蒼淵の独奏譚 ~どこか壊れた孤高で最強の魔法使いがその一生を終えるまでの独奏物語~

蔵之介

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二. ニーナの章

33. 石の聲

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 さて、これからどうしよう。

 とりあえず外に出てはみたものの、これから先が思いつかない。

 右足からどんどん腐っていく身体で家に帰るわけにもいかないし、私に着いてくるこの人達も放っておけない。
 時間が経てば、いずれ私も彼らと同じように徘徊するだけの死人となるのだ。

 誰かを殺してしまう前に、どうにかせねばならない。


「きゃああああああ!!!」
「うわああああああ!」

 すぐ上で、複数の人の悲鳴が聞こえた。
 この階段を昇った先、海の女神を奉る銅像のある広場の方向。

「く、来るなあ!!」

 何者かが人を襲っている。
 グレフか死人か。

 前者の場合は少し死ぬ時間が早まるだけ。一思いにグレフに殺されるのも一興かと思ったが、やはりこの身体を殺戮に使われるのは嫌だ。後者の場合は、私でも何とか対応できそうだ。

 運動能力を司る器官、即ち脳を、首を吹っ飛ばせばいいだけ。

 右足が思うように動かないので階段を昇るのは一苦労であったが、その間に魔法を構築する。
 私も魔法使いの端くれ。あの人のような桁違いの魔法ではないが、それなりに使えるとも自負している。15歳の時からずっと、暇さえあれば練習してきたのだ。




 意識するんだ。
 水の精霊しか呼べないが、水こそ万物の恵み。水は人の生きる糧、育み、慈しみ、揺蕩うもの。
 しかし水は武器にもなるのだ。大量の水は溺れ、息もできず、身動きすらも取れない。
 鋭い水の刃は、鋼の刃ですらも簡単に切れる。押しつぶされる水圧に、人は耐える事すら不可能だ。

  

 腰に忍ばせていた真霊晶石の杖を握りしめる。
 まだいける。私はまだ、人として誰かを助ける事ができるのだ。

 階段をようやく昇りきると、酒場の扉の前に人はいた。
 見知った顔、酒場の女将さんとご主人、酒場で修業中の息子の三人が外に出て、酒場の入り口の扉を懸命に押しているのだ。

 時折扉の中から、ガサガサなのに滑った腕がニョキリと生えてきて、モガモガと宙を掴もうとしている。
 三人がかりで押し問答している扉は、蝶番がガタガタで今にも外れそうである。

 良かった、間に合った。

「扉を開けて!!」

 突然叫んだ私に、必死の形相で扉を抑えていた三人が私に気付く。

 この襲ってくる輩を外に出さないようにここで踏ん張っているのに何を抜かすと言った顔だったが、私の杖が青く光り輝き、魔法を構築している最中だと知って状況を理解してくれたらしい。

「開けたらすぐに逃げて!あなた達も危険だから!」

 構築するは水の刃。
 究極に水流を速く、極力細くして、絶対に欠けない刃を飛ばすのだ。

 彼らが押さえ込んでいた手を離した瞬間、酒場の中から2匹の死人が前につんのめるようにして現れる。
 これも作戦通りだ。

 奴らが動きが鈍く、複数の動作は情報伝達がうまくいかないのか、再び動くまでに若干の時間が生じるのだ。
 前にのめり込んだ奴らの首は、そのまま私に向かって差し出される事になる。体勢を元に戻すまでにはまだ多少の時間が掛かるはず。

 思った通り、死人の首を目掛けて、私は刃を穿つ。

#____#

 水は滴りさえも無く凄まじい勢いで飛んでいき、スパっと気持ち良い音を立てて、二匹同時にその腐った首を切り落とした。

 すぐに死人は膝から崩れ落ち、扉と外との境目でビクビクンと身体を撓らせている。
 一方飛んで行った首はゴロゴロと階段下へ落ちていき、ボチャンとくぐもった音を出して海の中へと消えていったようである。

 手足でもない限り、自力で浮いてくる事はできまい。
 母なる海に善からぬ物体が二体も首のままで沈んでいると考えるといい気はしないが、私にしては上出来だ。

「あれはなんだ!」

 残された胴体がピクピクするだけで安心したのか、酒場の主人たちが私に近づいてきた。

 三人とも全身汗だくである。
 寝込みを襲われたのか三人とも寝間着姿で、女将さんに至っては化粧すらしていないから誰だか分からなかった。
 意外と結構な厚塗りだったんだなと、指摘するのも今更隠すのもそんな場合ではないので、私は彼らに向き直る。

「大丈夫ですか!噛まれたりしてませんか!」

 ほんの少しだけでも死人の身体の一部が入り込んだだけでもこのザマなのだ。
 私の場合、爪の先が食い込んだだけだろう。
 しかし奴らのウイルスは確実に私を蝕み、侵食したのだ。目立った傷はなさそうだが、念の為に聞いてみる。

 すっかり興奮しきった彼らは口々に喋りまくったが、触れられてさえもないようである。

 私が倒した二人の死人は、この隣の宿屋に泊まる行商人たちであった。例の黒の行商人のおじさんとは関係ない別の人たちだ。

 こんな夜中にドカンドカンと遠慮なく扉を叩くもんだから、女将さん達は二階から彼らの姿を確認して、この酔っ払いめ近所迷惑甚だしいと箒片手に出て行ったそうだ。
 扉を開けるとどうにも様子がおかしくて、いきなり襲ってくるものだから持っていた箒で応戦した後、彼らを酒場の中に閉じ込め、女将さんと息子は二階から飛び降りて主人の加勢に入った所を、運よく私が通りがかって退治してくれた、という事らしい。

 となると、宿屋はもうダメだろう。

 私はまだピクピクして扉の前を占領している件の死人達の足を引っ張って道を作る。

「早く家の中へ!合図を聴いたでしょ、朝が来るまでしっかり戸締りして決して出ないで!!」
「ああ、カモメ団のお方…助かりました」

 よほど怖かったのか、主人の箒を持つ手が震えている。
 少しばかり寝間着の下が濡れていて、よくもまあこんな怖い状況で、家族を守るために戦ったものだと素直に感心した。

「女将さんたちも、さあ!」
「カモメ団に任せていれば安心だね」
「頑張ってください、カモメ団!」
「はは…善処します…」

 彼らの目には脅えが残っていたが、団員である私の存在に安心しきってほっとした表情を見せていた。

 既に殆どの団員が死んでいるのに…と喉まで出掛かる台詞を何とか押しとどめる。
 不安に拍車をかける必要はないし、彼らをこれ以上怖がらせる意味も無いのだ。

 どうせ明日になれば、朝が来れば全て分かる。
 団員はほぼ全滅し、団長すらもいなくて、この町に戦える人はいなくなってしまっている事を。


 彼らが扉にしっかりと木を通して鍵をかけたのを確認して、さあてこんな感じで最期まで人助けも悪くないと思っていた時、広場の端っこでもう動かなくなった首の無い死体の側に、見慣れた光があるのに気づく。

「これは…あの石?」

 それを手に取り、広場の街灯に照らす。
 それはまさしくあの行商人の売っていた、『願いの叶うという石』であった。

 死体の側にあると言う事は、彼らがこの石を所持していたのだろう。

 そういえば、と思い出す。
 あの晩、廃墟で死人の軍勢に襲われた際、リュシアのえげつない魔法によって死人達は肢体も炭と化す高熱に焼かれて朽ち果てた。
 アドリアン達が私達が戦った場所で拾ったという干しブドウのような黒いしわしわの物体の正体が、この透明な石だったのではと思い立ったのである。

 急速に焼かれた石は小さく収縮したことでしわしわとなって真っ黒に焦げたと考えれば答えは見えてくる。
 団員は行商人の売り文句にすっかり騙されて、殆どがその石を手に入れていた。思春期真っ盛りの彼らは、任務よりも恋愛に興じる年頃だったのがいけなかった。

 あの大量に死人化した原因は、テルマが彼らを殺したから。そして命を失った身体をこの石が動かしているのだとしたら。
 自分の想像で生まれたテルマだけが当てはまらなかったが、「命が無い、すなわちマナがない」と置き換えると彼女も該当者である。

 この石は恐らく、死んだ者だけに反応するものなのだろう。


 その時であった。

「!!」

 感覚の失われた右足が急に熱を発し、もげそうなほどに痛んだのだ。
 余りの痛みにその場で足を抑えて座り込んでしまう。


【ころせ!】


 そして、突然頭に声が響いたのである。

「え!」

 左右を見渡すが、私以外に人はいない。
 私に着いてきていた建物内にいた死人は階段を上がるのに一苦労のようで転がり落ちては昇っての繰り返しでまだ広場には着いていない。


【ころせ、にんげんをころせ!!】

 強いお酒を呑みすぎて二日酔いになったような気分だ。
 グワングワンと鐘の中に頭を突っ込んで打ち鳴らされているような鈍痛と、目の裏側がツキンと激痛が走る。

 最悪な気分だ。

「な、なに…」


【ころせ、あらがえ、たたかえ、したがえ】


「頭に!ううっ…」

 この石を持った瞬間に、頭に響いたのだ。
 声の主は分からないが、とても低くて感情の籠っていない恐ろしい声だった。

 声は直接脳に響き渡り、呪いの呪文のように同じ言葉を繰り返している。


 殺せ、殺せと。
 人間を殺し、従えと。


 この石が原因なのかと地面に転がしてみれば、案の定頭の声は止んだ。

 間違いない、全ての事象はこの石だったのだ。

 それを分かってあの行商人はタダ同然で石を売りさばいたのだろう。
 売上金を海に捨てたのも、彼は外貨を稼ぐために行商していたのではなく、この町を滅ぼす為だった。



 機会を狙っていたのか、それともただの偶然か。
 今日という日にこの町の黙示録は堕ちたのだ。
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