蒼淵の独奏譚 ~どこか壊れた孤高で最強の魔法使いがその一生を終えるまでの独奏物語~

蔵之介

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一. アッシュの章

24. 別れ

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「臨時のお茶会を…」

「もう能弁はどうでもいいよ!」

 形だけでもと開始の宣言をしている途中で、マリソンが叫んだ。

 確かに必要なかったなとオルガは思う。
 見回してもマリソン以外は誰もいない。

 4人揃っての【魔女】だったが、もう二人しか残っていない。

 アマラはあの狭い通路で、混乱した村人達に踏まれて蹴られて揉みくちゃにされて死んだ。
 コンチータはカミサマに食べられてしまった。

 何故、カミサマが村人達を襲ってきたのか分からない。

 答えを聴こうにも、村を導いてきたあの黒い行商人は、もういない。

 カミサマの言葉が分かるのは、あの行商人だけだった。
 しかし彼はこの騒動が始まった時から姿を消している。

 連絡を取ろうと狼煙を上げていつものように呼んでも、全く反応が無い。

「ったく、どいつもこいつも」

 慌てて逃げてきたから、オルガもマリソンも髪がボサボサだ。所々に傷もある。

「これからどうしたらいいんだい」

 マリソンは元々短気でヒステリー持ちの女だ。
 苛々と腕を組んでは、手あたり次第モノを投げている。

「まだ手は打ってあります」
「本当かい?」

【魔女】の一員なのに、考える行為をしないで一丁前に文句ばかり言うマリソンを、オルガは内心嫌っている。

「行商人様の手は借りずとも、カミサマは私たちを救ってくださいますし、救えます」

 自信満々に言うオルガは、その実とても傲慢で他人の功績を盗む女狐のようで、マリソンは彼女を嫌悪していた。

「カミサマは、私たちを試しておいでなのです。カミサマの要望に応えられない、不甲斐ない私たちを叱咤してくださっているのです」

 何を根拠にそう抜かす。

 マリソンはそう言おうとしたが言えなかった。

 カミサマを否定できないのだ。
 カミを否定することは、すなわち自身の死を意味する。

「分かったよ。あたしゃどう動けばいい」
「私たちは何もする必要はありません。ただ、新たな村の指導者を育てなければなりません。そして、行商人様のお役目を、誰かが継ぐのです」

 そうすれば、村は元に戻るはず。

 重鎮たち10余名、敢え無く死んでしまった。

 死んだのならば仕方が無い。また一からやり直せばいいのだ。

 この村は、これよりももっと悪い状態から立ち直ったのだから、今回は造作もないはず。

「全ての元凶は、あの女です」
「ああ、あの淫乱なアバズレ女だね」

 二人の脳裏に、美しい金髪をした、この世とは思えぬほどの美貌を持つ女が浮かぶ。

 えげつない魔法で、大事な村人を殺した。

 アッシュを誑かし、その身で誘惑して唆した。

 村で崇めるカミサマを、虫けらのような視線で殺した売女。


 全部、その女が悪いのだ。


「カミサマ本体に、直接食ってもらいます」
「ああ、あそこに落としたんだね」
「カミサマは殺せません。彼の者が使う魔法からみて、マナの許攸量は果てしないでしょう。カミサマがお喜びになります」
「そうだね。カミサマに任せれば安心だね」

 ふうとマリソンが息を吐きだした。

「カミサマがいる限り、この村は安泰です。いつまでもいつまでも、この村は安泰なのです」
「分かってるよ、くどいんだよ」

 オルガが何度も同じことを繰り返すのは、そう言い続けないと不安なのだろう。

 彼女の夫が死んだ時、オルガは泣かなかったがその精神は崩壊していたのをマリソンは思い出す。

 オルガは夫が大事に持っていた教会の経典を胸に抱え、一晩中「大丈夫大丈夫、私は大丈夫」と繰り返し呟いていたのだ。

「じゃあ、はじめるかい」
「はい」

 オルガとマリソンは立ち上がり、その足で村の入り口の井戸へと向かう。

「では、カミサマの御心のままに」

「頼みましたよ、カミサマ。あの女諸共、食ってくださいませ!!」

 そして、手に持っていた小さな木箱から飛び出た紐に火をつける。

 バチバチと火花が紐を伝っていく。

 ある程度火花を見送って、マリソンが井戸の中に木箱を落とした。

 オルガはマリソンの裾を掴んで、その場から素早く身を低くする。


 凄まじい爆音が鳴り響いた。

 足元が振動する。

 村の方で、何も知らない村人達がその振動に脅えている。
 あの地震の到来を思い出したのだろう。

 脆く崩れ去る井戸の残骸を後目に、二人は足早に村へと戻る。

「これから忙しくなるねえ」
「ええ」


 彼女たちの顔には、やり遂げた笑みがあった。



 ■■■



 親父のツマミを拝借したり、水を飲んだり寝転がったりと思いのままの恰好で休憩していた俺達。

 まあ、旦那の方はずっと蹲ったままだったけども。

 1時間ほど経ってようやくアグネス達がやってきて、ついに合流できた。

 親父の仲間だという男が2人。比較的若い連中だ。

 畑仕事で一緒になった事がある。
 活気があって、子どももまだ小さかったはずだ。

 最近このグレフによる生贄システムを教えられて、戸惑いを隠せず慣れない様子を見せていたので、親父が声を掛けたのだという。

「こんなの、間違っているからね」

 爽やかに笑う青年の歯がキラリと光った気がした。

 あの狭い通路でグレフの大群と村人達がひしめき合う中、よく無事だったもんだ。

 アグネスともう一人の女性は、村人達に殴られ、そのまま地面に倒れた込んだまま動かずにいたらしい。

 息を殺してじっと、血しぶきが降っても耐えて耐えて、グレフ達をやり過ごした。

 クスリの影響を受けている男たちは、最初から地面に寝転がっている。

 そうして恐怖の皆殺しが一段落した頃、彼ら――青年たちによって救い出され、少し違う横穴を歩いて此処に辿り着いたのだという。

 アグネスともう一人の女性、そして男二人に村の青年二人の6人の他に、もう一人いた。

「あんたは…!」
「やあ、また会ったね」

 俺達の囚われた部屋の隣にいた、元・冒険者のあの男だった。

 彼は妻の亡骸と共にその命を終えようと覚悟を決めていたつもりだったが、あちこちで凄い音が反響して聴こえるのが気になって出てきたのだ。

 妻に別れを告げ、灯りもないまま手探りで彷徨い続けて、逃げている途中のアグネス達と出会った。
 粗方の出来事は、その道筋で聞いていた。

 彼はもう踏ん切りがついたと、逃げる意思を固めている。

 これで村人に捕らわれた人は、全員揃ったってワケだ。

 着いたばかりで申し訳なかったが、また何が起こるか、グレフもいつ襲ってくるのか分からないので、早々に行動しようという話になった。


 そして、親父を先頭に、俺、アグネスと女性、旦那が続き、廃人と化した男たちは村の青年二人が肩に担いでその後ろを、そして殿しんがりには元・冒険者の男が勤める。

 井戸まではそんなに距離もないというので、自然と駆け足に近くなる。

 此処に閉じ込められて幾日か。

 もう長い間日光を浴びていない。光がとても恋しかった俺は、早いとここんな陰気臭い場所からおさらばしたかったのだ。

 それはアグネス達も同じだ。彼女たちは俺よりも長くここにいる。逸る気持ちは倍以上だろう。

 村での協力者という存在もでかかった。アグネス達は親父を、その仲間を、完全に信用していた。

 暗闇の中、ほぼ駆け足で進む。

 先頭の親父の掲げるカンテラだけが唯一の灯りだ。
 親父の息遣い、走る動きに合わせてカンテラも揺れる。

 足元は悪いが、そんなの気にしちゃいられない。

 早く外へ、一刻も早く。何度も石に蹴躓きながら、親父の跡を追う。


 ふいに、灯りが消えた。


 急に真っ暗になって、視界が奪われる。

 俺は立ち止まる。親父の背を探す。

 俺の背に、アグネス達がぶつかってくる。

「きゃあ!」

 可愛らしい悲鳴が聞こえ、どん、どんと二回ぶつかる衝撃。

「ど、どうしたんですか!」

 鼻を抑え、アグネスが問う。

「いや…親父、親父!!!」

 親父の名を呼ぶも、返事が返ってこない。
 俺の声がむなしく反響するだけだ。

「アッシュ」

 旦那が俺達に追いついた。流石、旦那は俺にぶつかる事はなかった。

 俺の横に並んで、旦那も目を凝らしているようだ。

 ほんの少し暗闇に目が慣れて、旦那のローブの白がぼんやりと輪郭を浮かべている。

「夫達は何処にいったの?」

 女性がキョロキョロしている。
 旦那のすぐ後ろからついてきたはずの村の青年たちがいない。彼らが肩に担いでいた男性二人もいない。

「どうしたんだ?」

 殿にいた元・冒険者の男が追いついた。様子がおかしい事にすぐ察知し、周りを警戒しだす。

「夫達を見ませんでしたか」

 アグネスが男に問う。男も状況を理解できていない。

「いや、真っ暗で見えなかった。カンテラが消えたからどうしたのかと思ってな」

 親父と、村の青年二人が消えた。


 ああ、やはり。


 俺は泣きたくなった。分かってはいたが、この目で見るまで信じたくなかった。


「親父はもう、ヒトをやめちまったんだな…」


 俺はただ項垂れるしかなかった。

 もう、認めるのだ。諦めろ。
 自分に言い聞かす。


「どういうことですか!」

 アグネスが俺の胸元を掴んでいる。

 ガクガクと思いのまま揺さぶられている俺に業を煮やしたのか、彼女はパっと俺を離し、真霊晶石を懐から取り出す。

「魔法を使います。まずは視界を確保しないと…」

 切羽詰まった声。
 それでも彼女は懸命に集中する。

”光の加護を受けし精霊レムよ…”

 精霊が呼び声に応えた!

 彼女の持つ石が、ぼんやりと発光しだす。

 その光のお陰で、俺の近くに集まる面々の姿が確認できた。

 5人しかいない。

”小さな光の灯 重き常や――”


 その時である。


「伏せろ!!!!」



 詠唱途中のアグネスの頭を、旦那が思い切り掴んで地面に押し倒した。
 旦那のもう片方の腕には、もう一人の女性の頭もある。

 勢いを殺す事なく二人の女性を地面に叩き付けた旦那は、もがく頭を力づくで抑え付け、彼女らを庇うように上に跨った。

 旦那の突然の叫びに驚いた俺は、それでも条件反射で地面に転がる。

 元・冒険者の男の足が見える。彼も地面に這いつくばっているようだ。


「だん、」
「頭を上げるな!!来るぞ!!!」


 ドガガガガガアアアアアアァァァァァァアアアアア!!!!!!!


 旦那が声を張り上げた瞬間だった。


 いつも沈着冷静が服を着て歩いているような、何事にもあまり動じない旦那が叫ぶレアな姿を見せたと思ったら、尋常ではない衝撃が、俺達を襲ったのである。

 凄い音だった。

 鼓膜が破れるかと思った。
 キーンと痛む耳は、ぐわんぐわんと嫌な耳鳴りを起こしている。


 凄い揺れだった。

 またあの地震が来たのかと思った。地面に伏せていなければ、しこたまケツを打ち付けていたはずだ。


 凄い風だった。

 前方から飛んできた風の塊に、俺達は全員吹き飛ばされそうになった。
 身を低くし、地面に踏ん張っていたお陰で、何とか免れた。

 女性たちは旦那が上に覆いかぶさっているので、その衝撃をまともに食らわずに済んでいる。


 一体何が起こったんだ。


 俺達は、その振動が止むまで動けずにいる。

 咄嗟の旦那の判断で、突然目の前で起こった爆風にやられずにやり過ごす事が出来たのは間違いない。
 もしあのまま立っていれば、まともに食らって吹っ飛ばされていたはずだ。
 怪我では生ぬるいかもしれない。


 ドサリ


 濛々と漂う石や砂が落ちてくる。

 爆風は、周りの土や石、砂を巻き上げ、俺達に降り注いだ。頭を庇っていても痛い。

 そんな中、俺の目の前に、ほんのすぐそばに、一番大きな塊が落ちてきた。

 石かと思って目を凝らす。
 しかしそれは石ではなく、何かボロボロの使い古された雑巾のような汚い塊だった。

 暗いからそれが何なのかまでは分からない。


 なんだ?


 触ってはいけないもののような気がした。

 でも、何故だか触らずには、確かめずにはいられなくなった。


 頭を抱えたまま、地面に這いつくばったまま、片手を伸ばす。


 それは片手を伸ばせば手が届く、ほんのすぐそばに落ちてきた。


 塊に手が触れる。
 ガサリとした感触。


 土でも石でも砂でもない。
 そう、例えるなら、焼けた木のような、ガサガサとした何か。

 ふいに、本当に焼けた匂いがしてきた。

「なんだ…?」

 心臓がドキドキと波打つ。

「…………っ…」

 塊が、もそりと動いたような気がした。

 高鳴る心臓の辺りをぎゅっと握り、また手を伸ばす。

「…………っ……し……」

 塊が、何かを発している。

 塊の一部を掴んだ。ガサリとした感触は、意外にも柔らかだった。

 これは布か。


 まさかまさか。


 俺は生唾を飲み込む。ゴクリと音がする。


 まさかまさか、そんなまさか。


 冷汗が出てくる。
 喉が急に乾いてきた。
 口を開け、ひゅうひゅうと息をする。


「小さな光の灯 重き常闇に支配されしこの地に降り立ち 宙へと舞い散れ」


 アグネスの声が聴こえた。

 旦那に中断された詠唱を、再度唱えている。

 もう大丈夫なのか、顔を上げても。
 身体を起こしても、大丈夫なのか。

 身体が震える。寒くないのに、震えてくる。


 まさかそんなまさか。


光粒放射ルクス・ラジエーション


 光が放出された。


 眩しいほどの白い光が、パアと弾ける。

 そのあまりの眩しさに、目が開けられない。
 光が霧散し、光の粒が散る。

 真っ白だった世界が、ほんわりとその輝きを緩めていく。

 その頃には俺達の目も明かりに慣れていく。

 アグネスも女性も砂まみれだが無事だ。

 彼女らを庇った旦那は、既に立ち上がっていてローブの砂を叩いている。

 元・冒険者の男は、あちこちに擦り傷を作りながら未だ地面に這いつくばったままだ。

 みな、一様に、落ちてきたボロ雑巾のような塊を凝視している。


 俺も、それを見た。


 もう、確認せずとも、本当は分かっていたのだ。


 その塊が、俺の親父の成れの果てである事を。


「…………っ…あっ…し…」


 塊が、いや、ボロボロになった親父だったモノが、片手しか残っていないその腕を懸命に伸ばして、半分消し飛んだその体躯を、もぞもぞと揺すっている。

 あちこちが血だらけで、あの飄々とした親父の顔も真っ赤に染まっている。

 ダラダラと血を流すその口から、掠れた声で俺の名前を呼んでいる。

「っつ…」

 男が顔を逸らした。
 アグネスも目を背けている。
 女性の方は涙が出ている。

「か、回復魔法を…」

 アグネスが両手を合わせた。

 しかし集中しようにも、目の前のグロい塊に意識が飛ぶらしく、なかなか精霊が応えてくれない。

「もう、いいよ」

 アグネスに手を振る。
 力なく、アグネスの肩が落ちる。

 俺は意を決して、ボロ雑巾と化した親父に近づいた。
  

「俺達をハメたんだな」

 手を伸ばす親父。

 親父はもう、上半身しか残っていない。
 その上半身も辛うじて腕が一本くっついているだけで、誰がどう見ても、もう助からない。


 自然と涙が出てきた。


 スウと、静かに流れる涙。

 俺は親父の前に跪き、親父の肩に手を置く。


「俺達を、ここで殺すつもりだったんだな」

 もう一度、問うた。

 その言葉にアグネスが息を詰めている。


「井戸を、壊したのか」
「……しら…すまな……」

 なけなしの力で、親父は首を振る。
 井戸が壊されたのは、想定外だったようだ。

 恐らく親父の役目は、俺達全員をこの場所に誘導すること。

 あの青年二人も、グルだ。

 何処にいるかは分からないが、もしかすると親父と一緒にいたのかもしれない。


 そして、あの爆風は。


 地上にいる誰かが、下がどうなっているか確かめもせずに爆薬を落とした。

 親父はそれを真正面からまともに食らった。


 そして今、親父は死ぬ。


「結局親父は、俺を捨てたままだったんだな」
「………っ、あ……っ…すま……」
「分かってたよ」
「…………?」
「知ってた。あの横穴から現れた親父を見た時から、親父は親父のままだって事、知ってた」
「…………あっしゅ…」
「ここに多分、カミサマの親玉がいるんだろ?俺達を皆殺しにするために、ここに閉じ込めたつもりだったんだろうけど、残念だったな、俺達からすれば想定内だ」

 俺は目線だけ旦那に向けた。

 旦那はじっと俺と死にゆく親父を見つめている。


 旦那は親父にマナが無いと言った。
 そして親父は、改心したという親父は、旦那に対し、敵意が剥き出しだった。
 その殺意は、親父は巧妙に隠していたのかもしれないが、ビンビンに伝わってきた。

 親父はこの先の未来を全く語らなかった。
 俺と歩む道を、指し示さなかった。


 親父は結局、親父のままだった。


 村を愛する、村に命を捧げた男。

 怒れる神に、いいようにこき使われるだけの、哀しい男。

 途中から諦めていた。
 実の父親ですら、俺の味方ではなかった。


 だけど、それが俺の親父だった。


 だからこうやって涙が出る。

 母さんが理不尽に死んだ時と同じ、耐え忍ばなければならない涙が流れ落ちる。


「親父、俺はもう日和見主義はやめたんだ」
「………」
「こんな事、間違ってると思う。俺は最後まで、ヒトで在り続けたいと思う」
「…で、も……村が…」

 こんな風になっても、まだ村が心配なのか。

「村はもう諦めな、親父。この村は、ヤーゴ村はヒトの住む場所じゃなくなっちまった。あの地震で、みんなで一緒に死んだほうがマシだった。俺達は、他人を殺しすぎた。罰を受けなきゃいけねえ」
「…………」

 親父が目を瞑る。


 もう、その時が来たのだろう。


「親父、俺は親父が好きだったよ。親父と一緒にあの食堂で、母さんと過ごしたあの日々がとても大好きだった。俺を育ててくれてありがとな」

 親父の瞳から涙が溢れ出る。

 涙の筋に沿って、血が流れ落ちていく。

「だからこの村に住む俺が、終わらせる。親父は早く、母さんの所に行けよ。俺もいつか追いつくからさ」
「…………―――」

 こくりと頷いたような気がした。


 親父はそのまま、死んだ。


 俺はしばらく親父の肩に手を載せたまま、未だ暖かい身体を抱きしめたい衝動に駆られるが、涙を乱暴に拭いて旦那の方に向き直った。


「旦那、力を貸してくれ。もう、終わらそうぜ」
「…分かった」


 言葉を紡げないアグネス達を余所に、旦那はしっかりと頷いた。


 そしてこの短い追悼を待っていたかのように、それが姿を現す。


 辛うじて原型を止めていた親父とは逆に、もはや「人」ではない丸まった物体が、鮮血を撒き散らして二つ、俺達の左右にベチャリと転がってきた。

 その布切れからあの村人の青年二人の変わり果てた死体だと脳が理解した時。



 
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