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二. ニーナの章
5. 叶い石
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朝だと言うのにすっかり慣れた様子の酒場の女将さんは、私達を快く迎えてくれた。
昨夜も遅い時間まで店は開いていたのに、一体いつ休んでるんだろうと余計な心配をしてしまう。
朝の酒場は、ほとんど団員しか利用しない。
若いからしっかり食べて栄養を取るのよと言わんばかりに、その量は多く、味もこってりだ。
寝不足の私には少々きつく、お陰で胃もたれが凄い。
平気な顔して食べるロルフ団長と団員達の食欲だけで、ごちそうさまの合掌をしたいくらいだ。
食べながら、「探索」の書類が出来た事を団長に報告する。
団長はニコニコしながら「やっぱりニーナは仕事が早いな」と褒めてくれて、早速換金先の《中央》へ向かう手筈を取ってくれる事となった。
《中央》の商人は即金で用意してくれる。殆ど言い値で買い取ってくれるのもあって、贔屓にしているのだ。
酒場は朝から騒がしい。
私達の後に、続々とメンバーがご飯を食べにくるのだ。
女将さんはその対応に追われ、元気に走りっぱなしである。
手の空いたメンバーが、食べ終わった先から率先して手伝いに入る。すでに厨房に入り込んで皿洗いしているメンバーもいた。
女将さんはそんな私たちにとても感謝してくれていて、おかずを一品おまけしてくれたりと、店との関係性はとても良いものになっている。
この町の殆どと、団の関係はそうだ。
団が率先して助けに入るから、町も団に対しては一目置いてくれている。
町が私たちを認めてくれるから、私たちは好きなように活動できるのだ。
暫くの後、ロルフ団長と私たちは酒場を出る。
少し長居し過ぎてしまったか。
時は早朝を過ぎ、人々が起床し活発に動き出す時間帯。日はだいぶ高く昇った。
町の入り口から真っ直ぐ行くと、大きな広場に出る。広場から土地が段々になっていて、中央の海の巫女を模った銅像を中心に、飲食店や道具屋、鍛冶屋などが並ぶ。
階段の一番下は港だ。
災厄から新たに船を幾つか作って、沖合の漁ぐらいは出れるようになった。
海の水温が定まらないので、かつての養殖業は再開に至ってない。
昔は港の海一面に、養殖の網が張り巡らされていた。それを管理する漁業組合が中心となり、港には小さな作業場をたくさん作ってそれなりに賑わっていたのだ。
今はのんびりと波に乗る船しかそこにはない。
過去、真夏に避暑に訪れていた貴族専用のビーチは、あの災厄で海の形が変化して、砂浜ごと埋もれてしまった。海は汚れてしまっているので泳ぐ気にはなれないが、この町の住人は海に慣れ親しんでいたので、みんな泳ぎが得意だったのを思い出す。
「あ、団長じゃ~ん」
間延びした高い声が、屋敷に帰ろうとする私を止めた。
そちらを見やると、エーベルがいる。
昨日と違って今日の彼は外に出る用事がないのだろう。
薄いピンクのサマーセーターの下に、襟元から腰までひらひらのフリルをあしらった白いシャツ。足首までのピチピチした黒いスキニーを履いた異様な姿だ。
「うむ、おはようエーベル!!今日もどこぞのダンサーかと思ったぞ」
「むう、おはよーございます…」
彼なりのセンスのオシャレは、団長に一蹴された。
正直、私も他のメンバーもエーベルの服の趣味だけは分からない。気落ちする彼を余所に、空気の読めない団長のスキルに拍手を贈りたくなった。
「どったの?エーベルちゃん」
団の特攻隊長、お調子者のアドリアンが軽い口調で問う。
エーベルは町の中央、巫女の銅像付近に立っている。
エーベルだけではない。見知った団のメンバーが約10人ほど、きゃあきゃあと寄り集まっている。
「ああ、これえ?今すっごい《中央》で流行ってるんだってー。すごいよねえ」
エーベルの視線の先、10人弱の、それも女の子ばっかり!が群がる所に、小さな露店が出ている。
「流行りもの?」
気になって私たちも露店に向かう。
広場はその露店を中心に団員でごった返して、碌に身動きも取れなくなった。
「なんかねえ、願いが叶うおまじないがしてあって、大切に持っているとどんな事でも叶うって有名らしいの!」
くねくねと嬉しそうに喋るエーベルは、これでもれっきとした男の子だ。
「あ、ロルフ団長も買うんすか?」
露店の商品を食い入るように見ていた女の子達が団長に気付く。
団長は何事かと首を伸ばしているので、クスリと笑って前を開けてくれる。
「あ…」
それは本当に小さな露店だった。
真四角の布に、親指の第一関節ぐらいの大きさの、様々な形のとても綺麗な透明の石が、じゃらじゃらと並んでいる。
商品はその石だけだ。
私は思わず声が出てしまった。
あの石に見覚えがあったからだ。
昨日の「探索」で、教会跡地で拾った石と特徴が似ている。妹にあげようとこっそり持ち帰り、報告もしなかったあの石だ。夜も遅かったから渡しそびれてその石はまだ私のポケットの中にある。
「ん?知っているのか?ニーナ」
「え、いえ…」
団長は布の前に陣取って、食い入るように石ころを見つめている。
身体の大きい団長が前にいるもんだから、後ろの人達からブーイングが出る。早く場所を譲れと仮にも団長に対しての言葉ではないのに、とてもうるさい。
「おみせをだしてはいけませんでしたか?」
それまで無言で石を見せていただけの商人が口を開いた。
こんなに暑いのに、その行商人は全身真っ黒の服を着込んでいる。
何処か遠くから来たのだろうか、その顔は初めて見る顔だ。
年の功は50歳前後か。ニコニコと悪意のない笑みを浮かべている男。
「いや、大丈夫だ。町の許可を取る必要はないが、一応この町を自警している身だ。初めて見る顔は確認することにしているのだ!!」
こちらも負けじとロルフ団長が笑顔で応じている。
このような流れの行商人がやってくるのは珍しい光景ではない。自警団はあくまで町を守っているのであって、町人がどこでどう金を使おうと、それは個人の自由だ。
町に活気が出るならと、町も行商人の行動を制限したりはしない。どうせ行商人は長くても1週間ほどでいなくなるのが通例だ。
ロルフ団長は行商人と面通しをした後、仕事があると屋敷へ戻っていった。
私はあの石が気になって、その場に残っている。
広場はまだ、メンバー達でいっぱいだ。みんなその石に、ご執心のようだ。
なんでもこの石は、おまじないが施されたものだと行商人は説明する。
昔々、貴族と農民の娘が恋に落ちた。身分の違う許されない恋だった。
愁いた娘はマナの深い森に入り、この恋が実らないのならばいっそ死をと思っていたら、この綺麗な石を見つけたのだという。
娘は透明な石を光に透かす。
すると、貴族を暗殺せんと暗躍する者達の姿が見えた。
娘は慌てて貴族に伝え行き、難を逃れた貴族の親は、娘の功績をたたえて二人の結婚を許した。
二人はいつまでも仲良く暮らしましたとさ。
ゆっくりと物語の口上を語る行商人に、娯楽に疎い団のメンバーは一斉に沸いた。
これはマナの祈りが込められた特別な石。これを肌身離さず持っていれば願いが叶う。
とりわけ恋の願いが叶うとなれば、年頃の若者で構成された団員達が飛びつくのも無理はない。
恋の話題は、団の頭の痛い話題でもあったのだ。
やれ誰かが付き合った、やれ誰が浮気しただの私生活を団に持ち込んでは作業に影響を及ぼす。
思春期ゆえに仕方がない事とはいえ、若いメンバーだけで構成するのも弊害はあるというものだ。
「ねだんはいっこ…ん…どうかいちまいです」
しかもめちゃくちゃ安い。
災厄から金銭の価値は著しく落ちた。物々交換の方が実は最も利益を得るのだが、私たちが普段食べるパンも、一個が銅貨5枚が相場なのだ。
「《ちゅうおう》では2000こうれました。あそこはあたらしいこいびとたちでいっぱいです。もうのこりはこれだけです。おかいどくですよ」
「わたし、買うー!!!!」
「私も!!」
「俺も、一個といわず10個は欲しいな」
「だめだよ、独り占めは!!」
石の争奪戦が始まった。
小さなのどかなこの町に、ほんのひとときの喧騒がここに生まれた。
我先にとお気に入りの形の石を探している若い団員達を後に、私は館へと向かう。
「なんだ、良かった…」
実は安心していたのだ。
たかが石ころとはいえ、その価値は鑑定しなければ分からない。「探索」の成果は、平等折半が原則である。あの時こっそり持ち帰った罪悪感は、しこりとして残っていたのだ。
見つかったら怒られる。価値あるものだったらどうしようと。
しかしそれは銅貨1枚の価値でしかなかった。高価なものでないと分かると、途端にホッとするものである。
ポケットの中の石が軽くなった気がしたのも、気持ちの問題だったんだろう。
「ただいま戻りました」
館の中に入る。
一足先にエーベルがすでに石を買って戻っていて、うっとりと眺めている。
団長はいない。
団長室に戻っているそうだ。大方、今日の仕事の振り分けを考えているのだろう。
今日は《中央》にも行かなければならないので、人員を早めに割く必要がある。
私は自分の定位置に戻り、新たな資料を机から出す。
町長から頼まれて、町の住民票を作っているのだ。全ての町民を網羅するのは一苦労だ。だがそれさえ終えれば、町民の把握がたやすくなる。税金や有事の際にも役に立つだろう。
書き込みながらまだロビーでうっとりしているエーベルを見る。
彼は誰に恋をしているのだろうか。
あんなに自信満々に自己主張の強い服を着て、積極的で取り入るのがうまい彼が、あんな石ころに頼らざるを得ない相手がいるという事実に興味が無い訳でもない。
取り合いのように行商人から石を買っていた若い団員は、みんなキラキラしていて楽しそうだった。彼らはこんな廃れた世界に、どうして「恋」という生きがいを見つける事ができたのだろう。
みんな、気づいていない。
私は敢えて気付かないふりをしている。
大きな溜息が出かかるのを、意識して留める。
よくもまあ「恋」に現を抜かせるものだ。
こんな未来のない世界にいて、「恋」とはそんなに良いものなのだろうか。
私の初恋は、15歳の時に潰えた。
あんなに好きだった恋が破れた時、それから怖くて私は「恋」が出来ないでいる。
そう遠くない未来。恐らくは数年後。
いずれ、「探索」は終わる。
10年かけて、私達は貿易都市の東半分の「探索」を終えた。
もう草の根一本残っていないぐらい狩り尽くした。
私たちは、私たちが生きる為に、都市の亡骸を暴いて全て持ち去った。
昨日、西側の道が開けた。
しかし西側は東側ほど広くもなければ、建物もない。
恐らく数年で、全て狩り尽くされるだろう。
全ての「探索」を終えた時、私たちは次に何を糧にして生きる?
この町は、誕生した時から何かに依存してあざとく生きてきた。
最初はリンドグレンに。
次に自警団に。
リンドグレンからは何も得られず、自警団からは何も分け与えるものがなくなった時、次に町は何に依存して生きていくのだろう。
それがとても怖いと思う。
私のように気付いている人もいるかもしれない。
だけど、数年後の未来に確実にやってくる破綻に危機の声が出ないのは、私と同じく静観しているか、諦めているか。
あるいはその両方か。
私達を導く団長はそれでいいのか。彼の本意が分からない。
彼はすべての財産が尽きた時、あっさり町を見捨ててあんなに嫌っていた《中央》に戻るかもしれない。だって彼には帰る場所がここ以外にあるのだから。
その破綻がやってくる前に、「恋」に現実逃避をするのも悪くないかもしれない。
その相手さえ、見つかればの話だけれど。
ポケットごと石を握りしめる。
やはり私にはこの石は必要ない。
こんな透明感に見透かされると思うと、そっちの方がゾっとする。
綺麗で美しい物は、きれいでうつくしい者が持っているべきだ。
今日こそ早く帰って、テルマにこの石を見せてあげよう。
そう強く思い、再び書類に集中する。
買ったばかりの石を手にどやどやと騒がしく団員達が帰ってくるが、私は少しも頭を上げる事はなかった。
幾ら考えても出てこない答えは、その質問自体が愚問であるが私の信条だ。
そう考えると彼らの喧騒も気にならなくなった。
私の頭に、無駄な音は消えて無くなった。
昨夜も遅い時間まで店は開いていたのに、一体いつ休んでるんだろうと余計な心配をしてしまう。
朝の酒場は、ほとんど団員しか利用しない。
若いからしっかり食べて栄養を取るのよと言わんばかりに、その量は多く、味もこってりだ。
寝不足の私には少々きつく、お陰で胃もたれが凄い。
平気な顔して食べるロルフ団長と団員達の食欲だけで、ごちそうさまの合掌をしたいくらいだ。
食べながら、「探索」の書類が出来た事を団長に報告する。
団長はニコニコしながら「やっぱりニーナは仕事が早いな」と褒めてくれて、早速換金先の《中央》へ向かう手筈を取ってくれる事となった。
《中央》の商人は即金で用意してくれる。殆ど言い値で買い取ってくれるのもあって、贔屓にしているのだ。
酒場は朝から騒がしい。
私達の後に、続々とメンバーがご飯を食べにくるのだ。
女将さんはその対応に追われ、元気に走りっぱなしである。
手の空いたメンバーが、食べ終わった先から率先して手伝いに入る。すでに厨房に入り込んで皿洗いしているメンバーもいた。
女将さんはそんな私たちにとても感謝してくれていて、おかずを一品おまけしてくれたりと、店との関係性はとても良いものになっている。
この町の殆どと、団の関係はそうだ。
団が率先して助けに入るから、町も団に対しては一目置いてくれている。
町が私たちを認めてくれるから、私たちは好きなように活動できるのだ。
暫くの後、ロルフ団長と私たちは酒場を出る。
少し長居し過ぎてしまったか。
時は早朝を過ぎ、人々が起床し活発に動き出す時間帯。日はだいぶ高く昇った。
町の入り口から真っ直ぐ行くと、大きな広場に出る。広場から土地が段々になっていて、中央の海の巫女を模った銅像を中心に、飲食店や道具屋、鍛冶屋などが並ぶ。
階段の一番下は港だ。
災厄から新たに船を幾つか作って、沖合の漁ぐらいは出れるようになった。
海の水温が定まらないので、かつての養殖業は再開に至ってない。
昔は港の海一面に、養殖の網が張り巡らされていた。それを管理する漁業組合が中心となり、港には小さな作業場をたくさん作ってそれなりに賑わっていたのだ。
今はのんびりと波に乗る船しかそこにはない。
過去、真夏に避暑に訪れていた貴族専用のビーチは、あの災厄で海の形が変化して、砂浜ごと埋もれてしまった。海は汚れてしまっているので泳ぐ気にはなれないが、この町の住人は海に慣れ親しんでいたので、みんな泳ぎが得意だったのを思い出す。
「あ、団長じゃ~ん」
間延びした高い声が、屋敷に帰ろうとする私を止めた。
そちらを見やると、エーベルがいる。
昨日と違って今日の彼は外に出る用事がないのだろう。
薄いピンクのサマーセーターの下に、襟元から腰までひらひらのフリルをあしらった白いシャツ。足首までのピチピチした黒いスキニーを履いた異様な姿だ。
「うむ、おはようエーベル!!今日もどこぞのダンサーかと思ったぞ」
「むう、おはよーございます…」
彼なりのセンスのオシャレは、団長に一蹴された。
正直、私も他のメンバーもエーベルの服の趣味だけは分からない。気落ちする彼を余所に、空気の読めない団長のスキルに拍手を贈りたくなった。
「どったの?エーベルちゃん」
団の特攻隊長、お調子者のアドリアンが軽い口調で問う。
エーベルは町の中央、巫女の銅像付近に立っている。
エーベルだけではない。見知った団のメンバーが約10人ほど、きゃあきゃあと寄り集まっている。
「ああ、これえ?今すっごい《中央》で流行ってるんだってー。すごいよねえ」
エーベルの視線の先、10人弱の、それも女の子ばっかり!が群がる所に、小さな露店が出ている。
「流行りもの?」
気になって私たちも露店に向かう。
広場はその露店を中心に団員でごった返して、碌に身動きも取れなくなった。
「なんかねえ、願いが叶うおまじないがしてあって、大切に持っているとどんな事でも叶うって有名らしいの!」
くねくねと嬉しそうに喋るエーベルは、これでもれっきとした男の子だ。
「あ、ロルフ団長も買うんすか?」
露店の商品を食い入るように見ていた女の子達が団長に気付く。
団長は何事かと首を伸ばしているので、クスリと笑って前を開けてくれる。
「あ…」
それは本当に小さな露店だった。
真四角の布に、親指の第一関節ぐらいの大きさの、様々な形のとても綺麗な透明の石が、じゃらじゃらと並んでいる。
商品はその石だけだ。
私は思わず声が出てしまった。
あの石に見覚えがあったからだ。
昨日の「探索」で、教会跡地で拾った石と特徴が似ている。妹にあげようとこっそり持ち帰り、報告もしなかったあの石だ。夜も遅かったから渡しそびれてその石はまだ私のポケットの中にある。
「ん?知っているのか?ニーナ」
「え、いえ…」
団長は布の前に陣取って、食い入るように石ころを見つめている。
身体の大きい団長が前にいるもんだから、後ろの人達からブーイングが出る。早く場所を譲れと仮にも団長に対しての言葉ではないのに、とてもうるさい。
「おみせをだしてはいけませんでしたか?」
それまで無言で石を見せていただけの商人が口を開いた。
こんなに暑いのに、その行商人は全身真っ黒の服を着込んでいる。
何処か遠くから来たのだろうか、その顔は初めて見る顔だ。
年の功は50歳前後か。ニコニコと悪意のない笑みを浮かべている男。
「いや、大丈夫だ。町の許可を取る必要はないが、一応この町を自警している身だ。初めて見る顔は確認することにしているのだ!!」
こちらも負けじとロルフ団長が笑顔で応じている。
このような流れの行商人がやってくるのは珍しい光景ではない。自警団はあくまで町を守っているのであって、町人がどこでどう金を使おうと、それは個人の自由だ。
町に活気が出るならと、町も行商人の行動を制限したりはしない。どうせ行商人は長くても1週間ほどでいなくなるのが通例だ。
ロルフ団長は行商人と面通しをした後、仕事があると屋敷へ戻っていった。
私はあの石が気になって、その場に残っている。
広場はまだ、メンバー達でいっぱいだ。みんなその石に、ご執心のようだ。
なんでもこの石は、おまじないが施されたものだと行商人は説明する。
昔々、貴族と農民の娘が恋に落ちた。身分の違う許されない恋だった。
愁いた娘はマナの深い森に入り、この恋が実らないのならばいっそ死をと思っていたら、この綺麗な石を見つけたのだという。
娘は透明な石を光に透かす。
すると、貴族を暗殺せんと暗躍する者達の姿が見えた。
娘は慌てて貴族に伝え行き、難を逃れた貴族の親は、娘の功績をたたえて二人の結婚を許した。
二人はいつまでも仲良く暮らしましたとさ。
ゆっくりと物語の口上を語る行商人に、娯楽に疎い団のメンバーは一斉に沸いた。
これはマナの祈りが込められた特別な石。これを肌身離さず持っていれば願いが叶う。
とりわけ恋の願いが叶うとなれば、年頃の若者で構成された団員達が飛びつくのも無理はない。
恋の話題は、団の頭の痛い話題でもあったのだ。
やれ誰かが付き合った、やれ誰が浮気しただの私生活を団に持ち込んでは作業に影響を及ぼす。
思春期ゆえに仕方がない事とはいえ、若いメンバーだけで構成するのも弊害はあるというものだ。
「ねだんはいっこ…ん…どうかいちまいです」
しかもめちゃくちゃ安い。
災厄から金銭の価値は著しく落ちた。物々交換の方が実は最も利益を得るのだが、私たちが普段食べるパンも、一個が銅貨5枚が相場なのだ。
「《ちゅうおう》では2000こうれました。あそこはあたらしいこいびとたちでいっぱいです。もうのこりはこれだけです。おかいどくですよ」
「わたし、買うー!!!!」
「私も!!」
「俺も、一個といわず10個は欲しいな」
「だめだよ、独り占めは!!」
石の争奪戦が始まった。
小さなのどかなこの町に、ほんのひとときの喧騒がここに生まれた。
我先にとお気に入りの形の石を探している若い団員達を後に、私は館へと向かう。
「なんだ、良かった…」
実は安心していたのだ。
たかが石ころとはいえ、その価値は鑑定しなければ分からない。「探索」の成果は、平等折半が原則である。あの時こっそり持ち帰った罪悪感は、しこりとして残っていたのだ。
見つかったら怒られる。価値あるものだったらどうしようと。
しかしそれは銅貨1枚の価値でしかなかった。高価なものでないと分かると、途端にホッとするものである。
ポケットの中の石が軽くなった気がしたのも、気持ちの問題だったんだろう。
「ただいま戻りました」
館の中に入る。
一足先にエーベルがすでに石を買って戻っていて、うっとりと眺めている。
団長はいない。
団長室に戻っているそうだ。大方、今日の仕事の振り分けを考えているのだろう。
今日は《中央》にも行かなければならないので、人員を早めに割く必要がある。
私は自分の定位置に戻り、新たな資料を机から出す。
町長から頼まれて、町の住民票を作っているのだ。全ての町民を網羅するのは一苦労だ。だがそれさえ終えれば、町民の把握がたやすくなる。税金や有事の際にも役に立つだろう。
書き込みながらまだロビーでうっとりしているエーベルを見る。
彼は誰に恋をしているのだろうか。
あんなに自信満々に自己主張の強い服を着て、積極的で取り入るのがうまい彼が、あんな石ころに頼らざるを得ない相手がいるという事実に興味が無い訳でもない。
取り合いのように行商人から石を買っていた若い団員は、みんなキラキラしていて楽しそうだった。彼らはこんな廃れた世界に、どうして「恋」という生きがいを見つける事ができたのだろう。
みんな、気づいていない。
私は敢えて気付かないふりをしている。
大きな溜息が出かかるのを、意識して留める。
よくもまあ「恋」に現を抜かせるものだ。
こんな未来のない世界にいて、「恋」とはそんなに良いものなのだろうか。
私の初恋は、15歳の時に潰えた。
あんなに好きだった恋が破れた時、それから怖くて私は「恋」が出来ないでいる。
そう遠くない未来。恐らくは数年後。
いずれ、「探索」は終わる。
10年かけて、私達は貿易都市の東半分の「探索」を終えた。
もう草の根一本残っていないぐらい狩り尽くした。
私たちは、私たちが生きる為に、都市の亡骸を暴いて全て持ち去った。
昨日、西側の道が開けた。
しかし西側は東側ほど広くもなければ、建物もない。
恐らく数年で、全て狩り尽くされるだろう。
全ての「探索」を終えた時、私たちは次に何を糧にして生きる?
この町は、誕生した時から何かに依存してあざとく生きてきた。
最初はリンドグレンに。
次に自警団に。
リンドグレンからは何も得られず、自警団からは何も分け与えるものがなくなった時、次に町は何に依存して生きていくのだろう。
それがとても怖いと思う。
私のように気付いている人もいるかもしれない。
だけど、数年後の未来に確実にやってくる破綻に危機の声が出ないのは、私と同じく静観しているか、諦めているか。
あるいはその両方か。
私達を導く団長はそれでいいのか。彼の本意が分からない。
彼はすべての財産が尽きた時、あっさり町を見捨ててあんなに嫌っていた《中央》に戻るかもしれない。だって彼には帰る場所がここ以外にあるのだから。
その破綻がやってくる前に、「恋」に現実逃避をするのも悪くないかもしれない。
その相手さえ、見つかればの話だけれど。
ポケットごと石を握りしめる。
やはり私にはこの石は必要ない。
こんな透明感に見透かされると思うと、そっちの方がゾっとする。
綺麗で美しい物は、きれいでうつくしい者が持っているべきだ。
今日こそ早く帰って、テルマにこの石を見せてあげよう。
そう強く思い、再び書類に集中する。
買ったばかりの石を手にどやどやと騒がしく団員達が帰ってくるが、私は少しも頭を上げる事はなかった。
幾ら考えても出てこない答えは、その質問自体が愚問であるが私の信条だ。
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まりあんぬさま
ファンタジー
かつて、世界を救う希望と称えられた“勇者パーティー”。
その中で地味に、黙々と補助・回復・結界を張り続けていたおっさん――バニッシュ=クラウゼン(38歳)は、ある日、突然追放を言い渡された。
理由は「お荷物」「地味すぎる」「若返くないから」。
……笑えない。
人付き合いに疲れ果てたバニッシュは、「もう人とは関わらん」と北西の“魔の森”に引きこもり、誰も入って来られない結界を張って一人スローライフを開始……したはずだった。
だがその結界、なぜか“迷える者”だけは入れてしまう仕様だった!?
気づけば――
記憶喪失の魔王の娘
迫害された獣人一家
古代魔法を使うエルフの美少女
天然ドジな女神
理想を追いすぎて仲間を失った情熱ドワーフ
などなど、“迷える者たち”がどんどん集まってくる異種族スローライフ村が爆誕!
ところが世界では、バニッシュの支援を失った勇者たちがボロボロに……
魔王軍の侵攻は止まらず、世界滅亡のカウントダウンが始まっていた。
「もう面倒ごとはごめんだ。でも、目の前の誰かを見捨てるのも――もっとごめんだ」
これは、追放された“地味なおっさん”が、
異種族たちとスローライフしながら、
世界を救ってしまう(予定)のお話である。
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