穢れによりて魔を祓う

ブリッジ林

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④王子視点

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 目を覚ますと、ベッドに居た。

 ふかふかと身体を包む感触は紛れもなくベッドだが、なぜベッドに居るのかはわからない。
 身を起こしてみれば、服に乱れは無いがなぜか下半身に疲労感に似ただるさを感じる。

 ヒノエの姿を探すと、疲れ果てたようにソファで眠っている姿を見つけた。


「……ヒノエさん?」


 ベッドから下りて近付き、恐る恐る声をかけるも、返事は無い。
 時折うなされているが目を覚ます様子はなく、身体にかけられた毛布を抱え込んでいる。

 何があったのだろう、と屈んで顔を覗き込む。
 苦悶の表情を浮かべながら眠る様は、まるで大変な苦痛を受けた後のようで。


 もしかしたら、俺の筆下ろしがそれほど嫌なのだろうか。
 どうやらうっかり眠ってしまったらしい俺から離れて眠るくらいには嫌なのだろうか。

 いや同じベッドで眠るわけにもいかないから当然なんだろうけど、それでも何だか少し寂しく感じる。

 お互いもっと知り合った上で、段階を踏んでそこに至りたいが、俺には時間が無い。
 早く勇者としての力を得て、魔王を倒しに行かなければいけない。

 ヒノエが起きたら、ちゃんと改めて頭を下げよう。
 誠意を持ってお願いして、俺を受け入れてもらおう。
 そうすれば、少しはこう、何か、良い感じに事が運ぶかも知れない。


 それにしても、本当に苦しそうだ。
 どうしたんだろう、悪夢でも見てるんだろうか。

 俺は俺で何か下半身がだるい、何があったんだろう。
 妙に下腹部が温かいと言うか、謎の熱量を感じると言うか。


 そっと服をめくって下腹部を確認してみると、そこには見覚えのない紋章が浮かんでいた。

 きらきらと白金の光で描かれたそれは、知識としては知っているもの。


「えっ、えっ? ゆ、え? 勇者の紋章?」


 えっ何でこれ浮かんでるの。
 これ聖女と交わる事で身に付ける筈なのに何でこれ。

 えっまさか待てよ、俺の記憶はどうなってる。


(確か……ええと……泣いて、ヒノエ……さんの胸に……)

(そうだ、胸にこう、顔を……駄目だ思い出すと胸がキュッとする)

(その後、その後はどうした……? その後の記憶は……)


 無い。


 その後の記憶は無い。

 何かふかふかで温かくてそのまま寝た気がする。

 俺はまさか聖女がその気になってくれたのに泣き疲れて眠ったのか。
 嘘だろ嘘だって言ってくれよ、こんな情けない事あるか。

 いやでもここで眠ったなら何で俺に勇者の紋章が浮かんでいるんだ。
 交わった記憶は一切無い、持ちたくない確信を持って言えるが俺は間違いなくあのまま寝た。

 じゃあなぜ、どうして、待てよ何か気持ちいい夢を見てた気がするぞ。
 夢の事はよく覚えてないが、それでも何か気持ちいい感じだったのは分かる。

 何かこう、いやらしい夢を見てた気がする。
 股間のあたりがこう、あったかくて、こう、うん。


「えっ嘘だろ」


 状況を整理すると一つの結論に結び付ける事が出来る。


 俺に浮かんだ勇者の紋章。
 疲れ果てて眠る聖女ヒノエ。
 気持ちいい夢と下半身の疲労感。


「嘘、だろ……」


 俺はまさか、寝てる間に童貞を脱したのか。


「そ、んな……そんな……え……? まさか、そんな……」


 こんな、こんな事があるか。

 散々泣いて、愚痴って、慰められて、しかも寝入って、格好悪さの権化だった俺が。

 ただでさえどうしようもないくらい格好悪かった俺が。


「寝てる間に……終わらせてもらった、なんて……」


 教わった寝技の一つも使う事無く、辛かったであろう行為を全てヒノエにさせて、ただ寝ていた。

 格好悪い理由で寝て、格好悪い状況で済ませて、今の俺は間違いなくこの世界で最も格好悪い王子だ。

 眼の前がぐるぐると回る。

 恥ずかしさと申し訳無さと心苦しさと情けなさと悔しさと僅かな嬉しさで絶望感が押し寄せる。
 ソファの前にがくんと膝をつき、両手で顔を覆って深く俯く。

 うう、と呻くヒノエの顔すら見る事は出来ない。
 こんな王子が居てたまるか、こんな勇者が居てたまるか。

 こんな、情けない男が居てたまるか。


「もうやだ……死にたい……」

「生きろよ……」

「!?」


 すぐそこから聞こえた声に、思わず顔を上げた。

 そこには、渋い表情の薄目で俺を見上げるヒノエの顔。

 面倒臭そうな物を見るような顔で、俺の顔を見ていた。


「頑張ったんだから死ぬなよマジで……」

「だっ……あの……でも……俺……」

「お前最後な……マジな……あれ許してねえから……」

「えっ俺なにしたんですか……?」

「内臓な……痛いからあれ……」

「えっ……ごめんなさい……?」

「良いよ……こっちも勝手にごめんな……」

「そんな! そんな、俺……もう……この世で一番格好悪い生物で……ほんと……」

「大丈夫だよ……顔面には自信持てよ……」

「いや顔面ではなく……でも嬉しい……でもあの……ほんと申し訳なくて……」

「だってあのまましてても勃起しませんごめんなさいって泣く王子が待ってる気がして……」

「それは……はいあの……はい……」

「まあ泣かせちゃったしさ……勝手してごめんな……」

「俺こそごめんなさい……」

「ごめんね合戦もうやめよう……不毛だ……」

「あっじゃあ、あのっ、……っ今度ちゃんとっ、俺やりますから! だから、その……はい……」

「はい」

「また……あの……お付き合いして、もらえませんか……?」

「すごい誘い方してるの自覚ないよな王子」

「えっ」

「あと寝てる間に筆下ろしさせたお詫びに今度はちゃんと気持ち良くなるように頑張りますからまたセックスさせて下さいって言ってる自覚はあるよな」

「自覚はあるけどそう言われると俺とんでもないクソな気がする……」

「王子がクソとか言わない」

「ごめんなさい……」


 しょーがねーな、と眉を寄せて笑うヒノエは、妙に逞しく感じる。 なんて頼もしい聖女なのだろう。

 と言うか泣かせたお詫びに、俺が寝てる間に済ませてくれたって事なんだろうか。
 何だこの男らしい聖女は、やっぱり年上だし経験豊富とかなんだろうか。

 でも経験豊富だとしたら今つらそうに寝ているのは何故だろう。
 内臓を抉ったと言っていたが、寝ていたので何が起きたのか分からない。

 しゅんと俯いていると、頭をわしわしと撫でられる。
 遠慮会釈も無いような、乱暴とも言える手付きで頭を撫でる手が、何だか胸をキュッとする。

 ずっと感じているこの胸がキュッとする感覚は何なのだろう。
 ストレスなのか恐怖なのか、それとも居た堪れなさなのか。


 妙に逞しく、妙に無礼なこの聖女は、笑うと何だか男らしさを感じる。
 眉を寄せ目を細めて笑う様は、何だか年上の同性に対する憧れのようなものを抱いてしまう。

 実際は年上の異性で小柄な聖女だと言うのに、謎の頼もしさにホッとする。

 これは聖女特有の物なのか、ヒノエと言う個人が持つ物なのか。
 おそらく後者だと思うが、そうだとすると俺はこの聖女に対してどう接すれば良いのだろう。

 女性として接するにも、こちらは完全に子供扱いを受けている。
 子供扱いするなと憤然としても良いのかも知れないが、子供扱いされてるのが心地良い。

 何だろう、胸に顔を埋めた時も思ったが、何だかこう。


(甘えたい……)


 俺が卑屈になれば困惑しながら励ましてくれる。
 泣きそうになるとわしわしと雑に頭を撫でてくれる。

 俺はずっと、ちゃんとした王子として努力はしてきた。
 師にも友にもそれなりに恵まれたし、親父からも愛されてきた。


 だけどこのヒノエと言う聖女は、今まで出会った男とも女とも違う。

 これは刷り込みなのだろうか。
 俺を小さな子供のように萎縮させ、泣きじゃくらせ、落ち込ませ、童貞を奪ったたヒノエに対する何らかの刷り込み。

 もしそうだとしたら、俺はとんでもない性癖に目覚めてしまったのではないか。


 ヒノエの顔を見つめていると、ヒノエは訝しむように俺の顔を見返す。

 眉を寄せるのは癖なんだろうか、成熟した大人とも少女とも言えない顔立ちには、不釣り合いな表情。
 だがそれが、妙に胸をキュッとさせる。


「あ、の……ヒノエ、さん」

「はい?」

「その……キ、……ぅ……」

「あ?」


 あっちょっと怖い。


「…………ッ、ヒノエさん!」

「はあ」

「っチューし 『王子! 本日が記念日として認められました!!』 あああああ!!!!」


 ばん!! と勢いよく開かれた扉と、親父の側近の高らかな宣言に頭を抱えて崩れ落ちた。


『聖女様、本当に感謝致します! これで王子殿下が勇者として出立出来ます!!』

「あーはい、つか耳が早い」

『お付けしましたメイドからの報告を受けましてあっという間に拡散致しました!!』

「残酷な世界だよ」

『では王子!! さあ出立の準備を!!』

「嘘だろ今すぐ!?」

『はい!!』

「もうちょっと待てよ邪魔するなよ何なんだよ記念日もやめろよ!!!」

『しかし聖女様を元の世界にお帰しするためにも急いて魔王討伐に向かわねば!!』

「そうだけどさあ!!!」

「頑張れー」

「がんばる……」

『さあ王子!! こちらへ!!』

「あっ待ってあのっあヒノエさん! ヒノエさん待ってて! 待ってて下さい!!」

「いや魔王倒さんと私も帰れないから待ってるけど」

「俺がんばるから!! 急いで帰ってきますから!!」

「頑張れー」

「がんばる……!!」

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