蒼淵の独奏譚 ~どこか壊れた孤高で最強の魔法使いがその一生を終えるまでの独奏物語~

蔵之介

文字の大きさ
45 / 170
二. ニーナの章

15. 料理人アッシュ

しおりを挟む
 この夜、私は人生初、食べ物を食べて涙を流すと言う稀な経験を味わった。

 そう、味わったのだ。
 心行くまで。


 アッシュの作った料理はどれも絶品だった。

 狭くもない食堂の、小さくもない長机の上に、所狭しと並べられた大皿料理はどれもこんもりとボリュームたっぷりで湯気が立ち上っていて、高いフルコースにあるような高級感など微塵もなく、ただの男くさい大衆料理ばかりだったのだが。

 そのどれもがいちいち美味しくて、頬が落ちるどころか舌がまだないのか早く寄越せと言わんばかりに涎を流すものだから、私たちは休む事すら忘れてひたすら食べた。

 アッシュは出来る限り大勢に食べてもらいたいと、テーブルに椅子は用意せず、我々は立ったまま空っぽになった皿を持ってウロウロしては食べ、また空っぽの皿に美味いものを乗せてウロウロと忙しなく動いた。

 ここにいるだけで数十人。他の多くのメンバーは、何と酒場にいるらしい。
 酒場の女将さんとどう話を付けたのか、今夜の酒場はカモメ団の貸し切りだった。

「厨房の釜土が足りなくてよ。レシピ教えるついでに、な」

 と、ニコニコしているアッシュは今、私達とは別の料理を運んでいる。

 酒場にもこれと全く同じ料理が、その量だけを大量に増やして団員達の腹を満たしているらしい。女将さんの心遣いもあるが、やはりこのアッシュという男は侮れない。

 昨日今日と出会ったばかりの男に、たくさんの料理を作りたいから厨房を分けてくれと言われて、はいはいどうぞと一体全体なるだろうか。だが、実際にアッシュはそれを仕出かしている。なんの苦労もない顔で、私達が舌鼓を打つ様子を見て、心底嬉しそうに微笑んでいる。

「俺ぁ、料理人だからよ。今までも料理を作ってもてなす事はあったけど、他意が含まれてねえのは初めてだ」

 そう言って、少しだけ目を伏せた仕草が妙に印象に残った。
 その人懐っこさから何の修羅場も潜ってなさそうな平和な雰囲気なのに、料理の腕といい、魔法の威力といい、この男もそれなりに、災厄を生き延びてきた歴史があるのだなと感慨深く思った。



 料理は、この港町ならではの、魚料理フルコースだった。

 養殖業が途絶え、漁業も儘ならないのは事実だが、近郊の海にはすでに船を出すまでに復興は済んでいる。海の海流が変わって獲れる魚の旬なども変わったが、貿易都市や魔族たちから海が荒らされていないお陰で、それなりに大きな魚は日々港に揚がっているのである。

 私たちは海の人間なので、肉を殆ど食べない。食うとなると、干し肉やソーセージといった加工食品ばかりで、生肉を焼いたものなどは贅沢の限りで数回しか食べた事は無い。
 しかもその調達は、《中央》の市場を頼らざるを得ないのだ。


 よって、魚は主食で在り、食い飽きた食材でもあったのだ。

 その私達がいつも食べている魚で、アッシュは勝負を仕掛けてきた。

 鮭のレモンバターホイル焼き、アジのソテー、ぶりの照り焼き煮、サンマのマリネサラダ、カツオのたたき漬け丼、カレイの黒酢南蛮漬け、メカジキのステーキ、ホタテのピザ、サザエのつぼ焼き…エトセトラエトセトラ。

 珍しいメニューではない。むしろ、いつも食べている献立だ。
 だが、味付けが明らかに違う。ほんわりとした魚の身も、少し濃い目のソースも、ピリリと舌に残る薬味も、どれも口触りが良く、なにより美味い。

 私はその中でも鯛の姿煮がお気に入りで、魚独特の臭みすら利用した味付けに心底感動して、ついつい涙が出てしまったという訳である。

 こんなに美味いものを、病気でベッドに噛りついているしかない娯楽の薄いテルマにも食べさせてやりたいと思った。
 少し持って帰ろうかと思ったが、ほとんどの皿は舐めん勢いですっからかんだ。早々にお持ち帰りを諦めた。



「俺ん家は山でさ。川魚はいたけど海の魚は殆ど食った事がなかった。海の魚は大胆な料理が作れるから、食材としてかなり好きだね」

 レシピの作り方を聴いてきた団の若い女の子達に囲まれて、アッシュは得意げに答えている。

 女の子たちの目は、アッシュに興味津々だ。彼は爽やかではないが、野性味があって見てくれもいい。
 いわゆる、格好いい部類に入るだろう。彼氏に飢えた女の子の関心を引くのも当然だ。

 その女の子たちの中に唯一の男性、エーベルも黄色い悲鳴を上げているのだから目も当てられない。

 団の男達とは言うと、女の子にきゃあきゃあ囲まれているアッシュを余所に、食い扶持がテーブルを離れた隙にと、先程からもぐもぐしっぱなしである。


 実に賑やかしい食卓で在った。

 普段から仲の良いカモメ団ではあるが、こうやって大勢が集まって食事する機会は人数が多すぎて中々できないでいる。食事だけでも団の結束は育まれるものだ。

 このような機会を作ってくれたアッシュには、本当に頭が下がる思いである。

 ちなみに、この食事代もアッシュの自腹だった。そうそう安い買い物ではなかったはず。しかし彼はお金を持っていても使う暇がないとかで、有り金全てをこの催しにつぎ込んだらしい。
 その次の話がまたアッシュらしいのだが、食材も非常に安く手に入れたという。どんな口上を垂れたのか、その手腕を拝みたくもある。

 そんな中、この喧騒の輪に加わらないのが約一名。

 アッシュの上役である、ピンクの牛…もとい、今はサメの男だ。

 彼は部屋の端っこでポツンと一人きり、夜の闇を窓から眺めつつ、ちまちまと皿の料理を口に運んでいた。
 実は彼だけはメニューが違ったのだ。
 先程アッシュが別に料理の皿を運んでいたが、それはこの無口な男の為だったらしい。

「旦那は魚が得意じゃないみてえで。こんなにうまいのに、勿体ねえの!材料買う金も無かったけど、旦那だけ腹空かしたままじゃ可哀相だし」

 と、料理で使った端切れの野菜を薄い皮で巻いて揚げた春巻きを渡していた。
 至れり尽くせりである。

 男はそれを黙って受け取って、礼も云わずに外を眺めていた。そんな男の態度に慣れているのか、アッシュは気にせずに自ら喧騒の輪に飛び込んで、仲間内でわいわい騒いでいる。

 物珍しく、男に近づく団員もいたが、無下に扱われて玉砕していくばかりだ。

 そもそもあの異様な恰好がいけないのだ。近づくだけでもハードルが高い。空気の読めない団長ですら、必要以上に男に関わろうとしないのだ。よっぽどなのだろう。
 かくいう私も、アッシュとは話せても彼とは全く口が利けてない。

 しかし同じ無口同士で気が合うのか、男を馬の背に乗せたギャバンだけが彼に近づく事に成功していた。ギャバンはそもそも騒がしい場所が好きではない。冗談を言う性格でもないので、誰も近寄ってこない静かな男の傍が楽なのだろう。会話をしている様には見えなかったが、互いに窓の外を眺めながら黙々と料理を食べ続けていた。




 そろそろ宴もたけなわだという頃、幹部以外の団員がちらほら帰宅または宿舎に帰りだした頃、廃墟の第2陣であるコルト達が戻ってきた。

 全ての墓を暴いて燃やし終えたらしい。
 ついでだからと各々皮袋に墓荒らしで手に入れた宝石類をジャリリと鳴らしている。



 そしてコルト達の為に残しておいた料理を温めなおし、あらかた彼らが食い終わるまでしばし休憩の後、私たちは遅めの幹部会議を開くことになったのである。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

前世で薬漬けだったおっさん、エルフに転生して自由を得る

がい
ファンタジー
ある日突然世界的に流行した病気。 その治療薬『メシア』の副作用により薬漬けになってしまった森野宏人(35)は、療養として母方の祖父の家で暮らしいた。 爺ちゃんと山に狩りの手伝いに行く事が楽しみになった宏人だったが、田舎のコミュニティは狭く、宏人の良くない噂が広まってしまった。 爺ちゃんとの狩りに行けなくなった宏人は、勢いでピルケースに入っているメシアを全て口に放り込み、そのまま意識を失ってしまう。 『私の名前は女神メシア。貴方には二つ選択肢がございます。』 人として輪廻の輪に戻るか、別の世界に行くか悩む宏人だったが、女神様にエルフになれると言われ、新たな人生、いや、エルフ生を楽しむ事を決める宏人。 『せっかくエルフになれたんだ!自由に冒険や旅を楽しむぞ!』 諸事情により不定期更新になります。 完結まで頑張る!

俺、何しに異世界に来たんだっけ?

右足の指
ファンタジー
「目的?チートスキル?…なんだっけ。」 主人公は、転生の儀に見事に失敗し、爆散した。 気づいた時には見知らぬ部屋、見知らぬ空間。その中で佇む、美しい自称女神の女の子…。 「あなたに、お願いがあります。どうか…」 そして体は宙に浮き、見知らぬ方陣へと消え去っていく…かに思えたその瞬間、空間内をとてつもない警報音が鳴り響く。周りにいた羽の生えた天使さんが騒ぎたて、なんだかポカーンとしている自称女神、その中で突然と身体がグチャグチャになりながらゆっくり方陣に吸い込まれていく主人公…そして女神は確信し、呟いた。 「やべ…失敗した。」 女神から託された壮大な目的、授けられたチートスキルの数々…その全てを忘れた主人公の壮大な冒険(?)が今始まる…!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

~最弱のスキルコレクター~ スキルを無限に獲得できるようになった元落ちこぼれは、レベル1のまま世界最強まで成り上がる

僧侶A
ファンタジー
沢山のスキルさえあれば、レベルが無くても最強になれる。 スキルは5つしか獲得できないのに、どのスキルも補正値は5%以下。 だからレベルを上げる以外に強くなる方法はない。 それなのにレベルが1から上がらない如月飛鳥は当然のように落ちこぼれた。 色々と試行錯誤をしたものの、強くなれる見込みがないため、探索者になるという目標を諦め一般人として生きる道を歩んでいた。 しかしある日、5つしか獲得できないはずのスキルをいくらでも獲得できることに気づく。 ここで如月飛鳥は考えた。いくらスキルの一つ一つが大したことが無くても、100個、200個と大量に集めたのならレベルを上げるのと同様に強くなれるのではないかと。 一つの光明を見出した主人公は、最強への道を一直線に突き進む。 土曜日以外は毎日投稿してます。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!

くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作) 異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」

処理中です...