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第5話 集めさせられる
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「お年寄りの年金額引き上げの署名活動を行っています。ご協力下さーい」
最高気温38度を記録したこの日、私たちは駅前で介護実習の一環として署名活動をやらされていた。
(暑い…とにかく暑い。暑い以外の考えが頭に浮かんでこない。)
なんでわざわざこのくそ暑い季節にやるのだ。きっと老害特有の「辛い体験が人を成長させるという考えのせいだろう。
この日は集合研修ということで他の実習先の高校生も来ていた。集められた高校生は36人。6グループに分けられ、署名を集めている。きっと皆もバイトの接客でジジイとババアにひどい目に会わされてきたのだろう。私はこの中から、愚痴を言い合える仲間を探した。ところが、他の高校生たちは暑い、ダルいと口では言っているものの、どこか楽しげに署名活動をしていた。
「やったー! 50人目突破」
「えー、桜井くんすごーい」
などとはしゃぐ者もいた。
確かに非日常的な活動ではあるが、よく考えてほしい。この署名が通ったら、年金の支給額が引き上げられてしまう。つまり私たち世代の負担がもっと増えるんだぞ。
「皆の力を合わせて午前中までに1000人の署名を集めるぞー」
「「おー!!!」」
恐ろしいことを口にするリア充たちから隠れるように、私は日陰でコソコソすることにした。大丈夫、ここなら誰も来ない。あとちょっと涼しい。
(早く終わらないかな)
風に揺れる雑草を眺めていた。すると、一人の女児が私のもとへ、キラキラした目を輝かせて駆け寄ってきた。
「おねーちゃん、ここに名前を書けばいいの?」
まだ、自分の名前をやっとひらがなで書けるようになったくらいの女の子だ。
「ううん、違うよ」
こんないたいけな子供に名前を書かせたくない。さあ、早くあっちで待ってるお母さんのもとへお帰り。バイバイしようとした瞬間、大塚さんが私から署名ボードを乱暴に奪い取った。
「お嬢ちゃん、お名前書けるかな?」
せっかく家に帰らせようと思ったのに。お願い、書けないで…と願いを込めたが、女児はすらすらと名前を書いた。この子のお小遣いで買った品物の消費税が、ジジイとババアの医療費に消えるのだと思うと吐き気がした。
(どうか、この子の曾祖父がたんまりとお小遣いをあげますよに )
「現代は働かずに引きこもっている若者が大勢います。それで良いのでしょうか?」
ひとしきり署名活動が終わると、おそまつな舞台の上でジジイが演説をおっぱじめた。腹が出ていて、剥げている。原色緑のTシャツとジーパン姿だった。人前に立つのに、どういう服のセンスだろう。
私を含めた36人の高校生がジジイを要に扇形に並んでいる。しかも日向だ。太陽がじりじりと私たちを焼いていく。腹立たしいのはジジイの前方と左右の三方向から扇風機の風が当たっていることだ。一つよこせ。
「私たちが若い頃、物はなく貧しかったが、心は豊かでした。ところが現代は物にあふれていても若者の心は貧しいのです」
心の豊かな人間のすることが『もっと金をよこせという署名活動』か。ジジイの話なんて聞いてられない。ジジイから目をそらすと、テントが張ってあった。その下では30人を越えるジジイとババアが座ってペットボトルお茶を飲んでいた。足元に大きなクーラーバッグがあることから、あのお茶はキンキンに冷えているのだろう。
つい喉がなってしまう。ついでに汗が吹き出す。暑い。体がベトベトだ。シャワーを浴びたい。
「私たちは人生の先輩として、若者たちに教育を施す責任があるのではないでしょうか」
ジジイの演説はまだ終わらない。歌で言うならサビに入ったところだろうか。テントで涼んでいるジジババを睨み付けると、なにやらざわざわしている。一人二人と立ち上がり、続々と移動し始めた。
「今の若者はかわいそうです。私たちの歌の力で若者を救ってあげましょう。」舞台のジジイが声を張り上げた。
待っていましたと言わんばかりに、ジジババ30人が舞台の下にやって来た。演説ジジイを指揮者に合唱コンクールでもするかのような並び方だ。
「それでは皆さんで一緒に歌を歌いましょう」
(なにごとだ!?)
戸惑う私をあざ笑うかのように舞台上のジジイが『ミュージック・スタート』などと言い放った。
そのとたんパチンコ店より豪快で、不愉快な音楽が大音量で流れた。
「「緑の木漏れ日~風邪に揺れ~♪、国を築いたお年寄り~彼らに寄り添い手を握る~♪」」
ジジイは肺活量が追い付かないのか、後半はかすれ声、咳をしているやつもいる。ババアは濁った黄色い声でハーモニーを奏でている。もはや地獄絵図だ。
校則にはたしか、『毎日、日報を手書きで書いて提出すること』とあった。
この悲惨さを伝える文章力は私にはない
最高気温38度を記録したこの日、私たちは駅前で介護実習の一環として署名活動をやらされていた。
(暑い…とにかく暑い。暑い以外の考えが頭に浮かんでこない。)
なんでわざわざこのくそ暑い季節にやるのだ。きっと老害特有の「辛い体験が人を成長させるという考えのせいだろう。
この日は集合研修ということで他の実習先の高校生も来ていた。集められた高校生は36人。6グループに分けられ、署名を集めている。きっと皆もバイトの接客でジジイとババアにひどい目に会わされてきたのだろう。私はこの中から、愚痴を言い合える仲間を探した。ところが、他の高校生たちは暑い、ダルいと口では言っているものの、どこか楽しげに署名活動をしていた。
「やったー! 50人目突破」
「えー、桜井くんすごーい」
などとはしゃぐ者もいた。
確かに非日常的な活動ではあるが、よく考えてほしい。この署名が通ったら、年金の支給額が引き上げられてしまう。つまり私たち世代の負担がもっと増えるんだぞ。
「皆の力を合わせて午前中までに1000人の署名を集めるぞー」
「「おー!!!」」
恐ろしいことを口にするリア充たちから隠れるように、私は日陰でコソコソすることにした。大丈夫、ここなら誰も来ない。あとちょっと涼しい。
(早く終わらないかな)
風に揺れる雑草を眺めていた。すると、一人の女児が私のもとへ、キラキラした目を輝かせて駆け寄ってきた。
「おねーちゃん、ここに名前を書けばいいの?」
まだ、自分の名前をやっとひらがなで書けるようになったくらいの女の子だ。
「ううん、違うよ」
こんないたいけな子供に名前を書かせたくない。さあ、早くあっちで待ってるお母さんのもとへお帰り。バイバイしようとした瞬間、大塚さんが私から署名ボードを乱暴に奪い取った。
「お嬢ちゃん、お名前書けるかな?」
せっかく家に帰らせようと思ったのに。お願い、書けないで…と願いを込めたが、女児はすらすらと名前を書いた。この子のお小遣いで買った品物の消費税が、ジジイとババアの医療費に消えるのだと思うと吐き気がした。
(どうか、この子の曾祖父がたんまりとお小遣いをあげますよに )
「現代は働かずに引きこもっている若者が大勢います。それで良いのでしょうか?」
ひとしきり署名活動が終わると、おそまつな舞台の上でジジイが演説をおっぱじめた。腹が出ていて、剥げている。原色緑のTシャツとジーパン姿だった。人前に立つのに、どういう服のセンスだろう。
私を含めた36人の高校生がジジイを要に扇形に並んでいる。しかも日向だ。太陽がじりじりと私たちを焼いていく。腹立たしいのはジジイの前方と左右の三方向から扇風機の風が当たっていることだ。一つよこせ。
「私たちが若い頃、物はなく貧しかったが、心は豊かでした。ところが現代は物にあふれていても若者の心は貧しいのです」
心の豊かな人間のすることが『もっと金をよこせという署名活動』か。ジジイの話なんて聞いてられない。ジジイから目をそらすと、テントが張ってあった。その下では30人を越えるジジイとババアが座ってペットボトルお茶を飲んでいた。足元に大きなクーラーバッグがあることから、あのお茶はキンキンに冷えているのだろう。
つい喉がなってしまう。ついでに汗が吹き出す。暑い。体がベトベトだ。シャワーを浴びたい。
「私たちは人生の先輩として、若者たちに教育を施す責任があるのではないでしょうか」
ジジイの演説はまだ終わらない。歌で言うならサビに入ったところだろうか。テントで涼んでいるジジババを睨み付けると、なにやらざわざわしている。一人二人と立ち上がり、続々と移動し始めた。
「今の若者はかわいそうです。私たちの歌の力で若者を救ってあげましょう。」舞台のジジイが声を張り上げた。
待っていましたと言わんばかりに、ジジババ30人が舞台の下にやって来た。演説ジジイを指揮者に合唱コンクールでもするかのような並び方だ。
「それでは皆さんで一緒に歌を歌いましょう」
(なにごとだ!?)
戸惑う私をあざ笑うかのように舞台上のジジイが『ミュージック・スタート』などと言い放った。
そのとたんパチンコ店より豪快で、不愉快な音楽が大音量で流れた。
「「緑の木漏れ日~風邪に揺れ~♪、国を築いたお年寄り~彼らに寄り添い手を握る~♪」」
ジジイは肺活量が追い付かないのか、後半はかすれ声、咳をしているやつもいる。ババアは濁った黄色い声でハーモニーを奏でている。もはや地獄絵図だ。
校則にはたしか、『毎日、日報を手書きで書いて提出すること』とあった。
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