貴方なんか大嫌いです。

雪戸紬糸

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おしまい

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部長と関わらないようにしようと思えばいくらでもできた。
関わらないまま、終わるのだろうか。
私の事、もうどうでもいいのかな。
そう思えば思うほど、腹が立ってきて。
「大嫌い」
朝、鏡に向かってつぶやく。
「きらい、きらい。だいきらい」
呪文みたいに、部屋に浮かんでは消える。
なにか、やりかえしたい。
ぜんぶ、遊びだったんだとしたら。
背筋がぞわぞわと粟立った。
そうだ、今日は休もう。
コンビニに行って、湊君に話をきいてもらおう。

「あ。雄馬さんの。こんにちは」
湊君は、いつものようにダラっとした態度でイスに座っていた。
それにしてもいつもレジにいる。
照明もくらいし。
「なんで照明暗いの?」
「え。そりゃあ、節約ですよ。いってませんでしたっけ。赤字も赤字なんですよウチは」
「ふうん」
「それで、今日はどうしたんですか?仕事」
「サボってきちゃった」
「ええ?なんでまた」
「ちょっと相談にのってほしくて」
「相談?」
湊君は嫌そうにしかめっ面をして、ため息をついた。
「雄馬さんと何かあったんですか?」
「なんでわかるの」
「分かりますよ。最近の雄馬さんどうも暗いから」
「暗い?」
「お通夜みたいな顔してウチにくるんですよ。接客業だからもうちょっとニコニコしていてくれないと」
「どの口が言うの」
「えー俺、にこにこしてるでしょ」
「うーん。だらけてるの間違いじゃない?」
湊君は携帯ゲームをしながら、片手間に言う。
「まあいいですよ。そんなことは。何があったんですか」
「金髪女性と浮気してた」
「浮気?そんなわけないでしょ。あ。金髪女性ってウェーブがかかった?」
「そう」
「あー。あれはね、仕事ですよ仕事。仕事関係の人間です。キスでもしてましたか?」
「そういえば、しゃべってただけだけど」
「それだけ?それじゃあ雄馬さん可哀そうでしょ」
「でも、遊び人って」
「それ誰が言ったんですか?信じたんですか?バカですか?」
「…う。でも」
「でも、なんですか」
「親し気だったし。話してるの見てるだけで嫌だった」
「嫉妬ですね」
「嫉妬?」
「好きってことでしょ」
「好き?」
「なんでそんなことも分からないんですか」
「そうか、好き、なのか…私…部長の事」
「じゃあ、ききますけど。雄馬さんがほかの女性とキスしてたらどうですか」
「大嫌い」
「大嫌いって…」
くすくすと、口元に手をやりながら、湊君は笑った。
「子供っぽい人だなあ、ちょっと信じられないくらい。もしかして今まで誰とも付き合ったことないとか?」
ひなのは顔が真っ赤に染まっていくのを自分でも感じていた。
頭が熱い。
「あ、そういうところかあ。なるほどね、雄馬さんがなんであんたを好きなのかちょっとわかった気がします、で、どうします?」
「なにが」
「雄馬さん。あれで結構モテるんですよ。ぜんぶ断ってたんですよ最近。でも、どうかな?」
焦りにも似た感情がふつふつと湧いてくる。
「イヤ」
「なんでもかんでも、イヤイヤ言ってるだけでなんとかなるんだったら良いですけどね、はっきり言ったらどうですか。雄馬さんに。今いったこと全部」
「は?」
「誰にも渡したくないんでしょ?」
しん、と静まり返ったコンビニ。
バックヤードがちらりとみえて、ふわりと思い出す。あの瞬間。
「え、……うん」
気づけば頷いていた。
「ちょっと聞いていい?あの金髪ウェーブは一体何なの?」
「本人に聞いたらどうですか?」
「……。怖い」
「怖くても、聞くんです。ほら」
とん、と背中をおされて、後ろを振り返った。
いつのまにか湊君が携帯ゲームをおいて、立ち上がっている。
「そっか私、部長のこと好きなんだ。うん。ちゃんと向き合ってみる。湊君のおかげ、ありがと」
「いいえ」
「お礼に何かしたいんだけど」
「じゃあ、コンビニについて意見を聞かせてください。もっとよりよくするためにはどうすればいいか」
「……、そうだなあ、こうやって親身になってくれたらまたこようかなって思うかも」
「親身?」
「たとえば、毎日来るお客さんの顔を覚えていて、そのひとが毎回買うものを覚えていて、さりげなく用意しておくってこととか。商品の在庫、売れ筋とそうでないものを分けるとか。ちょっと面白いセールボックスをつくっておいとくとか。くじもいいかも。ほかには、何回かきてもらってポイントためたら、無料で新商品の味見ができるとか」
「すごいいっぱいでてきますね」
「ちょっと、調べてたんだ。もし、私がここを経営するならって気になって。一度きてもらったお客さんに何度もリピーターになってもらう。ここは立地もいいしね」
「なるほど。ありがとうございます。さ、さっさと行った方がいいんじゃないですか?」
「うん、わかった。ありがと」

コンビニをでると、冷たい外気が頬を撫でる。
す、っと気持ちが和いでいく。
今すぐにでも部長に会いたいような気がして、ひゅっと息をのんだ。


……………

「お話があります、今すぐに」

勇気をふりしぼるのに、数日が必要だった。
部長は、あいかわらず冷ややかな目でひなのをひたと見た。

「話?いますぐにか?」
「はい、いますぐにです」

ラインで話をしようと思えばできたかもしれない。
でも、会って話がしたいと思った。

「分かった。しかたないな」

部長はため息交じりにそういって、会議室をひとつ開けてくれた。

「何の用だ」

冷ややかな態度だ。
でも、最後に、いっておかないといけない。

「あなたなんか、大嫌いです」

驚きに目が丸くなる部長の姿をみて、私は、息をひとつつく。

「だれですか、あの金髪ウェーブ女性。私、あれで部長の事大嫌いになりました」

「あれは、仕事だ」

「私に教えてくれなかったじゃないですか。仕事上の人間だって」

「聞かないものは教えられないだろ」

「すごく嫌な気持ちになるんです。部長があの女性と一緒にいるのをみると。すごく親し気だったじゃないですか」

「あれは、……そうか。なるほどな」

くく、っと声を殺して部長は笑った。

「俺のことが嫌いなのか?」

「大好きだから大嫌いなんです」

「言っておくが、俺はまだ別れてないつもりだ」

「え?」

「相談って言うのは、お前に関することだったんだから言えるわけないだろ」

部長はひなのの手をとって、すっと指輪をひなのの指にはめた。
プラチナの、シンプルなデザインの指輪がきらりと光っている。

「どうして?」

「指のサイズが分からなかったから、平均的な女性の指のサイズを教えてもらっていただけだ、ぴったりだな良かった」

そう言って、緊張した面持ちで、部長は言った。

「結婚しよう」

その言葉を聞いた瞬間、なにかがほわりとほどけた。


…………

「雄馬さん、今回の賭け、お父様に勝ったそうですね」

「ええ」

「よくあんなにも赤字をたれながしてたコンビニを再建することができたわね」

「ひなののおかげです、お母様」

「やっと、巡り合えたのね。うれしいわ」

「ええ。長かったです」

「お弁当をくれた人、だったわね。楡埼ひなのさんは」

「ええ、あなた方のもとから逃げたあの数日間の間に、金もなく、あてもなく、さ迷い歩いているときに、死にそうな顔をしたひなのが弁当をくれたんです」

「よかったわね、結婚までできて。お父様に勝てなかったら無理だったでしょうね。ところで、どうやって、社内いじめからひなのさんを救ったのかしら」

「ああ、それは。新人教育をしっかりしないと、降格したり昇給したりすると、噂を流しただけですよ」

「まあ。そうなの」

マドレーヌの香りがあたりに散らばっている。
紅茶の音がかちりと鳴った。
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