嫌な気持ちはしない。
 ベッドで女を喜ばせる方法は教わったが、女の扱い方はよく分かっていないらしい王子のアプローチは、いちいち子供っぽい。

 下手すると小学生以下のアプローチの可能性すらあるが、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして言う様はなかなかあざとい。


「ヒノエさん!!」

「声がうるさい」

「あのっ、あ、あの…………良い天気ですね……」

「そうだね」

「…………」


 部屋に飛び込んできたと思ったら即座に消沈するのをやめなさい。


「今日こそはセックスに持ち込むか? ん?」

「やっ……そ……まだ……早いのでは……?」

「何なんだお前は」

「だってあの……あの時は急ぎだったけど、本来は段階を踏んで……その……」

「何なんだお前は……」


 静かに扉を閉めてソファの近くまでやってきた王子は、躊躇いもなく絨毯に座る。
 膝を抱えるように座り私を見上げる様は、王子としてアウトだろう。

 何でこいつは完全に私より立場が下で居るんだろうか。
 私は救世の聖女でもお前は救世の英雄だろうが、もう少し偉そうにしなさいよ。


「王子は何でそんな犬みたいなんだろうな……」

「犬!?」

「犬だよ」

「犬……犬か……そっか……」


 あっ傷付いた。


「舎弟くらいの方が……」


 私はいつから師匠になったのか。


「弟子をとった覚えはねぇなあ……」

「ヒノエさんは、その……何か……頼りになると言うか……」

「お、おう」

「逞しいと言うか、男らしいと言うか……親父より父親っぽいと言うか……」

「照れながら言ってるけどお前それそこそこ失礼だからな」

「包容力があって俺より格好良いじゃないですか……?」

「お前が何を言ってるのか全然分からんぞ?」


 せめて母親の方で考えて欲しい。
 包容力はともかくとして、父親より父親っぽいは独身女性に対して褒め言葉になる可能性は限りなく低いのでは無いかと思われる。
 と言うかやっぱ普通に失礼だわ。

 しかしどこかきらきらした少年の眼差しで見上げられると、何ともむず痒い。
 扱いには困るし多少厄介だし、かと言って無碍に扱うのも気が引ける。
 今後どのように扱うべきかも分からなくなってきた、面白くはあるんだけどこいつは一体何なんだと言った気持ちが強い。

 どうしたものかなと王子から視線を外して考えていると、
視界の端でちらちらと私を見上げる青い目。
 気付かないふりをしながら明後日の方向を見ていると、意を決したように王子が口を開く。


「ひ、ヒノエさん」

「ん?」

「そのっ……えっと……キ…………チューして良いですか……?」

「チューてお前」

「や、あの……はい……」

「そこはキスって言えよ……」

「何か、うう……恥ずかしくて……」

「お前には失望したよ……」

「そこまで!?」

「成人男性が地べたに座って顔真っ赤でチューして良いか聞いてくる図ってどう思う?」

「どうかと思う」

「見上げた客観性だ」


 ソファに座り直し、だってー、と耳まで赤くしながら俯く様を見下ろす。
 顔は見えないが恐らく涙目になってるのだろう、ぐすんと鼻をすすっている。

 つい先日まではバカ王子然とした男だっただろうに、私は一体この王子をどうしてしまったのか。
 絶対ここまでポンコツではなかった筈だ、なぜこんな事になっているのか。

 責任を取るべきなのか。
 童貞と王子としての尊厳を奪った責任を取るべきなのか。

 こちらとしては内臓抉った代わりに快適な生活を与えられているわけだから何も失っていないが、王子は大変な物を失った気がする。
 そうなるとやっぱり私が責任を取るべきか。
 いやでも正直ちょっとめんどくさい気持ちがあるな。

 取り敢えず今はまた泣きそうな王子をどうにかしよう。


「王子ほら、地べた座ってないで、正座にならないで」

「ヒノエさん……」

「いや本当に正座はどうかと思うから、せめてソファに座って」

「はい……」

「あと好きにして良いよ」

「へ」

「チューだろ、ほらしろよ」

「ぇ、あ、良い、ん、ですか?」

「さっさとしろつってんだよ」

「はひ」


 膝立ちになった王子が、困惑したように視線をうろうろさせながら身を固くする。
 それに対して私は目を閉じて、ん、と顎をしゃくるように顔を向けた。

 中出しした仲だしもうキスぐらいどうでも良いだろう。
 これで満足するならさっさとしてほしい。
 これ以上王子に泣かれても困るばかりだ、立場逆だろ普通は。

 王子の指先が恐る恐ると言った具合で私の頬の下に触れ、押し殺した吐息がゆっくりと近付くのを感じる。
 別に初めてのキスと言うわけではない、ファーストキスは実家で飼ってた犬だった気がするし今回もさして変わりはしないだろう。


 しかし柔らかさが触れたのは、唇にではなく左の頬。

 そのまま離れてゆく気配に、瞼を持ち上げて口を開く。


「お前には失望したよ」

「またですか!?」

「失望されないと思ったのかよ……」

「だ、だってあの……口はまだ……早くないですか……?」

「はや……?」

「だって早いですよ……早い……うん……もっとゆっくり……」

「お前……おま、マジか……?」

「えっ」

「お前……実家で飼ってた犬以下なのか……?」

「えっ!!?」

「実家の犬はもっとこう……べろんべろんにしてきたよ……」

「い、俺、いや俺は犬では……無いので……!?」

「じゃあやっぱり犬以下なのでは……?」

「人間じゃないんですか俺……!?」


 おかしい。
 泣きそうな王子をどうにかしようと思っていたのに、余計に泣かせようとしている。

 王子が、王子が悪いんだきっと。
 私はちゃんと待機していたのに、王子が日和ってヘタレるから。

 大体何だよ、ほっぺにチューって小学生でもするのか。
 最近の小学生はませてるからそれで済まさないんじゃないのか。

 ああもうまた王子が泣きそうになってる。
 面倒くさいな本当にこの王子は。


「ほら王子、お膝お膝」

「え、膝?」

「うちの犬は膝に頭を乗せるのが好きだったよ」

「俺は人間です……」

「じゃあ乗せないのか」

「乗せます……」

「欲に正直」


 ソファに浅く座り、ぽんぽんと自分の太ももを軽く叩いてやれば、王子は私の左脛を抱えるように移動して、その膝に顎を置く。
 恥ずかしそうだけど少し嬉しそうに、視線をうろつかせては伏せられる瞳。

 頭をわしわしかき混ぜるように撫でてやれば、うっとりするみたいに目を細める。
 泣きそうだった顔は落ち着いたように緩み、頭を撫でるごとにその表情は穏やかになる。

 すり、と身じろぎ程度の頬ずりをする様は、本当に犬のようで。
 それを眺めている私の顔も、自然と緩むのを感じた。


「可愛いなーお前」

「へ?」

「よーしよしよし」

「んん、ちょ、ヒノエさん」

「よしよし可ー愛いなー」

「い、犬扱いですよね、人間扱いじゃないですよね」


 両手でわしゃわしゃと跳ねる金髪をかき混ぜてやれば、抗議しようと王子が顔を上げる。
 そんな王子の頬を両手で挟み、上体を倒して唇に唇を重ねた。

 ほんの数秒、唇を押し付けるだけの行為。

 それが終わり顔が離れてみれば、王子は驚いたように目をまんまるにしていて。
 少しの間を置いてから耳までを真っ赤に染め、何かを言おうと口をぱくぱく開閉させる。


「はは、本当可愛いなぁお前」


 姿勢を戻し、思わず吹き出してしまった私にを見ると、王子は私の膝に突伏する。

 もっとロマンチックにしたかったのに、等ともごもご言っているものだから、私の両手は再び元気良く跳ねる金髪をかき混ぜ始めた。

 もう抗議しようと顔を上げる事は無かったが、もどかしそうに漏らされる唸り声が、私には妙に楽しく感じた。



おしまい。
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