蒼淵の独奏譚 ~どこか壊れた孤高で最強の魔法使いがその一生を終えるまでの独奏物語~

蔵之介

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一. アッシュの章

12. 怒れる神

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 俺にとって、あの出来事はまさに人生を変える瞬間だったと思う。

 そして今、俺は、俺とあのローブの男は、何故か地下の牢獄に監禁されていたりする。

「なんでだ!!」

 錆び臭い鉄格子を両手で掴み、持てる力全て振り絞って格子を揺さぶる俺の姿を、これまた古臭い一組しかないシナシナの薄っぺらい布団を丸めて背に敷き、のんびりと腕を組んで見ているローブの男が暇そうに欠伸をする。

 なんでそんなに呑気なんだ、状況が分かってんのか、こいつ。

 格子の隙間は、俺の顔が辛うじて挟まる程度の間隔だった。これは一度ハマったら出てこれないパターンだ。

 だから深追いしないが、本当ならば首全部突っ込んで、手当たり次第文句でも言ってやりたい気分なのだ。


 あれから何時間経ったか分からない。

 土の匂いが充満する地下は、日の光を一切拒んでいる。
 牢獄の隅に空気穴が複数開けられているが、途中で屈折しているらしく、外の様子までは分からない仕様になっているようだ。

 一睡もしていないのに眠くならないのは、興奮しているからだとローブの男は言ったっけ。


 あれから。

 あの、畑に静寂が訪れた時、一気に形勢逆転したかと思った。

 執拗に客人の男を狙っていたあの白い化け物は、ローブの男から放たれた凄まじい光の束をまともに食らって、一瞬にして消えた。

 ローブの男――旦那が突然現れたのにも驚いたが、その未知なる力にも驚いた。

 それはその様子を見ていた親父含む、村の重鎮達も同じだったようで、驚異と恐怖、動揺が見て取れた。

 村長なんかは腰を抜かしていたぐらいだ。

 だが、次の村人達の連携された動きにより、逆転どころか不利に陥る羽目になる。

 腰を抜かした村長をさっさと見捨てると、彼らは足元に未だ転がっている満身創痍の女、つまり客人の片割れ、腕に抱える傷心の男の妻を人質に取り、俺達の動きを逆に牽制したのだ。

 女の首元にナイフを宛がい、震える声で俺達に降伏を叫んだ。
 俺は、我が村の、あの見知った仲の良い友人達の信じられない行動の数々にいちいち反応し、すっかり興奮して目も当てられない状態だったけれど、腕の中の男から力が抜けた事と、化け物を一瞬で殺したあの旦那さえも両手を掲げて降参の意を示した事で、俺も降伏せざるを得なくなってしまったのである。

 旦那の表情は夜の闇とローブで見えなかったけど、何となくニヤついている気がしたから何か考えがあってそうしているのだろうと推測したのもあるが。

 俺は持っていたナイフを捨て、旦那と同じように両手を上げた。

 親父たちがおそるおそる歩み寄り、無言で俺達に縄を絡めてくる。

 精一杯睨みつけてやると、彼らは顔を反らす。

 人道に反する事をしているという認識はあるようだ。

 俺たち三人は碌な抵抗もせず、大人しく彼らに従った。そしてこの地下室に連れてこられたのである。



 ■■■



 まず驚いたのは、地下室の場所。

 それは何と、この真下にあった。

 そう、俺達が先ほどまでいた、あの広大なトウモロコシ畑の真下である。

 入り口は巧妙に隠されていた、というより、御神木とされているあの木をカモフラージュして地下へと続く階段を隠していた。

 道理で、あの場所だけ草木が無かったはずである。

 その御神木はもはや存在しない。

 俺達を襲っていたあの白い霧のような化け物の正体こそあの木であり、そいつは旦那が消し去ったので階段へつながる入り口が丸見えとなってしまっている。

 入り口を開け、土の階段を下りる。
 暗かったが、村人達が絶えず松明の炎を足元に照らし続けていたので、こけずに済んだ。

 土ともカビとも云えない、生臭い匂いが充満する地下室だった。

 地下は存外に広く、大人の背程の天井と長い曲がりくねった通路、それに沿って幾つかの小部屋があった。

 小部屋は目に見える範囲ではあるが、そのすべてに鉄格子が嵌められていた。

 俺とローブの旦那が一つの牢屋に、大けがを負っている客人の夫婦がその隣の牢屋に入れられた。

 これが、現在までの俺の姿である。


 なぜ、こうなった。


 地下の存在は、村人の殆どは知らないはずである。

 あの重鎮達しか知り得ないと仮定すると、あれだけの人数でこんな大がかりなものが作れるのかと疑問に思う。

 改めて牢獄の中を見回す。

 蚤でチマチマと掘ったような痕はない。
 土壁は見事に真っ直ぐで強固。天井まで真っ直ぐである。手作りにしては整いすぎている印象。

 部屋の広さは大人三人が寝転がれば窮屈といった狭さ。
 部屋の隅には、今旦那が背にしているペラペラの薄布団が敷かれていた。

 洗濯など一度もしたことがないのだろう、赤いのやら黄色いのやら様々な体液の染みと生臭くてばっちさ満点の代物で、俺は触るのも嫌だったのだが、旦那は平気な顔――見えないけど――して丸めて背に凭れ掛かっているのがたったの一枚。

 その反対側に、これまた悪臭漂わせる汚ねえ壺が土に埋められている。想像するだけで吐きそうになる。
 恐らくこれは簡易トイレなのだろう。

 部屋にあるのはこれだけである。


 前方以外は全て土壁。

 申し訳程度に空気穴が幾つか。
 前に遮るは、赤茶に錆びた鉄格子。

 もはや、人間の住む場所ではない。

 俺達の飼っている家畜だって、もう少しマシな生活をさせている。

 ヒトでもカチクでもなく、ただのモノ扱い。
 俺の親父や、村長、俺の見知った友人とも云えるべき親しき村人達の一部の鬼畜の所業を思い知らされる。

 信じられないし、信じたくないが現実だ。

「くそ!!」

 思いきり鉄格子を蹴る。
 ゴインと鈍い音がして、赤い錆びの破片が落ちてきた。

「旦那、アンタの所為だぞ、こんな目に遭ってるのは」

 苛立ちを隠しきれない。

「アンタが来いって言うから来たらこのザマだ」

 もはやただの八つ当たりなのは俺でも分かっている。

 こうなる事を予想していたのかどうかまでは知らないが、旦那は俺にちゃんと選択肢を与えていた。

 何も知らず、抜け出さず、ただ朝が来るのを待つだけの夜を選択せずに、荊の途を歩いたのは俺自身の意思。

 旦那は俺がどう選択しようと、終わらせると言っていた。

 終わらせるのは、この人道外れた鬼畜な行為なのだろう。
 遅かれ早かれ、こうなる運命だったのかもしれない。


「旦那、教えて欲しい」

 俺は旦那を振り返った。

 旦那は俺を真っ直ぐに見ている。

 不思議と、あの食堂で初めて出会ったあの時と同じ感覚を覚えた。
 どこかぬるま湯に浸かるようなほんわかした心地よさを。

「世界がどうなっているのか、あの白い化け物が何なのか、世界が『変わった事』と、コレが関係してるのか、あんたの使ったあの変な光の正体を知りてえ。そんで、俺の親父は、俺の大好きな親父はどうなっちまったのかを!!!」
「…分かった」

 旦那は短く返事をし、俯いた。

 俺はいつの間にか、涙を流していた。



 長くなるから簡潔に話すと前置きしたうえで、俺が今まで知らなかった、いや知ろうとしなかった世界の情勢を語り始めたのであった。



 ■■■



「臨時のお茶会を始めます」

 少し強張った声。
  
 冷静を取り繕おうと努力してはみたものの、動揺した心では上手く制御できない。
 その声に感化されし他の3名にも緊張の兆しが見える。

 太った女はひっきりなしに汗を掻き、骨が浮くほど痩せた女は先ほどから忙しなく指を交差させている。
 そして我らが長の老女でさえも、瞬きの回数が目に見えて多い。

「報告を」

 急かすように、老女。

「カミサマの一部が死にました」
「なんと!」
「やはり…」
「まさかっ」

 魔女達が色めき立つ。

「あの旅人は何者だ、我らを謀ったか」
「分かりませぬ。あの力は、恐らく魔法であると推測されます」
「はん!その場にいた者の報告だと、触媒も詠唱も呪文もなかったそうじゃないか。本当に魔法なのかい?」
「私にも分かりかねます。何か一つでも欠けると魔法は構築できずに発動しません。ですが、強大なマナの放出を感じました。魔法の力にとても良く似ているので…」

「あの御方は何とおっしゃっておる」
「それが、連絡が取れないのさ」
「なんと!」

 再び、ざわめく。

「カミサマはとても、とてもお怒りになっておられる」
「カミサマはご無事なのでしょうか」
「カミサマの要望はただ一つ、贄を寄越せの一点張りであられる」
「確か、先刻の客人も捕えているとか」
「番だったねえ」
「彼らに逃げられたら、それこそ終いだった。早くコトを進めよう」

 頷く4人だったが、一人が思い出したかのように顔を上げる。

「しかし、使い物になると良いのですが」
「ああ、そうだったね。前回はダメだった。カミサマが力余って頭を壊してしまうから」
「辛うじて生きてはいるものの、その他は全然ダメだったねえ。今回は、大丈夫そうかい?」
「…あまり芳しくないかと。カミサマが全身を潰してしまいました。薬草を与えておりますが、意識を取り戻すかさえ不明です」
「…とにかく、物は試しだ。意識が無くとも孕めるかもしれん。そのためのクスリを作ったのだろう」
「は」

「では、さっそく取り掛かろう。カミサマの機嫌を損ねないように」
「はい」
「はい」

「して、アッシュはどうなさいます」
「……」
「…」

 途端に、皆黙り込む。

「アッシュは……」

 長が口を開く。その重い口調から、その先の言葉を予想する。

 魔女達は目を伏せる。

「アッシュは村の掟を破り、村に危機を招いた発端の一味と認識している。…贄以外あるまい」

 できることならば、助けてあげたかった。その気持ちに嘘偽りはない。
 あの人懐こい笑顔を脳裏に浮かべる。

 魔女の一人が泣いた。

「カミサマを殺した、あの不届きな旅人諸共、贄にする」
「はい」
「…」
「了解しました」

「まずは、番の夫婦の仕込みに入れ。仔さえ成せば、カミサマはお許しになってくださるかもしれん」

 もしかすると、アッシュの命だけは、許してくださるかもしれない。

 一利の望みを抱くが、すぐに気持ちを切り替える。まずは行動である。

 魔女達が立ち上がる。

「では、解散。速やかに行動せよ。全てはカミサマの御心のままに」

「御心のままに」


 淡い朝の光に照らされた魔女の表情は、まるで子を慈しみ愛す聖母のように嫋やかに見えた。

 魔女の愛する子は、多くの村人達であった。

 子を護る為に、母なる魔女は動き出す。

 例え子の一人を生贄に捧げようとも。
 一人を失う事で全員が護られるならば、そうするしかなかったのだ。



 ■■■



 まず、旦那はこの世界の理から説明した。

「それは知ってる。創造神がいて、人間と魔族を作ったって」

 日曜学校で最初に学ぶ、この世界に生きるものすべての共通認識である。

 旦那は俺の回答に補足する。

「そう。創造神が世界を創り、真霊力マナを齎した。次に人間と魔族を創り、彼らを戦わせることでマナの循環を行った」

 真霊力マナは、世界を形成するエネルギーそのもの。それなくば、人も魔族も、動物や自然だって生息できない。

 マナは無限ではあるが有限でもある。

 未来永劫、永久にマナに満ち溢れた世界にするには、継続的にマナを供給し続けねばならない。
 それを可能にしたのが、人間と魔族によるマナの循環である。

「簡単に云うと、この二つの種族を戦わせ、勝った方に多くのマナの恩恵を与える。それは恵みの大地だったり、子孫繁栄であったりと、生きるために必要な力だ。逆に負けた方は、マナの恩恵に肖れない。大地は疲弊し、生活するだけで必死。だけど救済システムとして、負けた方に【勇者】を誕生させる。潤った大地を得た種族の長を【魔王】とし、勇者を嗾け、大戦争を起こす。」

 勝った方は魔王を倒されぬように守る。
 負けた方は魔王を倒す為に攻める。

 多くの戦い、数多の死者、踏み荒らされた大地。

 マナは掻き回され、立ち消えた命を回収して再び命を得る。

 創造神の謳う、『輪廻転生説』である。

「過去、何千年も繰り返してきた歴史って事ぐらい俺でも知ってるっすよ。ホントかどうかは別として」

 頭の後ろに腕を組み、旦那の横に座る。

「今が、魔物の時代だって事も」
「…災厄の日まではな」

 旦那が口を挟んだ。


 三百年ほど前から、マナの支配者は魔族に変わっていた。

 歴史書に載っている名のついた大戦争だ。
 エルフなどの妖精族や精霊たちまで一緒になって戦ったが、人間側が敗北し、勇者を介した魔族が勝利した。

 勝者は魔族に移った。

 マナの恩恵はその時より魔族の大地に恵みを与えた。

 同時に、かつて勇者だった魔族は【魔王】となり、着実に数を増やし続け、現在までも魔王として君臨し続けている。


 今より30年程前、一人の勇者が立ち上がり勇敢なる仲間を従え魔王城に突撃、魔王を倒す寸前まで追い詰めたが、後一歩の所で敢え無く失敗してしまった戦いがあったらしく、非常に口惜しいと学校の牧師が言っていた。

「【カミが堕ちた】とは、魔族の長、つまり今の【魔王】が、空から降ってきた何者かに滅亡させられてしまった災厄の事を言うのさ」

 今より10年前。
 あの日、凄まじい地震が村を襲った。空は曇り、灰色の雨を降らせ、大地を枯らした。

「魔族の性質は人間とは違う。人間は個は個だが、個は全であり、全は個であるのが魔物だ」

 急に話が難しくなった。ハテナ顔をしている俺を見て、旦那は言い直す。

「つまり、魔族は一つ一つが魔王に繋がってるって話だよ。だから魔王が死ねば、それに連なる魔物も死ぬ。魔王の持っているマナを、魔族全体に分け与えていたもんだから、マナの大元が死んで供給が消えると魔族は生きていられない」

 本来ならば、人間の勇者によって魔族の魔王が倒されると、親近者や直属の部下などの魔王と関わり合いの深い魔族も同時に滅亡するか急激に弱体化する。

 彼らのマナは一度創造神に返され、残った魔族たちに分配される。
 その中から、次代の勇者が生まれ、数を増やしていくのだ。

 逆に人間は個別にマナを所有しているので、そんなことにはならない。

「でも、創造神がまた魔族を創ればいいだけの話じゃないんすか」
「それが今回の騒動の発端だ」
「え?」
「あの災厄の日、滅亡したのは魔族だけではない。だから世界は混乱した。世界の理そのものが覆された。これ以上ないってくらいにな」

 口元だけで笑う。

「お前の言う、その創造神とやらも死んだのさ」
「はあ?」

 急におかしくなってきた。

 創造神が死んだだと?

 神なんて存在は御伽噺ではないとでも言うのだろうか。

 人は神に縋る。輪廻転生を謳う神に祈る。

 だが神の声を聴いた者、見た者、触れた者など誰一人としていやしない。

「可笑しいか?可笑しいだろうな。だが、神は確かにいたんだよ。誰の目にも触れない場所で、俺達にマナを供給し続けていただけの存在だがな」

 まるで実際に逢ってきた口ぶりである。

「でもあんた言ってたじゃないか。神なんてヤツがいたら、ナマガワだっけか?それを剥がして殺してやるって」

 その物騒な科白を忘れちゃいない。

「ああ。殺したくても、もう殺せない。神はあの日、死んだからな。死んだ奴は殺せない。だから神はいないと言ったんだ」

 また吐き捨てるように言われた。

「神が死んで、マナの供給が止まった。魔族が絶滅し、マナを循環するシステムが壊滅した。これがどういう意味か分かるか?」

 理が覆された。

 それはつまり、マナありきで存在している生き物にとって生命の源が絶たれるのと同意。


 世界の―――滅亡。


「そう、それ」

 それはハンパなくヤバい事ではないだろうか。

 もしかすると、俺達が災厄後、三年をかけて必死に畑を耕しても大地に芽が出なかったのは、大地の枯渇、すなわちマナが無くなっていたからだとするならば、これは俺の村だけではなく、世界各地で起きている弊害ではなかろうか。

 村人は絶望し、飢えていく中、死を渇望する者も現れた。

 俺達はそこで御神木を崇めた事で畑を甦らせたが、

 え、ちょっとまて、俺は今何を考えた。

「そう、それ」
「この畑は、俺達の村は、って事なの、か…?」

 では一体何の力で。

 大地に力強く根を張り大いなる実りをもたらし、恵みの雨と美しい空気、自然あふれる自慢の村。
 俺達の力で復興したと思った。それぐらい懸命に働いた。

 村にやってくる旅人達が相応にして口々に言う灰色の世界など、この村では在り得ないものだから、徹底的に無視した。俺の村だけが特別だと思った。


 違う意味での、特別。


「あの白い化け物は何だといったな」

 ガクガクと震える俺を余所に、旦那の口は止まらない。

「あれこそが全ての元凶、災厄の当事者。魔王を殺して魔物を滅し、その足で創造神も殺して輪廻の輪を絶った。そいつは現在、王都を占拠し人を脅かしている。ヒトを殺し、騙し、操り、脅し、さまざまな手で個である人間を一人ずつ滅している。お前たちの村のように」
「え、まさか…」
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 これが質問の答えだよ。


 旦那はそれきり、口を噤んだ。

 俺が旦那の前から一歩も動けず、迫りくる後悔と苛立ちの中、ただ涙を流す姿を見たからなのか。

 旦那は手をひらひらと振ると俺に背を向けあの汚い布団を頭に敷くと、そのまま横になってしまった。


 俺は旦那の背を見つめ、故郷を失うかもしれない村の行く末に覚悟を決めるしかなかった。
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