40 / 170
二. ニーナの章
10. 死人
しおりを挟む
「ん…みんな起きて」
身体を揺さぶられる感覚でハッと目が覚めた。
何時の間にか眠っていたようだ。崩れた床の残骸の僅かなスペースに膝を抱えて蹲っていたのに、よく落ちなかったものだ。遠くに波の音を聴きながら、それが天然の子守歌になってしまったのだろう。
いけない。
徹夜覚悟で昼間はしっかり寝てきたはずなのに、人はどうしても夜の闇にいると眠たくなってしまう生き物なのだろう。
顔を上げると、ギャバンがいた。
元・船乗りの名残なのか、彼はいつもバンダナを巻いている。結び目が風に靡いている。
夏が過ぎ去ったこの時期は、日中は暑いが日が落ちると途端に寒くなる。潮風はとても冷たく、思わず寒気で震えてしまった。
「どうしたの?」
「しい…」
彼は猫のような細い目を更に細くして、人差し指で静かにしろと合図した。
丸まった背筋をほぐすように伸びをして、立ち上がる。
辛うじて残った二階部分の四方にいた他の仲間たちも、それぞれの場所で立ち上がって辺りを見回している。
ふいに、生暖かい空気と、生臭さを感じた。
肌は風に当たって冷たいのに、顔面が感じるのは妙な暖かさである。
つんと鼻に臭うのは、魚の腐ったような微かなもの。
この教会跡地は波止場に近い。波止場は海流が滞って濁りやすく、独特の匂いがするものだ。
今漂っている匂いはその類のものだったが、何か違うような雰囲気もする。
「ギャバン?」
バンダナ頭は動かない。その細い目に何を写しているのか、前方の暗闇を睨みつけている。
すると団長が一度柱を降り、私のいる場所までやってきた。
一人でも厳しいという狭さなのに、男が二人も!しかも団長は筋肉隆々で大人二人分ほどの体格をしているのだ。床が抜け落ちるのではないかとハラハラする。
途端に居場所がなくなってふら付いていると、団長が腰を支えてくれた。
「どうした、何が見えるのだ?」
団長にしては小さな声でギャバンに問う。
夜目が利く彼には何かが見えているのだろう。起きたばかりの私はまだ闇に目が慣れていない。
目を凝らすも何も分からない。カンテラは火の温存がしたくて、みんな消している。
「死人…でたかも…」
「え?」
「なんと!」
「しいっ…」
四方の私の斜め前にいるアインも闇に目を向けている。
私たちが驚いた様子を見て、カンテラをつけようか悩んでいるみたいだ。
「どこにいるのだ?大勢か?」
ギャバンの見る方向の先は、確か崖で行き止まりだったはず。
そのあたりは私達も「探索」していないのでよく分からないが、暗くなる前に遠目から確認した時は、いくつも隆起した小さな渓谷のようなデコボコの地形が崖まで続いていたはず。
「……人影」
「うむ」
「人影みたいなものが、たくさん…動いてた。後、足音も」
「うむう。ここからでは見えないな」
すると団長はまた柱を降り、アインの方へ行く。
狭くなったスペースにアインの文句を言っている声が聞こえてきた。それからすぐにカンテラに火が灯る。
ホワンと優しい光が私達を照らした。
団長が何度も下に降りているので、敵はここいらにはいないのだろう。
アインがカンテラを照らすも、教会跡地は静かなものである。
カンテラの炎は、ギャバンが見据える先までは届かない。光が傍に現れた所為で、闇に慣れそうだった目も元に戻ってしまった。
「あっちに…いると思う」
そう言ってギャバンも私の持つカンテラに火を点けた。
「今のところ、この辺りは安全か。待っていても仕方が無い。こっちから行くぞ!」
「はあ?」
「その為に来たのだろう!今さラ臆病風吹かせてどうするのだ、アイン!」
「え?いや臆病じゃあありませんよ!作戦も立てずに何を言ってんのかなあって思っただけです!」
ロルフ団長とアインの言い争う声が聞こえる。
静かにしろとギャバンが注意してくれた意味がないじゃないか。
「カンテラつけた時点で…気づかれるときはきづかれるし、どうでもいい…」
「あ、そうなんだ…」
やる気があるのかないのか分からない言葉に、私の緊張が一気に解れた。
結局、私たちはギャバンが指す方に行ってみようという話になった。
団長の云う通り、私たちはこの為に来たのだ。
本当に死人とやらの魔物が出るのか。
数は?その特徴は?見定めないと、今後の活動にも支障がでる。
大人数で動けば動くほど、統率も取れにくくなる。戦闘しないと決めてしまえば、遭遇した時は逃げるのみだ。だから、身軽な者しか連れてきていない。
カンテラ一つを教会跡地に残して目印にする。闇の中に一筋の光が浮かぶ。
もしもの時は、あそこを目指せばいいのだ。
私たちは柱を降り、団長を先頭にして残りの三人は横並びの隊列だ。
真ん中が私。私だけカンテラを持っていないが、その代わり愛用の触媒の杖を持っている。
用心に越した事はないのだ。いつでも魔法が発動できるように、精霊だけは呼び出してある。
水の精霊メロウを宿した触媒の石は、薄っすらと光を漂わせている。お陰で足元だけは見えるので、私たちは10年間放置されていたかつては立派な石畳だったであろう、今はデコボコの道を歩いている。
道は基本的に一本道だ。
途中いくつか道が分かれるところが出てくるが、それは広大な敷地の墓場に繋がるらしい。
「探索」を済ました武器屋を通り過ぎ、ここから先は未知の世界。
ピタリと、団長が足を止めた。
思わずつんのめるように三人が団子になる。
しこたま団長の固い背中に鼻を打ち付けたアインが文句を言おうと口を開く前に、団長が振り返る。
「いたぞ、すぐそこだ!!」
「はい!」
「ええ?痛いなあ、もう」
「……」
瓦礫と化した廃墟の影に隠れる。極力足音を立てないように、意識して動く。
カンテラの火を消す。間近まで迫っていたのに、今のところは気付かれていないようだ。
その時である。
「アアアアァァァァァァアアアアアァァ…」
私たちの来た方向、つまり後ろから声がした。
喉が潰されたのを必死で出しているような、喘ぎ声。声になっていない声が、ほんの後ろからしたのである。
「!!」
瓦礫に隠れて正解だった。
それは、私達に気付く事なくゆっくりと進んでいる。
プンと鼻につく臭いに顔を顰める。
息を殺す。
それが通り過ぎる。間近に見るそれに、本当は叫びたかった。
でもそれは適わなかった。ロルフ団長が、私の口を抑えてくれていたからである。
ずるずると何かを引きずる音。絶え間なくそれからは声が漏れている。
私たちはもれなく全員が汗びっしょりとなって、それを凝視している。
それがついに私達を通り過ぎた。
全く気付かれてはいない。
緊張で息も忘れていたのか、それが闇に消えて初めて肺に空気を入れる。
「見たか?」
アインだ。ロルフ団長に口を塞がれたままだから、こくこくと頷いた。
ギャバンにはまだそれが見えているようだ。後を追うように、ずっと見つめている。その顔は真っ青だ。
「あれは何だか、魔物辞典に書いてたかい?」
「ぷは」
ようやくロルフ団長が手を離してくれた。息をつき、私たち以外には誰もいないと確認して脳みそをフル回転させる。
「いえ…書いて、なかったです」
絞り出すように言った。
それは、まさに人間の死体だった。
つい先ほどまで墓場に埋められていたかの如く、身体中を土塗れにしてのそりのそりと歩いていた。
私は人の死体を見るのは初めてではない。災厄で大勢が死んだのだ。流れ着く貿易都市の住民たちの後始末もした事もある。
だから見慣れているといっては可笑しいが、間違いなく死体だと確信できる。
腐って爛れた青緑の肌に、土に還る途中のボロボロの衣服を身に着けて、口をカッパリと開けてひたすら前に進んでいた。
目は窪んでなく、舌もない。鼻は溶けて剥き出しで、指の先は骨だった。
ゾロゾロと何を引きずっているかと思いきや、それは外れかかった自らの足で、それが通った後はひん曲がりそうな腐った臭いがした。
あれを死体と言わずして何というのだ。
脳の収納部屋を漁って漁って、あれが一体何なのか得た知識をフル回転させても全く答えが出てこない。
魔物辞典には載っていない。
魔物は次々と新種も発見されるから、それもその類かもしれないが、人間の死体の姿をしている魔物は今まで聞いたことも無かった。
あと考えられるのは、馬鹿げた話だが、お伽噺しか残っていない。
創世の時代に造られた、伝説の生き物。
確かそれに書いてあった。肉体が朽ち果てるのを知らずに作った女神の失敗作として。
「どこの向かってるんだ?ギャバン、見えるか?」
「いや…もう、見えないね」
団長らの言葉に焦りが見える。
確認するつもりでやってきたのに、本当に見るとは思わなかった。そんな口調である。
「だけど、前にたくさんいるね…ちょっと、ヤバイかもよ…」
「吐きそうだ。この臭いはもう死体だ。俺は帰るに一票だね。多勢に無勢は危険すぎるねえ」
「でも、あそこで何をしているのでしょう」
「うむう、気にはなるがアインの云う通りかもしれんな」
こう見えて、ロルフ団長は慎重派である。団の特攻隊長を謳うあの二人の方が、血気盛んなのだ。
恐らく彼らがいたら、まず帰るのはあり得ないと息巻いているだろう。
連れてこなくて本当に良かった。
「本当は、死人の対処方も確認したかったが…」
団長の云っている事も理解できる。
せっかく来たのだ。奴らがどんな戦い方をするのかも、目で見るのと話を聞くだけでは全く違ったものになる。
この死人らは、東エリアにも出没する。夜間だけ行動するとは云え、あんなとろい歩みでも、確実に前には進む。いつか私の町にもやってくるかもしれない。
それだけは阻止しなければならないのだ。
戦闘するには相手を見極める必要がある。西エリアの入り口を住処にしていた半魚人の魔物も、数か月の下見と作戦を立てて臨んだのだ。
結果、倒す事が出来たのであり、行き当たりばったりでは命が幾つあっても足りない。
「奴らの行動の目的さえ分かればなあ」
ロルフ団長は悔しそうだ。
このまま帰ってもいい。むしろ、そうした方が全員安全に帰宅できるだろう。
だが実際に化け物をこの目で見てしまったら、はいはいそうですかでは問屋が卸さない。
危険なのはビシビシと伝わる。どうにか対処する方法さえ見つかれば。
ほんの少しばかし話し合い、結局あの死体達が何をしているのか確認してからでも遅くはないだろうと結論付け、私たちは死人の後を追う事で話がついた。
私もみんなも考えている事は一緒。町が大事なのだ。
身体を揺さぶられる感覚でハッと目が覚めた。
何時の間にか眠っていたようだ。崩れた床の残骸の僅かなスペースに膝を抱えて蹲っていたのに、よく落ちなかったものだ。遠くに波の音を聴きながら、それが天然の子守歌になってしまったのだろう。
いけない。
徹夜覚悟で昼間はしっかり寝てきたはずなのに、人はどうしても夜の闇にいると眠たくなってしまう生き物なのだろう。
顔を上げると、ギャバンがいた。
元・船乗りの名残なのか、彼はいつもバンダナを巻いている。結び目が風に靡いている。
夏が過ぎ去ったこの時期は、日中は暑いが日が落ちると途端に寒くなる。潮風はとても冷たく、思わず寒気で震えてしまった。
「どうしたの?」
「しい…」
彼は猫のような細い目を更に細くして、人差し指で静かにしろと合図した。
丸まった背筋をほぐすように伸びをして、立ち上がる。
辛うじて残った二階部分の四方にいた他の仲間たちも、それぞれの場所で立ち上がって辺りを見回している。
ふいに、生暖かい空気と、生臭さを感じた。
肌は風に当たって冷たいのに、顔面が感じるのは妙な暖かさである。
つんと鼻に臭うのは、魚の腐ったような微かなもの。
この教会跡地は波止場に近い。波止場は海流が滞って濁りやすく、独特の匂いがするものだ。
今漂っている匂いはその類のものだったが、何か違うような雰囲気もする。
「ギャバン?」
バンダナ頭は動かない。その細い目に何を写しているのか、前方の暗闇を睨みつけている。
すると団長が一度柱を降り、私のいる場所までやってきた。
一人でも厳しいという狭さなのに、男が二人も!しかも団長は筋肉隆々で大人二人分ほどの体格をしているのだ。床が抜け落ちるのではないかとハラハラする。
途端に居場所がなくなってふら付いていると、団長が腰を支えてくれた。
「どうした、何が見えるのだ?」
団長にしては小さな声でギャバンに問う。
夜目が利く彼には何かが見えているのだろう。起きたばかりの私はまだ闇に目が慣れていない。
目を凝らすも何も分からない。カンテラは火の温存がしたくて、みんな消している。
「死人…でたかも…」
「え?」
「なんと!」
「しいっ…」
四方の私の斜め前にいるアインも闇に目を向けている。
私たちが驚いた様子を見て、カンテラをつけようか悩んでいるみたいだ。
「どこにいるのだ?大勢か?」
ギャバンの見る方向の先は、確か崖で行き止まりだったはず。
そのあたりは私達も「探索」していないのでよく分からないが、暗くなる前に遠目から確認した時は、いくつも隆起した小さな渓谷のようなデコボコの地形が崖まで続いていたはず。
「……人影」
「うむ」
「人影みたいなものが、たくさん…動いてた。後、足音も」
「うむう。ここからでは見えないな」
すると団長はまた柱を降り、アインの方へ行く。
狭くなったスペースにアインの文句を言っている声が聞こえてきた。それからすぐにカンテラに火が灯る。
ホワンと優しい光が私達を照らした。
団長が何度も下に降りているので、敵はここいらにはいないのだろう。
アインがカンテラを照らすも、教会跡地は静かなものである。
カンテラの炎は、ギャバンが見据える先までは届かない。光が傍に現れた所為で、闇に慣れそうだった目も元に戻ってしまった。
「あっちに…いると思う」
そう言ってギャバンも私の持つカンテラに火を点けた。
「今のところ、この辺りは安全か。待っていても仕方が無い。こっちから行くぞ!」
「はあ?」
「その為に来たのだろう!今さラ臆病風吹かせてどうするのだ、アイン!」
「え?いや臆病じゃあありませんよ!作戦も立てずに何を言ってんのかなあって思っただけです!」
ロルフ団長とアインの言い争う声が聞こえる。
静かにしろとギャバンが注意してくれた意味がないじゃないか。
「カンテラつけた時点で…気づかれるときはきづかれるし、どうでもいい…」
「あ、そうなんだ…」
やる気があるのかないのか分からない言葉に、私の緊張が一気に解れた。
結局、私たちはギャバンが指す方に行ってみようという話になった。
団長の云う通り、私たちはこの為に来たのだ。
本当に死人とやらの魔物が出るのか。
数は?その特徴は?見定めないと、今後の活動にも支障がでる。
大人数で動けば動くほど、統率も取れにくくなる。戦闘しないと決めてしまえば、遭遇した時は逃げるのみだ。だから、身軽な者しか連れてきていない。
カンテラ一つを教会跡地に残して目印にする。闇の中に一筋の光が浮かぶ。
もしもの時は、あそこを目指せばいいのだ。
私たちは柱を降り、団長を先頭にして残りの三人は横並びの隊列だ。
真ん中が私。私だけカンテラを持っていないが、その代わり愛用の触媒の杖を持っている。
用心に越した事はないのだ。いつでも魔法が発動できるように、精霊だけは呼び出してある。
水の精霊メロウを宿した触媒の石は、薄っすらと光を漂わせている。お陰で足元だけは見えるので、私たちは10年間放置されていたかつては立派な石畳だったであろう、今はデコボコの道を歩いている。
道は基本的に一本道だ。
途中いくつか道が分かれるところが出てくるが、それは広大な敷地の墓場に繋がるらしい。
「探索」を済ました武器屋を通り過ぎ、ここから先は未知の世界。
ピタリと、団長が足を止めた。
思わずつんのめるように三人が団子になる。
しこたま団長の固い背中に鼻を打ち付けたアインが文句を言おうと口を開く前に、団長が振り返る。
「いたぞ、すぐそこだ!!」
「はい!」
「ええ?痛いなあ、もう」
「……」
瓦礫と化した廃墟の影に隠れる。極力足音を立てないように、意識して動く。
カンテラの火を消す。間近まで迫っていたのに、今のところは気付かれていないようだ。
その時である。
「アアアアァァァァァァアアアアアァァ…」
私たちの来た方向、つまり後ろから声がした。
喉が潰されたのを必死で出しているような、喘ぎ声。声になっていない声が、ほんの後ろからしたのである。
「!!」
瓦礫に隠れて正解だった。
それは、私達に気付く事なくゆっくりと進んでいる。
プンと鼻につく臭いに顔を顰める。
息を殺す。
それが通り過ぎる。間近に見るそれに、本当は叫びたかった。
でもそれは適わなかった。ロルフ団長が、私の口を抑えてくれていたからである。
ずるずると何かを引きずる音。絶え間なくそれからは声が漏れている。
私たちはもれなく全員が汗びっしょりとなって、それを凝視している。
それがついに私達を通り過ぎた。
全く気付かれてはいない。
緊張で息も忘れていたのか、それが闇に消えて初めて肺に空気を入れる。
「見たか?」
アインだ。ロルフ団長に口を塞がれたままだから、こくこくと頷いた。
ギャバンにはまだそれが見えているようだ。後を追うように、ずっと見つめている。その顔は真っ青だ。
「あれは何だか、魔物辞典に書いてたかい?」
「ぷは」
ようやくロルフ団長が手を離してくれた。息をつき、私たち以外には誰もいないと確認して脳みそをフル回転させる。
「いえ…書いて、なかったです」
絞り出すように言った。
それは、まさに人間の死体だった。
つい先ほどまで墓場に埋められていたかの如く、身体中を土塗れにしてのそりのそりと歩いていた。
私は人の死体を見るのは初めてではない。災厄で大勢が死んだのだ。流れ着く貿易都市の住民たちの後始末もした事もある。
だから見慣れているといっては可笑しいが、間違いなく死体だと確信できる。
腐って爛れた青緑の肌に、土に還る途中のボロボロの衣服を身に着けて、口をカッパリと開けてひたすら前に進んでいた。
目は窪んでなく、舌もない。鼻は溶けて剥き出しで、指の先は骨だった。
ゾロゾロと何を引きずっているかと思いきや、それは外れかかった自らの足で、それが通った後はひん曲がりそうな腐った臭いがした。
あれを死体と言わずして何というのだ。
脳の収納部屋を漁って漁って、あれが一体何なのか得た知識をフル回転させても全く答えが出てこない。
魔物辞典には載っていない。
魔物は次々と新種も発見されるから、それもその類かもしれないが、人間の死体の姿をしている魔物は今まで聞いたことも無かった。
あと考えられるのは、馬鹿げた話だが、お伽噺しか残っていない。
創世の時代に造られた、伝説の生き物。
確かそれに書いてあった。肉体が朽ち果てるのを知らずに作った女神の失敗作として。
「どこの向かってるんだ?ギャバン、見えるか?」
「いや…もう、見えないね」
団長らの言葉に焦りが見える。
確認するつもりでやってきたのに、本当に見るとは思わなかった。そんな口調である。
「だけど、前にたくさんいるね…ちょっと、ヤバイかもよ…」
「吐きそうだ。この臭いはもう死体だ。俺は帰るに一票だね。多勢に無勢は危険すぎるねえ」
「でも、あそこで何をしているのでしょう」
「うむう、気にはなるがアインの云う通りかもしれんな」
こう見えて、ロルフ団長は慎重派である。団の特攻隊長を謳うあの二人の方が、血気盛んなのだ。
恐らく彼らがいたら、まず帰るのはあり得ないと息巻いているだろう。
連れてこなくて本当に良かった。
「本当は、死人の対処方も確認したかったが…」
団長の云っている事も理解できる。
せっかく来たのだ。奴らがどんな戦い方をするのかも、目で見るのと話を聞くだけでは全く違ったものになる。
この死人らは、東エリアにも出没する。夜間だけ行動するとは云え、あんなとろい歩みでも、確実に前には進む。いつか私の町にもやってくるかもしれない。
それだけは阻止しなければならないのだ。
戦闘するには相手を見極める必要がある。西エリアの入り口を住処にしていた半魚人の魔物も、数か月の下見と作戦を立てて臨んだのだ。
結果、倒す事が出来たのであり、行き当たりばったりでは命が幾つあっても足りない。
「奴らの行動の目的さえ分かればなあ」
ロルフ団長は悔しそうだ。
このまま帰ってもいい。むしろ、そうした方が全員安全に帰宅できるだろう。
だが実際に化け物をこの目で見てしまったら、はいはいそうですかでは問屋が卸さない。
危険なのはビシビシと伝わる。どうにか対処する方法さえ見つかれば。
ほんの少しばかし話し合い、結局あの死体達が何をしているのか確認してからでも遅くはないだろうと結論付け、私たちは死人の後を追う事で話がついた。
私もみんなも考えている事は一緒。町が大事なのだ。
0
あなたにおすすめの小説
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
前世で薬漬けだったおっさん、エルフに転生して自由を得る
がい
ファンタジー
ある日突然世界的に流行した病気。
その治療薬『メシア』の副作用により薬漬けになってしまった森野宏人(35)は、療養として母方の祖父の家で暮らしいた。
爺ちゃんと山に狩りの手伝いに行く事が楽しみになった宏人だったが、田舎のコミュニティは狭く、宏人の良くない噂が広まってしまった。
爺ちゃんとの狩りに行けなくなった宏人は、勢いでピルケースに入っているメシアを全て口に放り込み、そのまま意識を失ってしまう。
『私の名前は女神メシア。貴方には二つ選択肢がございます。』
人として輪廻の輪に戻るか、別の世界に行くか悩む宏人だったが、女神様にエルフになれると言われ、新たな人生、いや、エルフ生を楽しむ事を決める宏人。
『せっかくエルフになれたんだ!自由に冒険や旅を楽しむぞ!』
諸事情により不定期更新になります。
完結まで頑張る!
俺、何しに異世界に来たんだっけ?
右足の指
ファンタジー
「目的?チートスキル?…なんだっけ。」
主人公は、転生の儀に見事に失敗し、爆散した。
気づいた時には見知らぬ部屋、見知らぬ空間。その中で佇む、美しい自称女神の女の子…。
「あなたに、お願いがあります。どうか…」
そして体は宙に浮き、見知らぬ方陣へと消え去っていく…かに思えたその瞬間、空間内をとてつもない警報音が鳴り響く。周りにいた羽の生えた天使さんが騒ぎたて、なんだかポカーンとしている自称女神、その中で突然と身体がグチャグチャになりながらゆっくり方陣に吸い込まれていく主人公…そして女神は確信し、呟いた。
「やべ…失敗した。」
女神から託された壮大な目的、授けられたチートスキルの数々…その全てを忘れた主人公の壮大な冒険(?)が今始まる…!
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
~最弱のスキルコレクター~ スキルを無限に獲得できるようになった元落ちこぼれは、レベル1のまま世界最強まで成り上がる
僧侶A
ファンタジー
沢山のスキルさえあれば、レベルが無くても最強になれる。
スキルは5つしか獲得できないのに、どのスキルも補正値は5%以下。
だからレベルを上げる以外に強くなる方法はない。
それなのにレベルが1から上がらない如月飛鳥は当然のように落ちこぼれた。
色々と試行錯誤をしたものの、強くなれる見込みがないため、探索者になるという目標を諦め一般人として生きる道を歩んでいた。
しかしある日、5つしか獲得できないはずのスキルをいくらでも獲得できることに気づく。
ここで如月飛鳥は考えた。いくらスキルの一つ一つが大したことが無くても、100個、200個と大量に集めたのならレベルを上げるのと同様に強くなれるのではないかと。
一つの光明を見出した主人公は、最強への道を一直線に突き進む。
土曜日以外は毎日投稿してます。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!
くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作)
異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる