蒼淵の独奏譚 ~どこか壊れた孤高で最強の魔法使いがその一生を終えるまでの独奏物語~

蔵之介

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二. ニーナの章

52. テルマの独白②

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 石を…食べちゃった。



 神の声を消してくれて、神の支配から解いてくれるというから何をするかと思ったら、おねえちゃんがくれたあの透明な石を、サメのお兄ちゃんが食べちゃった。


 あはは、飲みにくいよね。
 もぐもぐ出来ないもんね。


 でも、待って。

 あれ、え…うっそ!
 うわ…チカラが、あふれるよう…!!

「何をしたの!?」

 神の声も、あんなに聞こえていたのに、今はなあんにも聴こえない。しーんって頭も痛くない。


 って。

「あわわわわわ」

 声が、声が出てる?

 それに、どうしてわたしの!?

 わたしはクマのぬいぐるみで、おねえちゃんから生まれた存在で、神に命を吹き込まれて…。


「ああ!もうっ、わけわっかんない!!」
「本来浄化は相手の体内に入るが、お前の場合は実体が曖昧だからな。俺の中に直接取り込んだ方が早い」

 って、どんな芸当よ!!
 神を凌ぐチカラって…

「ありえない!!!」
「お前の存在も、在り得ないはずだが?」

 そ、そうね。
 言われてみれば、わたしもそうだったわ。

 変じゃない、のかな。



 それにしてもあなたの中って、すごく心地良いのね。マナが充満してて、清らかで。
 マナの海に浮かんでいるような、ずっと揺蕩っていたいような………。


「気を持っていないと、そのままマナに還るぞ」
「え!」
「あくまでそこは、暫定的な居場所に過ぎん」

 仮初めの宿ってこと?
 それって…。

「あの娘に再召喚してもらえばいい」

 おねえちゃんに?
 そんな事が…いや、あなたには可能なのね。

「でも、おねえちゃんにそんな力はないよ」
「与えればいい。俺が、そうする」

 凄い自信家なのね。

 でも、悪くない話だわ。

 せっかく生まれた命だもの。ここで果てるとさえ思っていたわ。
 命拾いしたお祝いに、精一杯有効活用させてもらうわよ。



 こんな真っ暗な路地裏で。

 神が人間を、ほらほんのすぐ傍で殺しちゃってる中で、誰がこんな取引をしているなんて思うかしら。

 ほんと、巡り合わせって不思議。
 おねえちゃんがあなたに逢えたのは奇跡だわ。

 そして、あなたがおねえちゃんの人生に介入することも。


 愉しくなってきた。

 こんなわたしにも、造り物のわたしに夢を見させてくれるなんて。



「おねえちゃんを助けてくれるのよね」
「そのつもりだ」
「その交換条件に、この石の在り処を教えろと?」
「構わんだろ」

 ええ。神の大事なものらしいけど、詳しくは知らない。
 でもこれで人間を殺すって息巻いてた。

 その中に、あなたも含まれるのだけど。

「……」

 あなたの中に深入りしたら、それこそ魂ごと吸い取られそうだからやらないけど、感じる事は出来る。
 あなたはもしかして―――?


 いいえ、やめておきましょう。

 どうせあなたは肯定も否定もしないでしょうし。


 それに、もしそうなのだとしたら。
 精霊であるわたしは、無条件であなたに従わざるを得ない。

 例えわたしが人間に造られた人工精霊だとしても、わたしの本能マナがそう告げる。


 あなたに、傅けと。


「やっぱり奇跡。そんなお兄ちゃんの傍に、おねえちゃんを置いてくれるなんて」
「それはあの娘の意思次第だ」
「あなたも分かっているんでしょ?そんな澄ました顔をして、百戦錬磨って感じ。あの子の心を弄んでいるのも、そのついでなのかしら?」
「……」

 まあ!随分と慣れた感じなのね。

 人に好意を向けられるのは日常茶飯事。男も女も惹き付けてやまない。

 そんな甘いマスクをしているんだもの。当然よね。
 今更好きだの、愛してるだのは聴き飽きてるって感じ。



 でも変よね。あなたはおねえちゃんと出会った時は、その変なローブで顔を隠していたし。誰にも顔を明かさなかったじゃない?

 あの子を正気に戻す時に、あなたは初めてローブを脱いだ。
 だけどその前から、あの子はあなたを憎からず想っていたみたい。

 まあ、その素顔が決定打だったのは間違いないけども。


「だからあの子は必ずあなたについて行く。あなたはそれを受け入れてくれるのよね?」
「それを望むのなら」
「でもニーナの気持ちに寄りそうつもりは…」
「ないな」

 随分とはっきり言うのね。

「身体はいくらでもくれてやる。俺と恋人紛いがしたいのならな、そうすればいいさ」
「サイテーサイアクの酷い人」
「何とでも言え。この顔、この身体、力、地位に惹き付けられる奴らは多い。それこそ星の数ほどにな。俺はそれらに『俺を』与える事で逆に利用しここまできたんだ。もはや微塵も思わない」

「大勢の愛情を一方的に貰いまくって、その気持ちは誰にも返してない、と」
「返すあてがない。俺に惚れる輩は、大抵自分を一番愛しているのさ」


 おねえちゃんもそうだと言っている口ぶり。

 そりゃおねえちゃんは思い込みも激しいし、あの年齢でまともな恋愛なんてしてこなかったし、恋に恋する乙女って、ちょっと痛々しいところもあるけど。

「あの娘はそういった意味で顕著だな。あれは自己愛の塊だ。面白いくらい、自分に甘い」
「気付いて、いたの?」
「そうでもなければ、架空の妹おまえなんて作らない」

 そうね、そうだったわね。

 こうして立ち話をしている間にも、おねえちゃんのマナがどんどん変質しているのを感じる。

 ホントは暢気に恋愛雑話に興じてる場合じゃないけど、でもちゃんと彼の気持ちを知っておかないと。
 あの子が最後に泣くのだけは嫌。


 妹として、嫌なの。


「こういう話を知っているか?相手の事をよく知らなければ知らないほど、恋心というものは重くなる。外側からの情報が少ない分、幾らでも自分の内側の理想や欲求が大きくなっていく、と」

 足りない分を妄想で賄う。
 つまり、相手の本質を見出さない状態で、完璧に自己完結する。

 簡単にいうと、思い込み…ね。


「だから突然、熱烈な愛情を浴びせられた時、この人はこんなにも自己愛が激しいと警戒しろとな」

 その場合、補完された妄想が前に出る。

 少しでも自分の意にそぐわない行動をとられると、途端に狼狽え自己を守るために妄想が妄想を生んで更に泥沼化する。

 相手を束縛している事にすら気付かず、相手に嫌われても拒否されても、自分の都合の良いように捉え聞く耳をもたない。


「でもおねえちゃんは!!」
「そうじゃないと言い切れるか?あの娘の本質は、お前が思っている以上に根深いぞ」

 そう。だからおねえちゃんはテルマの死を認めなかったのだ。

 周りが矛盾を指摘しても尚、無理やり抑え付けて。それで孤立していった。


「その自己愛をうまく利用すれば大きな力となり得る。だからあの娘を見捨てない」


 お兄ちゃんを一心に想っている間は、おねちゃんは無条件で力を貸すでしょうね。

 でもあなたに乗りこなせるかしら。
 おねえちゃんは、一筋縄ではいかないよ。

 調整を間違ったら、おねえちゃんと一緒に堕ちるところまで堕ちる。


「……」


 なに、その沈黙。

 って、まさかまさか。


「だ、だめ!!!」
「何も言ってない」

「言わなくても分かる!!!もしおねえちゃんがあなたの邪魔にしかならない存在になったら、あなたはたぶん、いいえ、絶対にそうする。おねえちゃんを、あなたを好きなだけのおねえちゃんを本当に呆気なく―――」

「殺す」

 !!!

 だめだめだめだめ!!!

 おねえちゃんに手は出させない。そんなのわたしが許さない!


 …でも、わたしの力はあなたの足元にも及ばない。
 わたしがあなたに勝てる見込みは一パーセントだってない。


「だからお前がいるんだろ。お前というストッパーが」

 あ…。
 そうか、だからわたしを。

 おねえちゃんの愛する「妹」のわたしが傍にいることで、おねえちゃんの意識を半分わたしが引き受けられる。



「さあ、いい加減腹を括れ。もう残された時間は少ないぞ」

 むう、分かってるわよ、そんな事!

 海の方で、神の気配がたくさんする。すごい数みたい。

 あれはたぶん、お兄ちゃんを殺しにやってきた。
 死人だけじゃお兄ちゃんの足止めにもならない。だから神自らあなたに鉄槌を食らわせに、軍隊を率いてやってきた。


 あなたはそれを凌ぎ切れるかしら。

 って、杞憂ね。



 ほんと、時間を無駄にするほどわたしは馬鹿じゃない。
 生まれたばかりだけど、おねえちゃんのくれたマナは20年近い歴史を紡いだの。

 わたしは大人なのよ。こんな成りをしているのは仕方ないと思って?


「もう、降参よ、降参」

 おねえちゃんも、こんな面倒臭い人をわざわざ好きにならなくなっていいじゃないの、全く。




 で、わたしは何をすればいいの?

 まずはあの石の在り処?
 簡単よ。あれはあの沈んだ貿易都市の廃墟に残されている。

 黒の行商人のおじさんが、そこから拾って持ってくるのよ。

 おじさんの正体までは分からないわ。ただこれだけは言える。神と一時繋がっていたから分かる。
 あのおじさんは、神じゃない。あなたたち人間がグレフと呼ぶものとの直接的な繋がりはないよ。

「そうか。場所は」
「教会跡地の真下。崖の中よ。外から裏へ回ればそこに行けると思う。それには船がいるけど、そこまで面倒は見ないからね」
「……」

 あら、黙りこくっちゃって。

 それじゃあ、そろそろわたしもお暇しようかな。
 あなたは好きにしたらいいと言ったんだもの。このカラダ(ぬいぐるみ)の利用方法を思いついちゃった。


「火薬か…」

 びんご!

 何でもお見通しだから、話が早くて助かっちゃう。


「ならばその身体を維持できるだけ残して、残りのマナは俺の中へ」
「分かった」

 あとは時間が来るのを待てばいい。

 おねえちゃんのマナは変質した。少しマナは残っているけど、それもいずれなくなる。
 おねえちゃんのマナが完全に失われたら、おねえちゃんは死んでしまう。

 幾ら凄い魔法の使い手でも、死んだ人を生き返らせる事はできないはず。

 だから僅かでもマナが残っているうちに、わたしがおねえちゃんの最後の手助けをして、おにいちゃんに託すのだ。


「俺は先にグレフを殺してから合流する。屋敷の結界も張ってやるから、盛大に爆発させろ」

 おねえちゃんはまたわたしを失って悲しんじゃうだろうけど、ほんの少しのお別れ。
 本当に出会えるのは、また今度。それもすぐに会える。


「ばいばい、おにいちゃん。色々とありがとう」

「………」


 さて、わたしも行こう。
 お兄ちゃんが神の気を引いてるうちに、こっそり向かえば大丈夫でしょ。

 わたしは神を裏切った存在だもん。

 万が一、見つかって殺されちゃったら計画が台無しだもんね。
 それはちゃんと見極めないと。


「あの娘は…ニーナは…」


「おにいちゃん?」

「いつか本当に、自己愛を乗り越えた先に、真実に愛する者を見つけるだろう。彼女を真に案じる男にめぐり逢い、彼女はやっと心を休める事が出来る。ニーナは幸せになるよ」

「それは…」

 未来?
 それとも、願望?


「俺はその間までの彼女の巣でしかない」
「…まさか未来でさえも、視えるの…?そんなのって…条理を覆す存在じゃないの…」

「―――ただのだ。もう、行け」

 なんなの全く。

 本当に底が見えないっていうか、底が知れないっていうか。


 このわたしですらも図れないって、この人は一体何者なの。
 って。もういないじゃない!

 いきなり現れて、颯爽と去っていくのね。
 感慨深げに浸る時間すら与えてくれないなんて、いけずなお兄ちゃん!



 でも、まあ。

 お兄ちゃんの予想を信じるのも面白い、かな。

 だってわたしの存在は、おねえちゃんの傍に在る事なんだもん。
 おねえちゃんさえ幸せになれれば、それだけで充分なの。



 また夢を見させてくれたね。



 本当にありがとう。

 おねえちゃんに出会ってくれて、この奇跡をくれて。



 感謝します、創造の女神よ―――。
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