蒼淵の独奏譚 ~どこか壊れた孤高で最強の魔法使いがその一生を終えるまでの独奏物語~

蔵之介

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二. ニーナの章

13. Aves

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 それは真っ赤に燃え盛る隕石だった。
 ゴツゴツとした表面は、どこもかしこも真っ赤だ。所々でマグマでも発生しているのか、プシュプシュと真っ赤なドロドロの液体を纏わせている。
 太陽よりも熱いそれが、すぐそこの頭上にメラメラと燃えている。

 途端にその場も真っ赤に染められた。

「バカな!」
「でも思ったより熱くないねえ」
「…ほんとだ」
「旦那、すげえな…」

 各々が好きなように言っている。
 ローブの男は私たちの様子など全く意に介していないのか、背を向けたままグレフ達と対峙している。

 彼は自分の持つ松明を足元に投げ捨てた。

 それが合図だったのだろう。
 死人の軍団が、一斉に襲い掛かってきた。
 といっても、死人は走れない。のろのろと歩みは遅いが、団体で攻めてくるとなるとその勢いはすさまじいものがある。

 あっという間にローブの男との距離が縮まる。

「死に急いではいけません!!!!あなたは私達を助けてくれたのに!!!」

 私は思い切り叫ぶ。
 つい、声が出てしまった。

 もう見ていられなかった。
 何が何だか分からない。でも、目の前で人が死ぬのは見たくなかった。

 頭上には隕石の塊があって、私たちは松明をただ持たされて。
 死する運命に身を任せる寸前の私達を危機一髪助けてくれて、でもその一人が今、たった一人で戦いを挑んで死人に食い殺される。


「だめええええ!!!」


 目をぎゅうと瞑った。
 もう、ダメだと思った。

「大丈夫。旦那は死なねえよ」

 ポンと肩に手を置かれた。
 何時の間にか私は泣いていた。

 赤毛の男が、出会った時にしていたような笑みを浮かべている。

「……え?」
「あんたも最初っから素直にしてりゃあ可愛いのに」
「は?」

 なにを言っているのだこの人は。
 一瞬ポカンとしてしまい、松明を取り落としそうになった。

「火を火で相殺する。ちゃんと持ってないと死ぬぞ」
「え、は、はい!」

 後ろに目玉でもついているのか、ローブの男が静かな口調で言った。先程よりも若干声の冷たさが薄れている。
 松明は落とす寸前で、赤毛の男に拾われた。
 ゴメンとペロリと舌を出し、私に渡す。

「いくぞ」


 男のローブが翻った。
 バタバタとピンク模様が熱風に揺らされる。


 そして。




 隕石が、落ちた。




 炎が迫りくる。
 あの隕石は私たちの真上にあるのだ。このまま落ちれば私達もろとも押しつぶされる。

 だが思い出せ、ローブの男は何と言っていた?

 火で火を相殺?
 考える間もなく、炎が落ちる。

 炎を纏った凶器が眼下に迫る。

 しかし、それは私達を貫通した。赤い岩が幾つも幾つも私の前を通り越す。
 松明の炎が瞬いたかと思うと、炎の膜となって私達を包み込んだ。
 無慈悲に隕石が落ちた時、私たちは隕石そのものを抜けたのだ。

 死人の殆どが、隕石に纏う炎に焼かれて動かなくなっている。
 隕石が地面に激突したらしたで、その重みと摂氏以上の熱さに潰され、灰すら残らない。

 攻撃が利かないはずのグレフがまともに隕石をその大蛇の身体に浴び、成す術もなく潰され、焼かれ、溶けていく。


 グモオオオオオオオオォォ!!!!


 グレフの断末魔。

 初めて聞く音。

 くぐもった、耳の奥から恐ろしさを感じる得体の知れない慟哭だった。



 これが、魔法だとでもいうのか。
 もはや、別次元の力。

 貴重な魔法書にも、人伝でもこんな規格外の魔法など聞いた事が無い。
 あれだけの魔法、どれだけのマナを消費すると思っている。ヒトの許容量を遥かに超える力だ。
 並みの人間では耐えられない。マナを搾り取られて廃人となる。

 あんなの、在り得ない。

 私たちは隕石が死人達を虐殺していく様を、ボウと見ているしかなかった。

 そういえば、あのピンクの牛は無事か。
 彼は松明を持っていない。彼には火の膜が張っていないのだ。



 ヒュウウウウウ



 急速に地面の冷える音がする。



 私たちは凝視する。

 死人はいない。

 全部、焼かれたか蒸発したか、潰された。


 グレフもいない。


 人類の最大の敵は、異次元級の魔法で一瞬にして塵と化した。

 大きな隕石の塊、全ての敵がいなくなったのを察したのか、役目を終えたと言わんばかりに粉々に砕ける。

 その中から、ピンクの牛の着ぐるみが現れる。
 彼は一歩もその場を動いていない。
 炎も隕石も衝撃も、一切動かずやり過ごした。

 少しだけ、尻尾の部分が焦げている。
 男が焦げた尻尾に気付く。手で持って、大きく肩を落とす仕草。
 私達にも、あの大量の敵にも全く動じなかった男が、たかが尻尾の焦げ付きを見つけて露骨に落胆する様子を見せる。

 私たちは動けない。喋れない。

「旦那、あんたやっぱすげえな!」

 松明を放り出して赤毛の男が駆け出した。

 何の躊躇もなく、そのままの勢いでローブの男に抱き着いた。男は思わず尻もちを付き、赤毛の頭をポカンと叩く。
 赤毛はそれでも嬉しそうだ。

 ぎゅうぎゅうとローブの男にしがみ付いて凄い凄いと賛美の声を出す男の様子を見て、私たちはようやく助かったのだと正確に理解した。

 何もかもがいなくなって、夜の静寂が再び戻りつつある中、赤毛のはしゃぎ声だけがいつまでも闇に響いた。



 ■■■



 私たちは今、動くのも億劫になるほど疲れ果て、今すぐにも布団になだれ込みたい気持ちを何とか奮い立たせて、懸命に馬の尾に掴まっている。

 もう指一本すら動かしたくない。

 私達とは違ってたっぷり休息を得た馬は爽快に走っており、振り落とされないようにしがみ付くだけで必死だ。

 あともう少し。
 頑張れ、寝るな、私。

 私の横を並走する仲間たちも、一様に疲れた表情だ。
 あの筋肉ダルマで疲れ知らずの団長ですら、目が据わってむっつりと口をへの字に曲げているのだ。この中で一番力仕事をしたのはまさに団長なので、疲労も人一倍には違いない。

 私の前には、あの赤毛の若い男がいた。馬を操るのは、私ではなく赤毛の男だ。
 そして、人見知りの激しい、他人と関わるのすら嫌がるギャバンが、もう一人の男――ピンクの牛模様の派手なローブを身に纏った正体不明の男を、その背に乗せていた。


 あれから、私たちはグレフをやり過ごした喜びに湧くのも束の間、ほんの一瞬の休憩さえ許されずに、力仕事に勤しんでいたのである。

 異次元の魔法を放ってグレフもろとも死人を滅ぼしたそのピンク牛の男は、すぐに足元の松明を拾ってその場を離れた。

 ずんずんと何処に行くかと思ったら、彼の向かった場所は広大な敷地の墓場であった。
 訳も分からず私達が彼に追いついて、彼らが何者かを教えてくれるのかと思いきや、彼は抑揚の無い平坦な声で、違う返事を寄越したのである。

「まだ終わっちゃいない。憂いを絶つ」

 そう言って指し示した墓場の住人を見て、私たちはすべてを悟った。



 私たちは、男の魔法の力で火力を増した松明を手に、文字通り一体一体、屍を焼いたのだ。

 数百体は焼いただろうか。
 災厄で失った命だけを供養する墓場ではない。以前から此処の墓場は、この貿易都市に住まう者達の共通の弔い場所だ。その数、数千、数万とあるだろう。

 私達を襲ってきた死人は、やはりこの墓から抜け出したものだった。
 未だに信じられないが、土が掘り起こされ、中を空っぽにした墓石を見ると、否応なくそれが真実なのだと思い知らされる。

 あの死人が人間の成れの果てだとするならば、あれは魔物という概念には当たらない。人と魔物は違う生物だ。魔族と同様に、種類が違う。

 それに、何故怒れる神グレフと共にいたのだろう。
 見るからに、死人はグレフに従っているように見えた。脳が腐り使い物にならなくなっても尚、まるで意思をなくした操り人形のようにその命令に従っていた。
 かつてこの貿易都市を全滅に至らしめた仇敵にも関わらずだ。


 男は整列された墓を暴いては、そこに亡骸があればカンテラの残りの油をまいて焼く。
 土の中でそれは骨となり、灰となり、煙となって無になる。

 一度死人が抜け出した形跡があれば楽だ。土を掘らなくて済む。だが、何もない墓もあった。これがまた問題で、まず墓堀りからしなければならない。

 この墓堀り、簡単に掘ればいいだなんて言っていられたのも少しの間だった。

 固い地盤、碌な道具もなく掘る行為は、思いのほか重労働だったのだ。
 この土を掘り返す作業が、かなりしんどい。土は重く、下に掘り進めば行くほど、土を外に追いやる力が増すのだ。

 棺は数メートルも下だ。中に人が入ってようと空っぽであろうと確認はしない。棺が出てきた段階で、それに火を点けて燃やす。


 憂いを絶つとは、まさに次に死人となって彷徨う輩を、問答無用で全て焼くといった、作戦もへったくれもない、ただの肉体労働だったのだ。


 だけど、これこそが最たる手段なのは間違いなかった。
 だからみな、文句も言わずに男に従っている。

 怪我をして一人で歩けないアインは力仕事となると足手まといなので、先に町に一人で帰る事となった。

 残ったメンバーは、団長とギャバンと私。そして赤毛の男とローブの男だ。
 団長以外はどう見ても肉体派ではない。元々戦うつもりもなかったのだから、思うように作業も進まない。
 アインは力自慢の団員を援軍に寄越すと言って、馬の腹を蹴った。

 往復で約6時間。これをただ呆けて待つのは時間の無駄だ。出来得る限り、私達で根を潰さんと、ひたすらげんなりする作業を続けたのである。

 途中で苔氏から貰った滋養剤を呑んで、微々たる回復を感じながらまた墓を掘る。


 早く朝になって、早く助けてほしい。
 頭の中は早く帰りたくていっぱいだ。
 血豆を幾つも作り、顔も体も土塗れ。
 しっぽの焦げ付きを気にしていたピンクの牛の男も、茶色の土に汚れ放題である。


 次第に作業に慣れが出てきて、作業分担も自然に行われてきた。

 ギャバンと団長が暴かれていない墓を掘り、赤毛の男が火を点けて焼く。
 私とローブの男は、既に土が盛り上がった墓を調べる。空っぽであればそれで良し。中に死体があればそれを焼く。

 立ったり中腰になったり下を見下ろしたりと、身体はもうだいぶん前から悲鳴を上げている。

 みな、無言で黙々と作業を繰り返している。

 言い出しっぺのローブの男も、その平坦で冷静な威張った物言いから、どこかの組織の立場の高い人間なのではと思うが、私たちと同様に汗を流して時々腰をトントンと叩いて思い切り伸び、また作業に取り掛かっている。

 時折はあ、といったため息も聞こえる事から、彼は身体を使った作業が苦手なのかもしれないと思えた。
 魔法使いならばさもありなんだ。
 だけど一切手を抜かずに土塗れになっている姿を見て、私達と同じ汚い恰好になっているのを見て、なんだか妙な親しみを感じてもいた。

 彼らが何者なのか、まだ聞けていない。
 無駄話をする体力があるなら、墓の方に力を使いたかったのもある。

 なんせ、まだ朝は明けていないのだ。
 何をきっかけに死人が墓から蘇るのか分からないが、いつ何時、さきほどのように襲ってくるやもしれないのだ。

 確かに憂いはなくす必要がある。
 この目で見て、死人の存在を目の当たりにして、その危険性も理解した。
 今回の調査の結果は、彼らのお陰で上々ではないか。

 焼けば死人は無に帰す。
 団から援軍を頼んだので、昼間に多数の人数を割けば一日足らずで全ての墓を暴けるだろう。探索という名の墓荒らしはこの後の話だ。



 結局私たちは、アインが寄越した団の援軍が来るまで働き詰めだったのである。

 早朝前だったので人数を集めるのに少し手間取ったようで、アドリアンを先頭に三十数名がやってきた時には、すでに日は高く昇っていた。

 アドリアンに軽く状況を説明し、彼はアインから事の顛末まで全て聞いていたのだろう、皆迄言うな後は全て任せておけと頼もしい返事を頂いてから、私たちはようやく作業を止めた。

 アドリアンと一緒についてきた力自慢のロロから差し入れの冷たい水とパンを貰って、私たちはそれに飛びつくようにがっついた。
 行儀云々言っている場合ではない。喉は渇き、腹も減っていた。なにより、疲れた。


 ロルフ団長と私とギャバンの三人が厩を目指して廃墟を歩いていた後ろに、ローブの男達も私達に着いてきていた。

 一夜の礼をしたいと団長が申し出たからである。

 彼らは何処からやってきたのか知らないが、周りに私たちの町以外何もないというのに、なんと徒歩でこの廃墟まで来たのだと言う。
 しかもローブの男は馬に一人で乗れないとかで、私も他人を背に乗せて馬を操った事は無い。団長は身体が大きくて馬の背いっぱいを占領している。
 消去法で、馬を多少乗りこなせると言う赤毛の男の後ろに私が乗り、ギャバンの馬にはローブの男が乗る事となったのだ。



 赤毛の痩せた背中を見る。
 馬の動きに合わせて、きちんと手綱を操っている。ぴょこぴょこと括った髪が動くのが、なんだかとても面白く思えた。

 ギャバンの方は、少しだけ笑みを浮かべている。
 ローブの男のピンクの尻尾が、馬と一緒に揺れている。

 変な取り合わせだと思った。

 数時間の後、運よく魔物にもグレフにも遭遇せず、何のトラブルもなく真っ直ぐ海沿いを走り続けて、ついに遠くに港が見えてきた。



 ああ、ようやく長い一夜が終わる。

 色んな事が起こりすぎて、一体何から手を付けていいのか分からない。
 整理しようにも、こんな疲れた頭では碌な考えも浮かんでこない。

 まずはシャワーだ。それからふわふわの布団。

 話は悪いけど、後回し。

 町の白い壁が見えた時、私は安堵の溜息をついた。



 怒涛の一夜を超え、生き延びた嬉しさに、太陽をまた拝めた喜びに、打ちひしがれたのであった。
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