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2 世界樹の精霊
ぬかるんだ道を歩いて数分後、湖に差し掛かる。あまり綺麗な雰囲気ではない。しかしやっと見つけた手がかりのために進んでいく。
「誰もいないな」
ゴースト騒ぎがでていた。白い光珠オーヴがちらほらと南の果ての町アリオネのさらに南の森に現れた。それは世界樹が『出現』している証だ。世界樹は森に精霊を宿らせる。精霊が宿る木々は魔導樹となり、魔導石を育むのだと昔聞いたことがある。
ミクウは長い間このユグドガルド大陸で世界樹を探していた。町から町へ村から村を巡り、砂漠の向こうまで行き海岸沿いも歩いた。大国ユラシオン王国はユグドガルド大陸全域に勢力を広げているから一国を歩き切ったとしか言えないのだが。爵号領主が治める町がある意味小さな国だった。
「全く巻き込まれた身にもなってくれ…」
ミクウは文句を言いながら、さらに深い森に入っていく。巨木のそびえる場所は次第に、清浄さが感じられた。
上を見上げると、木の葉の間に揺れる小さな白いの発光体を見つける。木の周りで揺れていた白の発光体がゆっくりと降りてきて、ミクウの前にふわりと止まる。
「……長い耳。あなたも精霊なの?」
それは小さな裸体の女の子のような形をしていた。精霊は無性別だが、得てして綺麗で可愛い姿をしている。手のひらに乗りそうな大きさの幼女の姿には透明な羽が生えて、耳は尖っている。
「残念ながら俺は妖精族の剣士だ。この森に世界樹が存在すると聞いてね。どうだろう、知らないかな?」
精霊が身体を震わせたかと思うと、ミクウの髪を一房掴んだ。それから小さく呟く。
「知ってるわよ。精霊狩りの奴らが、排回っているもの。軒並み若木の精霊がやられてるの!世界樹のあの方も捕まってしまったわ」
「やっぱり世界樹がここにあるんだな。必ず精霊も見つける。ありがとう、降りてきてくれて」
ミクウが礼を取ると、トンと空中に燐光が筋を引き、精霊が舞い上がる。
「必ずよ!妖精族の剣士さん」
そんな言葉を残して気配すら消してしまった後に、ミクウだけが残される。
「精霊狩りをしている奴が、こっちにもいるなんて」
ミクウが綺麗な眉をひそめて、精霊の去った木々に分け入った。
ミクウの背丈ほどの木の枝に親指ほどの白い発光体が見える。酷く薄く発光しているのだ。
「必死で逃れて隠れているんだな。俺の魔力を分けてやる。あちらではそうしていた。どうだ?」
ミクウの指が木に触れると、発光体が強く輝き出し、精霊が形を作る。
ミクウのいた世界でも、精霊は木にいた。木の生命力が溢れ出し具現化した木の生命そのもの。そこから幼体となり成体になるまでは木から離してはならない。
だが、ミクウの世界でも精霊狩りは頻繁で、木の生命力を十分に貰えていない精霊はとりあえず他の鑑賞木に移されて生きていけるが、弱々しく見える。精霊狩りは観賞用に捕まえて売り、貴族がバカみたいな値段で買っていた。その密猟者を捕まえる仕事もしたことがあった。
思いを馳せながらさらに奥へ進むと、かなり離れた木の幹の傍に、白い光が見えた。白いの光は点滅している。しかもこちらに向かってきており、何から逃れようとしているかのようだ。
「ん?」
その光はミクウ目掛けて飛び込んでくる。胸の所にしがみついた小さな光は精霊そのもので、先程見た精霊よりも幼くふんわりとした緑色の髪が乱れて、ぐったりとミクウの手の中で荒い息をついていた。
「お前は……」
ミクウはその後ろから低木を掻き分け走って来る音に足を止めた。
「助けて……」
ミクウが身構える。白というより灰色に煤けたフードマントを被った男が、ミクウ目掛けて勢い低い崖から走り込んできたのだ。男との距離が近すぎて、間合いを取ることが出来ない。
ミクウは精霊に魔力を送り込むことに集中し、両手で精霊を包み込むで身体を捻って男を交わした。
「それは俺のだっ……がぁっ……!」
「精霊は誰のものでもないっ、だろっ!」
ミクウは片手の平を男の身体に押し当てると魔力を使う。男が後ろに吹っ飛び、細い木に無様に頭を下にしてぶつかって転がった。男のところに行くと、完全に気絶して伸びている髭の中年男の手にしていた袋を見た。
「精霊……こんなに……さあ、自分の木に帰るんだ」
ここは元々古き森のようだ。精霊は精霊に適した木に成る。その木は清浄な空気を作り、竜を寄せ付けない。だからこそこの町近隣は平穏でいられるのだ。
ミクウはそっと魔力を精霊に移し、緑色の綺麗な髪の毛がやんわりと広がり、手の中で動き出すと、精霊が安心して大きなため息をついた。
気絶した男をどうしたものかと考えていると、木立の中から武装した男たちが五人ほど現れる。白い布でゴーストにカモフラージュしている彼らは、明らかに倒れた男の仲間だ。
「その男と精霊を返してもらおうか、お嬢ちゃん」
お嬢ちゃん。不本意だがミクウのことだ。容姿を馬鹿にされているようでシャクに触る。
「精霊は森の一部だ。お前たちのものじゃない」
「なんだ、お嬢ちゃん。こりゃまた綺麗なお嬢ちゃんだな。人買いに会ったら捕まっちまうぞ」
にやにや笑う男たちは、全く動くそぶりを見せない。
「邪魔せずに返してくれれば、痛い目に合わないこともないがな。お前、なんだその耳は。その精霊の母親か?巨大精霊として、貴族にでも売ってやろう」
精霊には親も何もないのを理解していないのか、ゲラゲラと笑う男たちの中で、リーダー格の男が腰から大振りの剣を引き抜き、近くの若木を斜めに切り上げてデモストレーションをしてから歩み寄ってくる。剣には夜の戦闘を想定してから鈍色仕様にしてあり、昼間でも薄暗い森の中で光らないようになっていた。
「おい、精霊は生け捕りにしろ。精霊耳の女は少し刻んで味見する」
その言葉と容認の口笛を聞いた途端、ミクウが舌打ちをした。
剣を私利私欲に使い、あまつさえ二兎を得るもの一途も得ずを知らない屑野郎を野放しにはできない。
「仕方がない。精霊さん、俺のフードに入って捕まっていろよ」
精霊が頷いてフードに入り身を隠すと、ミクウは左右に吊るしてあるが、片方だけ左側に吊るしていた剣を抜いた。柄のない直刀の細身の剣を抜いた時、その笑いが止まる。
「お前……剣士か?」
その瞬間、口をぽかんと開けた男に向かって、ミクウは全力で斬りかかる。
ひゅひゅっ……と高い剣鳴りがし、男の汚れた布が千切れ、足元に落ちた。
「次は身体を狙う」
リーダー格の男の前で細身の剣を煌めかせる。男が尻餅を付き後ろに下がった。
「止めろ……っ」
「お前たちが手を引けば」
ミクウの言葉に、
「うるさいっ!お前たちも……やれっ!」
と叫ぶ。
その声に我に返った男たちが次々と剣を抜き、ミクウを取り囲む。ミクウは鋭く緑光る眼で、深い息を吐き地面を蹴ると、群れを蹴散らしていった。
「ふぅ……」
ミクウが剣を降ろすと、森には男たちが転がり呻いている。
「大丈夫か?」
フードの中で精霊が震えていた。そして袋の中の精霊が一気に浮上して散り散りになっていく。小さな小さな精霊は、男が切った若木の先端に戻る。しかしその横の幹は太く、根別れした若木だったのが見て取れる。しかし手の中に戻した精霊は浅い息をついて動かない。
「この子は……もっと奥の木なのか」
ミクウは精霊を手に乗せると走り出した。森の奥へ、奥へと走り続け、精霊が顔を開けたので立ち止まった。
見上げても木のてっぺんが見えない巨木が湖から生えている……ように見える。そこだけがまるで切り取られた絵のように見える風景は、しんとして清浄。鳥さえもいない虫の気配すらしない空間だった。
精霊がひらりとミクウの手から飛び出して木の近くに飛んでいくと、巨木が緑色に輝き始める。
光瞬き、まるで星の輝きのような強弱の光に包まれた精霊は、輝きとともに生き生きとし始め、広い湖の上を渡れはしない……本当は渡れるが渡る気のないミクウが座り込んでいると、こちらに向かって戻って来た。
「よかったな、元気になった」
ミクウの手のひらに乗っかった精霊は頷いてから、彼の前にひらりと飛ぶ。
「ありがとうございました。まだこちらに根付いて間もなく、自身の身を守れませんでした。周りの様子が知りたくて少し離れすぎました」
「これ……世界樹だろ」
裸の精霊の身体をふわりと髪が包み込んでいた。そして小さく頷く。まるで存在の淡さのようにも感じられた。
「やっぱり……ずっと探していたんだ。世界樹の精霊、俺をレムリカント大陸に……レムリア王国に帰してくれ。聞いたことがある。世界樹は世界を行き来して木々に光を満たしている。俺のいた世界でも世界樹はいた。俺は六十年前、レムリア王国の世界樹の近くにいたんだ。多分その時、この世界に一緒に連れてこられた。世界樹の精霊なら俺を帰せるはずだ」
ミクウは世界樹の精霊に片膝を折り頭を下げて懇願する。
「無理なのです……」
世界樹の精霊は言い淀み口を閉ざす。それから小さな手をミクウの手の甲に押し当てた。
「世界樹の渡里に巻き込まれてしまったのですね。それは謝ります。次の渡里はいつになるか分かりません……」
ミクウは愕然とした。あの森に……故郷の森に帰れない……唯一の手がかりすらミクウを拒絶しているかのように感じた。
「いつになるか分からない?じゃあまだこの世界で一人で生きていかなきゃならないのか。この世界で妖精族は俺一人。魔導も、魔導石も使えない俺にはこの世界は苦しいだけだ!」
六十年間世界樹を探してユグドガルド大陸を歩き回り、意外にも近くに、やっと見つけた世界樹の精霊は首を横に振り、後ずさりさえし始めた。
「妖精族はこの世界には確かにいません。でも、あなたを受け入れてくれる人はいるはずです。もう少し、もう少しだけ待って下さい。そしてこれを……」
世界樹の精霊は飛び立つとミクウの左耳に触れた。ミクウが手に触れた時には気の手触りのイヤーカフが耳にあった。
「これで渡里をお知らします。どうか、怒りをお納めください」
ミクウはふーーっと深い息を吐くと、世界樹の精霊の頭を中指で撫でた。どうにもならないのだ。六十年待ったのだ。また六十年くらいは待つことが出来る。妖精族は嫌になるほど長寿だ。
「よろしく頼むよ、世界樹の精霊」
「おーー、久しぶりだな、ミクウ。十年振りか?探し人の依頼が終わってからすぐいなくなりおって」
「また、世話になる。ラビット……あんたはあんまり変わらないな」
ミクウは長い間馴染みになっているスキンヘッドのラビットの飯屋件宿屋に向かうと、張り紙がしてあるボードを見つめた。
ラビットは冒険者を取り仕切る王立ギルドマスターで、死んだ妹の子のティムを育てながら、ユラシオン王国随一の竜騎士ギルドを運営している。
「ミクウは本当に全く変わらないのな」
もう成人したティムは声も低くなり髭も生え、身体もラビットのように筋肉質に大きい。
「十年前はお前も可愛かったのになあ。ゴツくなりやがって」
ラビットシチューを頼んで椅子に座ると、部屋の外にぽぅっと小さな白い光が現れる。
緑色柔らかな髪は足首までかかり、ミクウの髪色によく似ている。瞳の色も同じく緑でミクウを見つけると、ミクウの前に飛んできた。
「なっ……どーして、お前!」
「地に根付く木があれば、私は行き来出来ます」
ちょこんと机の上に座った精霊はやはり全裸で、ミクウはふう……とため息をつく。
「あれ?ミクウ、子供がいたのか?」
ティムが精霊とミクウを見ながら、ラビットシチューを出してくれたが、さらに小さな木匙まで用意してくれた。
「んっーーな訳あるか!この子は……」
「はい、パパとは長耳がお揃いです。ティーといいます」
「え、ミクウって精霊?妖精?」
ティムが動揺しミクウが否定するより先に、精霊がぺこりと頭を下げた。ティムは頷いてひらひら手を広げて挨拶をするが、ミクウは妖精族だって幼い頃はこんなに小さくないのだがと思いながら、ティーと名乗った世界樹の精霊を見下ろす。
「私が口にした名は私の擬態した木由来の名前です。こうしてたまには顔を出した方が、繋がりは強く持てます。私が必ずあなたを元の世界に戻しますから」
と小さな声で耳元で囁き、ちょこんと肩に乗った。
「しかし、パパはないだろ……」
「ママの方がいいですか?」
どちらもよろしくはないのだが、父親で妥協した。ミクウ八十歳、世界樹の精霊の名目上『パパ』となった。
「誰もいないな」
ゴースト騒ぎがでていた。白い光珠オーヴがちらほらと南の果ての町アリオネのさらに南の森に現れた。それは世界樹が『出現』している証だ。世界樹は森に精霊を宿らせる。精霊が宿る木々は魔導樹となり、魔導石を育むのだと昔聞いたことがある。
ミクウは長い間このユグドガルド大陸で世界樹を探していた。町から町へ村から村を巡り、砂漠の向こうまで行き海岸沿いも歩いた。大国ユラシオン王国はユグドガルド大陸全域に勢力を広げているから一国を歩き切ったとしか言えないのだが。爵号領主が治める町がある意味小さな国だった。
「全く巻き込まれた身にもなってくれ…」
ミクウは文句を言いながら、さらに深い森に入っていく。巨木のそびえる場所は次第に、清浄さが感じられた。
上を見上げると、木の葉の間に揺れる小さな白いの発光体を見つける。木の周りで揺れていた白の発光体がゆっくりと降りてきて、ミクウの前にふわりと止まる。
「……長い耳。あなたも精霊なの?」
それは小さな裸体の女の子のような形をしていた。精霊は無性別だが、得てして綺麗で可愛い姿をしている。手のひらに乗りそうな大きさの幼女の姿には透明な羽が生えて、耳は尖っている。
「残念ながら俺は妖精族の剣士だ。この森に世界樹が存在すると聞いてね。どうだろう、知らないかな?」
精霊が身体を震わせたかと思うと、ミクウの髪を一房掴んだ。それから小さく呟く。
「知ってるわよ。精霊狩りの奴らが、排回っているもの。軒並み若木の精霊がやられてるの!世界樹のあの方も捕まってしまったわ」
「やっぱり世界樹がここにあるんだな。必ず精霊も見つける。ありがとう、降りてきてくれて」
ミクウが礼を取ると、トンと空中に燐光が筋を引き、精霊が舞い上がる。
「必ずよ!妖精族の剣士さん」
そんな言葉を残して気配すら消してしまった後に、ミクウだけが残される。
「精霊狩りをしている奴が、こっちにもいるなんて」
ミクウが綺麗な眉をひそめて、精霊の去った木々に分け入った。
ミクウの背丈ほどの木の枝に親指ほどの白い発光体が見える。酷く薄く発光しているのだ。
「必死で逃れて隠れているんだな。俺の魔力を分けてやる。あちらではそうしていた。どうだ?」
ミクウの指が木に触れると、発光体が強く輝き出し、精霊が形を作る。
ミクウのいた世界でも、精霊は木にいた。木の生命力が溢れ出し具現化した木の生命そのもの。そこから幼体となり成体になるまでは木から離してはならない。
だが、ミクウの世界でも精霊狩りは頻繁で、木の生命力を十分に貰えていない精霊はとりあえず他の鑑賞木に移されて生きていけるが、弱々しく見える。精霊狩りは観賞用に捕まえて売り、貴族がバカみたいな値段で買っていた。その密猟者を捕まえる仕事もしたことがあった。
思いを馳せながらさらに奥へ進むと、かなり離れた木の幹の傍に、白い光が見えた。白いの光は点滅している。しかもこちらに向かってきており、何から逃れようとしているかのようだ。
「ん?」
その光はミクウ目掛けて飛び込んでくる。胸の所にしがみついた小さな光は精霊そのもので、先程見た精霊よりも幼くふんわりとした緑色の髪が乱れて、ぐったりとミクウの手の中で荒い息をついていた。
「お前は……」
ミクウはその後ろから低木を掻き分け走って来る音に足を止めた。
「助けて……」
ミクウが身構える。白というより灰色に煤けたフードマントを被った男が、ミクウ目掛けて勢い低い崖から走り込んできたのだ。男との距離が近すぎて、間合いを取ることが出来ない。
ミクウは精霊に魔力を送り込むことに集中し、両手で精霊を包み込むで身体を捻って男を交わした。
「それは俺のだっ……がぁっ……!」
「精霊は誰のものでもないっ、だろっ!」
ミクウは片手の平を男の身体に押し当てると魔力を使う。男が後ろに吹っ飛び、細い木に無様に頭を下にしてぶつかって転がった。男のところに行くと、完全に気絶して伸びている髭の中年男の手にしていた袋を見た。
「精霊……こんなに……さあ、自分の木に帰るんだ」
ここは元々古き森のようだ。精霊は精霊に適した木に成る。その木は清浄な空気を作り、竜を寄せ付けない。だからこそこの町近隣は平穏でいられるのだ。
ミクウはそっと魔力を精霊に移し、緑色の綺麗な髪の毛がやんわりと広がり、手の中で動き出すと、精霊が安心して大きなため息をついた。
気絶した男をどうしたものかと考えていると、木立の中から武装した男たちが五人ほど現れる。白い布でゴーストにカモフラージュしている彼らは、明らかに倒れた男の仲間だ。
「その男と精霊を返してもらおうか、お嬢ちゃん」
お嬢ちゃん。不本意だがミクウのことだ。容姿を馬鹿にされているようでシャクに触る。
「精霊は森の一部だ。お前たちのものじゃない」
「なんだ、お嬢ちゃん。こりゃまた綺麗なお嬢ちゃんだな。人買いに会ったら捕まっちまうぞ」
にやにや笑う男たちは、全く動くそぶりを見せない。
「邪魔せずに返してくれれば、痛い目に合わないこともないがな。お前、なんだその耳は。その精霊の母親か?巨大精霊として、貴族にでも売ってやろう」
精霊には親も何もないのを理解していないのか、ゲラゲラと笑う男たちの中で、リーダー格の男が腰から大振りの剣を引き抜き、近くの若木を斜めに切り上げてデモストレーションをしてから歩み寄ってくる。剣には夜の戦闘を想定してから鈍色仕様にしてあり、昼間でも薄暗い森の中で光らないようになっていた。
「おい、精霊は生け捕りにしろ。精霊耳の女は少し刻んで味見する」
その言葉と容認の口笛を聞いた途端、ミクウが舌打ちをした。
剣を私利私欲に使い、あまつさえ二兎を得るもの一途も得ずを知らない屑野郎を野放しにはできない。
「仕方がない。精霊さん、俺のフードに入って捕まっていろよ」
精霊が頷いてフードに入り身を隠すと、ミクウは左右に吊るしてあるが、片方だけ左側に吊るしていた剣を抜いた。柄のない直刀の細身の剣を抜いた時、その笑いが止まる。
「お前……剣士か?」
その瞬間、口をぽかんと開けた男に向かって、ミクウは全力で斬りかかる。
ひゅひゅっ……と高い剣鳴りがし、男の汚れた布が千切れ、足元に落ちた。
「次は身体を狙う」
リーダー格の男の前で細身の剣を煌めかせる。男が尻餅を付き後ろに下がった。
「止めろ……っ」
「お前たちが手を引けば」
ミクウの言葉に、
「うるさいっ!お前たちも……やれっ!」
と叫ぶ。
その声に我に返った男たちが次々と剣を抜き、ミクウを取り囲む。ミクウは鋭く緑光る眼で、深い息を吐き地面を蹴ると、群れを蹴散らしていった。
「ふぅ……」
ミクウが剣を降ろすと、森には男たちが転がり呻いている。
「大丈夫か?」
フードの中で精霊が震えていた。そして袋の中の精霊が一気に浮上して散り散りになっていく。小さな小さな精霊は、男が切った若木の先端に戻る。しかしその横の幹は太く、根別れした若木だったのが見て取れる。しかし手の中に戻した精霊は浅い息をついて動かない。
「この子は……もっと奥の木なのか」
ミクウは精霊を手に乗せると走り出した。森の奥へ、奥へと走り続け、精霊が顔を開けたので立ち止まった。
見上げても木のてっぺんが見えない巨木が湖から生えている……ように見える。そこだけがまるで切り取られた絵のように見える風景は、しんとして清浄。鳥さえもいない虫の気配すらしない空間だった。
精霊がひらりとミクウの手から飛び出して木の近くに飛んでいくと、巨木が緑色に輝き始める。
光瞬き、まるで星の輝きのような強弱の光に包まれた精霊は、輝きとともに生き生きとし始め、広い湖の上を渡れはしない……本当は渡れるが渡る気のないミクウが座り込んでいると、こちらに向かって戻って来た。
「よかったな、元気になった」
ミクウの手のひらに乗っかった精霊は頷いてから、彼の前にひらりと飛ぶ。
「ありがとうございました。まだこちらに根付いて間もなく、自身の身を守れませんでした。周りの様子が知りたくて少し離れすぎました」
「これ……世界樹だろ」
裸の精霊の身体をふわりと髪が包み込んでいた。そして小さく頷く。まるで存在の淡さのようにも感じられた。
「やっぱり……ずっと探していたんだ。世界樹の精霊、俺をレムリカント大陸に……レムリア王国に帰してくれ。聞いたことがある。世界樹は世界を行き来して木々に光を満たしている。俺のいた世界でも世界樹はいた。俺は六十年前、レムリア王国の世界樹の近くにいたんだ。多分その時、この世界に一緒に連れてこられた。世界樹の精霊なら俺を帰せるはずだ」
ミクウは世界樹の精霊に片膝を折り頭を下げて懇願する。
「無理なのです……」
世界樹の精霊は言い淀み口を閉ざす。それから小さな手をミクウの手の甲に押し当てた。
「世界樹の渡里に巻き込まれてしまったのですね。それは謝ります。次の渡里はいつになるか分かりません……」
ミクウは愕然とした。あの森に……故郷の森に帰れない……唯一の手がかりすらミクウを拒絶しているかのように感じた。
「いつになるか分からない?じゃあまだこの世界で一人で生きていかなきゃならないのか。この世界で妖精族は俺一人。魔導も、魔導石も使えない俺にはこの世界は苦しいだけだ!」
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「これで渡里をお知らします。どうか、怒りをお納めください」
ミクウはふーーっと深い息を吐くと、世界樹の精霊の頭を中指で撫でた。どうにもならないのだ。六十年待ったのだ。また六十年くらいは待つことが出来る。妖精族は嫌になるほど長寿だ。
「よろしく頼むよ、世界樹の精霊」
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「また、世話になる。ラビット……あんたはあんまり変わらないな」
ミクウは長い間馴染みになっているスキンヘッドのラビットの飯屋件宿屋に向かうと、張り紙がしてあるボードを見つめた。
ラビットは冒険者を取り仕切る王立ギルドマスターで、死んだ妹の子のティムを育てながら、ユラシオン王国随一の竜騎士ギルドを運営している。
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「十年前はお前も可愛かったのになあ。ゴツくなりやがって」
ラビットシチューを頼んで椅子に座ると、部屋の外にぽぅっと小さな白い光が現れる。
緑色柔らかな髪は足首までかかり、ミクウの髪色によく似ている。瞳の色も同じく緑でミクウを見つけると、ミクウの前に飛んできた。
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ちょこんと机の上に座った精霊はやはり全裸で、ミクウはふう……とため息をつく。
「あれ?ミクウ、子供がいたのか?」
ティムが精霊とミクウを見ながら、ラビットシチューを出してくれたが、さらに小さな木匙まで用意してくれた。
「んっーーな訳あるか!この子は……」
「はい、パパとは長耳がお揃いです。ティーといいます」
「え、ミクウって精霊?妖精?」
ティムが動揺しミクウが否定するより先に、精霊がぺこりと頭を下げた。ティムは頷いてひらひら手を広げて挨拶をするが、ミクウは妖精族だって幼い頃はこんなに小さくないのだがと思いながら、ティーと名乗った世界樹の精霊を見下ろす。
「私が口にした名は私の擬態した木由来の名前です。こうしてたまには顔を出した方が、繋がりは強く持てます。私が必ずあなたを元の世界に戻しますから」
と小さな声で耳元で囁き、ちょこんと肩に乗った。
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落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生