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二. ニーナの章
45. やっと会えた、私の妹
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狭い洞窟に三人、立っている。
リュシアだけが歩き回り、石を値踏みするかのように手に取っては感触を確かめている。
「君はあの時、ほぼ死んでいた」
死人化した私の最期を言っているのだろう。
「残されたマナは滓程度。身体は腐り、腹は破れ、瞳孔も開いていた。ほんの僅かな命の灯火も、潰える寸前だった」
最期の時、私の記憶は曖昧である。
あの館から放り出され、二階から硬い地面に叩き付けられたような気もするが、痛みや衝撃すらももはや通り越して死にゆく身体を持て余していた。
「”マナの同化”とは、『浄化』だ。身体を蝕むグレフの痕跡を消すと同時に、俺のマナと同期して元々のマナを活性化させる。君の場合はマナがとても少なかったから、ある精霊の力を借りた」
「精霊…?」
ふいにふわふわの髪を持つ、あの少女の姿が脳裏に浮かんだ。
「その精霊は、人のマナを長時間与え続けられ顕現化した、いわば人工精霊だ。人の言葉を理解し、人と非常に似通った感情を持つ」
「まさか…」
無意識化におきながら、実に20年以上に渡って少しずつマナを注いでいた。
一身に注がれていたのは、命を持たないあのぬいぐるみ。
「それは人のマナと、グレフの卵によって動いていた。正確には人間ともグレフとも、そして精霊とも違う別の生き物だ。あの夜、お前たちが知り得ぬ所で俺はあの精霊に逢い、グレフとの繋がりを断ち切った事であれは自由となった。一番大事だと思う存在の元へ、行った」
「テルマ…なの?」
声が震える。
あの館でアッシュと私を先に逃がした彼は、確かめたい事があると言っていた。
それは再び、逃げたテルマと垣間見る事だったのだ。
「屋敷が爆破された時、中にいた精霊はただの器だ。グレフの卵を触媒に、クマのぬいぐるみを擬人化してな。精霊のマナの多くは、俺が預かっていたのさ」
最期の瞬間を思い出す。
『大丈夫。おねえちゃんの中にテルマはいつもいるから。だってわたしはあなたのマナから生まれた存在。あなたがマナを持つ限り、そこにわたしはいるの。会いたいと思った時は、もうわたしはそこにいるんだよ』
テルマはそう言って、私を屋敷の外に出した。
そうだったのか。
うん、そうだ。
私の中に、すでにテルマはいたのだ。ずっと、この中に。
「君には他の誰にも真似できない二つの才能を持っている。この俺でさえも不可能な事を、君は無意識下でいとも簡単にやってのけているんだ」
「え?」
「なんだ?旦那にも、できない?」
ずっと聞くに徹していたアッシュが反応する。
こんな魔法の天才にもできない事を、私がやっている?
心当たりがなくて狼狽える私を気にせず、リュシアの言葉は止まらない。
「この石の性質、それはなんだと思う?」
リュシアが石を投げる。
咄嗟に掴み、掌に置いて観察する。
まだ糸を引いている石。
私がこれに、何をした?
思い出す。した、のだ。
私はあの時、死人を先導したのだ。私と一緒に朽ち果てに行くために。
「この石の最大の特徴は、『受信』だと俺は考えている。主たるものの声を、持っているものへと正確に意思を伝える。人のもつマナをエネルギーにしてな」
それはテルマも言っていた。
神の声を伝える何らかの受信装置なのだと。
「君はグレフの支配にあった死人の主導権をあっさり奪ったんだ。君の残されたマナを餌に、死人を操った。君ですら石を持っていたのに、グレフの洗脳は無効化された。一方的に遮断し、君の支配下に置いたんだ。死人が人を殺すのはグレフがそう指示したからだ。実際に君に先導されて館を目指した死人は大人しいものだった。従順に、君に従ったんだ」
声を届け、行動そのものを管理する。
そんなの意識してできた事じゃない。あの時の私は無我夢中だった。
時間も、無かった。
相談する相手すら、誰もいなかったのだ。
やり遂げる事しか考えなかった。町を救うにはそれしかないと。
「これは簡単にやれるものじゃない。自らのマナを与える行為は自殺と同じだ。人間は本能的に制御するんだよ。切羽詰まっていたとはいえ、君はそれをやってのけた」
これは、褒められているのだろうか。
町民からは疎まれ、騎士団からは叱咤されたこの行為を、この人だけは肯定してくれるのか。
私の覚悟を、こんなちっぽけな存在の微々たる覚悟を、彼はくみ取ってくれているのか。
だったらこれ以上嬉しい事なんてない。
たった一人でも、「私」を見てくれて。それが今私の心の大半を占めるこの人からだと思うと。
今すぐにでも泣き叫びたいくらい、嬉しかった。
「戦に於いて伝達手段は攻撃よりも遥かに勝る最重要項目だ。今回もわざわざアッシュを遣いに出さずとも、簡単に遠方と連絡が取れていたなら、もう少し状況は変わっていたはずだ。これよりさらに大勢の意識の連動が必要となる。この石の力は、それを打開する可能性を秘めたものなんだ」
だから珍しく興奮しているのか。
こんなに喋る彼を見た事がない。こんなに楽しそうな姿もだ。
「だから、君が必要だと思った」
「あ…」
何より聴きたかった言葉。
「騎士団なんかにくれてやって、君を無駄にするつもりはない」
「私を助けてくれたのは、その為…」
「それも、ある。―――が、約束もあった」
「約束?」
「君を助けてくれれば、この場所を教えると」
テルマとの約束。
それと引き換えに得た情報。
彼は両方とも欲した。彼にとって私とテルマという存在は、実に都合が良かったのだ。
だから助けたのだ。私が個人的に好きとか嫌いとかじゃない。
感情論抜きで私の力を欲しただけに過ぎない。
期待なんてしちゃだめなのに。私が勝手にこの人を好きになっているだけなのに。
嬉しい言葉だったが、歓喜ではない。チリリと胸の端が傷んだ。
「君のもう一つの才能。それは群を抜いた妄想力だ」
「……」
私の気持ちを知ってか知らぬふりか、リュシアは続ける。
妄想という言葉に若干のしこりを感じるが、いや現に私の妄想力は様々なものを生み出したのだから否定できない。
「魔法は森羅万象。仕組みは簡単で原理さえ知れば誰でも魔法は使える」
「でも魔法は想像力、だろ?旦那が俺に教えてくれた。こうしたい、ああしたいと強く願い想像することで、魔法は実際にその通りに発動すると」
それは知らなかった。
魔法の基本は六大元素の原理だとばかり思っていた。
いわば魔法は科学である。火の熾る仕組み、水を形成する原子、風が吹く道理を勉強して理解して初めて発動できるものと学んだからだ。
莫大な魔法を使うリュシアが言うのだ。間違いないのだろう。
彼らに出会ってから私は知らない事ばかりで打ちのめされる。
自分の知り得た世界がとてつもなく狭いものだったと、今更ながら気付かされる。
海の近くに住んでいるのに、大海は広い意味を私は履き違えていた。
私の思っていた海は、まだ井戸の底の水だったのだ。
「君に六大元素はあまり意味がない。君の本当のマナの性質は精神的なもの。俺との同化によって、その力はさらに増したはずだ。俺が考えるに、君は『無』にマナを与える事で顕現化し、意のままに操れる」
リュシアはごそごそと腰の皮鞄から小さな木片を取り出した。
黒焦げているものの、何の変哲もない木のカケラ。道に落ちていても気にもとめないだろう。
「それは!…あんたまだ持ってたんだな、グレフの核を」
アッシュが瞠目している。
「早速、実験だ」
リュシアが近づいてきて、私の両手にその木片を握らせた。
グレフの核だというそれは、よくよく見ても、感触すらも木だった。
とても軽く、平べったくて少し力を込めただけで真っ二つに折れそうだ。
アッシュが私の手の中のそれを憎らし気に見ている。
「この核に命を吹き込み、この石で意識を宿す。そしてもう一度、君の妹を呼び起こせ」
私が、テルマを造る。
テルマが残してくれたマナと、リュシアから与えられたマナを媒体にして。
私は理解した。
リュシアが言っている意味。私が今から成すべき魔法を。
意識を集中する。
粘り気のある濁って汚い海の浅瀬に、あのスキュラがいた場所に膝をつき、傅く。
両手を併せ、魔法を発動する触媒の杖を握りしめた。
いつもならばここで水の精霊を呼ぶ。でも、これからは違う。
私が呼ぶのは、私が求めるのは…。
私の傍にいつもいて、屈託ない笑顔で出迎えてくれたあのふわふわのシルバーブロンドだ。
ゾクリとマナが身体中を駆け巡る。
かつてない程のマナの水流を感じる。上から下まで私の身体を往復し、力を高めていくのが分かる。同時に総毛立つ。
こんなマナの濁流は知らない。湧き出る力は未知なるものだ。
これがリュシアのマナ…。なんと熱く、なんと冷たいのだろう。
想像するんだ。
妄想なら得意だ。妹も、初恋の人だって妄想だったんだ。
あれこれと無駄に考える悪い癖も、今回ばかりは役に立つ。
さあ、もう一度私の傍に。
今度こそ、絶対に離れてやらない。
マナの力が身体に収まらずに溢れ出し、私の短い青髪を浮かせる。
最初の妹は事故で失い、二番目の妹は私の代わりに館と消えた。
二人の妹の意思を継いだ三番目の妹。
もう同じ失敗は繰り返さない。
もう、間違えない。
私に縛られる事がなく、自由で奔放で。
だけど私と同じ志を抱こう。
私を救った彼の助けになれるように、彼のマナに准じるように。
さあ、祈れ。造ろう。
あなたを、創る。
ふわり。
焦げた木片が私の掌で光り輝く。重さを失った核が宙に浮く。
白いモヤのようなものがそこから滲み出てくる。
次第にカタチが現れる。
「グレフ、か…!?」
アッシュの緊張した声。
いいえ、違う。
これは、妹。私の大切な、妹。
こうやってグレフは世界に現れているのか。
マナに似た別のエネルギーを込め、白いモヤから形を作る。様々なカタチは皆書物に出てくる伝説の魔物たち。
大蛇もスキュラもそう。恐らくは、アッシュの村に現れたグレフだってそうだったに違いない。
誰かが、何者かがお伽話を参考にしているとしか思えないほどに。
「…すげえ!」
でも私が創るのはお伽話じゃない。
あの子が生まれて21年。本当の妹は3歳でその命を輪廻の中に還してしまったけれど、姿は鮮明に、永遠に私の中にある。
おいで、テルマ!あなたが必要なの、私の呼び声に応えて!!
心の中で叫ぶ。
ふわふわのシルバーブロンド。
ぱちくりとした紅蓮の瞳、人形のように長い睫毛。
上を向いた小さな鼻と、ピンクの可愛らしい唇。
モヤが弾ける。
ひとりの少女が、私の前にいる。
お洋服は父から贈られたフリフリの黒のドレス。誂えたようにぴったり似合う頭の黒い大きなリボン。
靴は、ない。どうしても靴を履いているイメージが湧かない。
あの子の靴は、今もあの館のプールの中に沈んでいる。本当の妹の死をいつまでも受け入れられなかった私の弱さ。完全に克服出来ているわけではないのだ。
あの子が宙をくるくると舞う。
たなびく髪、揺れるリボン。開花するようにフリルのドレス。
「おかえりなさい」
私は上手く笑えているだろうか。
涙で滲んで、もうほとんど手探りで情けない顔をしているだろう。
「ただいま、おねえちゃん。ね、また、逢えたでしょ?」
テルマが笑う。あのいつもの屈託の無い笑顔で。
私も笑う。彼女を思い切り抱きしめて。
やっと会えた。
私の大事な――――妹。
リュシアだけが歩き回り、石を値踏みするかのように手に取っては感触を確かめている。
「君はあの時、ほぼ死んでいた」
死人化した私の最期を言っているのだろう。
「残されたマナは滓程度。身体は腐り、腹は破れ、瞳孔も開いていた。ほんの僅かな命の灯火も、潰える寸前だった」
最期の時、私の記憶は曖昧である。
あの館から放り出され、二階から硬い地面に叩き付けられたような気もするが、痛みや衝撃すらももはや通り越して死にゆく身体を持て余していた。
「”マナの同化”とは、『浄化』だ。身体を蝕むグレフの痕跡を消すと同時に、俺のマナと同期して元々のマナを活性化させる。君の場合はマナがとても少なかったから、ある精霊の力を借りた」
「精霊…?」
ふいにふわふわの髪を持つ、あの少女の姿が脳裏に浮かんだ。
「その精霊は、人のマナを長時間与え続けられ顕現化した、いわば人工精霊だ。人の言葉を理解し、人と非常に似通った感情を持つ」
「まさか…」
無意識化におきながら、実に20年以上に渡って少しずつマナを注いでいた。
一身に注がれていたのは、命を持たないあのぬいぐるみ。
「それは人のマナと、グレフの卵によって動いていた。正確には人間ともグレフとも、そして精霊とも違う別の生き物だ。あの夜、お前たちが知り得ぬ所で俺はあの精霊に逢い、グレフとの繋がりを断ち切った事であれは自由となった。一番大事だと思う存在の元へ、行った」
「テルマ…なの?」
声が震える。
あの館でアッシュと私を先に逃がした彼は、確かめたい事があると言っていた。
それは再び、逃げたテルマと垣間見る事だったのだ。
「屋敷が爆破された時、中にいた精霊はただの器だ。グレフの卵を触媒に、クマのぬいぐるみを擬人化してな。精霊のマナの多くは、俺が預かっていたのさ」
最期の瞬間を思い出す。
『大丈夫。おねえちゃんの中にテルマはいつもいるから。だってわたしはあなたのマナから生まれた存在。あなたがマナを持つ限り、そこにわたしはいるの。会いたいと思った時は、もうわたしはそこにいるんだよ』
テルマはそう言って、私を屋敷の外に出した。
そうだったのか。
うん、そうだ。
私の中に、すでにテルマはいたのだ。ずっと、この中に。
「君には他の誰にも真似できない二つの才能を持っている。この俺でさえも不可能な事を、君は無意識下でいとも簡単にやってのけているんだ」
「え?」
「なんだ?旦那にも、できない?」
ずっと聞くに徹していたアッシュが反応する。
こんな魔法の天才にもできない事を、私がやっている?
心当たりがなくて狼狽える私を気にせず、リュシアの言葉は止まらない。
「この石の性質、それはなんだと思う?」
リュシアが石を投げる。
咄嗟に掴み、掌に置いて観察する。
まだ糸を引いている石。
私がこれに、何をした?
思い出す。した、のだ。
私はあの時、死人を先導したのだ。私と一緒に朽ち果てに行くために。
「この石の最大の特徴は、『受信』だと俺は考えている。主たるものの声を、持っているものへと正確に意思を伝える。人のもつマナをエネルギーにしてな」
それはテルマも言っていた。
神の声を伝える何らかの受信装置なのだと。
「君はグレフの支配にあった死人の主導権をあっさり奪ったんだ。君の残されたマナを餌に、死人を操った。君ですら石を持っていたのに、グレフの洗脳は無効化された。一方的に遮断し、君の支配下に置いたんだ。死人が人を殺すのはグレフがそう指示したからだ。実際に君に先導されて館を目指した死人は大人しいものだった。従順に、君に従ったんだ」
声を届け、行動そのものを管理する。
そんなの意識してできた事じゃない。あの時の私は無我夢中だった。
時間も、無かった。
相談する相手すら、誰もいなかったのだ。
やり遂げる事しか考えなかった。町を救うにはそれしかないと。
「これは簡単にやれるものじゃない。自らのマナを与える行為は自殺と同じだ。人間は本能的に制御するんだよ。切羽詰まっていたとはいえ、君はそれをやってのけた」
これは、褒められているのだろうか。
町民からは疎まれ、騎士団からは叱咤されたこの行為を、この人だけは肯定してくれるのか。
私の覚悟を、こんなちっぽけな存在の微々たる覚悟を、彼はくみ取ってくれているのか。
だったらこれ以上嬉しい事なんてない。
たった一人でも、「私」を見てくれて。それが今私の心の大半を占めるこの人からだと思うと。
今すぐにでも泣き叫びたいくらい、嬉しかった。
「戦に於いて伝達手段は攻撃よりも遥かに勝る最重要項目だ。今回もわざわざアッシュを遣いに出さずとも、簡単に遠方と連絡が取れていたなら、もう少し状況は変わっていたはずだ。これよりさらに大勢の意識の連動が必要となる。この石の力は、それを打開する可能性を秘めたものなんだ」
だから珍しく興奮しているのか。
こんなに喋る彼を見た事がない。こんなに楽しそうな姿もだ。
「だから、君が必要だと思った」
「あ…」
何より聴きたかった言葉。
「騎士団なんかにくれてやって、君を無駄にするつもりはない」
「私を助けてくれたのは、その為…」
「それも、ある。―――が、約束もあった」
「約束?」
「君を助けてくれれば、この場所を教えると」
テルマとの約束。
それと引き換えに得た情報。
彼は両方とも欲した。彼にとって私とテルマという存在は、実に都合が良かったのだ。
だから助けたのだ。私が個人的に好きとか嫌いとかじゃない。
感情論抜きで私の力を欲しただけに過ぎない。
期待なんてしちゃだめなのに。私が勝手にこの人を好きになっているだけなのに。
嬉しい言葉だったが、歓喜ではない。チリリと胸の端が傷んだ。
「君のもう一つの才能。それは群を抜いた妄想力だ」
「……」
私の気持ちを知ってか知らぬふりか、リュシアは続ける。
妄想という言葉に若干のしこりを感じるが、いや現に私の妄想力は様々なものを生み出したのだから否定できない。
「魔法は森羅万象。仕組みは簡単で原理さえ知れば誰でも魔法は使える」
「でも魔法は想像力、だろ?旦那が俺に教えてくれた。こうしたい、ああしたいと強く願い想像することで、魔法は実際にその通りに発動すると」
それは知らなかった。
魔法の基本は六大元素の原理だとばかり思っていた。
いわば魔法は科学である。火の熾る仕組み、水を形成する原子、風が吹く道理を勉強して理解して初めて発動できるものと学んだからだ。
莫大な魔法を使うリュシアが言うのだ。間違いないのだろう。
彼らに出会ってから私は知らない事ばかりで打ちのめされる。
自分の知り得た世界がとてつもなく狭いものだったと、今更ながら気付かされる。
海の近くに住んでいるのに、大海は広い意味を私は履き違えていた。
私の思っていた海は、まだ井戸の底の水だったのだ。
「君に六大元素はあまり意味がない。君の本当のマナの性質は精神的なもの。俺との同化によって、その力はさらに増したはずだ。俺が考えるに、君は『無』にマナを与える事で顕現化し、意のままに操れる」
リュシアはごそごそと腰の皮鞄から小さな木片を取り出した。
黒焦げているものの、何の変哲もない木のカケラ。道に落ちていても気にもとめないだろう。
「それは!…あんたまだ持ってたんだな、グレフの核を」
アッシュが瞠目している。
「早速、実験だ」
リュシアが近づいてきて、私の両手にその木片を握らせた。
グレフの核だというそれは、よくよく見ても、感触すらも木だった。
とても軽く、平べったくて少し力を込めただけで真っ二つに折れそうだ。
アッシュが私の手の中のそれを憎らし気に見ている。
「この核に命を吹き込み、この石で意識を宿す。そしてもう一度、君の妹を呼び起こせ」
私が、テルマを造る。
テルマが残してくれたマナと、リュシアから与えられたマナを媒体にして。
私は理解した。
リュシアが言っている意味。私が今から成すべき魔法を。
意識を集中する。
粘り気のある濁って汚い海の浅瀬に、あのスキュラがいた場所に膝をつき、傅く。
両手を併せ、魔法を発動する触媒の杖を握りしめた。
いつもならばここで水の精霊を呼ぶ。でも、これからは違う。
私が呼ぶのは、私が求めるのは…。
私の傍にいつもいて、屈託ない笑顔で出迎えてくれたあのふわふわのシルバーブロンドだ。
ゾクリとマナが身体中を駆け巡る。
かつてない程のマナの水流を感じる。上から下まで私の身体を往復し、力を高めていくのが分かる。同時に総毛立つ。
こんなマナの濁流は知らない。湧き出る力は未知なるものだ。
これがリュシアのマナ…。なんと熱く、なんと冷たいのだろう。
想像するんだ。
妄想なら得意だ。妹も、初恋の人だって妄想だったんだ。
あれこれと無駄に考える悪い癖も、今回ばかりは役に立つ。
さあ、もう一度私の傍に。
今度こそ、絶対に離れてやらない。
マナの力が身体に収まらずに溢れ出し、私の短い青髪を浮かせる。
最初の妹は事故で失い、二番目の妹は私の代わりに館と消えた。
二人の妹の意思を継いだ三番目の妹。
もう同じ失敗は繰り返さない。
もう、間違えない。
私に縛られる事がなく、自由で奔放で。
だけど私と同じ志を抱こう。
私を救った彼の助けになれるように、彼のマナに准じるように。
さあ、祈れ。造ろう。
あなたを、創る。
ふわり。
焦げた木片が私の掌で光り輝く。重さを失った核が宙に浮く。
白いモヤのようなものがそこから滲み出てくる。
次第にカタチが現れる。
「グレフ、か…!?」
アッシュの緊張した声。
いいえ、違う。
これは、妹。私の大切な、妹。
こうやってグレフは世界に現れているのか。
マナに似た別のエネルギーを込め、白いモヤから形を作る。様々なカタチは皆書物に出てくる伝説の魔物たち。
大蛇もスキュラもそう。恐らくは、アッシュの村に現れたグレフだってそうだったに違いない。
誰かが、何者かがお伽話を参考にしているとしか思えないほどに。
「…すげえ!」
でも私が創るのはお伽話じゃない。
あの子が生まれて21年。本当の妹は3歳でその命を輪廻の中に還してしまったけれど、姿は鮮明に、永遠に私の中にある。
おいで、テルマ!あなたが必要なの、私の呼び声に応えて!!
心の中で叫ぶ。
ふわふわのシルバーブロンド。
ぱちくりとした紅蓮の瞳、人形のように長い睫毛。
上を向いた小さな鼻と、ピンクの可愛らしい唇。
モヤが弾ける。
ひとりの少女が、私の前にいる。
お洋服は父から贈られたフリフリの黒のドレス。誂えたようにぴったり似合う頭の黒い大きなリボン。
靴は、ない。どうしても靴を履いているイメージが湧かない。
あの子の靴は、今もあの館のプールの中に沈んでいる。本当の妹の死をいつまでも受け入れられなかった私の弱さ。完全に克服出来ているわけではないのだ。
あの子が宙をくるくると舞う。
たなびく髪、揺れるリボン。開花するようにフリルのドレス。
「おかえりなさい」
私は上手く笑えているだろうか。
涙で滲んで、もうほとんど手探りで情けない顔をしているだろう。
「ただいま、おねえちゃん。ね、また、逢えたでしょ?」
テルマが笑う。あのいつもの屈託の無い笑顔で。
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やっと会えた。
私の大事な――――妹。
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