蒼淵の独奏譚 ~どこか壊れた孤高で最強の魔法使いがその一生を終えるまでの独奏物語~

蔵之介

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二. ニーナの章

18. ギルドマスター・リュシア

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 アッシュは元々《中央》の出身ではなく、ここより遥か遠くの何の取り柄もない山奥の田舎村に生まれ、そこで何かひと悶着があってあの男に拾われたのだと言う。

 そのひと悶着は説明すれば長くなるとかで言わなかったが、村の名前を出した時に苦そうな顔をしていた事から、余り言いたくない話題なのではと感じた。


 あのローブの男の名はリュシア。

 驚く事に彼は、《中央》の4大ギルドの一つ、魔法使いを中心に構成されたギルド“紡ぎの塔”のであった。

 身分が高いだろうとは思っていたが、これもまた雲の上の存在である。

 《王都》が占拠された後、この世界の中心にあって統括するのは《中央》に移行している。話だけでしかその存在は知らないが、4大ギルドは私達よりも発足は後でまだ日は浅いにも関わらず、既に世界そのものを回している。

 かつての冒険者ギルドと似たような組織だと団長は説明していたが、そんな単純なものではなかった。


 簡単に言えば、《中央》に国を作ったのだ。を、である。

 王様は据えない。
 代わりに存在するのは、4大ギルドの頂点に君臨するマスターと云われる4名だ。
 互いに互いをけん制することで、一つの組織が大きな力を持って権力を支配するのを防いでいるのだという。

 国を機能させるには様々な機関が必要となる。
 それを各ギルドが担っているというのだ。

 治安系は騎士ギルド。農林水産系は人外族のエルフギルド。役場系は盗賊ギルド。そして市場系は魔法使いギルドと大まかに分かれているそうだ。

 ローブの男…リュシアは、その4大ギルドのマスターという重役にいるにも関わらず、たった一人の従者を連れて、あの廃墟くんだりまでやってきたらしい。



「自分の目で見ねえと気が済まない性分っぽい」

 呑気にそういうアッシュも、彼と初めて出会った時は、従者も誰も引き連れず、たった一人で危険な場所まで乗り込んできたそうだ。

 大将不在でも、少しの間であればギルドは対処できるらしい。だが決して暇ではないとの事で、帰ったら恐らく徹夜仕事が待っているだろうと、アッシュは舌を出した。

「俺は、”塔”の料理人さ。魔法も使えっけど、本業はこれ」

 と、私達に鍋を振るジェスチャーをしてみせた。

「どうしてあの晩、廃墟にいたの?グレフを殺しにって、そんな話が…」

 激高している人がいないお陰か、あの凄まじい威圧感を放ってくる問題のリュシアがいないからか、団長の執務室に残る私達は少し緊張も解れている。

 いまだ不信感というか、団長に対するモヤモヤは消えていないのだけれど、



「三月ほど前かな。廃墟にグレフが現れるって報告が騎士団に入ってきた」
「三月前?」

 それは私達が西側エリアを解放した時期と合致する。

「それも決まって夜。どこぞに現れるか分かんねえけど、見慣れない魔物も引き連れてるって話で」
「それが、死人か…」

 コルトの声に、アッシュは頷いた。

「私達が西側を解放したから?その所為で?」
「いや、それは分かんねえ。だから騎士団が、おたくらに依頼したんだよ」
「え?」
「はあ?」

 そんなのは初耳だ。
 ギルドが、私達に仕事を依頼?

 私達の団は、ギルドと繋がりは無い。団長が意味も分からず嫌うからだ。唯一《中央》と関わりがあるのは、探索で得た物資を換金するのみだ。

 さっきのやり取りで、ロルフ団長の兄が、騎士団を統括する総帥である事は知った。
 私達が知らされていないだけで、実はギルドと深い関わり合いがあった。しかし団長はそれを頑なに隠す。そんな必要が何処にあると言うのだ。

「そっか、そっから知らなかったっけな。悪りい、悪りい」

 サラサラの赤毛を無造作に掻いて、アッシュは私達に向き直る。

「さっき旦那が言ったろ?何もかもギルドが面倒見てるって」
「ああ」
「俺もまだ《中央》に来て日が浅いからよ、あんま詳しくは知らないけどさ。まあ、旦那が言うには、そもそも災厄で死にかけてたこの町を復興まで導いたのが、騎士団なんだってよ」
「…そんな、最初から?」

 確かに、災厄から最初の1年ほどは《中央》から支援を受けていたのは事実だ。

 だけどそのまた1年後には団長が自ら私達を率いてあの廃墟に行って…それから自警団を発足したはず。

 その後は団の力だけで町を復興させたのだ。
 そういえばいつのまにか《中央》の人たちは来なくなって、団長はその時に「復興に力を貸す代わりに金が欲しいとのたまうから追い出してやったわ!」と笑っていた。

 私達はちっとも疑いもせず、団長の言葉を信じて、緊急時でも金にがめつい《中央》の意地悪さに文句を言っていたものだ。

「喧嘩別れしても兄弟は兄弟。あの騎士団長は弟をめちゃくちゃ可愛がってたみたいでさ、災厄で被災した弟が心配で心配で、弟のいるこの町を優先的に支援したそうだぜ。ったく、いいご身分だぜ」
「そんな…」
「は!なんだよ、団長はハナっから騎士団と繋がってたっつう訳かよ」
「そそ。元々おっさんは兵団を持ちたかったみてえで。そんでこの町に自警団を作ったんだってよ。自分の思い通りになる、自分だけの兵隊。まあ、それがあんたらなんだけど」

 アッシュは立ち上がり、団長の華美な机の脇にあった水差しを手に取る。
 側面の棚から人数分のグラスを出して、水を次ぐ。
 コトリコトリと一つずつそれを配っていって、また自分の席に着いた。

 流れるような作業である。こと料理や食べ物に関してはこの男は非常に気が利く。
 私達も大概喉が渇いていたので、有難くそれを飲み干した。少しぬるめの水だったが、乾いた喉には心地よい。


「あんたら不思議に思わなかったか?」

 唐突にアッシュが言った。

「なんだ?」
「不思議ってなに」
「だからよ、あの廃墟だよ。あのでっかい貿易都市」

 リンドグレンの貿易都市を言っているようだ。

「いくらこの町が近いからって、10年もその遺産を独り占めしている事を、他の誰も一切口出ししてこねえ事に、何の疑問も感じなかったか?」
「え?」

「あの災厄に世界中はとんでもねえことになって混乱しちまって、みんなが生きる事に必死になってるからさ。災厄やグレフに滅ぼされた町や村のガサ入れは、放浪してる盗賊どもにゃあ、恰好の得物だ。だけどあの廃墟はバカでかいってのに、そんな輩はいなかっただろ?」
「盗賊…言われてみればそうだな。幸いにも奴らに荒らされた事は無かったし、遭遇もしていない。しかし独り占めとはどういう事だ」

 コルトは考え事をしている時は、大げさに頭を抱え込む癖がある。
 彼はこの団では真面目な部類に入る。しかし真面目すぎて融通が利かないのも彼だ。

「あの廃墟に利用許可などいるのか?そんな話は聞いたことがないぞ」
「ああ、リンドグレンの大地主が言うならともかく、《中央》に口出しする権利ってあんの?」

 リンドグレンの貿易都市を一手に引き受けていた領主は、その災厄時に津波に巻き込まれて亡くなっている。
 持ち主がいないからこそ、あれは共有財産なのではないのか。誰も手を付けないから、こちらが手を付ける。

 生きる為に必要な行為なのだ。咎められる理由などないはず。


「だから、それが変なんだって」

 アッシュの口調は軽い。リュシアの冷たさを含んだ平坦な声でないからか、各々が気を許して好き勝手に権利を主張している。

 あの男は、その存在だけでもずしりと重かったのだと分かる。
 並の精神力ではない。
 4大ギルドの一つを束ねるギルドマスターだからか、流石だと思ってしまう。


「変って?」
「誰のモノっつうか、誰のモノじゃねえから、おたくらが取っていいわけ?」
「え?」
「は?」
「それに町や村は、全部王様のモンなんじゃねえの?」
「王は《王都》でグレフ達に監禁されているだろう」
「だからといって、所有権が消えたワケじゃねえだろ。王様から見りゃ、あんたらは盗賊とおんなじ事やってんだぜ」

 アッシュの発言に、はっとしてしまう。

 確かに言っている意味は理解できる。あの都市の支配権は《王都》だ。私達があの廃墟を漁るのに、王の許可は得ていない。

 しかし今まで10年間、何のお咎めもなかった。

「《中央》に咎める権利っつか、あんたらのやってる事を、盗賊行為を黙認してるのが《中央》なんだ。《王都》を奪還すべく作られたギルドは、災厄を生き残ったすべての人間達を併合して、共闘してグレフに立ち向かう事が理念みてえでさ、騎士団は世界の治安を守ってる。あんたらのように、町だけを守ってんじゃねえ。世界中を見てるんだ」
「俺達が、盗賊風情とでもいうのか!」

 生真面目なコルトが声を上げた。

 私達は、私達がしている行為に誇りを持っている。
 誰の助けも借りず、私達だけでこの町を復興させ、平和に導いた。
 数々の町の助けも解決し、団はみな仲良くて、この町が大好きなのだ。

 そんな私達を、盗賊と。
 コルトだけではない。私達もそんな風に言われると、良い気がするものか。

「だからさ、喧嘩をしに来た訳じゃねえんだって。俺は旦那じゃねえけど、あの人が怒ってんのも何となくわかるよ」
「怒った?」
「おっさんを挑発してただろ?ありゃあ、怒ってる時の旦那だ。マジギレはしてねえけど。マジギレしたらめちゃくちゃ怖えぞ」
「だから何故、あの男が怒る必要があんのよ」
「だってあんたらの代わりに、じゃんか」
「はい?」
「この町には一度も。あの廃墟には数回程度か?グレフが現れた頻度だよ。あんたらが、あの廃墟で呑気に宝探ししてる前にも後にも、ギルドがグレフ退治してあんたらを無事に町に返してんだ。勿論、町にグレフが来ねえのも、それだ」
「!!」

 このグレンヴィルの町にグレフは現れた事は無い。
 それを運が良いだけと思っていたが、真相はそうではなかったとアッシュは言ったのだ。
 ごくまれに廃墟でグレフを見かける事はあっても、遭遇はした事はない。
 私達は魔物を退治するだけに留まり、「探索」は安全だった。

 瓦礫で滑ったり、力作業をして怪我したりする事はあっても、団員はいままで何者かと戦って誰一人として命を落とした者はいない。
 でもそれはロルフ団長の指揮が上手だったから。私達が団長に従い、強い仲間意識を持って機敏に動いていたから。そう思っていた。


「これが取引だよ。あのおっさんと騎士団との。町の平和と自警団の自治権と引き換えに、危険な行為の一切をギルドに一任するってえ話をおっさんはつけたんだよ」
「…それが本当だとすると、命を落とした者が…」

 急に怒りを収め、コルトの声が震え出した。

「ああ。10年も前線で守って、無傷なはずはねえよ。あのグレフが相手なんだ。何がなんでも町に侵入させるわけにはいかねえから、ギルドも必死さ。あんたらがのほほんと酒場で酒かっくらってる間に、相当死んだだろうな。あんたらは、夜間に見張りの一人も出してねえだろ?こんな情勢で、夜こそ恐ろしいんだ。今も多分、この町の見える範囲で、どっかのギルドの名も知らねえ奴が、あんたらを守るために見守ってんだよ」
「そんな…」
「…ぐっ」

「そんな事情を知らねえあんたらはともかく、一部始終を知ってるはずのおっさんが何の対策もしねえで、ずっとギルドにくっ付いて良いとこ取りしてっから、旦那がキレちまったんだよ。まあ、逆ギレされて殴られちまったのは、旦那の自業自得だろうけど」

 仮にも従者がどんな言い草だと思ったが、その瞳は一心にリュシアという男を案じている。
 彼の口調は軽いが、話した内容は酷く重かった。言葉の端々に、リュシアを信じる想いが垣間見える。アッシュは真に、あの男を尊敬しているのだろう。

「そんだけ、弟が大事なんだよ、あの騎士団長さんは。まあ、行動するにも金がかかるから、見返りに貿易都市の宝物を報酬にしてたって話だ」
「団長は、この話を全て知っているというのは本当か?」
「そりゃそうだろ。週に一度はおっさんからこうしたい、ああしたい、もっと金くれ物資を寄越せって連絡が来るらしいぜ」

 となると、週に一度はしつこく勧誘にやってくると言っていたあのギルドの使者がそうなのだろう。
 使者はまさに使者だったのだ。

 団長の願いを《中央》に運び、それを騎士団が受け取って騎士団長まで話を持っていき、弟可愛さにすべてを叶える。


 これが真実。


 だけど、リュシアはもう一つ気になる事を言っていた。

「…横領…」

 今迄黙っていたギャバンが、ようやく口を開いた。
 細い目は眠っているかと思ったぐらいである。

「そうだ!横領ってなんだよ!団長は、金を搾取してたんか!」

 椅子からガタリと立ち上がり、アドリアンが蒼白な顔で叫んだ。

「さあなあ、旦那と騎士団長の間で交わされてたからよ。俺は部屋の外に出されてたし、旦那も俺には教えてくれてねえから知らねえ」

 4大ギルドのトップとトップ。早々お目に掛かれる人物ではないのだ。下々の私達と会話する事さえ奇跡の存在だろう。そんな滅多に会えないはずの存在が、あの素っ頓狂なローブを身に纏い、時に冷たく、時に可愛らしさまで感じさせた男だった。

 知らなかったとはいえ、私達は散々不敬な態度を取った。
 アッシュも何も言わないのだから人が悪い。こんな場所に、そんな権力者が来るとは誰が想像するものか。

「《中央》との取引は、私がきちんと記録してるわ。何も不自然な箇所は無い。裏台帳なんてものがあるなら、私なら一発で見破れる。でもそんなのは無いと言い切れる」
「じゃあ、その台帳そのものが間違ってんだろ」
「え?」
「換金先も、その相場も、全部ギルドの手の者だ。こういっちゃなんだが、ギルドにも使命を果たさねえ奴もいるんだよ。どっか抜け道を探して、私利欲に取りつかれた奴がな。災厄からそんなのばっかりだ。自分さえ良けりゃあいいって、もう散々だね」
「では、一部のギルドのメンバーと不正を行っていると…」
「じゃねえの?いきなり湧いて出た話らしいし、バレたんじゃね。ギルド側から」

 そうあっけらかんというアッシュはグラスの残りの水を飲み干した。


 アッシュの話は、何もかもが初耳で、耳を疑う内容ばかりだった。
 だが、その話に嘘は感じなかった。狼狽えた様子のロルフ団長を見る限り、恐らくは真実なのだろう。

 リュシアに激高し、口を挟む余地さえ見せずに殴り飛ばしたのは、痛いところをまさに遠慮なく突かれたからで、それに何も知らされていない私達の目もあった。

 居心地が悪いどころか、一歩間違えれば失脚である。

 いや、もうすでに。
 丸テーブルの俯いた5つの頭のてっぺんは悲壮感がひしひしと伝わってくる。

 信じていた団長の、信じられぬ側面だった。

 この町が在るのは私達の功績でもなく、私達は内部のゴタゴタをちょっとだけ解決するだけで満足していて、本当に命を賭して在り続けさせていたのは、見知らぬギルドの人たちだった。

「何がギルドは俺達をいいように扱うだ…俺らがそうだったとか笑えねえ冗談だぜ」
「お高く止まったとは言ったものだな。ギルドの努力の上に胡坐を掻いていたのは俺達だったとは」
「……ごめん」

 ペコリとギャバンが頭を下げると、アッシュは目を見開いて両手をバタバタと交差させた。

「は?いやいやいや、俺じゃねえし!さっきも言ったけど、俺はまだギルドに入ってそう経ってねえんだ。それにギルドの連中は謝ってほしい訳じゃねえと思うぜ?同じ人間として、災厄に立ち向かう同士として、あんたらが力を貸してくれればいいんじゃねえの」
「……」

 団長はどうなるのだろう。
 そして、残された私達はどうなってしまうのだろう。

 廃墟の憂いも全て絶った訳ではない。この町の台風対策も終わってない。
 この町の自警団として維持しないといけない。

 だけど、その運営のすべては団長しか知り得なかったのだ。


 今更ながら思う。

 幹部と云われる私達でさえ、その金の使いどころや運営方法を知らされていなかったのだ。

 私はバカだ。
 バカすぎる。

 それぐらい、団長を信じた。団長の元で、この町はいつまでも在り続けるのだと勝手に思い込んでいた。
 いつか潰えてしまうだろう、廃墟の「探索」で得られる遺産も、それがなくなっても団長さえいれば町はどうにかなると思っていた。


「アッシュがあの廃墟にいたのは、つまりそういう事なのか?」
「そういう事って…?」
「いや、グレフが出るんだろ、あの廃墟に。俺達を守るために、わざわざ来たのかなって」

 アインの台詞に、アッシュは一瞬呆けた。
 何か思い出してるのか間抜けな面をそのままに上を見上げて、ポンと手を叩く。

「そうだった。大義名分はそういうこったな。あの廃墟にグレフが出るって依頼が来て、どうにも苦戦してるらしいから旦那が出張ったんだっけか」
「大義名分?」
「そそ。ここだけの話だぞ。騎士団長の弟とか、この町を守るとか、はっきり言って旦那にゃどうでもいいんだよ」
「え?」
「人一倍正義感は強えし、責任感もすげえあるし、なんだかんだであんな感じだけど自分の身体も厭わずに人助けしちまうし、体力仕事は苦手なのに張り切って墓堀して、全身筋肉痛でこっそりのたうち回ってたけどよ」

 私達は、不遜な態度のリュシアしか知らない。殆ど口を開かずに、私達の会話をじいと聞いているだけの、静かな男の姿を思い出す。
 またあのピンクの牛が出てきてつい笑ってしまった。

「服のセンスが悪いワケじゃねえぞ。俺ン時はだったんだ」
「へ?ある…なんだって?」
「あの人、異様にローブが好きなんだ。行くとこ行くとこ、珍しいローブがあると着たくてたまらなくなるらしい」
「ぶ!」
「なんだそりゃ!」

 私に釣られて、皆の頭が揺れ出す。
 ああ、良かった。笑える余裕が、私達にはまだある。

「無口だし、愛想はねえし、言ってる台詞は物騒で怖えし、魚嫌いで食わねえし、何考えてっか分かりにくいけど、ある意味すげえ分かり易い御仁だよ。あの人は、あの人の正義だけで行動してんだ」
「正義?」
「そう。今回の正義は、廃墟のグレフをぶっ殺すって事かね」
「直球だな…」
「でも分かり易いといえばそうだねえ」
「しかし廃墟のグレフは、君のマスターが退治したのではないのか?凄まじい魔法だったと聞くぞ」

 そうだ。
 あの廃墟に出たグレフは、まさにあの男の魔法が殺したのだ。

 アッシュの言葉通りならば、リュシアの正義は果たされたはず。


「なんていうかね。あそこに現れたグレフは、今回の騒動の大元じゃねえっぽい」
「なんだと?」

 そして、リュシアはこうも言っていた。
 まだ終わってはいないと。

「俺も見たけど、死人を操ってたみたいだろ?死人が出現した原因も分かってねえし、放っておくと廃墟だけに留まらずに、今度は人の住む町に被害が出るかもしんねえ。旦那はその真相を知りたがってたから、またあそこに行くんだろうな。この町に来たのは成り行きだよ。まあ、おっさんを引き渡して騎士団に恩を売るのもありかなって」

 だから彼は、私の作戦を稚拙と言ったのだ。
 あれはただの死人対策でしかない。グレフの事など全くもって議題に出さず、その出現も妙に思わずに目の前に見える事だけを優先させた。

 いつもそうだ。私達は目の前の問題をひたすら片付ける。
 その先に、いやその裏に、影で暗躍している人たちを知らずに。




「あんたらは、一度でも自分の町以外の人たちを、助けようだなんて思った事があるかい?」


 アッシュの口調は穏やかだった。

 しかしその台詞の意図は、私達にグサリと突き刺さる。


「どこもかしこも助けを必要としている世の中で、依存だけに生きる町からほんのひと時でも外に目を向けてみた事はあるかい?」

 ぐうの根も出なかった。

 私達は。
 そう、私は。
 一度も考えた事が無かった。

 どうでもいいとすら、思っていた。

 この町は私の住む大事な町。私の守るべき妹がいる町。私の在る場所。


「《中央》のギルドは、そんな外の弱者を守るために存在してるんだよ。みんなで力を合わせて一つとなって、悪いグレフをやっつけて《王都》を解放する為だけに、その身を危険に晒しながら、な」

 アッシュはここで一息入れて、私達を見回した。
 穏やかな口調は変らない。だが、その目は辛そうに歪んでいる。

 あの人懐っこく、コロコロと変わる表情で朗らかに笑っていた男は、涙を流していないのに、泣いているような気がした。



「自分が云えた義理じゃねえけど、あんたらは世界を知らなすぎる。呆れるくらい、自分本位だ…。ほんと、俺が言えた義理じゃねえけど、な」



 彼の言葉に、私の心はすでに慟哭していた。
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