蒼淵の独奏譚 ~どこか壊れた孤高で最強の魔法使いがその一生を終えるまでの独奏物語~

蔵之介

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一. アッシュの章

22. 汚染された地

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 ここではない場所、ここではない時間。


 全身を黒衣で包んだ男が一人、荷車を引いている。

 色とりどりの野菜や果物が、男の歩調に合わせて揺れている。

 舗装が行き届いていない道に轍が何度も足を取られてしまう。
 しかし男は車が止まるたびにいちいち方向転換しては、ゆっくりとゆっくりと歩を進めている。


 確実に、目的地には近づいているのだ。焦る必要はない。

 そういわんとばかりに、男は盲目に突き進んでいる。

 それにこの道は、自分が何度も往復している通い慣れたものなのだ。

 7年間、一日も休むことなく、この道をひたすら往復し続けた。

 行きは様々な物資を積んで。そして帰りはその荷車に載せれないほどたくさんの作物を積んで。

 ごく偶に、人間も積むことがあるが。
 男にとってそれが野菜であろうと人間であろうと、荷物なのには変わりないので、別段気にした事は無い。


 一度だけ、来た道を振り返った。

 もう、懇意にしていたあの村に行く事は二度とない。この道を通る事は、今日で最後だ。

 見納めのつもりで振り返ったけれど、そこにはただの砂利道があるだけで、殺風景な風景を写すのみであった。



 数日間歩き続けて、ようやく目的地の半分まで辿り着いた。

 そこは自分と同じような服を着た者が、自分と同じような荷車を引いて、近衛兵の検閲を待つために長い行列を作っている。

 此処から先は、だ。

 目的地まではまだまだあるけれど、此処を抜ければもう少し早く歩けるので、さほど気にしてはいない。

 それよりも、此処の空気を長い間吸っていたくないのだ。
 汚染されたこの地は、未だ浄化が進んでいない。汚れた空気の中では、身体の動きも鈍るのだ。
 だから今まで、ゆっくりゆっくりと歩を進めてきたのだ。


 この地に降り立って10年。

 汚染地域に住まう先住民達の協力を得て幾ばくかの浄化は進めてきた。

 断片的ではあるが、ある程度の回復を見せ始めている。

 先住民に取り入るのはとても簡単だ。
 綺麗な空気は、先住民たちの生活をも変える。
 彼らは単純で、よく働く。

 綺麗な空気の中では、先住民たちも喜んで生きている。


 しかし、今まで長い時間を掛けて浄化に努めてきた一つの地域が、この地にしぶとく根付く害虫によって蝕まれ、せっかくの計画を台無しにしてくれた。

 ごく偶にあるのだ。

 大抵の先住民は協力的なのだが、一部の害虫が邪魔する事は。

 害虫は汚染物質を好む。
 浄化された空気に対処できない劣等種。

 たかが虫けらなので早々に殺虫剤を蒔いて殺せば終わりなケースが多いが、やはりそれでも生き残る輩は現れる。


 今回は、その害虫にしてやられた。

 浄化地域を再び汚染し、手が付けられないほど暴れている。
 非効率は好ましくない。
 この地の他にも未開拓地域はあるのだ。こだわる必要はない。


 なので、この地を捨てた。


 最後の見返りに、この地で採れた浄化されし作物をたくさん積んで、《王都》へと運んでいるのだ。


 《王都》は我々の仲間たちの奮闘と尽力により、とても綺麗な浄化された街へと生まれ変わっている。

 そこには次代を担う子どもたちがたくさん住んでいる。

 如何せん、《王都》しか綺麗な場所はないのだ。

 作物を育てるには、土地が少なすぎる。
 だから、この広大な汚染地域を少しずつ浄化して、無農薬で新鮮な野菜を育てる場所を作っているのだ。

 少しでも美味い野菜や果物を食べさせてやりたいと願うのは、親心としては当然だろう。


 危険地帯の害虫の巣を避けて、村のような浄化施設を幾つか作った。

 自分や、この長い行列を待つ者は、その施設から採れた作物を《王都》へと運ぶために並ぶ。

 危険物質は混じっていないか、変な輩が潜り込んでいないか、食うしか能のない寄生虫に取りつかれていないか一点一点検閲する途方もない作業だが、これが済めばもう楽なのだ。


 早く深呼吸がしたい。
 男は思う。


 あの村の空気は随分浄化が進んで心地よかったが、もうダメだろう。

 それがなんだか少し、悔しい気持ちもしたが、所詮は先住民だ。

 劣等種がどうなろうと、もはやどうでもいい。


 しかし人間の文化とは、ことさら面倒臭いものだな。


 男は灰色の空を見上げる。

 自分の順番はまだまだ先だ。
 それまで空を見て時間を潰そう。


 流れゆく雲を眺め、しばしあの村で過ごした7年間に思いを馳せるのであった。
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