蒼淵の独奏譚 ~どこか壊れた孤高で最強の魔法使いがその一生を終えるまでの独奏物語~

蔵之介

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一. アッシュの章

23. 変わらない親父

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「汚染地域?」


 真っ暗な地の底、親父の掲げるカンテラの灯りだけが唯一の光だった。

 俺と旦那、そしてこの場所まで案内してきた親父の三人、カンテラの光を囲むように円となって座している。

 しっとりと冷えた重い空気と、土と石の無機質な匂い、喋る度にぐわんぐわんと声が反響する様は、まさにここが地の果てであることを認識させてくれる。



 落ちた穴は、とにかくめちゃくちゃ長かった。

 何十メートルあるのか、そのままダイブしたら地面に叩き付けられてペシャンコだったのを、何度も何度も右へ左へと目が回るぐらい振られて振られまくって何とか凌げたものの、着いた先で俺は吐いてしまった。

 そのすぐ後に旦那が滑り落ちてきたものだから、そのままつんのめるように吐しゃ物に頭から突っ込んでしまったのは言うまでもない。


 そして親父は、約束通り話してくれた。

 親父が知り得る、ヤーゴ村の過去を。
 俺の知らなかった村の真実を、ようやく俺は知ることが出来たのである。



 そこで冒頭に繋がる。


 親父の語った過去は、俺にとっては衝撃的な内容だった。

 俺は今まで、地震に遭い、どん底まで不幸だった村人達は、助けを待ちながらも互いに協力し合い、それこそ命を懸けて尽力して何とか復興に扱ぎ付けたのだとばかり思っていた。

 俺は当時12歳の子どもだったが、親父や村の大人達は昼も夜もなく働いて、ちょっとだけ言い争いはあったものの、それでも仲間を思いやる立派な大人に見えたのだ。純粋にカッコイイと思った。

 憧れたのだ。

 憎まれ口を叩きながらも、村の人たちは仲間で親友で、そして家族になった。あの震災が、村を一つの家族にしたのだ。


 だが親父が言う村の過去は、まさに疑心暗鬼で他人を信用せず、誰かを陥れる事で自分に利益を生み、狡猾に生き延びる、本能の在りのままの姿だった。

 親父は俺を食わす為、強い者に取り入り隙を狙って盗んで食料を得ていたのだと言った。

 そしてそんな親父のおこぼれに預かろうと、親父の元には何人かの女たちがいた。
 親父は強い者の漁夫の利で、食い物を得て、女まで得ていた。

 俺はそんな親父に守られて、何も知らないまま大きくなった。ここまで無事に生きてこられたのは、狡猾に立ち回った親父の立ち振る舞いがあったからだ。


 感謝せねばならないのは分かっている。
 だが、素直に礼が言えないのは、母さんを裏切った親父への怒りか、それとも何か。俺が食ったものの影に、食えずに死んだものがいたからなのか。


「すまん」

 大きく項垂れる親父に、俺は何も言えなかった。


 カンテラの光を挟んで旦那が膝に顔を埋めている。

 旦那はまたフードを被ってしまったので、彼の表情は分からない。

 白かったローブは、もう茶色に替わってしまった。
 初めて出会った時に見た頭のピコピコも、力なくへしゃげている。

 親父が喋り、時々俺が相槌を打つ。
 旦那は聞いているのかいないのか、両膝を抱えて蹲っているだけだ。


「じゃあこの地下室は、元々この村の下にあったものなのか」
「ああ、そうだ」


 親父が頷く。

 ここに最初の犠牲者を放り込んだ。

 村の平和を乱す、反乱分子たちを。
 まるで臭い者に蓋をするかの如く、閉じ込めた。

 和を乱す者は、他の者の生活を脅かす。
 仕方が無い事とはいえ、生きるためにそうした。

 元は同じ村の住人であった。
 親父はそいつらから漁夫の利を得ていた、ある意味そいつらがいなければ俺達は死んでいたかもしれない。

 しかし親父は村がそいつらを排除しようと動きだした時に、あっさり見捨てたのだ。

 そしてその者らは、此処で怒れる神に食われて死んだ。

 俺達は、彼らの屍で出来た作物を、有難がって食ったのだ。


 カミサマの奇跡と信じて。


 カミサマは、この地が汚染され穢れているから芽が出ないのだと、黒の行商人を通じて言ってきた。

 確かに震災から灰色の雨が降り、作物は全く育たなかった。
 藁にもすがる思いで、それこそ何でも信じるしかなかったのだ。
 それほどまでに村は切羽詰まっていた。

 この地を浄化すれば、おのずと芽吹くだろう。

 だが、それには力が必要だ。


 人間の持つ、生命力。


 カミサマは生命力を浄化の力に昇華する。


 村に必要なかった邪魔者を捧げた。
 そのかけがいのない本来は使いものにならなかった命が、村の為に使われたのだ。

 果たして彼らの命から作物は芽吹き、村は瀕死の状態から立ち上がることができたのである。

「じゃあ、俺が今まで食ってきたものは…」
「そうだ。彼らと、それから村を訪れた旅人達から出来ている」
「最悪だ…」

 何も知らなかったとはいえ、俺も共犯じゃないか。

 生きるために殺す。

 実際に手を下していた親父連中と俺は何が違うというのだ。

 俺も食っていた。
 この7年間、村で採れた作物を、この手で料理しながらそれが何を使ってできたものなのかを理解せずに。


「いずれ、お前にも言おうと思っていたんだ」

 神妙な顔で親父は言う。

「人間は様々な考えを持っている。皆、おんなじ意見じゃないんだ。このやり方が気に食わない者は、絶対にいる。だからごく一部の村人しかこの事実は知らないんだよ」

 そう遠くない未来、重鎮たちは高齢化してくる。村を存続させるためには、このシステムを継続し続けなければならない。

 いずれ、世代交代が必要となってくる。

 村で子を成し、子孫を反映する役目を担った若者たちが村を運営する壮年に至った頃、重鎮たちから引き継ぐのだ。

 じっくりと説明し、納得するまで話し合い、この生贄による繁栄を理解してもらう。


 俺にもいつかそうする予定だったのだ。

 村の外で家族を作り、村に戻って生活をする。
 何不自由ない暮らしと嫁と子どもを守るため、必ず賛同するはずだ。

 いわば、家族は人質なのだ。
 親父も実際、俺がいたからそうしたのだろう。


 親父達のやってきたことは間違っている。それははっきり言える。

 だが、親父を責められない俺もいる。
 それに、俺自身、答えが見つからない。

 ならば、どうやって村を復興させれば良かったのだ。

 食料もなく、生きる気力もなく、自滅していくばかりの村を、どうやって立て直す?

 結局は、誰かの助けを借りなければ、村は死ぬしかなかったのだ。

 無力だと思う。

 俺は反論さえもできない。
 俺も親父と同じ立場だったら、同じ事をやっていただろうか。

 それとも潔く死んだか。
 村と共に、心中する勇気はあったか。

 親父達の決断は、残酷な決断だった。

 命の取捨選択を、たかが人間がしてはいけないとも思う。

 でも解決方法が見つからない。



「――そうやって」



 唐突に旦那が口を開いた。

 顔はまだ膝に埋めたままだったけれど、とても静かな声だった。

「絶滅した村や町は、幾つもあった」


 震災を乗り越えれなかった多くの人々。

 飢えにあえぐ中、台頭する正体不明の化け物。

 命が無残に散っていき、マナは巡らず消えるのみ。

「じゃああんたは、俺達が死ねば良かったとでも言いてえのか?」

 その台詞に親父が噛み付く。

「何も知らねえで、ぬくぬくと《中央》にいた連中の癖に何を抜かしやがるってんだ。俺達の苦労も知らねえで、勝手な事言ってんじゃねえ!」
「親父!!」

 今にも旦那に突っかかりそうな勢いの親父を止める。
 振り上げた拳にしがみ付いていると、旦那が顔を上げた。

 俺と親父をじっと見て、ふっと軽いため息をついた。

「てめえ!!」
「やめろって親父、旦那も親父を挑発すんなよ!!」

 ただでさえ親父は単細胞なのだ。こんなところで喧嘩なんかしたくない。

「旦那は一言もそんなん言ってねえだろ、親父!死ねば良かっただなんて言ってねえし、勝手なことも言ってねえ!落ち着けよ!!!」

 必死になって親父を抑えると、親父はようやく少し落ち着きを取り戻したようだ。

 凄い顔で旦那を睨みつけると、ドスンと音を立てて座った。


 はあ、もう何なんだよ。


「旦那、何か気になる事でもあんのか?」

 短い時間ではあるが、旦那と一緒にいて何となく彼の言動の癖が分かりだした。
 癖というより、性格といった方が正しいかもしれないが。

 旦那は基本的に聞かれない限り、何も喋らない。

 一度喋るとちょっと話が長いが、必要以上の無駄話はしないのだ。

 旦那は常に冷静で、こうやって他人の会話をじっと聞いている場合が多い。
 しかし、旦那にとって気になる箇所が見つかると、彼は唐突に疑問を投げかけるのだ。

 こうやって、俺と親父の会話に入り込んだように。

 俺が旦那に向き直って、旦那の話の続きを促すと、彼は少し驚いたように息を呑んだ気がした。

 そして、右手の人差し指を口元に、親指を顎にかけて、旦那が考える時にする仕草を取って話し始めた。

「絶滅した村や町は、その【浄化】とやらに対応できなかったのかもしれない」
「え?」

 旦那の疑問は、村が生贄を取るに至った経緯や解決法ではなかった。
 文句を言ってやろうと身を乗り出していた親父の肩が落ちる。

 そういえば旦那はこの地が汚染云々言っている時にも、この考える仕草をしていた。

「そりゃどういう意味だ」

 親父が問う。

「分からん」
「なんだそりゃ」

 親父が鼻で笑った。


 旦那にしては珍しく歯切れの悪い言い方だ。

「グレフが介入したであろう集落は、これまで幾つも見つかってる。でもその殆どはもうすでに無い」
「なんだ?ぐれふってのは?」
「いいから親父は黙ってろ」

 そういえば、親父は村で崇めてるカミサマが、外界では【怒れる神グレフ】と呼ばれている事は知らなかったな。

 説明が面倒臭いので、親父の口を塞いで黙らせた。
 親父はもごもごと俺を睨んだが、これも無視する。

「ここは。ものすごく」
「濃い?」

 足元の土を旦那が掴んだ。
 パラパラと掌からこぼれる砂の塊は、俺から見るとただの砂であって濃さも薄さも感じない。

 そういえば旦那は俺と夕方の畑で会話した時、俺に額を合わせて言ったっけ。

「濃い」と。

 あの時のドキドキ感が蘇ってきた。

 急に恥ずかしくなって、旦那から目を逸らしてしまう。そんな俺の様子に親父は首を傾げるのみだ。

 放っておいてくれ。

「まだよく分からない。でも分かる事もある」

 そう言って旦那は親父の方を見た。

 急に視線の合った親父は、何故か立ち上がりかけドギマギと挙動不審になったのだが、しかし旦那はそれきり何も言わなくなった。

 肩透かしを食らった親父はそのまま完全に立ち上がり、「なんでえ!」と旦那をひと睨みすると、物資の置いてある部屋の端へと移動していく。

 そしてガシャガシャと音を立てだした。
 ガラクタが積まれているところから、何かを一生懸命引っ張っているようで、俺はまだ考えてる節のある旦那をその場に、親父の方へと向かった。



 ■■■




 此処は地下の最下層。

 穴を降りた先は、ただの空洞だった。

 真っ暗な空洞。空気も少ないのか、息苦しさも感じる。

 暗くてよく見えなかったが、空洞には多数の穴がそこら中に開いていて、上からの穴はすべてこの空洞に繋がるという。

 正確には、穴を降り立つ場所はそれぞれ違うものの、行きつく先はこの空洞らしい。

 そしてこの空洞から細い一本道を渡ると、村の入り口にある井戸へと繋がる地下水の溜まり場があるのだと親父は説明した。

 俺達は脱出を後回しにして、アグネス達との合流を待っている次第だ。

 アグネスやもう一人の女性はいいが、問題は腑抜けになった男達である。

 薬の影響で自我を失った男達を抱えて穴を落ちるのは少々危険だ。もう少し衝撃が緩和される場所まで誘導しているのかもしれない。

 また合流しても、彼らを綱で引っ張り上げるのに、多少の男手が必要になるはずだ。

 アグネス達の安否も気になっていたので、このまま彼女達を待つ事になったのだ。


 この空洞は、親父達が初めて地下の存在を知った時に見つけた場所らしい。


 当初、村の秩序を乱す罪人たちを、ことごとく放り込んだ穴こそ、此処であった。

 今は使われていないかつて鉄格子があった場所を、親父達は不要な物を捨てる粗大ゴミ置き場として今利用していて、そこには家財道具や農具、壊れたおもちゃや瓦礫まで様々なものがぞんざいに積まれてあった。

 一応管理もしているらしく、カミサマのご用達を賜ったり、囚人部屋の警らに行ったり、地下室の修繕などやるべきことは多く、地下水もあって飲み水には困らないので、ここに簡易的な駐在所も併設して、当番制で当直なんかもしていたのだと親父は言った。

 知らない事だらけだ。

 偶に親父が帰らない日があったが、どうせどっかで飲んでんだろうと思っていた。
 まさかこんなカラクリを隠してやがったとは。

「はあ…」

 親父は四苦八苦して、ガラクタの底を引っ張っている。

 何をしているのか声を掛けると、そこに親父の隠したツマミがあるのだと言う。

 当直当番は実際はとても暇で、一日中こんな暗い場所にたった一人でいるのも辛いものがあるらしい。

 親父はこっそり酒やツマミを持ち込んで、退屈凌ぎにしていた。
 そのツマミの上に誰かがバカ重いゴミを捨てていったらしく、それを鼻を膨らましながら引っ張っているのだ。


 あほらし。


 顔を真っ赤にゴミを漁っている親父を放っておいて、俺は旦那の隣に座る。

 彼はもう、あの考える動作をしていなかった。

「分かる事ってなんすか?」

 先程旦那が話すのをやめてしまった続きを促す。

 俺にはどうも、親父には聞かせたくない話なのではないかと踏んでいたのだ。

 するとやはりそうだったのだろう。
 遠くにいる親父を一瞬チラリと見てから、旦那は口を開いた。

「マナの上位互換」
「は?」
「それを感じる」
「じょうい、ごかん?」

 旦那の言葉を繰り返す。

「まだ検証途中で《中央》もその正体を認識していないが、俺には感じる」
「だから何が分かるんすか」
「マナの上位互換の存在をだ」

 全く意味が分からない。

 旦那の脳裏の中だけで質疑応答が完了されているのか、俺に伝えられる答えは酷く簡素だ。

「この村には、
「はあ?」

 ハテナモードの俺の表情に気付いた旦那が、分かり易く説明してくれたと思ったらこれだ。

 またも突拍子のない台詞である。

 旦那と出会って、村の外の様子を聞いて、マナが枯渇していっているって事は知った。

 マナを循環させる魔族が絶滅して、創造神とやらもいなくなったと。
 そして俺達の村は、マナの枯渇により土地が痩せて、グレフの介入がなければ死にゆく運命にあった。

 それは知っている。旦那がそう言ったからだ。

 そして、村を潤沢に潤したのは生贄を捧げたから。グレフの力によって、それが成された。


 では、そもそもそのグレフの力とは何なのだろうか。

「少し違う。マナは確かに供給されなくなったけど、無くなった訳じゃない。マナは自然そのものだ。この世界が在り続ける限り、マナもまた在るんだ。土地が痩せたのは、ただ単に放射物質が含まれた雨が、土地を穢したからだよ。マナの所為でもなんでもない」
「ええ?」
「でも、いずれマナは無くなる。心配せずとも、数百年は先だろうな。少なくともその時俺達は生きてはいないから、今の俺達には無関係だな」
「えええええ」

 外界に隔離されたこの村は別として、外の世界では色んな情報が錯綜しているそうだ。

 俺が勘違いしたように、マナの恩恵にもう肖れないと思い込んでいる人も多くいる。

 復興が思うように進まないのも、グレフの台頭も、すべてマナの枯渇が原因だという人は多いらしい。

「でもあんた、マナが無いって言ったよな。それってどういう事だよ、マナがなけりゃ、人間は生きていけねえし、魔法なんかも使えねえぞ」

 マナは人体にも宿っている。
 そして、自然にも。

 俺はマナを使って魔法を発動した。旦那もバンバン魔法を使いまくってる。
 それがマナじゃなくて何だというのだ。

「辛うじてマナはあるよ。この土にも、この空気にも、マナはまだ漂ってる。でも、その数はとても少ない。普通じゃ考えられないぐらい、少ない」

 それに、と旦那は未だガラクタと格闘している親父を見た。

「彼は
「親父が?」
「彼だけじゃない。この村の住人殆どがそうだ。村に生える草や、木、花。お前の店で食ったものにも、マナは一切含まれていなかった」
「え?」
「村全体が、マナではない何か別の元素に支配されている。渓谷を越えた辺りから、あの畑も全部、マナは宿っていない」

 マナは、生きる為に必要なエネルギーだ。
 当然、人間にもそのマナはある。マナが人体を構築しているといっても過言じゃない。
 俺はそう学校で習った。


 そのマナが、この村に無い?


 では俺達は何故生きている。

 マナのないこの地で、何故生命は育まれる。
 草木や花、畑の実りや新鮮な空気を、どう説明する。

「だから上位互換と言ったんだ。マナに代わる新たなエネルギー。それはこの世界のマナを喰って蝕んで、村を完全に浸食した」

 マナを喰うだと。

 でも、実際にそれでこの村は成り立っている。

 マナがなくても、こんなにピンピンしている。

 それが、生贄を捧げてグレフから齎された曰く付きのモノなのだとしても、上位に互換するならば、マナにとって代わるものとして、それはそれで良いのではないのか。

「その行商人は、この地を汚染された地域と言ったそうだな」
「え?ああ。親父が言うにはそうだった。【浄化】するのに、生贄が必要だってな」

 その生贄制度というやり方さえ間違ってなければ、誰も犠牲にしなければ、グレフがマナよりも高度なエネルギーを供給してくれるのならば、それは残された人類にとってまさに救世主なのではないか。

 だから親父達も、妄信的にカミサマを崇めた。

 村を救った怒れる神から齎される力に、享受したのだ。

「汚染をマナに置き換えれば辻褄が合う。グレフはマナを【浄化】したんだ」
「でもそれは…」

 救世主じゃないのか、そう言いかけたが、旦那がそれを許さなかった。

「言っただろ。マナが世界を創ってると。人間もまたその一部だ。グレフがマナを浄化して、それに耐えれなかった人たちは、悉く死んだ。滅んだ町の、滅んだ人たちは、人体のマナ諸共消滅したんだ。これが人類の救世主と云えるのか?」
「………」
「この村は、恐らく条件を満たしたんだろう。それが絶滅に至らなかった特例なだけで」

 俺達の村は、運良く生き残れた。

 旦那の云う他の村と同様に、条件を満たしていなければ死んでいた。

 身体を巡るマナを消滅させられたと同時に、人としての命も失う。


「その条件は分からない」

 旦那が顔を上げた。

 俺の手を取り、少し思案する。

「俺がお前に賭けたのは、お前には辛うじてマナが残っていたからだ」

 実験とか何とか言っていたっけな。

 他の人よりも、ほんの少しだけ、俺は違うと。
 それは、自分の中にあるマナだったのか。


「俺とマナを同化することで、お前の中にあったその未知なる元素を俺は消した」
「あの時…」

 旦那と共にしたあの時、彼は俺を浄化した清めたと言った。

 それはただ単に強烈な薬の効果を消すだけではなく、人体を蝕む毒素までも排除したのだ。


「果たして人間的要素を失った時、#人はヒトで在るのかな#」


 思わせぶりな台詞だった。


「第三者から見れば滑稽なぐらい、お前たちの村は自分本位だ」


 かつて俺が、究極の日和見主義者だったように。

 村以外のことは、基本的にどうでもいい。

 そして、村が繁栄するならば、他人の命など、どうでもいい。

 むしろ、使えるものは遠慮なく使う。
 人をモノのように。
 散々利用する。

 自分が損をしなければ、他がどうなろうと知った事ではないから。

 俺はふと、前方の親父を見た。

 親父はようやくツマミを掘り出し、どっかりと座って俺達を眺めている。
 少し距離はあるから会話の内容までは聞かれてないようだが、俺達を見ながら、ニヤニヤと笑っている。

「ホントにマジで、そこのべっぴんさんに惚れちまったのか、アッシュ」

 いつもの顔の、いつもの親父。

 俺の視線に気づいた親父が、ひゅうひゅうと口笛を鳴らしている。

 そのガサツさも、いつもと同じ親父だ。

「べっぴんさんに付かず離れずお熱いねえ。これで本当にガキが出来てりゃ、いいんだけどねえ」

 誰の所為で、こんな目に遭ったと思ってやがる。

 何の為に、俺達はあんな狭くて汚い場所に押し込められ、望んでもない同衾をする羽目になったと思ってる。

 親父は変わっていない。

 俺の知ったる、いつもの親父。


 


「親父は、まだ人なのかな…」

 旦那の顔をベロリと舐めたあの下卑た笑いで辱めた男とは違う邪なな笑みを浮かべている親父を見つめながら呟く。


 旦那からの返事は無かった。
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