蒼淵の独奏譚 ~どこか壊れた孤高で最強の魔法使いがその一生を終えるまでの独奏物語~

蔵之介

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一. アッシュの章

21. 聖職者の夫を持つ妻の話②

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 ×〇月△日 曇

 明日で三年目。

 みんな疲れて、
 いつ死んじゃおうか毎日話し合っている。

 もう何人死んだか覚えてない。


 お腹空いたなあ、



 私も一緒に死んじゃえば夫に会えるかな。




 ■■■




 三年という月日が流れた。


 長いようで、あっという間に過ぎた時間のように感じる。

 怒涛の三年間だった。

 その三年を目途に、村人達の疲れは限界に達してしまった。

 村には村長に従順なものしか残っていない。

 我を突き通す、組織を壊す人たちはことごとく牢屋に閉じ込めた。村の入り口の脇に死んだ人を埋めた際に掘った穴を拡張して地下室を作った。

 実はそこは少し掘ったら出てきた大きな空洞で、元々洞窟があったか、または遺跡があったのかまでは分からないが、そこを使ったのだ。
 土で補強して、空気穴を作るだけで良かった。

 地下室の存在は、村をまとめる中心人物以外は知らない。罪人に余計な温情を掛けられて、また村が窮地に立たされるのを防ぐためだ。

 だから村人達は、牢屋に連れていかれた人たちが何処にいるのかまでは知らない。

 それでいいと思う。

 僅かな食糧だけは与えてあるが、どうせ取り合いでもするのだろう。

 彼らが生きようが死のうが、自業自得だと思った。
 村の平和を脅かすのだから仕方が無い。


 そう。建前は平和だった。


 村を脅かす人たちはいない。
 村長の元、村は組織的に動いている。
 皆仕事があり、協力して、僅かながらの食べ物もある。


 だが、とっくに限界だった。


 いつまでこんな暮らしを続ける気か。

 自問自答を繰り返す三年だった。

 孤立無援で健気に辛うじて息をするだけが精一杯のこの村で、この先もこれからずっと先の未来も、こんな貧しい生活を続けなければならないのだろうか。

 助けが来ないという事は、もしかすると地上は、この村を遺して全滅しているんじゃないのか。


 ならば私たちが生きている意味はどこにあるのだろう。

 100人にも満たない村人達だけで、近親婚を繰り返して生き延びていく?


 では何のために生きる。

 人類が死滅したならば、我らも死ぬべきではないのか。子孫を残す行為に何の意味がある。

 こんなにも村は疲弊しているというのに。


 生きるために必死だった村人達は、住まう場所があって、着るものがあって、安全を確保できて、食べるものがあると認識した時、唐突に生きる意味を失った。改めて考えたのだ。

 これから先の未来を、考えるまでに至ったのだ。


 それは絶望だった。


 思い浮かべる未来はこの村で汚い恰好で汗水流して畑を耕す、今と全く相違のない姿だった。

 代り映えのしない未来は、生きる希望さえも失う。

 精魂尽き果てた人々にとってその現実は、もはや「死」に等しい。

 誰もが死について考えた。

 私は教会の跡地から経典を引っ張り出して、毎晩毎晩読みふけったけれど、その答えは何処にも書いていなかった。


 ぐう。お腹が鳴る。


 腹が鳴らない日なんて、この三年間一度もなかった。

 私はいつだって腹を空かし、いつだって死にたかった。

 本当は、夫の元へ行きたかった。

 経典をベッドの脇に置く。

 今夜は何人の人間がこの暗闇に耐え切れなくなって死んでしまうだろうか。


 また教会が臭くなるのは嫌だな。



 そう思いながら、私は眠りにつくのであった。



 ■■■




 ××月〇日 雨

 今日、全身真っ黒の物売りがやってきた。

 渓谷の道が繋がったんだって。

 たくさんの食料を積んで、それを全部配ってくれた。

 めんどくさい人たちは牢屋だし、
 村長さんが平等に配ってくれて、
 私は久しぶりにお腹いっぱい食べて、
 ちょっと胃が痛くなった。


 明日、行商人さんが良いことを教えてくれるそうだ。

 村長と、村長の奥さんと、
 コンチータさんと雑貨屋の奥さんと、
 何故か私が呼ばれた。



 これから幸運が訪れますように。




 ■■■




 ××月××日 

 うるさい人たちを贄に捧げたら、
 畑に魂が宿った。

 村はこれで救われる。

 新たな神を据え、我々は生まれ変わる。

 理想郷を作るのだ。この手で。

 夫が死んだこの地に再び、花を咲かそう。

 夫と共に、いつまでも在り続けよう。



 その為に【魔女】になることを、
 私はなんら厭わない。



 ■■■




 ――月――日



 



 ■■■






 カミサマが、贄に『赤子』を求めてきたのは、これを始めて半年が過ぎた頃だった。

 村に害成す罪びとを、男女構わず同じ部屋に閉じ込めていたら、何時の間にか女が妊娠していた。大方、唯一の娯楽―紛らわせだったのだろう。

 カミサマは、段々と大きくなっていく腹に随分と興味を示されたらしい。

 三人も入れば窮屈な作りの牢屋に黒の行商人が強固な檻を付け、新たに男女混合にして放置しておく。

 そうすれば彼らは勝手に子を作るだろう。
 それしかやることがないからだ。


 月に一度、一人の生贄がカミサマに捧げられ、罪人たちの数は随分と少なくなっていた。

 私たちは生きていられるだけの食料を井戸から放り込んだら、あとはカミサマに任せていた。
 しかしそれが間違いだったのだ。

 カミサマは、男と女がいて初めて子供が出来る事を知らなかったようだ。

 一応、妊娠していた女はとっておいたようなのだが、気づくと男の方が一人残らずいなくなっていたのである。


 これは想定外だった。

 しかしカミサマに文句など言えるはずもない。

 村は確実に潤い始めていて、村の人々は実に生き生きとしていたのだ。
 カミサマの奇跡に感謝こそすれ、教えなかった私たちが悪いのだ。


 数か月後、待ち望んでいた赤ん坊が産まれた。


 黒の行商人の立ち合いの元、産婆の経験のあるアマラを筆頭に幹部女性総出で出産に臨んだ。

 生命の誕生の瞬間を垣間見て、同じ女である私の腹も疼く。

 私の腹は使う事なくその役目を終えてしまったが、出産経験のある女性達には感慨深いものがあるらしい。
 罪人の子ではあるが感動で涙する者もいたのだが、そんな女たちを後目に、黒の行商人は産声を上げる赤子の首をむんずと掴まえると、そのまま何処かへと連れ去ってしまった。


 その後しばらく経って行商人は私たちに告げる。


「赤子をもっと所望するとカミサマが言っておられます」

 残念ながら、罪人の女たちを孕ませる男は、すでにカミサマが全部食ってしまわれた後だった。

「贄ならばひと月に一つ。赤子ならば、六月に一つ。赤子をこさえれば、その間の贄は所望しません」

 これは良い知らせであった。

 あの牢獄にはあと二人、腹が大きいものがいる。
 これが産まれれば、一年は贄を与えずに恩恵だけ与えられるのだ。


 誰もあの時の赤子の行方を聞かないまま、話は進んでいく。


「行商人さま、村の中だけでは贄を確保できませぬ」

 アマラが乞うように黒の行商人へと縋る。

「これ以上村人を失うわけにはいきませぬ。村人がいなくなれば、カミサマを満足させるものもいなくなるでしょう」
「ならば、赤子をこしらえるといいでしょう」
「しかしながら、赤子は男と女が交わってできるものです」

 すると行商人は驚いた様子を見せた。

「そうなのですか」

 この人も、村の子どもでも知っている当たり前の生命の営みを知らなかった。

「失礼ながら、私めに発言をお許しください。外の世界から、贄を得るのは如何でしょうか」

 村から犠牲者を出すわけにはいかない。

 村は今、平和なのだ。誰一人として逆らうものはなく、みんな勤勉で良く働く大事な仲間なのだ。

 彼らを失いたくはない。

 その一心で私は行商人に訴えた。

「ふむ。ではなんとかしましょう」

 黒の行商人は素直に頷くと、村で採れた作物を荷馬車に積んで去っていった。



 それからひと月の後、十数人の旅人が一気に村を訪れた時は本当に驚いた。

 彼らの後に続く行商人が、「つれてきました」とにんまり笑うのに、愛想笑いで返すしかなかった。

 採れたての作物に食らいつく、わが物顔の旅人たちの相手はとても大変だった。

 彼らは好き勝手に村中を歩き回り、村で大事に育てている作物を毟っては食べ、村の若い女たちに手を出したりと、本当に大変だった。

 最終的に彼らには贄になってもらわねばならないので、この人たちをどうやって地下室に入れるか考えるだけでも頭が痛かった。

 結局、一人一人待ち伏せして袋叩きにし、逆に返り討ちに遭って怪我させられたりと散々な事になった。
 最後の一人を地下室に落とした時はもうクタクタに疲れ果ててしまった。

 地下室に入れたらそれはそうと彼らは暴れ、女を抱く前にカミサマの怒りを買って全員仲良くあの世に行った。

 苦労に見合った結果にならなかったのは言うまでもない。

 それから黒の行商人と話をすり合わせ、幾つかの条件を出させていただく事になったのだ。


「できるだけ無害な、男女二人の組み合わせだと子どもが早くできるでしょう」

 そう言うと、次は複数のカップルをつれてきた。


「地下の牢屋は9つしか部屋がありません。その中で男と女は番となり、子どもを成すのです。人は約一年をかけて腹の中で子を育て、生み落とします」

 すると3か月に一度の頻度で連れてくるようになった。


「男は女を先に封じてしまうと、攻撃をしなくなります。扱いがたやすくなるのです」

 そしてカミサマの力を貸してくださったのだ。

 私たちは無力なただの村人。
 渓谷を越えてくる冒険者たち相手に、武器で応戦するのはどう考えても理にそぐわない。

 私たちは私たちのやり方があるのだと訴えて、カミサマがいらっしゃるところまで上手く誘導するところまでを、村人が請け負う事に相成ったのである。


 このやり方でうまく事が運べるようになるまで4年は掛かった。


 いちいち注文を付ける私たちの要望に、黒の行商人は何一つ文句を言わず実行してくれた。

 この人は恐ろしいほどに自分の意見が無く、純真無垢な子どものように無知で世間知らずだった。
 私たちが定期的に贄をカミサマに捧げている限り、この人はその通りに動くのだろう。

 まるで感情のない人形のように。


 これまで何人が贄として命を散らし、何人の赤子が姿を消したのかすら分からなくなった。

 最初はもっていた同情や悲しみ、良心の呵責とやらも、いつしか麻痺して気にならなくなった。


 村を訪れる旅人は、その存在こそが我らの救いなのだ。
 贄として大いに役に立ってくれる、恵の糧なのだ。


 だから私たちは彼らを歓迎する。


「男と女の番は、すなわち大地の豊穣、大地の恵み、生命の息吹そのものである。彼らを称え、崇め、慈しめ。それこそがこの村のあるべき姿。彼らこそ、村を救う神なのである。だから皆、彼らを己が一番の客人としてもてなせ。彼らに尽くし、彼らを満足させよ。彼らが喜ぶ姿こそ、我が村が繁栄する源。忘れる事なかれ、これこそ村が最優先すべき村の是である」


 アマラの言葉がそのまま村の掟となった。

 以来、村は理想郷を実現し、その贅を欲しいがままに享受している。


 コンチータはその手腕を以って畑を見事復活させ、マリソンは黒の行商人を利用して売買をし冨を得た。

 私は薬師の勉強に明け暮れ、黒の行商人の力を借りながら薬の開発を行っている。
 劣悪な環境で重度のストレスに曝された女は、出産に至る成功率が低かったのが悩みの種だったからだ。

 そしてアマラは我らの長として、村の支配者として君臨している。



 村は完全に、復活したのだ。
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