蒼淵の独奏譚 ~どこか壊れた孤高で最強の魔法使いがその一生を終えるまでの独奏物語~

蔵之介

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二. ニーナの章

9. Vertebrata

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 幹部会議から二日後。
 団長のロルフ、参謀のコルト、マッパーのギャバン、そして言い出しっぺで魔法要員の私の4人は、常は引き返しているであろう時刻の道に馬を走らせていた。

 夕刻時。すでに日は落ちかけている。

 魔物は由として、問題なのは怒れる神グレフだ。
 人類の最大の敵の出没は定まらず、突然出合い頭に遭遇する事も珍しくはない。昼時ならば視野も効く。しかし夜だとそうはいかぬだろう。
 ただでさえ闇に紛れ気配を辿れない化け物は、ここぞとばかりに問答無用で襲ってくる。
 地の利は不利。まして夜目も効かず方向感覚も狂ってしまう。
 すなわち死へのカウントダウンは、遭遇した時より減り続けるのみだ。

 グレフは単品で彷徨っている事が多い。滅多に人の住む町や村には現れないのが不思議だが、あくまで「滅多」であって確率はゼロではない。

 かつてグレフは人の住む集落に立ち入って全滅させたという話も聞く。
 幸いな事に、私たちの住むグレンヴィルには一度も現れていない。今、向かっている貿易都市跡地の廃墟では、数度見かけた事はあったが。

 黄色い空の下、遠目にグレフらしき白いモヤの塊がうごうごと蠢いているが分かった。

 私たちは素早く、その場を立ち去る。私達が動揺すると繊細な馬も気づく。
 馬を興奮させるわけにはいかない。馬を失うと、それこそ生きて帰れる確率が減るのだ。馬で3時間かかる距離は、一体歩いたら何日掛かる事やら。




「ありゃりゃ、カモメの旦那じゃあねえですかい」

 目的地の廃墟に到着した私たちは、廃墟入り口前のちょっとした厩に馬を繋ぐ。この施設も頻繁にここを利用する私達が作ったものだ。

 10頭前後の馬が置けるそれは、水も餌箱も藁も何もかも揃っていて、表には荷車を置けるスペースも設けている事から、私達以外にも利用する者はたくさんいた。

 その代わり、利用するには若干のオアシが必要になるのだけど。馬が勝手に逃げ出す心配をしなくても良いのだ。微々たる利用料は、団のメンバーが見ていない時でもきっちり支払われている。
 厩の前に野ざらしで置かれたビンの中に金を入れるのだが、こんな世の中であっても一度も盗られたことはない。

 厩には、4頭の馬が繋がれていた。
 表には荷車も3台止めてある。

 団があらかた奪いつくした都市であったが、こうやって物資を求めて旅する人たちも少なくない。
 ただのガレキさえも、石を砕いて再利用できるのだ。この貿易都市はその土地が真っ新の更地になるまで、こうやって第三者に奪われ続けていくのだろう。

 珍しくこんな時間帯に到着した私達に気付き、人の好さそうな顔で近づいてきたのは、老齢に片足を半分突っ込んだ年頃の男。その後ろに、体格の良いふくよかな女もいる。
 女の方はすでに馬に乗っている。馬の両側と女の背に篭いっぱいの緑の苔が詰まっている。

 彼らは見知った顔だ。
 この廃墟で初めて顔を合わせて以来の付き合いだから、かれこれもう5年ほどになるか。

「うむ、息災かじいさん!元気でなりよりである!!」

 団長が馬を降りる。私達も団長に習い、下馬した。
 元・漁師のギャバンがみんなの馬を連れて厩に消えていく。彼は非常に無口な上に人見知りも激しい。
 そそくさと馬を引っ張る後ろ姿は、余計な会話をしたくないと背が語っている。

「おたくら珍しいじゃありませんか。こんな夜更けが来ようともいう時間に。いつもはこのぐらいに帰るでっしゃろ」

 両手をゴマすりながら男が言った。
 彼の口調は商売人のそれだ。

 それもそのはず。男の本業は旅の薬売りである。
 幾分か年下の妻を引き連れ、こうやって旅の途中で薬になる薬草を摘み取っては町へ町へ渡り歩いている。こんなご時世に凄い根性だ。

「うぬ。今日は調査にきたのだ!!苔氏は帰るところか?」

 夫婦が廃墟で探すのは、金銭でも食料でも宝物でもない。曰く、ここいらの周辺の苔には、滋養回復の効果があるらしい。夫婦はここでその苔だけを採っているから、いつしか「苔氏」と団長が呼び始めた。

 彼らにとってこの苔は金なのだ。一度真似して苔を大量に採取して《中央》に持っていった事があるが、特別な配合でちゃんと薬と作ってからでないと買い取れないと突っぱねられ、まる損をした過去がある。
 それはこの夫婦しか知り得ない商売道具なのだろう。
 以降、彼らの領域を私たちは尊重している。

「へい。よからぬ噂もありまして、おや旦那らはもしやその噂の調査に来たというわけですかい」
「噂を苔氏も知っているのか!!」
「へへ、ここいらじゃ有名ですよって。おたくらは夕刻には帰っちまうさあ、知らんこって」

 そして、ゴマすりの手をやめて、声を潜めるように団長に顔を近づけた。

「いやあ、あっしもこんなバカげた話はないと思ってましたがね。ほらここ最近、めっきり減りましたさ。みんなオバケが怖いと、ここに近づきもしやせん」

 厩の4頭の馬を指さしながら言う。

「苔氏は実際に見たのか、その死人というのを」

 すると、手をぶんぶんと振りながら苦笑いする。

「いやあ、あっしは怖がりでさあ、見た事はありません。ほれこの通り、夜が来るまでに退散でっせ。妻はその力こぶで殴ってやろうと意気込んでおりやしたが、どうにも話を聞くと分が悪いようで」

 チラリと後方の妻を見やる。確かに腕っぷしは強そうだ。その彼女は早く会話が終わらないのかといった憮然な顔をしている。

「分が悪い?」
「ええ。やつら、ついに東にまで現れるって話でっせ」
「!!!」
「なんですって?」
「だったらこの馬の持ち主達は、大丈夫なのかねえ」

 もうとっくに死人は安全地帯と言われた東エリアにまで進出してきているらしい。
 やはり昼間はその姿を現さず、夜になると何処からともなく急に湧く。
 奴らに見つからぬようにやり過ごせれば問題ない。しかし一度見つかると、大群で襲ってくると。

「幾らか噛まれて、奴らのお仲間になっちまった常連さんもいたなあ。何人か《中央》に調査を頼んだ輩もいたが、まだどうなっちまってんのか分からねえ」

 腕を組んで、あの人たちは――と続ける。

「一組は見た事あるお方達だったやね、もう一組ともう一組がここにはいるね。二組は初顔さ。当然、死人の噂も知りゃあしねえが、あたしらも会わなかったんで忠告できませんで」
「そうか、情報を感謝する、苔氏!」

 そうだとすると、此処には今、私達と苔氏の他に3組の旅人が訪れているという事か。
 一組は私達も知っている顔。恐らく、死人の噂話も知った上でまだ残っているのだろう。
 もう二組は見知らぬ顔。長い旅路に疲れて廃墟を見つけ、雨風を凌ぐ一時の宿にしたのか、それとも単に宝探しにやってきたか。

 いずれにせよ、彼らが危険なのには違いない。

 だけれど、はっきり言って私達に彼らを助ける義理は無い。
 こんなところにわざわざやってくるくらいだ。それなりに腕が立つのだろう。
 私たちはあくまでこの廃墟の遺物を漁る為にここにいる訳で、人助けなど町民でもないのにお断りだ。慈善事業で命を晒すなど、もってのほかだ。

 それはロルフ団長も同じだ。彼は町民の為ならば動く。人助けはお高く留まった《中央》のギルドが自己満足でやればいいと、いつも言っている。

「カモメのみなさん、お気をつけくださいや。死人なんて縁起でもないものに深くかかわるのはお勧めしませんが、おたくらにとっても死活問題やしそうはいきませんさね。念のため、滋養剤をお渡ししておきまっせ。なあに、馴染みのよしみさあ、無料で良いっせ」

 団長に4本の小瓶を渡す。トロリとした緑色の液体だ。彼らの採る苔から作られているのだろう。

「だから、あんまし深入りせんどって、頑張ってくださいよ」

 そう言って、夫婦は廃墟を後にする。
 ゆらりゆらりと三つの籠が揺れている。彼らは《中央》に向かうのだと言う。あのまま行けば、夜のうちに辿り着けるだろう。

 苔の夫婦に礼を言ってから、私たちは行動を開始する。

 残り三組の旅人たちも気にはなったが、苔の老人曰く、西には行っていないと言っていた。
 常連一組は西の危険を知っている。
 一見、西へ続く橋が壊れているので、あそこに渡る手段がないと思う人たちも多い。西にはまず港に出てから波止場へ回り、崖下の瓦礫を登らないと行けないのだ。初見でそうそう見つかる場所でもない。恐らく苔氏が言う通り、広い東エリアの何処かで探索をしているのだろう。

 私たちは真っ直ぐ港へ向かい、化け物の気配を探りつつ西側へと歩く。

 既に日は随分落ちた。落ちると暗くなるのは一瞬だ。そうなる前に、まずは拠点に着かなければ。

 苔氏との会話で時間も取られたこともあり、私たちは足早に廃墟を進むのであった。





 いつもの通り、教会跡地に陣を張る。
 しかし今回の目的は「探索」ではなく、魔物の真偽を探る事だ。

 戦うことも目的ではないので、団長についてきたメンバーも戦闘には不向きなものばかりだ。

 団長はさておいて、参謀のアインはねっちりとした喋り方が特徴の、頭の切れる男だ。
 私と同い年のこの男は、生徒会在籍当時からこんな調子である。口は出すが手は出さないのをモットーにしているのか、ナイフをいつも装備している割には一度も腰から抜いた姿を見た事が無い。

 もう一人は、元・漁師のギャバン。
 歳は30を少し超えたあたり。無口で人見知りが激しいこの男は、その実とても繊細で傷つきやすく、少し扱いには注意がいる。
 ずけずけと物を言うアインとは余り仲が良くないのだが、町は町で台風の対応に追われていて力仕事の出来るものは殆どそっちに取られてしまっている。

 ギャバンは天気を読める。空間処理能力というのか、地図も一目見ればすぐに把握する。
 自分が通った道も全て覚えている。
 しかも夜目が利く。慣れない夜間の行動に、彼は絶対に必要だったのだ。

 私は言い出しっぺの責任というか、一応念のため魔法が使える者がいたらいいだろうとロルフ団長の推薦でついて行く事になった。

 それに私は団では一番の読書家であると自負している。
 書記の仕事が無い時は、もっぱら魔法の勉強をしているか本を読んでいるかのどちらかだ。当然、魔物図鑑も読んでいる。
 敵の姿を実際にこの目で見て、どの魔物なのか確認する意味でも、私はついていきたかったのでロルフ団長に感謝した。

 今回の魔物は、集団で現れ、攻撃は噛むという物理のみ。
 走ることもジャンプすることもできず、のろのろと歩みも遅い。しかし耐久性は異常レベルで高く、何度攻撃しても殆ど効いていないという事が特徴だ。

 私たちは太い教会の柱に登り、辛うじて腰を落ち着ける程度に残っている僅かな二階スペースに待機する事となった。
 話を総合して、二階にはまず登れないだろうという判断からだ。

 各々がカンテラを照らし、仲間の顔が分かるぐらいの明るさを保っておく。

 そして、奴らが現れるまで交代で休憩となった。

 寝転がるのは無理なので、ずっと座っていないといけないのも辛い。もそもそと携帯食を食べ、自分の交代時間が来るまで膝を抱えてしばし目を瞑る。

 誰も喋らない。アインと仲が良いのはお調子者の特攻隊長なので、私達とは余り喋ってくれない。
 元々ギャバンは無口だし、唯一の女の私も決して社交的でもない。
 これがエーベル一人いればわいわいと楽しいのかもしれないけれど、彼は今ぶつぶつと文句言いながら家中の窓に板を打ち付けているのだろう。

 その姿を想像してクスリとしてしまう。

 団長はこんな狭い所でじっとしているほど大人しくはない。
 着いた当初から何度も墓に行っては下見を繰り返している。彼なりの自衛なのかもしれない。



 こうして私たちは静まり返る廃墟の中、夜が来るのを待っていたのである。
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