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11 エルデバルト伯爵家
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ゴードン神父が穴掘りの仕事を見ていた私の横に来た。ジークは新領主の礼を受けている。信用されたものね、私を一人にするなんて。
「手伝わないんですか?」
「体力は夜のためにとっておかないとね。それでなくても丸一日働通しだから疲れたよ」
私の横に座る。あ、あんまり近寄らないでください。
「ダスティン家はマナの強い女児を輩出する血筋でね、第二王子の婚姻相手に選ばれる爵位家の一つだった。分かるかい?イーリア・ボゥ・ダスティンは、本当は僕の婚約者だったんだよ」
ーーちょっと前に知りました。この人、幻の第二王子だったわ。
「僕の昔話聞いてくれないかな。あ、拒否権はないからね」
王家の人のゴリ押しはイーリア以上だわ。
「ジークフリートが生まれてくる時、僕は本当に死んだんだ。心臓が止まった瞬間、母から生まれたジークフリートはマナが消え、僕は息を吹き返した。偶然かと思ったんだけれど、調べてみると、多分父母がジークフリートのマナをオドに変えて僕に転送したのだと思う。父は結構優秀な魔法師だからね」
その術式は禁忌だけれど、私も知っている。貴族学舎でも習ったからだ。でも、それは自分のオドが切れかけた時、マナから補充するやり方で、他人に転移するやり方ではない。
「一度死の国の門を開いた僕は神父をしているけれど、マナを失い王子の座を剥奪されたジークには申し訳ないと思うんだよ。だから君に助けてほしい。可哀想なジークも罪悪感の塊の僕も」
と、言われましても……。でも、ゴードン神父の困ったような顔を見ていると、仕方ない助けてあげなくてはとも思えてしまう。
「契約をしませんか?私はイリアスとして死化粧師として仕事を続けたい。この国ではまだ平民の女性の活躍の場は限られています。その代わり婚約者イリアとしてエルデバルトに入り、ジークを助けます」
私の言葉に、ゴードン神父は首を傾げた。
「ーージークに恋愛感情はないのかい?半年も近くにいた男女の有り様がそれなの?」
「愛着くらいはあります。ああ、監視人は今日近くにいないなーくらいは」
ゴードン神父が祈るような形をとり両手を開いた。死の国の門を開くポーズだ。
「ーー僕なんか秒で恋に落ち、分で寝台の上に乗せるのに」
「恋愛オンチなんだから仕方ありません」
「ジークも苦労するよ。おっと、怖い弟が来た。これをあげるよ。僕が幻の第二王子として預かったものを役立ててくれないかな」
私の手のひらには、重要案件が載っている。
「うん、これは。ーー現実を直視しないとだめね」
私は立ち上がった。
簡単な食事を取った後、私たちは元来た道を帰っていく。全員分ブラッシュを掛けると、穴掘り夫が感動して跪いて驚いた。魔法が使えない人との違いを初めて認識する。それから馬車を乗り換え二人用の小さな馬車で墓場の脇の道を奥に進んでいた。御者はジークで、私は馬車に乗せられっぱなしでお尻が痛い。
静かな墓地を抜けて整備された綺麗な林を通り切ると、無骨な四角い古いタイプの屋敷が出てきた。歴代皇太子のスペア用の屋敷ってだけに昔からあるのね。綺麗に整備された庭と丸いエントランスを通り、玄関へ馬車は着く。
既に連絡が入っていたみたいで、玄関先には使用人が並んでいた。服装は使用人の働きの証、見ると執事、コック、厨房付きメイド、部屋付きメイドと、夫婦らしい下女下男だけだ。
「ついたぞ」
馬車の扉を開くと下男がステップを寄越して、ジークが手を添えてくれ私は馬車を降りる。執事以下全ての使用人は、私の姿を見ても顔色ひとつ変えないでいた。
「イリアです。しばらくご厄介になりますわ」
私は声にかけた魔法を解いて挨拶をした。さすがにレディの挨拶ではなくて、男性の仕草だが。執事以外は皆少し頭を下げていて私を見ることはない。でも、部屋付きメイドに見覚えがあった。
二階の女主人の部屋へ案内されて、ジークが本気だと分かり、メイドに声を掛けた。
「あなたに見覚えがあるわ。ダスティン家のメイドのはずよ」
メイドは
「発言をお許しください」
と前置きをした。イーリア・ボゥ・ダスティンはメイドに必ず前置きをさせていた。貴族社会の嗜みだとか言いながら。
「どうぞ」
私が『許す』ではなく『どうぞ』と告げたことにまず驚いて顔を上げたメイドは目を床に落とした。
「お嬢様を追ってお屋敷を出たのです。働きながらお嬢様の行方を探ればと思い、使用人の仲介協会で旦那様に会いました」
「どうしてジークが。いえ、それより何故あなたが私を追うのよ?私はわがままで生意気で……」
言うのも憚られるが、私はひどい子供だった。
「でも、お嬢様は私をぶちませんでした。食事も抜きませんでした。何日も続く不寝番もなく、平民の私に声を掛けてくれました」
「ダスティン家では誰もそんなことはしないわ」
皆善人の塊のダスティン家では使用人は大切にされていた。私もわがままではあったが、私付きのメイドに折檻などしたことはない。平民は人ではないという扱いをしている貴族もいるようだが、私の家族はそれを良しとはしていなかった。
「では私はあなたにとってよい主人だったのね。ーー名前は?」
「マゴットと申します、お嬢様。いえ、奥様」
「奥様ーーね。お嬢様の方がいいわ。それに私はイリア。平民のイリアよ。イーリアの時のように畏まることはないわ。自由に発言をして頂戴」
私はマゴットに頭を下げた。
「手伝わないんですか?」
「体力は夜のためにとっておかないとね。それでなくても丸一日働通しだから疲れたよ」
私の横に座る。あ、あんまり近寄らないでください。
「ダスティン家はマナの強い女児を輩出する血筋でね、第二王子の婚姻相手に選ばれる爵位家の一つだった。分かるかい?イーリア・ボゥ・ダスティンは、本当は僕の婚約者だったんだよ」
ーーちょっと前に知りました。この人、幻の第二王子だったわ。
「僕の昔話聞いてくれないかな。あ、拒否権はないからね」
王家の人のゴリ押しはイーリア以上だわ。
「ジークフリートが生まれてくる時、僕は本当に死んだんだ。心臓が止まった瞬間、母から生まれたジークフリートはマナが消え、僕は息を吹き返した。偶然かと思ったんだけれど、調べてみると、多分父母がジークフリートのマナをオドに変えて僕に転送したのだと思う。父は結構優秀な魔法師だからね」
その術式は禁忌だけれど、私も知っている。貴族学舎でも習ったからだ。でも、それは自分のオドが切れかけた時、マナから補充するやり方で、他人に転移するやり方ではない。
「一度死の国の門を開いた僕は神父をしているけれど、マナを失い王子の座を剥奪されたジークには申し訳ないと思うんだよ。だから君に助けてほしい。可哀想なジークも罪悪感の塊の僕も」
と、言われましても……。でも、ゴードン神父の困ったような顔を見ていると、仕方ない助けてあげなくてはとも思えてしまう。
「契約をしませんか?私はイリアスとして死化粧師として仕事を続けたい。この国ではまだ平民の女性の活躍の場は限られています。その代わり婚約者イリアとしてエルデバルトに入り、ジークを助けます」
私の言葉に、ゴードン神父は首を傾げた。
「ーージークに恋愛感情はないのかい?半年も近くにいた男女の有り様がそれなの?」
「愛着くらいはあります。ああ、監視人は今日近くにいないなーくらいは」
ゴードン神父が祈るような形をとり両手を開いた。死の国の門を開くポーズだ。
「ーー僕なんか秒で恋に落ち、分で寝台の上に乗せるのに」
「恋愛オンチなんだから仕方ありません」
「ジークも苦労するよ。おっと、怖い弟が来た。これをあげるよ。僕が幻の第二王子として預かったものを役立ててくれないかな」
私の手のひらには、重要案件が載っている。
「うん、これは。ーー現実を直視しないとだめね」
私は立ち上がった。
簡単な食事を取った後、私たちは元来た道を帰っていく。全員分ブラッシュを掛けると、穴掘り夫が感動して跪いて驚いた。魔法が使えない人との違いを初めて認識する。それから馬車を乗り換え二人用の小さな馬車で墓場の脇の道を奥に進んでいた。御者はジークで、私は馬車に乗せられっぱなしでお尻が痛い。
静かな墓地を抜けて整備された綺麗な林を通り切ると、無骨な四角い古いタイプの屋敷が出てきた。歴代皇太子のスペア用の屋敷ってだけに昔からあるのね。綺麗に整備された庭と丸いエントランスを通り、玄関へ馬車は着く。
既に連絡が入っていたみたいで、玄関先には使用人が並んでいた。服装は使用人の働きの証、見ると執事、コック、厨房付きメイド、部屋付きメイドと、夫婦らしい下女下男だけだ。
「ついたぞ」
馬車の扉を開くと下男がステップを寄越して、ジークが手を添えてくれ私は馬車を降りる。執事以下全ての使用人は、私の姿を見ても顔色ひとつ変えないでいた。
「イリアです。しばらくご厄介になりますわ」
私は声にかけた魔法を解いて挨拶をした。さすがにレディの挨拶ではなくて、男性の仕草だが。執事以外は皆少し頭を下げていて私を見ることはない。でも、部屋付きメイドに見覚えがあった。
二階の女主人の部屋へ案内されて、ジークが本気だと分かり、メイドに声を掛けた。
「あなたに見覚えがあるわ。ダスティン家のメイドのはずよ」
メイドは
「発言をお許しください」
と前置きをした。イーリア・ボゥ・ダスティンはメイドに必ず前置きをさせていた。貴族社会の嗜みだとか言いながら。
「どうぞ」
私が『許す』ではなく『どうぞ』と告げたことにまず驚いて顔を上げたメイドは目を床に落とした。
「お嬢様を追ってお屋敷を出たのです。働きながらお嬢様の行方を探ればと思い、使用人の仲介協会で旦那様に会いました」
「どうしてジークが。いえ、それより何故あなたが私を追うのよ?私はわがままで生意気で……」
言うのも憚られるが、私はひどい子供だった。
「でも、お嬢様は私をぶちませんでした。食事も抜きませんでした。何日も続く不寝番もなく、平民の私に声を掛けてくれました」
「ダスティン家では誰もそんなことはしないわ」
皆善人の塊のダスティン家では使用人は大切にされていた。私もわがままではあったが、私付きのメイドに折檻などしたことはない。平民は人ではないという扱いをしている貴族もいるようだが、私の家族はそれを良しとはしていなかった。
「では私はあなたにとってよい主人だったのね。ーー名前は?」
「マゴットと申します、お嬢様。いえ、奥様」
「奥様ーーね。お嬢様の方がいいわ。それに私はイリア。平民のイリアよ。イーリアの時のように畏まることはないわ。自由に発言をして頂戴」
私はマゴットに頭を下げた。
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