Dear my roommates

heil/黒鹿月

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ふたつのティーカップ。―望乃夏

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 給湯室に置いた電気ポットのスイッチが戻る音が静かな部屋に大きく響く。
 あっ、お湯沸いた。
 窓に向けていた視線をポットへと移した私―墨森すみもり望乃夏ののかは、カップを温めに給湯室に入る。あんまり熱いとカップ持てなくなるけど、冬だから大丈夫だよね。
 そんなことを考えつつ、シンクの上に逆さにしてふたつ並んだティーカップのうち、左側にあるものを取る。うん、黒猫が描いてある、私のだ。
 そして、沸かしたお湯をカップに注ごうとしたところで、部屋の扉がノックされる。最初に2回、それから遠慮がちに1回。こんなおかしなノックをする人は、私の知る限り1人しかいない。どうぞ、の声を待たずに鍵が開く音がして、私のルームメイト―白峰しらみね雪乃ゆきのさんが入ってくる。
「おかえり」
「………………」
 返事が帰ってこないのはいつものことだし、怒ってるわけじゃないのはルームメイトだからわかってる。入学する前に初めて会った時から、今までに白峰さんが「ただいま」って言ったのを聞いたことがないし。…………でも、いつかは聞けるかな?
「…………お湯、沸かしたけど…………なにか、飲む?」
「…………いただくわ」
 マフラーをほどいて自分の机に置いた白峰さんは、自分も給湯室に入ってきて残った方のティーカップ―こっちは白兎さんだ―を取って、カップにお湯を注ぎ入れる。
「…………はい、ソーサー。…………今日も、レモン?」
 コクリと頷く白峰さん。それを見て、戸棚からレモンティーと私の分のアールグレイのティーバッグを取り出す。どっちもお互いの私物だから、勝手には飲まないのが暗黙の了解。だけどなぜか、私の方が減るのが早い。
 お互いのカップのお湯を捨てて、ティーバッグを入れてお湯を注ぎ直すと、ふんわりと紅茶の香りが漂う。その間にミルクと砂糖を持ってきてテーブルに置くと、さっそく白峰さんが砂糖に手を伸ばす。それを横目に、私も自分のカップにミルクを注いで砂糖を加える。
 スプーンを伝って流れるミルクが、カップの中に渦をまく。この瞬間が私は一番好き。だって、二つのものが混ざりあって一つになるのって、見てて楽しいし。
 ふと、視線を感じて目線を上げると、私のカップを見つめる白峰さんと目が合…いそうになって逸れる。
「…………おいしそうね、それ」
 白峰さんがボソリとつぶやく。
「…………今度、淹れようか?」
「…………いいわ、要らない」
 そう言う白峰さんの口元に微かに笑みが浮かんだように見えたけど…………気のせい、かな。
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