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二. ニーナの章
22. 皆合
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「枕が硬かったですか?」
嫌味のつもりではないが、一番初めに何と声を掛けてよいやら悩んだ結果出てきた言葉がこれである。
裏を返せば「こんな庶民の家では不服でしょうけど」と言っているようなものだ。
彼の隣で足を止め、彼と同じように海を見つめる。
深淵の海は何処までも暗く、呑み込まれそうに尊い。
「私も眠れない時は、こうやって夜の海を見に来るんです」
なので取り繕うように、慌てて付け加えた。
決して、彼に喧嘩を売るような真似はしてはいけない。
どんな処罰が待っているか。どんな待遇が待っているか。
それに、彼自身が怖かった。
「ただ波の音を聴いて、ただ黒く揺れる水面を見て、明日はどんな一日になるだろうって…。私の明日は、どうなるんでしょうかね」
ああ、しまった!一言多い!
「ご、ごめんなさい。あなたに聞いても仕方ないですよね。…ってまた自分の事ばかり!」
もうだめだ、何がなんだか分からなくなってきた。
しかしリュシアは私の話を聞いているのかいないのか、相変わらず黒い波を見つめるだけで、うんともすんとも返ってこない。
言いながら、アッシュの言葉を思い出していた。
私は、私達は、自分の事しか考えていないと。自分の町の事しか考えていないと。悲痛な目をしてアッシュは言った。
云われてみれば確かにその通りで、ぐうの音も出ないけれど、でもそれはみんなそうじゃないのかとも思ってしまう自分もいる。
「…でもずっとぐるぐるしてるんです。あなた達に出会わなければ、明日もいつもの日常が続いていたんじゃないかって」
偶々、そう、本当に偶然。
あの日私達が廃墟に向かわなければ。リュシアたちが廃墟に来なければ。そして彼らに命を助けられ、お礼を兼ねてこの町に招待しなければ、私達は明日もいつものままだったのだ。
彼が《中央》のギルドの偉い御方ではなく、ロルフ団長の素性なんか知っていなければ、こんなことにはならなかった。
でもいつか、業を煮やした団長の兄という別の偉い御方が、問答無用で団長を連れていく日が来ただろう。
その時はアッシュに全てを語られることもなく、事情すらも分からないまま、いつまでも帰ってこない団長を待ち続けていたのかもしれない。
リュシアという騎士団長と肩を並べる同格がいたからこそ、取成しで団長は明日ここに帰ってくるし、私達の処遇も決して悪いようにはならないのかもしれないとも思うのだ。
リュシアの所為ではない。
それは分かっているのに、彼を責めたい気持ちが湧く。
「奴らが恐怖じゃないのか?」
はあと短く息を吐いた時、彼が喋った。
このままだんまりなのだろうなと思い込んでいたから、ひどく狼狽してしまう。
彼の質問の意図が分からなくて、たっぷり時間をかけて、それは死人を操っていたと思わしき、人類の敵を指しているのだとようやく理解する。
「グレフのことですか?」
アッシュが言っていた。彼はとにかくグレフが大嫌いなのだと。あれを好きな輩もいないだろうが、彼の頭の中は化け物退治しかないのだろう。
彼と世間話を期待するのも変だけど、少しは会話になると思っていた自分を恥じた。
「もちろん、怖いです。白くて不気味で、人間を殺してくる化け物。攻撃も効かないと聞きますし」
しかし、私達はこの10年間、グレフを見る事はあっても戦った事など一度もない。
その恐怖は人伝でしか分からないのも事実であった。
「戦わなければ他人事か」
本当にこの人は痛い所をついてくる。
段々と腹が立って来て、つい感情的になってしまった。
「いいえ!グレフが災厄を引き起こして、私達の生活はめちゃくちゃになりました。憎みこそすれ、他人事だとは決して!!」
戦った事はない。だけどグレフの被害はこっちも被ってる。
私達の生活を確約してくれた貿易都市を滅ぼした。
海を穢し、流れを変え、私達の生活そのものを脅かした。
災厄は町を散々なぶり壊して、人々は色んなものを失った。仕事や家や食料や家族を!
他人事ではない。10年かけてようやく、人並みに生活できるまで回復したまでの事。
「俺は、今回の屍人が現れた裏に、怒れる神が関わっていると踏んでいる。奴らの目的は分からんが、野放しにはしておけん」
彼にしては珍しく饒舌に長く語った。
「まあ、お前たちには関係ない、か」
「え?」
そしてどうでもいいと言いたげな気怠い口調で言い放つ。
「精々あの男の心配でもしてろ」
「!!」
団長の事を言っているのだろう。
どうして、どうしてこの人にここまで言われなければならないのか。
この人は町の人間ですらないのに、なんでここまで偉そうに物が言える。
私達が目の前にあるものしか見えず、簡単な問題であれこれと右往左往している様を見るのは楽しいか。
どうせ、力なき私達にグレフは倒せない。
死人の対処しか出てこない私達に、グレフ退治なんて関係ないのだろう。
でも、そんな言い方しなくてもいいじゃないか。
力がないのはそんなに罪なのか。そして力があればそんなにも上から目線ができるのか。
私達を貶し、私達を嘲笑い、私達を子ども扱いして何が楽しい。
腹が立った気持ちは収まりを見せず、私はついに爆発してしまった。
それは最悪の形で、彼に見せる羽目になる。
「私はそんなにも自分本位ですか?」
そう、リュシアへの八つ当たりである。
「私の存在は、あなたにとってそんなに無下に扱われるものですか!あなたはそんなに、なぜそんなに、他人に冷たくできるの!」
言葉が、止まらない。
「中央の権力者は、みんなそうなの?あなたのように偉そうで、あなたのように腹立つ態度をとるの?」
リュシアは呆気に取られたように私を見つめている。
その態度すら、腹立たしかった。
「私は、私は町の為に働いてきた。それの何が悪いの?私の住む町だもの!大事な妹がいる町だもの!その町を守るために、他に目を向けない事が罪なの?」
ぐるぐるぐるぐる。
頭の中がごちゃ混ぜだ。
「だったら世の中の人間は、ほぼ罪人だわ!」
責任転嫁。
私だけが悪いのではない。この世界の住人は、全てに自己犠牲を払うべきなのか。
答えは否だ。そんなの、ただの偽善だ。
「みんながみんな、あなたのような崇高で誇り高いわけじゃない。私は、精一杯頑張ってきた!」
ここまで一口で言いきって、彼を睨んだ。
「あなたはひどく無神経だわ!!」
海面を鼓動させたかと思うほどの叫びだった。
顔を真っ赤にして、酸欠で頭も痛い。無駄にハアハア息を切らして鼻を膨らます。
もう、どうでもいい。
言ってしまった言葉は取り消せない。
私は言ってやった。彼と出会ってから悶々と心の底で抱いていた嫌な気持ちを、全部吐き出してやった。
どうにでもなれだ。
彼が何を返すか楽しみですら思えた。
専売特許の無言を貫くか、それとも何百倍もの嫌味を返すか。
怒らせて実力行使に出てくるか、万が一、泣く事はあるまい。
「ふ」
「え?」
しかしリュシアの返答はそのどれでもなかったのだ。
むっつりと平坦な一本調子の声しか紡がなかったその口が、ローブの下から少しだけ弧を描いたのである。
「ふは、ははは」
彼が、笑っている。
厚いローブに覆われた肩が揺れる。
初めて聞く声質。幾分か高くなって、私は別の意味でかあと顔が赤くなった。
「な、なにが可笑しいのですか!」
私の一世一代の悪口が、笑われてしまった。
腹が立って、悔しくて、涙がにじみ出る。
「いや、こうもはっきり面と向かって文句を言われるのは久しぶりだと思って」
「な…」
彼にしては砕けた言葉遣いでそう返された。
出鼻をくじかれるというか、彼には怒りの感情がまるで無くて、私は急激に自分の怒りが吹っ飛んでいくのを感じた。
あんなに腹が立ったのに、こんなに笑われたのに、嬉しいと思ってしまったのだ。
彼の言葉が、能面のように張り付いていたギルドマスターという肩書をかなぐり捨てて、素の姿を現したと思ったからである。
「偉そう、か。はは、10年前にも言われたな」
「え?」
「いや、なんでもない。俺は昔から言葉足らずなところがあるらしい。これで人を怒らしてしまうと」
分かっているではないか。己が短所を。
それを彼に指摘した人が、かつていたのかもしれない。
10年前。
その時この男は、どうしていただろうか。
「それにこんな立場になって、虚勢でも張ってないと人は付いてこないからな。もう癖みたいになってしまった」
「虚勢?」
敢えて人に嫌われると分かっていながら、ギルドマスターという地位に居続け、メンバーに指示を下す為に、そうしているとでもいうのか。
この自身満々な男から、虚勢という言葉が出るとは思わなかった。
リュシアは私から視線を逸らして、海を見つめた。
港を超えた先、遠くの水平線を見つめている。
海の色は空の黒よりも濃い。黒と黒の境目に、彼は何を見ているのだろう。
「お前の云う通り、全ての人間は罪人かもしれん。アッシュは俺を聖人扱いしているが、正直俺はできた人間ではないよ。人に言えた義理じゃない。ただあれは、俺が彼を救ったから、そう信じてるだけだ。俺よりあいつの方がよっぽど、他人を思いやってると思うよ」
穏やかな口調だった。
アッシュの人懐っこい笑顔が浮かんでくる。
身銭を切ってまで、一泊の恩に誰が飯など作るか。それも団員全員とは恐れ入る。
彼はそれをごく自然にやってみせているのだ。裏に打算的な考えはないだろう。だから人は彼を好む。明け透けない彼に心を許し、彼を受け入れる。
この唐変木なリュシアという男も、アッシュにほだされた一人なのかもしれない。
彼とアッシュの出会いはどうだったのだろう。長くなるからとアッシュは触りすらも語らなかった。
彼の中では苦い思い出、他人如きに知られたくないものなのかもしれない。
「その…」
「あの海の向こうに――」
「……」
彼が見据える先は、ここより遥か遠くの海。
視線の先にあるのは、ここではない、もっと大きな巨大都市。
人類が10年もの長い間、一歩も足を踏み入れる事すら適わない、かつての栄華を誇った麗しの都市。
「あの海の向こうに、会いたい人がいる」
聴いてはいけない気がした。
リュシアの心の本質を、奥に潜め、普段は絶対に浮上することのない本音の慟哭を。
出会ったばかりの私が聴いても良かったのだろうか。
「《王都》…」
彼の見つめる先に、忘れられた都《王都》があった。
現在の《王都》は、怒れる神(グレフ)の軍勢によって完全に支配されている。
グレフは《王都》に繋がる陸地も海路も全て、遮断した。
それは誰もが破れない凄まじい力の封印で、精神力の無い人間が近づくだけでも瞬時に蒸発する。
幾度となく封印を破ろうと多くの人間が挑んだが、一歩も前には進んでいない。
10年間、それはずっとこの世界を隔てていて、《王都》の状況ですら知る由も無い。
あの中にいる王様や后様、貴族や多くの冒険者、城下町の住人の無事も、誰一人として分からない。
「たった一人では太刀打ちできなかったから、仲間を募った」
魔法力はケタ違いのリュシアもその封印に挑んだのだろう。
しかし、それはビクともするどころか、グレフは仲間すら呼んだ。
「少ない仲間では歯向かうだけだったから、組織を作った」
大勢で、知恵を出し合って《王都》へ侵攻した。
それでも封印の壁は厚かった。
「組織だけでは何もかも足りなかったから、災厄を生き延びた町や村を併呑した」
そして今、生き残ったすべての人たちの力を合わせるために、ギルドという強固な絆を、《中央》に創ったのだ。
「つまるところ、俺も同じだよ。俺の、目の前の事だけを必死になって見つけて探して、最終的にギルドを利用してる。そういう意味では、俺も罪人だな」
「違います!」
そう、全然違う。
私達とは規模が全く違う。
見据える先が町と、臨んだ先が世界とでは次元が違う。
「あなたはその目的のために、自分さえ犠牲にしてっ!」
「自分のためだけにやってるんだから、自分が動くのは当たり前だろ。それに俺は、悪いが他人の事はどうでもいい。俺に従う事で巡り巡って俺の助けになるのなら関わるだけだ。それ以上でもそれ以下でもないよ」
「私は…」
「だから気にやむ事はない」
遠くを見つめていた瞳が、ふいに私に向けられた。
彼が思う大事な人は、どんな人なのだろう。
この静かな視線を、ただ優しく受け止めてくれる人なのかな。
彼にとってその人は、どんな特別な人なのだろう。
「自分の行為が正しいと思っているのなら、それを突き通すべきだ」
私をまっすぐに見つめて、そう言った。
彼に感じていた正体不明の恐怖も憤りも、何も感じなかった。
あるのは揺蕩う水面の如く、彼に流される自分の心だけだった。
私は何時の間にか、彼の言葉に惹かれていた。
「他人にあれこれ言われて考えを変えるのなら、それは詭弁だ」
「あなたは、自分が正しいと?」
「自分の正義だと思ってる。そうじゃなきゃ、ギルドなんて背負えない」
そしてまた笑う。
その華奢で小さな背に、どれだけの命を支えているのだろう。
虚勢を張ってまで、その意思を貫くのに、どれだけの葛藤があったのだろう。
彼がこの10年で味わった修羅場は、私の想像すら追いつかない過酷なものだったとしたら、彼はこの災厄をどう生き延びてきたのだろうか。
「覚悟されてるんですね」
そう敢えていちいち言葉にしなくても、そうじゃないと彼のようには生きられない。
「当たり前だ。自分の都合でギルドを引っ掻き回してるんだ。彼らの命の責任は取らんとな」
彼はここまで言い切ってから、その場に蹲った。
膝を抱え、私がさきほど上から覗いた時と同じ格好で、器用にサメの着ぐるみの尾びれをクルリと巻いて、顔を隠した。
男性にしては小柄な身体。
年齢は分からないけど、私とあまり変わらないような若い声。
世界を相手に立ち向かう彼は、私とは生きている次元が違う。
私と同じ、ただの人間。
すこしばかり、人よりも魔法の力があるだけで。
なんて人だ、と思った。
アッシュが盲目に彼に従う意味が、ようやく理解できた気がした。
「私、少しあなたを誤解していました。さっきの暴言を謝ります。ごめんなさい」
「構わない」
リュシアは蹲ったまま、ピクリとも動かなかった。
「いえ、あなたはあなたあの思い通りにしているかもしれないけど、それと同時に人を救ってる。それも大勢の、力無き者達を、私達を助けてくれたように」
彼の行動は、必然的にこの世の為になるのだ。
彼は自分勝手に動いてはいない。布いてはそれは世界の条理となっているのに気づいてほしい。
「ふふ、普段のあなたはとても怖いですけど。浅はかな私とは全く違うわ」
「……」
怖いの所をわざと強調するように言った。
だって、本当に怖いのだ。
あんな冷たい態度を取られれば、誰だって恐縮する。
「私は冒険者になりたかったんです」
努めて明るく、私は切り出した。
あの災厄なんて起こってなくて、私は無事に冒険者になれて世界中を旅していて。
その時偶然彼と出会ったかもしれなくて、運が良ければ一緒にダンジョンに潜ったりして。
そんな未来の可能性がもしあったのだとしたら、それはとても惜しい未来だろう。
「何かに依存しなければ生きていけない町から逃げたくて、仮面家族を演じるのが嫌になって、ただ一人きりの私の妹すら捨てて、私は新しい可能性を夢見ていたんです。でも、15歳の旅立ちの前に災厄が全てを駄目にしました」
私は冒険者になりたかった。
この人やアッシュのような人と、旅をしてみたかった。
「私はそれから、ただ風に流されるまま、波に揺られるままになりました。団長に拾われ、団の為に働いて町が少しずつ復興していって、私という存在意義を確かめたかったのかもしれません」
でもそれは叶わない望み。
彼らは彼らの。そして私は私の生きていく道があるのだ。
「とても充実している日々に、時々夢を見るんです。冒険者となった自分の、また別の人生を」
私は蹲る彼の隣に座った。
波止場に足をプラプラさせて、夜の空を見上げる。
「私はあなたやアッシュが羨ましいのかも。いつ命を奪われるか分からない地獄の中でも、外の世界を知っているあなた達を。…勝手な事をごめんなさい」
しかし空は真っ暗で、星や月すらも何もなかった。
だからこんなに真っ暗なのか。随分と落ち着いた頭で、のんびりとそう思った。
「私は私のやるべき事をします。少しは変わるかもしれません。もう何も知らなかった私とは違う。今度はちゃんとギルドの人たちと一緒に、グレフに立ち向かいます」
これは本音だった。
この人と話せてよかった。
この人が、私と話してくれて本当に良かった。
彼とこの時間を過ごせたから、私は改めて変われる勇気を得たのだ。
「自分の人生だ。自分が好きなように生きればいい」
顔を上げず、蹲ったままのリュシアが言った。
「ええ、そうします」
「いつグレフに奪われるやもしれない命だ。小さな町に囚われず、足を踏み出せばいい」
「え?」
リュシアが顔を上げた。
隣に座った私と、とても距離が近い。
夜風で冷えた独特のローブの布質が肌に当たって気持ち良かった。
そして彼の言葉の意図を理解する。
こんな場所にいるだけが人生ではない。
私は自由であり、いつでも羽ばたける。いつでもどんな時でも、飛び立っていける。
自分の覚悟さえあれば、その身一つでどこまでも行けるのだ、と。
「それは私に、《中央》に行けと…?」
「それも選択の一つだよ。この世界は広い。多くを見聞きするだけでも生き方は多種多様だ。落ち着いたら行ってみればいい」
「は、はい!」
その言葉がどんなに嬉しかった事か。
「アッシュなら喜んで案内してくれるさ」
「ふふ、そうですね!」
私は誰かに、背中を押して欲しかったのかもしれない。
飛び立つ勇気を、少しだけ分けてもらったような温かい気持ちになった。
良く知らない《中央》を、端から端までアッシュに手を引かれながら連れまわされて。
そこには私やアドリアンやコルト達もみんないて。和気あいあいと観光三昧。
ギルドにはグレフと戦う時に呼ばれて、一緒に命を賭して戦って。
ボロボロになりながらも生きている実感を仲間たちと分かち合う。
それはなんて素晴らしいものだろう。
そしてそれは、不可能な未来ではないのだ。私や団のメンバーたちが一歩足を踏み出して、少しだけ勇気を出せば叶う簡単な願い。
私達の後ろ盾は、何と言ってもこのリュシアなのだ。4大ギルドのてっぺんが見守っているのだ。何も怖い事なんて無い。
ここに来た時とはまるで別人のように心が軽かった。
彼を見くびっていた事を、恥ずかしく思う。
「私、そろそろ戻ります」
「……」
彼からは、もうあの冷たさは感じない。
あれがただの虚勢だと分かってから、彼が怖くなくなった。
貶しているのではない。彼を、人として好きなんだと思った。
「明日から忙しくなりそうですし。団長が戻ってくるまでに、団の在り方を考えないと!」
前向きに、です。
とニコリと笑うと、彼も笑ってくれた気がした。
「ありがとうございました」
「……」
「あなたとお話しできて嬉しかったです。何だか頭がスッキリしたような気がします。邪険にしないでくれて、ありがとう」
そして私は立ち上がる。
パパパとお尻の砂をはたいて、彼に背を向けた。
「ああ」
彼からの返事は素っ気なかったけれど、もう怒りは湧かない。むしろ、微笑ましいとさえ思えた。
嫌味のつもりではないが、一番初めに何と声を掛けてよいやら悩んだ結果出てきた言葉がこれである。
裏を返せば「こんな庶民の家では不服でしょうけど」と言っているようなものだ。
彼の隣で足を止め、彼と同じように海を見つめる。
深淵の海は何処までも暗く、呑み込まれそうに尊い。
「私も眠れない時は、こうやって夜の海を見に来るんです」
なので取り繕うように、慌てて付け加えた。
決して、彼に喧嘩を売るような真似はしてはいけない。
どんな処罰が待っているか。どんな待遇が待っているか。
それに、彼自身が怖かった。
「ただ波の音を聴いて、ただ黒く揺れる水面を見て、明日はどんな一日になるだろうって…。私の明日は、どうなるんでしょうかね」
ああ、しまった!一言多い!
「ご、ごめんなさい。あなたに聞いても仕方ないですよね。…ってまた自分の事ばかり!」
もうだめだ、何がなんだか分からなくなってきた。
しかしリュシアは私の話を聞いているのかいないのか、相変わらず黒い波を見つめるだけで、うんともすんとも返ってこない。
言いながら、アッシュの言葉を思い出していた。
私は、私達は、自分の事しか考えていないと。自分の町の事しか考えていないと。悲痛な目をしてアッシュは言った。
云われてみれば確かにその通りで、ぐうの音も出ないけれど、でもそれはみんなそうじゃないのかとも思ってしまう自分もいる。
「…でもずっとぐるぐるしてるんです。あなた達に出会わなければ、明日もいつもの日常が続いていたんじゃないかって」
偶々、そう、本当に偶然。
あの日私達が廃墟に向かわなければ。リュシアたちが廃墟に来なければ。そして彼らに命を助けられ、お礼を兼ねてこの町に招待しなければ、私達は明日もいつものままだったのだ。
彼が《中央》のギルドの偉い御方ではなく、ロルフ団長の素性なんか知っていなければ、こんなことにはならなかった。
でもいつか、業を煮やした団長の兄という別の偉い御方が、問答無用で団長を連れていく日が来ただろう。
その時はアッシュに全てを語られることもなく、事情すらも分からないまま、いつまでも帰ってこない団長を待ち続けていたのかもしれない。
リュシアという騎士団長と肩を並べる同格がいたからこそ、取成しで団長は明日ここに帰ってくるし、私達の処遇も決して悪いようにはならないのかもしれないとも思うのだ。
リュシアの所為ではない。
それは分かっているのに、彼を責めたい気持ちが湧く。
「奴らが恐怖じゃないのか?」
はあと短く息を吐いた時、彼が喋った。
このままだんまりなのだろうなと思い込んでいたから、ひどく狼狽してしまう。
彼の質問の意図が分からなくて、たっぷり時間をかけて、それは死人を操っていたと思わしき、人類の敵を指しているのだとようやく理解する。
「グレフのことですか?」
アッシュが言っていた。彼はとにかくグレフが大嫌いなのだと。あれを好きな輩もいないだろうが、彼の頭の中は化け物退治しかないのだろう。
彼と世間話を期待するのも変だけど、少しは会話になると思っていた自分を恥じた。
「もちろん、怖いです。白くて不気味で、人間を殺してくる化け物。攻撃も効かないと聞きますし」
しかし、私達はこの10年間、グレフを見る事はあっても戦った事など一度もない。
その恐怖は人伝でしか分からないのも事実であった。
「戦わなければ他人事か」
本当にこの人は痛い所をついてくる。
段々と腹が立って来て、つい感情的になってしまった。
「いいえ!グレフが災厄を引き起こして、私達の生活はめちゃくちゃになりました。憎みこそすれ、他人事だとは決して!!」
戦った事はない。だけどグレフの被害はこっちも被ってる。
私達の生活を確約してくれた貿易都市を滅ぼした。
海を穢し、流れを変え、私達の生活そのものを脅かした。
災厄は町を散々なぶり壊して、人々は色んなものを失った。仕事や家や食料や家族を!
他人事ではない。10年かけてようやく、人並みに生活できるまで回復したまでの事。
「俺は、今回の屍人が現れた裏に、怒れる神が関わっていると踏んでいる。奴らの目的は分からんが、野放しにはしておけん」
彼にしては珍しく饒舌に長く語った。
「まあ、お前たちには関係ない、か」
「え?」
そしてどうでもいいと言いたげな気怠い口調で言い放つ。
「精々あの男の心配でもしてろ」
「!!」
団長の事を言っているのだろう。
どうして、どうしてこの人にここまで言われなければならないのか。
この人は町の人間ですらないのに、なんでここまで偉そうに物が言える。
私達が目の前にあるものしか見えず、簡単な問題であれこれと右往左往している様を見るのは楽しいか。
どうせ、力なき私達にグレフは倒せない。
死人の対処しか出てこない私達に、グレフ退治なんて関係ないのだろう。
でも、そんな言い方しなくてもいいじゃないか。
力がないのはそんなに罪なのか。そして力があればそんなにも上から目線ができるのか。
私達を貶し、私達を嘲笑い、私達を子ども扱いして何が楽しい。
腹が立った気持ちは収まりを見せず、私はついに爆発してしまった。
それは最悪の形で、彼に見せる羽目になる。
「私はそんなにも自分本位ですか?」
そう、リュシアへの八つ当たりである。
「私の存在は、あなたにとってそんなに無下に扱われるものですか!あなたはそんなに、なぜそんなに、他人に冷たくできるの!」
言葉が、止まらない。
「中央の権力者は、みんなそうなの?あなたのように偉そうで、あなたのように腹立つ態度をとるの?」
リュシアは呆気に取られたように私を見つめている。
その態度すら、腹立たしかった。
「私は、私は町の為に働いてきた。それの何が悪いの?私の住む町だもの!大事な妹がいる町だもの!その町を守るために、他に目を向けない事が罪なの?」
ぐるぐるぐるぐる。
頭の中がごちゃ混ぜだ。
「だったら世の中の人間は、ほぼ罪人だわ!」
責任転嫁。
私だけが悪いのではない。この世界の住人は、全てに自己犠牲を払うべきなのか。
答えは否だ。そんなの、ただの偽善だ。
「みんながみんな、あなたのような崇高で誇り高いわけじゃない。私は、精一杯頑張ってきた!」
ここまで一口で言いきって、彼を睨んだ。
「あなたはひどく無神経だわ!!」
海面を鼓動させたかと思うほどの叫びだった。
顔を真っ赤にして、酸欠で頭も痛い。無駄にハアハア息を切らして鼻を膨らます。
もう、どうでもいい。
言ってしまった言葉は取り消せない。
私は言ってやった。彼と出会ってから悶々と心の底で抱いていた嫌な気持ちを、全部吐き出してやった。
どうにでもなれだ。
彼が何を返すか楽しみですら思えた。
専売特許の無言を貫くか、それとも何百倍もの嫌味を返すか。
怒らせて実力行使に出てくるか、万が一、泣く事はあるまい。
「ふ」
「え?」
しかしリュシアの返答はそのどれでもなかったのだ。
むっつりと平坦な一本調子の声しか紡がなかったその口が、ローブの下から少しだけ弧を描いたのである。
「ふは、ははは」
彼が、笑っている。
厚いローブに覆われた肩が揺れる。
初めて聞く声質。幾分か高くなって、私は別の意味でかあと顔が赤くなった。
「な、なにが可笑しいのですか!」
私の一世一代の悪口が、笑われてしまった。
腹が立って、悔しくて、涙がにじみ出る。
「いや、こうもはっきり面と向かって文句を言われるのは久しぶりだと思って」
「な…」
彼にしては砕けた言葉遣いでそう返された。
出鼻をくじかれるというか、彼には怒りの感情がまるで無くて、私は急激に自分の怒りが吹っ飛んでいくのを感じた。
あんなに腹が立ったのに、こんなに笑われたのに、嬉しいと思ってしまったのだ。
彼の言葉が、能面のように張り付いていたギルドマスターという肩書をかなぐり捨てて、素の姿を現したと思ったからである。
「偉そう、か。はは、10年前にも言われたな」
「え?」
「いや、なんでもない。俺は昔から言葉足らずなところがあるらしい。これで人を怒らしてしまうと」
分かっているではないか。己が短所を。
それを彼に指摘した人が、かつていたのかもしれない。
10年前。
その時この男は、どうしていただろうか。
「それにこんな立場になって、虚勢でも張ってないと人は付いてこないからな。もう癖みたいになってしまった」
「虚勢?」
敢えて人に嫌われると分かっていながら、ギルドマスターという地位に居続け、メンバーに指示を下す為に、そうしているとでもいうのか。
この自身満々な男から、虚勢という言葉が出るとは思わなかった。
リュシアは私から視線を逸らして、海を見つめた。
港を超えた先、遠くの水平線を見つめている。
海の色は空の黒よりも濃い。黒と黒の境目に、彼は何を見ているのだろう。
「お前の云う通り、全ての人間は罪人かもしれん。アッシュは俺を聖人扱いしているが、正直俺はできた人間ではないよ。人に言えた義理じゃない。ただあれは、俺が彼を救ったから、そう信じてるだけだ。俺よりあいつの方がよっぽど、他人を思いやってると思うよ」
穏やかな口調だった。
アッシュの人懐っこい笑顔が浮かんでくる。
身銭を切ってまで、一泊の恩に誰が飯など作るか。それも団員全員とは恐れ入る。
彼はそれをごく自然にやってみせているのだ。裏に打算的な考えはないだろう。だから人は彼を好む。明け透けない彼に心を許し、彼を受け入れる。
この唐変木なリュシアという男も、アッシュにほだされた一人なのかもしれない。
彼とアッシュの出会いはどうだったのだろう。長くなるからとアッシュは触りすらも語らなかった。
彼の中では苦い思い出、他人如きに知られたくないものなのかもしれない。
「その…」
「あの海の向こうに――」
「……」
彼が見据える先は、ここより遥か遠くの海。
視線の先にあるのは、ここではない、もっと大きな巨大都市。
人類が10年もの長い間、一歩も足を踏み入れる事すら適わない、かつての栄華を誇った麗しの都市。
「あの海の向こうに、会いたい人がいる」
聴いてはいけない気がした。
リュシアの心の本質を、奥に潜め、普段は絶対に浮上することのない本音の慟哭を。
出会ったばかりの私が聴いても良かったのだろうか。
「《王都》…」
彼の見つめる先に、忘れられた都《王都》があった。
現在の《王都》は、怒れる神(グレフ)の軍勢によって完全に支配されている。
グレフは《王都》に繋がる陸地も海路も全て、遮断した。
それは誰もが破れない凄まじい力の封印で、精神力の無い人間が近づくだけでも瞬時に蒸発する。
幾度となく封印を破ろうと多くの人間が挑んだが、一歩も前には進んでいない。
10年間、それはずっとこの世界を隔てていて、《王都》の状況ですら知る由も無い。
あの中にいる王様や后様、貴族や多くの冒険者、城下町の住人の無事も、誰一人として分からない。
「たった一人では太刀打ちできなかったから、仲間を募った」
魔法力はケタ違いのリュシアもその封印に挑んだのだろう。
しかし、それはビクともするどころか、グレフは仲間すら呼んだ。
「少ない仲間では歯向かうだけだったから、組織を作った」
大勢で、知恵を出し合って《王都》へ侵攻した。
それでも封印の壁は厚かった。
「組織だけでは何もかも足りなかったから、災厄を生き延びた町や村を併呑した」
そして今、生き残ったすべての人たちの力を合わせるために、ギルドという強固な絆を、《中央》に創ったのだ。
「つまるところ、俺も同じだよ。俺の、目の前の事だけを必死になって見つけて探して、最終的にギルドを利用してる。そういう意味では、俺も罪人だな」
「違います!」
そう、全然違う。
私達とは規模が全く違う。
見据える先が町と、臨んだ先が世界とでは次元が違う。
「あなたはその目的のために、自分さえ犠牲にしてっ!」
「自分のためだけにやってるんだから、自分が動くのは当たり前だろ。それに俺は、悪いが他人の事はどうでもいい。俺に従う事で巡り巡って俺の助けになるのなら関わるだけだ。それ以上でもそれ以下でもないよ」
「私は…」
「だから気にやむ事はない」
遠くを見つめていた瞳が、ふいに私に向けられた。
彼が思う大事な人は、どんな人なのだろう。
この静かな視線を、ただ優しく受け止めてくれる人なのかな。
彼にとってその人は、どんな特別な人なのだろう。
「自分の行為が正しいと思っているのなら、それを突き通すべきだ」
私をまっすぐに見つめて、そう言った。
彼に感じていた正体不明の恐怖も憤りも、何も感じなかった。
あるのは揺蕩う水面の如く、彼に流される自分の心だけだった。
私は何時の間にか、彼の言葉に惹かれていた。
「他人にあれこれ言われて考えを変えるのなら、それは詭弁だ」
「あなたは、自分が正しいと?」
「自分の正義だと思ってる。そうじゃなきゃ、ギルドなんて背負えない」
そしてまた笑う。
その華奢で小さな背に、どれだけの命を支えているのだろう。
虚勢を張ってまで、その意思を貫くのに、どれだけの葛藤があったのだろう。
彼がこの10年で味わった修羅場は、私の想像すら追いつかない過酷なものだったとしたら、彼はこの災厄をどう生き延びてきたのだろうか。
「覚悟されてるんですね」
そう敢えていちいち言葉にしなくても、そうじゃないと彼のようには生きられない。
「当たり前だ。自分の都合でギルドを引っ掻き回してるんだ。彼らの命の責任は取らんとな」
彼はここまで言い切ってから、その場に蹲った。
膝を抱え、私がさきほど上から覗いた時と同じ格好で、器用にサメの着ぐるみの尾びれをクルリと巻いて、顔を隠した。
男性にしては小柄な身体。
年齢は分からないけど、私とあまり変わらないような若い声。
世界を相手に立ち向かう彼は、私とは生きている次元が違う。
私と同じ、ただの人間。
すこしばかり、人よりも魔法の力があるだけで。
なんて人だ、と思った。
アッシュが盲目に彼に従う意味が、ようやく理解できた気がした。
「私、少しあなたを誤解していました。さっきの暴言を謝ります。ごめんなさい」
「構わない」
リュシアは蹲ったまま、ピクリとも動かなかった。
「いえ、あなたはあなたあの思い通りにしているかもしれないけど、それと同時に人を救ってる。それも大勢の、力無き者達を、私達を助けてくれたように」
彼の行動は、必然的にこの世の為になるのだ。
彼は自分勝手に動いてはいない。布いてはそれは世界の条理となっているのに気づいてほしい。
「ふふ、普段のあなたはとても怖いですけど。浅はかな私とは全く違うわ」
「……」
怖いの所をわざと強調するように言った。
だって、本当に怖いのだ。
あんな冷たい態度を取られれば、誰だって恐縮する。
「私は冒険者になりたかったんです」
努めて明るく、私は切り出した。
あの災厄なんて起こってなくて、私は無事に冒険者になれて世界中を旅していて。
その時偶然彼と出会ったかもしれなくて、運が良ければ一緒にダンジョンに潜ったりして。
そんな未来の可能性がもしあったのだとしたら、それはとても惜しい未来だろう。
「何かに依存しなければ生きていけない町から逃げたくて、仮面家族を演じるのが嫌になって、ただ一人きりの私の妹すら捨てて、私は新しい可能性を夢見ていたんです。でも、15歳の旅立ちの前に災厄が全てを駄目にしました」
私は冒険者になりたかった。
この人やアッシュのような人と、旅をしてみたかった。
「私はそれから、ただ風に流されるまま、波に揺られるままになりました。団長に拾われ、団の為に働いて町が少しずつ復興していって、私という存在意義を確かめたかったのかもしれません」
でもそれは叶わない望み。
彼らは彼らの。そして私は私の生きていく道があるのだ。
「とても充実している日々に、時々夢を見るんです。冒険者となった自分の、また別の人生を」
私は蹲る彼の隣に座った。
波止場に足をプラプラさせて、夜の空を見上げる。
「私はあなたやアッシュが羨ましいのかも。いつ命を奪われるか分からない地獄の中でも、外の世界を知っているあなた達を。…勝手な事をごめんなさい」
しかし空は真っ暗で、星や月すらも何もなかった。
だからこんなに真っ暗なのか。随分と落ち着いた頭で、のんびりとそう思った。
「私は私のやるべき事をします。少しは変わるかもしれません。もう何も知らなかった私とは違う。今度はちゃんとギルドの人たちと一緒に、グレフに立ち向かいます」
これは本音だった。
この人と話せてよかった。
この人が、私と話してくれて本当に良かった。
彼とこの時間を過ごせたから、私は改めて変われる勇気を得たのだ。
「自分の人生だ。自分が好きなように生きればいい」
顔を上げず、蹲ったままのリュシアが言った。
「ええ、そうします」
「いつグレフに奪われるやもしれない命だ。小さな町に囚われず、足を踏み出せばいい」
「え?」
リュシアが顔を上げた。
隣に座った私と、とても距離が近い。
夜風で冷えた独特のローブの布質が肌に当たって気持ち良かった。
そして彼の言葉の意図を理解する。
こんな場所にいるだけが人生ではない。
私は自由であり、いつでも羽ばたける。いつでもどんな時でも、飛び立っていける。
自分の覚悟さえあれば、その身一つでどこまでも行けるのだ、と。
「それは私に、《中央》に行けと…?」
「それも選択の一つだよ。この世界は広い。多くを見聞きするだけでも生き方は多種多様だ。落ち着いたら行ってみればいい」
「は、はい!」
その言葉がどんなに嬉しかった事か。
「アッシュなら喜んで案内してくれるさ」
「ふふ、そうですね!」
私は誰かに、背中を押して欲しかったのかもしれない。
飛び立つ勇気を、少しだけ分けてもらったような温かい気持ちになった。
良く知らない《中央》を、端から端までアッシュに手を引かれながら連れまわされて。
そこには私やアドリアンやコルト達もみんないて。和気あいあいと観光三昧。
ギルドにはグレフと戦う時に呼ばれて、一緒に命を賭して戦って。
ボロボロになりながらも生きている実感を仲間たちと分かち合う。
それはなんて素晴らしいものだろう。
そしてそれは、不可能な未来ではないのだ。私や団のメンバーたちが一歩足を踏み出して、少しだけ勇気を出せば叶う簡単な願い。
私達の後ろ盾は、何と言ってもこのリュシアなのだ。4大ギルドのてっぺんが見守っているのだ。何も怖い事なんて無い。
ここに来た時とはまるで別人のように心が軽かった。
彼を見くびっていた事を、恥ずかしく思う。
「私、そろそろ戻ります」
「……」
彼からは、もうあの冷たさは感じない。
あれがただの虚勢だと分かってから、彼が怖くなくなった。
貶しているのではない。彼を、人として好きなんだと思った。
「明日から忙しくなりそうですし。団長が戻ってくるまでに、団の在り方を考えないと!」
前向きに、です。
とニコリと笑うと、彼も笑ってくれた気がした。
「ありがとうございました」
「……」
「あなたとお話しできて嬉しかったです。何だか頭がスッキリしたような気がします。邪険にしないでくれて、ありがとう」
そして私は立ち上がる。
パパパとお尻の砂をはたいて、彼に背を向けた。
「ああ」
彼からの返事は素っ気なかったけれど、もう怒りは湧かない。むしろ、微笑ましいとさえ思えた。
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