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二. ニーナの章
19. Charadriliformes
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ひと時の後、もうそろそろ時計が一周廻ろうとする深夜に差し掛かる頃、ようやくリュシアが館に帰ってきた。
ロルフ団長はいない。
私達は指示もなく、今後の見通しもつかず、明日の行動からどうすればよいか分からず狼狽えたまま、無駄な時間を過ごしていた。
手持無沙汰でやる事がないと、アッシュの言葉が何度も何度もぐるぐると回り、永遠と答えの出ない質疑を繰り返す一方で、答えの出ない質問など愚問そのものだと豪語していた自分の気持ちすら、覚束なくなっているのだ。
私はとりあえず、コルトが墓から回収してきた宝石類の目録を作っていた。
この行為も、意味は無いのかもしれない。
台帳に記された金額そのものが、元々の相場よりも少なめに表示されていて、無知な私はこの金額が私達の働いた努力の結晶だと浮かれていて、完全に信じ切っていた。
超新星カモメ団が創立して約8年。
ロルフ団長の元、彼の意のままに盲目的に従ってきた。
「探索」で得た代物を、自分だけ独り占めにせず、団や町に平等折半するなんて、藁を掴んだ溺れ人を蹴落としてまで助かりたいと思う人が多い中、なんという聖人君主なのだろうと団長は尊敬のまなざしを浴びた。
冒険者になるほんの二日前に冒険者という道を絶たれて、家庭内は仲が悪く、病気の妹を抱えて、初恋の人すら災厄で奪われて、完全に翼をもがれた状態の私を団長が救ってくれた。
こんなフラフラとした私に、団という宿木をくれて、魔法や書類業務といった得意分野も学ぶ機会を与えてくれたのだ。
恨みなどあるわけがない。
アッシュの言葉はショック以外の何者でもなかったが、団長がいかに私達を騙していようとも、彼はやはり私達の団長であり、剣の先生であり、町を救ってくれた救世主なのだ。
でも、その裏で命を顧みずに戦っていた人達がいた。
私達はその人達の屍を無造作に踏み潰しながら、この暮らしを享受していたのだ。
どうすればいい。
どうすればよかった。
そしてこれから何をすれば。
私達は誰も団長の執務室から出る事すら叶わず、誰を、何を待っているのやら、特に身になる事もせずにその場にいただけだった。
所詮私達は、つまるところ指示がないと何も自分で考える事すらできなかったのだ。
この町を守っている?この町を愛している?この団に誇りを持っている?
そんな能弁、反吐がでそうだ。
飽きれるくらい、自分本位。
本当にそうだ。全く嫌になる。
「まだいたのか」
そんな時にようやく顔を見せたのが、件のローブの男だったのだ。
弾かれるように皆顔を上げ、小柄な男の後ろに団長の姿を探す。
しかし鬱陶しいほどその存在を主張していた団長は、姿形も見せていない。
落胆する私達の表情を見て、リュシアがああ、と呟いた。
「旦那!おっさんは?」
私達の代わりにアッシュが口を開いた。
私達はこの男が怖いのだ。得体の知れないギルドマスターといった方が正しいか、明るいアッシュとは違い、この男から醸し出されるオーラのような威圧感は恐ろしいの一言で、近づく事すら憚れる。
それに私達如きが、身分の高い彼に対して、親しく口を利く訳にもいかぬだろう。
「騎士団に明け渡した」
「!」
やはりそうではないかと思っていた。
リュシアに何を吹き込まれたかは知らないが、あの団長が急に大人しくなって彼と共に消えたのだ。騎士団が不正云々で団長の身を確保したがっているのならば、その身を明け渡すのは当然である。
ついに、団長がいなくなってしまった。
私達の指導者が、いない。
明日から私達はどうすればいいのだろう。
「心配するな。少し事情を聴かれてるだけだ」
「え?」
そんな私達の悲痛な顔で察してくれたのだろう。
思いのほか冷たい口調ではなく、彼にしては言葉に穏やかさがある。
「夜も遅い。明日中には早くて夕刻には帰ってくるだろう。騎士団のあれも、悪いようにはしないと言っていた。お前たちが出る幕もないよ」
「へえ、良かったじゃん」
「…」
「……ああ」
根本な解決には至ってない。
それに真相はアッシュからのみ語られただけで、団長本人から聞いてはいないのだ。
だけど、団は解散という最悪を一応は逃れられたようである。
「貴方が、その…口利きを…?」
恐る恐る男に声を掛けるも、彼は私を一瞥したのみで何も答えなかった。
一同ほっとした様子を見せている。
団長がいる限り、団はあり続けるのだ。
騎士団が介入した事で、団の在り方は変わるかもしれない。少しだけ暮らしにくくなるかもしれない。けれど、団があれば、そこが私達の居場所なのだ。
リュシアは何も答えなかったが、彼がわざわざ騎士団長本人にロルフ団長を預けに行った事こそ、何よりの回答なのだ。
「旦那が遅えから、話しちまったぜ」
「構わん」
頭の後ろに手を組み、呑気に報告するアッシュを見ていると何と不思議な関係なのだろうと思う。
アッシュの態度は、リュシアの前であろうがなかろうが変わらない。彼にとっては上司…というよりも仕える主人だろうに、はっきりいって行儀がなっていない。
不遜ともとれる態度だが、当のリュシアはそれを全く気にしていないのだ。
明け透けないアッシュの性格がそうさせるのか、二人の間に何があるのかは分からないが、何故だかその関係性を羨ましく思えた。
「旦那、これからどうすんの」
「廃墟に、行きたい」
「だろうねー。そうだと思ってギャバンに聞いたんだけど」
リュシアは、団長を連れて《中央》に行っていた割には帰りが早い。恐らくは私達の知らぬこの近くの何処かで、ギルドが駐屯している場所があるのだろう。
彼は今すぐにでも、廃墟に出立する気満々の様子である。
昨夜は私達と同様に一晩を廃墟で過ごし、重労働で疲れ果てた身体を数時間休めたきり、彼は町をウロウロと徘徊していたそうだから、彼が一日中動きっぱなしであるのは違い無い。
何という行動力だろう。
それに付き合わされるアッシュは少しげんなりした顔をして、あからさまな不服を膨らました頬でリュシアに知らせていた。
「こっから徒歩だと一日ぐらいかかるらしいぜ。そりゃあ、あんまりだろ」
「……」
「…うま」
黙り込んでいたギャバンが口元で呟く。
「…朝なら馬を、貸すけど」
ギャバンは船乗りなのに、馬の扱いに長けているのだ。馬を管理するのは別の団員だが、人込みが苦手なギャバンは手が空くと厩舎に良く顔を出すのですっかり顔馴染みだ。
「…夜はあんまり走らせてないから、馬が怖がる」
何時の間にかアッシュとギャバンの間で、馬の貸し借りの話が出来上がっていたようである。
リュシアの性格から、今すぐにでも廃墟に旅立ちたいと踏んでの事なのだろう。
アッシュは彼のマスターと出会って一年も経っていないそうであるが、その信頼度はとても濃いものだ。人の強いつながりは、それこそ年月など必要ないのかもしれない。
「今から行っても、朝に馬で行っても、時間的にゃ変わんねえだろ。俺は眠いし、旦那も絶対絶対休んだ方がいい。だからさ、ね、頼むからもう一泊しねえスか」
と、最後は拝むような形になって懇願している。
するとリュシアは、フと軽く息を吐いて、仕方ないなと呟いた。
「宿はあるのか?」
「それがさ、俺らが昼間に使った部屋はもう満室みてえでダメだって」
「……」
コケそうになった。
そんなに泊まりたいと懇願したわりに、宿の目途が立っていないとは。
この町は定期的に行商人たちもやってくるから、宿そのものが無い訳ではないが。こんな夜遅くに開いているだろうか。
「すまん、アッシュ」
「へ?」
「お前たちの寝床を確保するのを忘れていた…」
仮にも彼らは私達の命の恩人なのだ。いわば客人の、たった二つのベッドさえ開けられないとは、なんと不甲斐ないのだろう。いや、それさえも私達は気付こうとしなかったのだ。
一つ一つの詰めが甘すぎるのだ。私達は本当に、どうしようもない。
いい大人が、ほんの少し考えれば分かる事すら放棄して、自分が寝る事しか考えていない。
一同また項垂れる団員達を見て、アッシュは笑ってくれた。
「別にいいって。俺ら、どこでも寝れるし。それこそ牢屋だって寝れるしな!旦那!」
「……」
「でもよ、布団だけ貸してくんね?夜風は寒い。海の風がこんなに冷たいとは知らなかったぜ」
この様子では、どこか適当な場所に野宿するのだろう。
布団だけ欲しいとは、この二人は何処までも欲が無さすぎる。
それに、ギルドマスターを外なんかに放り出したとなれば、団長の立場どころか私達の町の神経が疑われるだろう。今後、恐らくは町の運営に《中央》が絡んでくるはず。団長も私達も、今までのようにはいかないだろう。
その時ここの自警団は、あのギルドマスターを追い出して自分だけぬくぬく布団で寝てたなんて言われたら、評判はガタ落ちである。
「あの!」
勇気を出して、声を上げた。
アッシュとリュシアの二つの視線がかち合うのが分かる。
私は背筋をきゅと伸ばし、緊張で声が震えるのを何とか押しとどめながら言った。
「私でよければ!あの、部屋、開いてる…んですけど…」
本当は、そんな外聞などどうでも良かった。
私達のために命を張ってくれた彼らに対し、少しでも恩義を返したいと思ったのだ。
「私の家、この近くで!その、狭いんですけど、使ってない部屋があって」
幸いにも、私の家の二階には空き部屋がある。
元はテルマの部屋。そして今は祖母の部屋。
足元も覚束ない祖母は二階には上がれない。使っていないその部屋は、何故か母が定期的に空気を入れ換えたり、ベッドメイクをしたりと丁寧に綺麗に保っているのだ。
ベッドは一つしかないが、大きなソファもある。母の許可は取っていないが、どうせ私の好きなようにさせてくれるはず。
二人を泊めるのに、何の問題もないだろう。
「その、家族もいますが、それで良かったら!あの…どうします?」
緊張で顔が真っ赤になる。
そこまで言い切って俯いていると、アッシュが駆けてくる音と共に私の手を取った。
「まじで?やりい!旦那、嬢ちゃんに甘えようぜ!」
ニッカニカと歯を光らせて、ぶんぶんと手を振り回す。
「あの…」
アッシュに異論はないようだ。土の固い地面で野宿するよりも遥かにマシな提案だからであろう。
私がおずおずとローブの男に目を向けると、彼はまた私に一瞥し。
しかし今度は無視する事なく、初めてだろうか、彼と出会ってから初めて交わした会話ではないだろうか。
「…世話になる」
と、礼儀正しくペコリと頭を下げられ、私の頭はついに爆発した。
ロルフ団長はいない。
私達は指示もなく、今後の見通しもつかず、明日の行動からどうすればよいか分からず狼狽えたまま、無駄な時間を過ごしていた。
手持無沙汰でやる事がないと、アッシュの言葉が何度も何度もぐるぐると回り、永遠と答えの出ない質疑を繰り返す一方で、答えの出ない質問など愚問そのものだと豪語していた自分の気持ちすら、覚束なくなっているのだ。
私はとりあえず、コルトが墓から回収してきた宝石類の目録を作っていた。
この行為も、意味は無いのかもしれない。
台帳に記された金額そのものが、元々の相場よりも少なめに表示されていて、無知な私はこの金額が私達の働いた努力の結晶だと浮かれていて、完全に信じ切っていた。
超新星カモメ団が創立して約8年。
ロルフ団長の元、彼の意のままに盲目的に従ってきた。
「探索」で得た代物を、自分だけ独り占めにせず、団や町に平等折半するなんて、藁を掴んだ溺れ人を蹴落としてまで助かりたいと思う人が多い中、なんという聖人君主なのだろうと団長は尊敬のまなざしを浴びた。
冒険者になるほんの二日前に冒険者という道を絶たれて、家庭内は仲が悪く、病気の妹を抱えて、初恋の人すら災厄で奪われて、完全に翼をもがれた状態の私を団長が救ってくれた。
こんなフラフラとした私に、団という宿木をくれて、魔法や書類業務といった得意分野も学ぶ機会を与えてくれたのだ。
恨みなどあるわけがない。
アッシュの言葉はショック以外の何者でもなかったが、団長がいかに私達を騙していようとも、彼はやはり私達の団長であり、剣の先生であり、町を救ってくれた救世主なのだ。
でも、その裏で命を顧みずに戦っていた人達がいた。
私達はその人達の屍を無造作に踏み潰しながら、この暮らしを享受していたのだ。
どうすればいい。
どうすればよかった。
そしてこれから何をすれば。
私達は誰も団長の執務室から出る事すら叶わず、誰を、何を待っているのやら、特に身になる事もせずにその場にいただけだった。
所詮私達は、つまるところ指示がないと何も自分で考える事すらできなかったのだ。
この町を守っている?この町を愛している?この団に誇りを持っている?
そんな能弁、反吐がでそうだ。
飽きれるくらい、自分本位。
本当にそうだ。全く嫌になる。
「まだいたのか」
そんな時にようやく顔を見せたのが、件のローブの男だったのだ。
弾かれるように皆顔を上げ、小柄な男の後ろに団長の姿を探す。
しかし鬱陶しいほどその存在を主張していた団長は、姿形も見せていない。
落胆する私達の表情を見て、リュシアがああ、と呟いた。
「旦那!おっさんは?」
私達の代わりにアッシュが口を開いた。
私達はこの男が怖いのだ。得体の知れないギルドマスターといった方が正しいか、明るいアッシュとは違い、この男から醸し出されるオーラのような威圧感は恐ろしいの一言で、近づく事すら憚れる。
それに私達如きが、身分の高い彼に対して、親しく口を利く訳にもいかぬだろう。
「騎士団に明け渡した」
「!」
やはりそうではないかと思っていた。
リュシアに何を吹き込まれたかは知らないが、あの団長が急に大人しくなって彼と共に消えたのだ。騎士団が不正云々で団長の身を確保したがっているのならば、その身を明け渡すのは当然である。
ついに、団長がいなくなってしまった。
私達の指導者が、いない。
明日から私達はどうすればいいのだろう。
「心配するな。少し事情を聴かれてるだけだ」
「え?」
そんな私達の悲痛な顔で察してくれたのだろう。
思いのほか冷たい口調ではなく、彼にしては言葉に穏やかさがある。
「夜も遅い。明日中には早くて夕刻には帰ってくるだろう。騎士団のあれも、悪いようにはしないと言っていた。お前たちが出る幕もないよ」
「へえ、良かったじゃん」
「…」
「……ああ」
根本な解決には至ってない。
それに真相はアッシュからのみ語られただけで、団長本人から聞いてはいないのだ。
だけど、団は解散という最悪を一応は逃れられたようである。
「貴方が、その…口利きを…?」
恐る恐る男に声を掛けるも、彼は私を一瞥したのみで何も答えなかった。
一同ほっとした様子を見せている。
団長がいる限り、団はあり続けるのだ。
騎士団が介入した事で、団の在り方は変わるかもしれない。少しだけ暮らしにくくなるかもしれない。けれど、団があれば、そこが私達の居場所なのだ。
リュシアは何も答えなかったが、彼がわざわざ騎士団長本人にロルフ団長を預けに行った事こそ、何よりの回答なのだ。
「旦那が遅えから、話しちまったぜ」
「構わん」
頭の後ろに手を組み、呑気に報告するアッシュを見ていると何と不思議な関係なのだろうと思う。
アッシュの態度は、リュシアの前であろうがなかろうが変わらない。彼にとっては上司…というよりも仕える主人だろうに、はっきりいって行儀がなっていない。
不遜ともとれる態度だが、当のリュシアはそれを全く気にしていないのだ。
明け透けないアッシュの性格がそうさせるのか、二人の間に何があるのかは分からないが、何故だかその関係性を羨ましく思えた。
「旦那、これからどうすんの」
「廃墟に、行きたい」
「だろうねー。そうだと思ってギャバンに聞いたんだけど」
リュシアは、団長を連れて《中央》に行っていた割には帰りが早い。恐らくは私達の知らぬこの近くの何処かで、ギルドが駐屯している場所があるのだろう。
彼は今すぐにでも、廃墟に出立する気満々の様子である。
昨夜は私達と同様に一晩を廃墟で過ごし、重労働で疲れ果てた身体を数時間休めたきり、彼は町をウロウロと徘徊していたそうだから、彼が一日中動きっぱなしであるのは違い無い。
何という行動力だろう。
それに付き合わされるアッシュは少しげんなりした顔をして、あからさまな不服を膨らました頬でリュシアに知らせていた。
「こっから徒歩だと一日ぐらいかかるらしいぜ。そりゃあ、あんまりだろ」
「……」
「…うま」
黙り込んでいたギャバンが口元で呟く。
「…朝なら馬を、貸すけど」
ギャバンは船乗りなのに、馬の扱いに長けているのだ。馬を管理するのは別の団員だが、人込みが苦手なギャバンは手が空くと厩舎に良く顔を出すのですっかり顔馴染みだ。
「…夜はあんまり走らせてないから、馬が怖がる」
何時の間にかアッシュとギャバンの間で、馬の貸し借りの話が出来上がっていたようである。
リュシアの性格から、今すぐにでも廃墟に旅立ちたいと踏んでの事なのだろう。
アッシュは彼のマスターと出会って一年も経っていないそうであるが、その信頼度はとても濃いものだ。人の強いつながりは、それこそ年月など必要ないのかもしれない。
「今から行っても、朝に馬で行っても、時間的にゃ変わんねえだろ。俺は眠いし、旦那も絶対絶対休んだ方がいい。だからさ、ね、頼むからもう一泊しねえスか」
と、最後は拝むような形になって懇願している。
するとリュシアは、フと軽く息を吐いて、仕方ないなと呟いた。
「宿はあるのか?」
「それがさ、俺らが昼間に使った部屋はもう満室みてえでダメだって」
「……」
コケそうになった。
そんなに泊まりたいと懇願したわりに、宿の目途が立っていないとは。
この町は定期的に行商人たちもやってくるから、宿そのものが無い訳ではないが。こんな夜遅くに開いているだろうか。
「すまん、アッシュ」
「へ?」
「お前たちの寝床を確保するのを忘れていた…」
仮にも彼らは私達の命の恩人なのだ。いわば客人の、たった二つのベッドさえ開けられないとは、なんと不甲斐ないのだろう。いや、それさえも私達は気付こうとしなかったのだ。
一つ一つの詰めが甘すぎるのだ。私達は本当に、どうしようもない。
いい大人が、ほんの少し考えれば分かる事すら放棄して、自分が寝る事しか考えていない。
一同また項垂れる団員達を見て、アッシュは笑ってくれた。
「別にいいって。俺ら、どこでも寝れるし。それこそ牢屋だって寝れるしな!旦那!」
「……」
「でもよ、布団だけ貸してくんね?夜風は寒い。海の風がこんなに冷たいとは知らなかったぜ」
この様子では、どこか適当な場所に野宿するのだろう。
布団だけ欲しいとは、この二人は何処までも欲が無さすぎる。
それに、ギルドマスターを外なんかに放り出したとなれば、団長の立場どころか私達の町の神経が疑われるだろう。今後、恐らくは町の運営に《中央》が絡んでくるはず。団長も私達も、今までのようにはいかないだろう。
その時ここの自警団は、あのギルドマスターを追い出して自分だけぬくぬく布団で寝てたなんて言われたら、評判はガタ落ちである。
「あの!」
勇気を出して、声を上げた。
アッシュとリュシアの二つの視線がかち合うのが分かる。
私は背筋をきゅと伸ばし、緊張で声が震えるのを何とか押しとどめながら言った。
「私でよければ!あの、部屋、開いてる…んですけど…」
本当は、そんな外聞などどうでも良かった。
私達のために命を張ってくれた彼らに対し、少しでも恩義を返したいと思ったのだ。
「私の家、この近くで!その、狭いんですけど、使ってない部屋があって」
幸いにも、私の家の二階には空き部屋がある。
元はテルマの部屋。そして今は祖母の部屋。
足元も覚束ない祖母は二階には上がれない。使っていないその部屋は、何故か母が定期的に空気を入れ換えたり、ベッドメイクをしたりと丁寧に綺麗に保っているのだ。
ベッドは一つしかないが、大きなソファもある。母の許可は取っていないが、どうせ私の好きなようにさせてくれるはず。
二人を泊めるのに、何の問題もないだろう。
「その、家族もいますが、それで良かったら!あの…どうします?」
緊張で顔が真っ赤になる。
そこまで言い切って俯いていると、アッシュが駆けてくる音と共に私の手を取った。
「まじで?やりい!旦那、嬢ちゃんに甘えようぜ!」
ニッカニカと歯を光らせて、ぶんぶんと手を振り回す。
「あの…」
アッシュに異論はないようだ。土の固い地面で野宿するよりも遥かにマシな提案だからであろう。
私がおずおずとローブの男に目を向けると、彼はまた私に一瞥し。
しかし今度は無視する事なく、初めてだろうか、彼と出会ってから初めて交わした会話ではないだろうか。
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