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9 騎士ジーク

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 ジークは一階に降りた男爵の棺桶を一瞥すると、外に出ていくから私もついていく。一階の大広間には祭壇が作られていて、銀糸で彩った『貴族用』の神父服で着飾ったラートン神父が迎えいれていた。黒衣の夫人と二人のご子息が気丈にしている。厳かな死出の旅路の祈りと神父たちの鳴らす高音のベルの響きの後、外にいた領民が白い花を手にして入ってきた。

「主人に別れを告げてください」

 夫人の静かな声と共に、一輪ずつ花が手向けられる。領主が生前のままであらねばならない理由ーー

「領主様、ありがとうございました」「安らかなお顔で」「憂いもなく死の国へ」「なんと良いお姿で」「死の国でも領主様のとこへ行くよ」

そして、もう一つ。

「主人を覚えていてください。あなた方領民を守るために死んだ主人を。そしてそのあとは第一子アーレスレッドが継ぎます」

 全ての人とは言わないが、集まることのできた人々の前で、まだ小さな十を越えたか越えないか程度の男の子が胸を張る。

「父上の仇を取るため、騎士を集めて魔物の巣を退治します」

 それを聞いて領民がどよめき、それを聞いたジークが伯爵家を後にする。私もそれについていった。領主の屋敷を出たところでジークが振り向き、

「おい、伯爵家で待て!」

と指を差した。

「嫌ですよ。どうせジークは魔物の巣を片付けにいくつもりですよね。私はそちらの遺体を回収して修復するようにゴードン執事から言われています」

 前金が発生しているんだから、これはもう仕事をするしかないわけで、私はジークの前に出る。

「前に出るな、危ないだろう」

「ただの村の一本道ですけど」

「どこに行くのか分かっているのか」

「魔物の巣でしょう」

 私とジークは何故か早歩きになり、目的の森に飛び込む。するとすぐに血生臭い香りがして、木々が不可思議に盛り上がり洞窟を覆うようにした場所に騎士が数人倒れていた。

「まだ、生きていますね。私は治癒魔法が得意ではありませんから、こちらで」

 私はライムをちぎり怪我をした場所を包む。肉が抉れたりするだけで、多分伯爵を助け出した時にやられた傷だ。

「湿潤療法です。剥がれるまでそのままにしてくださいね」

 さて、洞窟にいるのはーー

「あ、ちょっと、ジーク!洞窟には」

 ジークは剣を抜いて洞窟に入って行こうとする。

「ツインホーンウルフだろう、この傷は。お前は来るな」

 でも私は横に立った。

「あなた、魔法が使えませんよね。光が必要でしょう?」

 ジークは鼻で笑う。

「バカにするな。気配で分かる」

 私が洞窟に入る前に一気に走っていき、私は出遅れつつ魔法の光を飛ばす。そこで見たものは、剣の先の綺麗な動きと吸い付くようなツインホーンウルフの首。十数頭いるツインホーンウルフの数頭は既に死んでいて、その死闘を繰り広げた魔物の末端の損壊した遺体が隅にある。ジークはそれを避けながら斬っていき、その一筋も無駄がない。

 ああ、私はその太刀筋を知っている。小さな頃、私は見たのだ。私より小さな男の子の訓練の姿を。私は何と言ったのかしら。

「危ないっ!」

 傷ついたツインホーンウルフが私の前に来て牙を剥く。私は左手を伸ばして

「散りなさい、バーンアウト」

とマナを込めて魔法を繰り出す。ツインホーンウルフの身体は風船の如く膨らみ飛び散る。それを待っていたのはライムで、ご馳走とばかりに飛び降りて吸収を始める。  

「さすがだな、学園一の才女」

 全てを狩り尽くした綺麗とは言えない洞窟にライムは嬉々として入っていき、ジークは剣を振って血を払い出てきた。

「あなた、ジーク……ジークフリート殿下でしょう?」

 女王の次男であり学園で私が入学する時卒業した先輩で、しかも私は小さな頃から何度か王宮でジークに会っている。ジークは苦笑した。

「覚えていたのか」
 
「ーー思い出しました」

「お前は騎士になりたい俺を嫌っていた」

 ああ、私は確かに生まれる前からジョルジュの婚約者だったが、そのさらにダスティン伯爵家は爵位順番として女児が生まれたら第二王子との婚姻が決められていた。だから生まれる前以前から第二王子との、つまりジークフリート王子の婚約者だった。しかし第二王子にはマナがなく魔法を習得出来ないため王子として廃嫡されたから、私は繰り下がりジョルジュ様の婚約者となったのだ。

「ええ、イーリアはそうでしたね」

 わがままで自分勝手で高飛車なイーリア・ボゥ・ダスティン。

 イーリアが三歳の時、六歳のジークに会っている。第一王子のお茶会に招かれた時に、中庭で熱心に剣を振るうジークを見て

『なんて野蛮な人なのかしら』

とジョルジュの細い指の手を握りしめた。

 貴族学園の試験は剣もある。聖女カナエはそんな野蛮なことは嫌だと泣いた。それを鼻で笑い水をぶっかけたのは私だが、私も同じようなことを思っていたのだ。

『貴族が近衛兵などと、見苦しくてよ。戦いで人殺しをしてそんなに楽しいのかしら』

 後継以外の貴族の子弟は王宮で働くか女性爵位者と婚姻するか、割と生き方が狭い。それを知っていてもなお私はジークたち近衛兵を馬鹿にした発言をしていた。

「あの、ジークはすごく小さな子のイメージがありますが」

「俺は十七から背が伸びたんだ。毎晩身体中が痛くて死にそうだった。大体お前がでかすぎたんだ」

「そうでしたね。私は背の高い方でしたから」

 ライムがツインホーンウルフの残骸を食べ終わると、私とジークは遺体を回収して洞窟を出る。空は満点の星空で、私のお腹がくぅ……と鳴いた。
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