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第4話 付き添わされる
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「ちょっと、予約の時間は10時よ!もう12時なるじゃない!」
病院の待合室で御手洗が大声でわめいている。あのあと、どうなったのか正直よく覚えていない。気づいたら病院の待合室に座って、御手洗の診察を待っていた。
一瞬、夢だったのではないかと思ったが、手から便臭がしたので夢ではない。私は急いでトイレに行き、手を洗った。
(汚い、汚い、汚い…)
手が真っ赤になるまで洗ったが、まだ洗い足りない気がする。ふと鏡に目をやると私の腕に赤い跡のようなものが半袖の裾部分から見えた。なんだろうと思って袖をまくるとゾッとした。
御手洗の手形だ。押し倒されたときにこんな強い力でつかまれたんだ。
トイレから戻って今日はもう帰りたいと大塚さんに告げたが、最近の若い子は責任感ってものがないと冷たく言い放たれただけだった。どうすることもできず、待合室のイスに座った。疲れた。休みたい。
「ちょっと、あんた。私は2時間も待ってんのよ。あと何分で診察なの?」
御手洗の声を聞くとイライラする。御手洗はたまたまそばを通りかかった看護師さんに牙を向いていた。
「もうちょっとかかりそうですね」
慣れているのだろう。看護師さんはかがんで、御手洗の耳元で大きくはっきりと答えていた。
「もうちょっとって、だからあと何分か聞いてんのよ!日本語わかんないの!? わたしゃねえ、この前11時に血液検査したの。今日もするんでしょ?だったら前と同じ時間にしないとだめじゃない。」
「多少の時間のずれは大丈夫だと思うのですが、、、。」
「絶対に影響はないの!?そう言い切れるの!!なら、病院として一筆書いてちょうだい。何もないなら書けるわよね! 何かあったら責任取ってもらうわよ!」
「絶対とは、、、」
看護師は困り顔だった。人のことを泥棒と決めつけて襲ってきたくせに、なんで検査の時間はボケて忘れないんだろう。
ようやく診察が終わり、その足で薬局に行った。もうクタクタだった。薬剤師に処方せんを渡し、待つこと数十分。ここでも御手洗は『まだできないのか』と怒鳴り散らしていた。やっと御手洗の名前が呼ばれ、投薬の窓口まで誘導した。
「今日はいつもの薬ですね。認知症の進行を遅らせる飲み薬が出ています。気持ち悪さなどはありませんでしたか?」
若い男性薬剤師が丁寧な口調で説明してくる。
「なかったと思います」とぶっきらぼうに大塚さんが答えた。
「あと、白内障の進行を遅らせる目薬も出ています。それと湿布が70枚ですね。説明は以上です。気になる点などはございますか?」
「特にないです。お世話様でした」
そういって大塚さんは会計もせず、薬が入った袋をかっさらった。
「え?お金は?」
驚きと同時に私はつい口に出してしまった。薬剤師はああ、知らなかったんだねという顔で言った。
「御手洗様は超後期高齢者介護保険制度が適用となるため、医療費は無料です。介護実習制度が制定されてから、新たに導入されたんですよ」
(無料?タダで薬がもらえるの?)
信じられず、大塚さんと薬剤師を交互に見てしまった。知らなかった。高齢者は1割負担だとばかり思っていたが、いつの間にか無料になっていたのか。
…そうか、私のバイト代から引かれてる積み立て税はこの人の医療費にも使われてたんだ。
「あんた、そこの焼酎とコップをこっちに持ってきて」
家に着くなり、御手洗は焼酎を一杯あおった。そしてタバコも吸い始めた。私のバイト代でこんなクズを生かしてたんだ。高齢化社会という言葉の意味を突きつけられた気がした。積み立て税はジジイとババアの医療費にも当てられてるんだ。むなしさと疲れが同時に私を襲った。
「薬はそこに置いといて」
タバコの煙を吐きながら、御手洗が言った。床にはいくつもビニール袋が置いてあった。そばに置くと、『違う違う、その袋の中にいれといて』と御手洗が指図してきた。ビニール袋を開こうとすると中に何か入ってることに気づいた。
(生ゴミじゃないよね)
中を見ると今日もらったものと同じ薬が入っていた。あっちの袋にもこっちの袋にも入っている。なんでこんなに同じ薬が散乱しているのか混乱したが、答えはすぐにわかった。
こいつ飲んでなかったんだ。
タダで薬をもらっておきながら、湿布も目薬も使っていなかったんだ。
(ふざけるな!誰の金だと思ってるんだ!)
振り返りって御手洗を睨み付けた瞬間、首に激痛が走った。
(痛い!!)
とっさに右手で首を押さえる。そうだ、午前中に御手洗に床に押し倒されたんだった。
「どうした?首が痛いのか?」
ボケ老人は自分が原因の事を忘れているようだ。
「そこの湿布をもってっていいよ。ほら、私どうせタダだから。」
介護者による老人虐待が後を経たない理由がわかった気がした。
病院の待合室で御手洗が大声でわめいている。あのあと、どうなったのか正直よく覚えていない。気づいたら病院の待合室に座って、御手洗の診察を待っていた。
一瞬、夢だったのではないかと思ったが、手から便臭がしたので夢ではない。私は急いでトイレに行き、手を洗った。
(汚い、汚い、汚い…)
手が真っ赤になるまで洗ったが、まだ洗い足りない気がする。ふと鏡に目をやると私の腕に赤い跡のようなものが半袖の裾部分から見えた。なんだろうと思って袖をまくるとゾッとした。
御手洗の手形だ。押し倒されたときにこんな強い力でつかまれたんだ。
トイレから戻って今日はもう帰りたいと大塚さんに告げたが、最近の若い子は責任感ってものがないと冷たく言い放たれただけだった。どうすることもできず、待合室のイスに座った。疲れた。休みたい。
「ちょっと、あんた。私は2時間も待ってんのよ。あと何分で診察なの?」
御手洗の声を聞くとイライラする。御手洗はたまたまそばを通りかかった看護師さんに牙を向いていた。
「もうちょっとかかりそうですね」
慣れているのだろう。看護師さんはかがんで、御手洗の耳元で大きくはっきりと答えていた。
「もうちょっとって、だからあと何分か聞いてんのよ!日本語わかんないの!? わたしゃねえ、この前11時に血液検査したの。今日もするんでしょ?だったら前と同じ時間にしないとだめじゃない。」
「多少の時間のずれは大丈夫だと思うのですが、、、。」
「絶対に影響はないの!?そう言い切れるの!!なら、病院として一筆書いてちょうだい。何もないなら書けるわよね! 何かあったら責任取ってもらうわよ!」
「絶対とは、、、」
看護師は困り顔だった。人のことを泥棒と決めつけて襲ってきたくせに、なんで検査の時間はボケて忘れないんだろう。
ようやく診察が終わり、その足で薬局に行った。もうクタクタだった。薬剤師に処方せんを渡し、待つこと数十分。ここでも御手洗は『まだできないのか』と怒鳴り散らしていた。やっと御手洗の名前が呼ばれ、投薬の窓口まで誘導した。
「今日はいつもの薬ですね。認知症の進行を遅らせる飲み薬が出ています。気持ち悪さなどはありませんでしたか?」
若い男性薬剤師が丁寧な口調で説明してくる。
「なかったと思います」とぶっきらぼうに大塚さんが答えた。
「あと、白内障の進行を遅らせる目薬も出ています。それと湿布が70枚ですね。説明は以上です。気になる点などはございますか?」
「特にないです。お世話様でした」
そういって大塚さんは会計もせず、薬が入った袋をかっさらった。
「え?お金は?」
驚きと同時に私はつい口に出してしまった。薬剤師はああ、知らなかったんだねという顔で言った。
「御手洗様は超後期高齢者介護保険制度が適用となるため、医療費は無料です。介護実習制度が制定されてから、新たに導入されたんですよ」
(無料?タダで薬がもらえるの?)
信じられず、大塚さんと薬剤師を交互に見てしまった。知らなかった。高齢者は1割負担だとばかり思っていたが、いつの間にか無料になっていたのか。
…そうか、私のバイト代から引かれてる積み立て税はこの人の医療費にも使われてたんだ。
「あんた、そこの焼酎とコップをこっちに持ってきて」
家に着くなり、御手洗は焼酎を一杯あおった。そしてタバコも吸い始めた。私のバイト代でこんなクズを生かしてたんだ。高齢化社会という言葉の意味を突きつけられた気がした。積み立て税はジジイとババアの医療費にも当てられてるんだ。むなしさと疲れが同時に私を襲った。
「薬はそこに置いといて」
タバコの煙を吐きながら、御手洗が言った。床にはいくつもビニール袋が置いてあった。そばに置くと、『違う違う、その袋の中にいれといて』と御手洗が指図してきた。ビニール袋を開こうとすると中に何か入ってることに気づいた。
(生ゴミじゃないよね)
中を見ると今日もらったものと同じ薬が入っていた。あっちの袋にもこっちの袋にも入っている。なんでこんなに同じ薬が散乱しているのか混乱したが、答えはすぐにわかった。
こいつ飲んでなかったんだ。
タダで薬をもらっておきながら、湿布も目薬も使っていなかったんだ。
(ふざけるな!誰の金だと思ってるんだ!)
振り返りって御手洗を睨み付けた瞬間、首に激痛が走った。
(痛い!!)
とっさに右手で首を押さえる。そうだ、午前中に御手洗に床に押し倒されたんだった。
「どうした?首が痛いのか?」
ボケ老人は自分が原因の事を忘れているようだ。
「そこの湿布をもってっていいよ。ほら、私どうせタダだから。」
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