蒼淵の独奏譚 ~どこか壊れた孤高で最強の魔法使いがその一生を終えるまでの独奏物語~

蔵之介

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三. セトの章

1. prologue

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 むしが―――来る。

 壁に。
 天井に。
 床に。
 隙間に。

 夥しくびっしりと、ほんの僅かな空白もないほどに、蟲で埋め尽くされる。

 壁が食い荒らされ、壁土から何百も脚を持つ長い蟲が這い出た時、僕はただ呆けるしかなかった。

 天井が落ち空が剥き出しになった眼前を、美しいはねを持つ蟲の鱗粉が空気を汚した時、僕は息さえ出来なくなった。

 床がでこぼこと隆起し、床下から力持ちで知られる立派な角を携えた蟲が現れた時、僕はようやく我が身の命の危機を知った。


 あらゆる隙間からあらゆる蟲がその姿を曝け出した時、僕はあらゆる事象から目を背け、現実逃避するしか術が無かった。
 抗うもの達を、その場に置き去りにして。


 ジリジリ…
 バチン!!

 始まりはこんな音だったからだと思う。

 それなりに金を掛けた玄関口の脇に掲げた油たっぷりのカンテラの火が、光に集まる習性を持つ翅蟲によって消された音だった。
 我が身を省みず、まさに己を犠牲にして炎を消した。

 積み重なった躰を更に繋ぎ合わせて、炎の残骸すら残さない。
 並々の油にたくさんの屍が浮き、浮いた端から湧き出る様は地獄の糸を手繰り寄せるいにしえのお伽噺のようで。

 僕らは慌てて家の中に籠城するも、それが間違いだったと思い知らされた。

 窓という窓、ドアというドアに粘着質のテープを貼ってなんとか時間稼ぎを熟そうとする者達を、僕は手持無沙汰に見ているだけだ。

 父や使用人、何時の間にか入り込んだ町民や旅人たちが結託して齷齪あくせく働いている中、僕と、あともう一人の人間だけが、彼らの様子をただ見ている。

 ああ、どうしてこうなった。

 理由は、分かっているのだけれども。



「ひゃああああああ!!」

 厨房で悲鳴が聞こえる。
 メイド長の女が、顔を歪ませ頭を抱えている。
 美しい顔だったのに、本性はあんなに醜かったのか。
 取り繕った澄まし顔でいつも僕の朝をキスと共に起こしてくれていたのに、騙された感がして何だかガッカリだ。

「油持ってこい!あぶらぁ!!」

 旅の魔法使いが、換気に開けた穴から入り込んでくる蟲を目掛けて、炎の塊を発動する。

 ゴオオオオオオ!

 メイド長が炎に油を撒く。瞬く間に炎は高く立ち昇り、厨房の天井を黒焦げにする。

「や、やめろ!家を丸焼きにする気か!」

 顔面蒼白の父が怒鳴る。
 しかし魔法を放った当のは動じない。

「家が焼けるか、蟲に食い殺されるか、好きなのを選びやがれってんだ!!」

 なんという二択。
 どちらに転んでも、僕が損をするだけではないか。

「せ、せめて湯で蒸し焼きに…!」
「そんなのチンタラ待ってる場合か!」

 父が油圧式の排水ポンプを捻る。
 金にものを言わせて引かせた最新式の水道システムだ。
 いちいち水を汲みに行かなくても、蛇口を捻ると水が出てくる。

「ひぃ!」

 しかし捻って出てきたものは、粘膜を伴った大量の蟲だった。

 ボトリボトリと音を立てて蛇口から凄まじい勢いで飛び出してくる。

 気色悪過ぎだ。
 メイド長の女は失神寸前である。

「余計な事すんな!おっさん!!」

 赤毛の魔法使いに怒鳴られた父は、敢え無く厨房から撤退する。
『魔法使い』という胡散臭い輩を鼻で笑って見下していたのに、立場が完全にひっくり返っている。
 なかなか面白くない構図だが、剣でちまちま蟲を叩き潰すより、範囲の広い魔法の方が効果的なのだから仕方無い。



「うわああぁぁぁぁあ!!」

 今度は応接間から悲鳴。

 華美な調度品が自慢だった絢爛豪華な部屋も、今は見る影もない。
 目張りしていた窓からじわりじわりと小さな蟲が這い出てくる。
 窓はびっしりと翅蟲がへばり付き、外の様子は伺えない。
 あちこちで悲鳴が聞こえるから、僕の家の他もこんな目に遭っていると思うのだが。そういえば町の住民たちは大丈夫なのだろうか。

 僕の遊び相手の女たちが応接間に固まっている。
 床下からむくむくと絨毯を隆起させる大型の蟲が湧き出るのを、ヒールの高い靴で女たちが一心不乱に踏みつけまくっている。

 こちらも凄い形相。
 目を血走らせ、ガンガン床を踏む様はまるで猿だ。

 色気も何もないな。
 過度に着飾っても所詮は猿。あんなものに興奮していた自分を恥じる。

「この、この!」
「やだやだやだ死にたくない!」
「ちょっと、どうにかしなさいよ!!」
「やだあ、キモイんだけどお!」

 好き勝手に叫ぶ姿も美しくない。

「そんなの、凍らせちゃえばいいじゃん」

 黒いドレスを纏ったが進み出て、徐に手をかざす。

 ビキビキビキっ!!

 すると一瞬で床に厚い氷が張られた。
 氷は絨毯ごと床を侵食し、何もかもを凍らせる。
 女たちのヒールも一緒に凍ってしまって、彼女らは涙目で冷たい氷の家に立つ羽目となった。

「や、やめろ!これらは高いんだぞ!お前たち風情が一生働いても買えないぐらいっ…ぐはっ!!」

 また父が登場する。
 氷に滑って部屋の端で頭を打った時、幼女が意地悪そうな紅い瞳で父を見据える。

「じゃあ死んじゃえば?もう働かなくてもよくなるよ」

 可愛い顔してなんて辛辣なんだ。
 こんな年端もいかない幼女ではなく、これがもう少し大人であれば僕の好みのドンピシャなのだが。
 実に惜しい。

 そう思っているのも束の間、窓にへばり付いた翅蟲が一斉に翅を動かし始めた。

 ヴヴヴヴヴヴヴーーーーー!!!

 なんて音だ。
 両耳を塞いでも尚、羽音が家中を支配する。
 するとどうした事か、窓のガラスが一部グニャリと変形し、なんと穴が開いたのである。

「げぇ!!」

 父の発した下品な声に、女たちが身を寄せ合って震えている。
 互いに自分を獲り合って、いかに優位に立とうと画策していた者たちが、今は至極協力的だ。

「―――熱殺蜂球」
「は?」

 今まで殆ど口を利かず、散々黙り込んで僕と同様に何もせず、周りの人々が必死で蟲との生存競争を繰り広げている様子をじっと後ろに突っ立ってただ見ているだけだった女が、小さな声で呟いた。

「なにさ、その必殺技みたいな名前は…」

 全身を真っ黒なローブで身を隠し、顔さえも窺い知れない女。
 だが僕は知っている。
 その野暮ったいローブの下に、かつてないほどの美貌が隠されている事実を。

「時に虫は、外敵を殺す手段に自らを震わせ高温を発する事で蒸し焼きにする方法を取るという」
「それが何だというのさ」

「……」

 女は肩を竦める。
 食えない女だ。
 何を考えているのか、何をしようとしているのか。
 女性の心情に長けた僕でさえも見極められない。

「その蟲が何百何千と集まって熱を出し、ガラスを溶かした…というわけかい?」
「……」

 女はまた黙り込んだ。
 喋ったのは単なる気まぐれだったのか。
 この女の声を、僕はついぞ聞いた試しがない。何日も僕の家に、居候している癖にだ。

 逆に女が連れてきた従者は良く喋る。
 あの赤毛の男など、特にそうだ。
 それに10歳ほどの少女も、ませた口調で僕にちょっかいを掛けてくる。

 そういえば、女の従者はもう一人いたはず。
 濃い青髪できっちりとした身なりの、僕よりも少し年上の女。神経質そうだが敢えてそう強がっている節もあって、可愛い顔をしていた。
 いつもローブの女の脇に控えていて、片時も離れようとしなかったあの可愛い子ちゃんの姿が無い。



「ちょ…まっ…!!のおおおおおおおお!!!!」

 今度は父の雄叫び。
 廊下を出て突き当りの方で、父の嘆きが聴こえてくる。
 いつ移動したのか。応接間の幼女に邪魔者扱いされて机の下に潜り込んで震えていたのに。

 するとひょっこりが顔を覗かせた。

「天井裏はもうだめですね。梁がやられてしまいました」

 青髪の女の後ろから、ドタドタと父が転がり込んでくる。
 見ると女の周りに、なんと何体もの球体関節人形が浮いているではないか。
 女は何でもないような顔をして、ローブの女にそう告げる。

 あれは三人目の母の形見だったか。コレクションルームに保管していたはずの人形は、精巧な造りと出来の良さから価値が高く、眠らせておけば眠らせるだけ価格が高騰するから父が大事にとっておいたものだ。

 その大事な大事な人形たちが、陶器の身体が割れ見るも無残なボロボロの姿に変わり果てている。

「き、貴様っ!!その人形たちに何をしたっ!!」

 唾を飛ばして父が叫ぶ。
 青髪の女は勝手に拝借した事をまずは詫び、それからにっこりと微笑んだ。

「だって、蟲のたくさんいる天井に、生きた人間は行けないでしょ?あなたの替わりに偵察してくれたんだから、怒るんじゃなくて感謝してもらわないと」
「うがあああ!!!」
「随分と攻撃的な蟲だったわ。人形達が一瞬でボロボロになるくらい」

 ゴトンゴトン…ゴトン。

 用済みと云わんばかりに人形を床に落とす。
 力無く床に転がった反動で人形達の首が捥げ落ちた時、今度こそ父が完全に突っ伏した。

「いやじゃあああ!!!なんでこんな目に、もういやじゃあああああ!!!わしの家、わしの財産、わしの地位、わしの全てが蟲に殺される!!!なんで、なんでこんな目に遭わねばならんのじゃああああ!!!」

 子どものようにゴロゴロと転がる様は滑稽だ。
 実の父ながら飽きれ果ててしまう。
 そんな僕も同じ穴の狢なのは分かっているけれど、父みたいに唾を飛ばして理性を失わないだけでもマシだと思っている。



 ――なんでこんな目に。
 それは僕が聴きたい。


 ――全てが蟲に殺される。
 たかが虫ケラ如きに、人間様が殺せるものか。


 しかし蟲は確実に、徐々に、ゆっくりと僕らを蝕んでいく。
 小さいが故の利を生かし、集団行動の真髄を見せつける。
 数に勝るものはないと、以前何処かで読んだ兵法の下りを思い出した。

 僕らは数人。対して敵は数万…いや数千万。

 今や町全体が、蟲に食い殺され、絶滅寸前に陥っている。



 ドササササ!!!

 煙突から灰と共に蟲が落ちてきた。
 もはやバリケードの「木」は無意味である。
 木こそ奴らの棲家、食料、武器ではないか。僕らは蟲を甘く見過ぎてしまった。

 ここぞとばかりにわらわらと人間に集る。
 払っても払っても、それは纏わりついてくる。

 赤毛の男が、僕らに火を投げてくる。厨房のテーブルの足を折って布を巻いただけの簡易的な松明だ。
 彼らの手伝いは何もしなかったけれど、自分の身を護るぐらいは自分でやらないと。
 そう思って炎で蟲を焼く。

 でもただの付け焼刃。数にものを言わせた蟲は一匹二匹死んだところで勢いが変わるはずもない。


「もう一階はだめ。煙突から無限に出てくるわ」
「二階もだめよ。天井が壊れて空が見えてる」
「地下も無理だな。さっきからすげえ振動だ」

 ローブの女の従者たちが集まる。
 赤毛と幼女と青髪の女。彼らは口々に何かを相談していたが、良い案が浮かばないのか一斉に主の女を見た。

 しかし黙り込んだ女はそんな彼らをじいとただ見つめているだけで、何の反応も返さない。

「君は名立たる《中央》のなんでしょ。この状況をどうにかするために来てくれたんじゃないのかい」

 いい加減この状況にも飽き飽きしていた僕は、持っていた松明を放り投げ、ローブの女の手を掴んだ。
 細い指に僕の指を絡ませ、精一杯の平常心を見せつけて。

「死ぬなら死ぬで僕は構わない。だけどただ死ぬだけなのは心残りがあるよ。君という絶世の美女をこの腕に抱かずにあの世に行くには、ね」

 白い歯を見せ、女に微笑みかけるもローブの下の表情は分からない。
 すると従者の三人が途端に敵意を剥き出しにする。

「てめえ、その汚ねえ手を旦那から離しやがれってんだ!」
「マスターから離れなさい、この外道」
「頭ん中に蟲が湧いちゃってんじゃない?こんな状況でアホじゃないのあんた」

「ふん、言いたい放題言ってくれるね。この役立たずどもの癖に」

 成すがまま力の抜けているローブの女の腰に手を回したその時だった。


 ドガアアアアアア!!!


 壁がついに破壊された。
 壁土から長い身体の蟲が這い出てくる。
 ぐねぐねと身を捩らせる蟲の色は白。霧のようなモヤが部屋に充満する。
 あまりのグロさにメイド長が失神する。町民の何人かが蟲に巻き付かれ、硬い顎で身体をかみ砕かれる。

「ぎゃあああああ!!」

 断末魔が響き渡る。
 あっという間に、ほんのものの数秒で人のカタチが消える。
 骨や血すらも、欠片も残さず食い殺される。

 僕はただ呆けるしかなかった。

 未だ手はローブの女の腰にあったけれど、そこから微動だに出来ない。
 目の前で、人間が死んだのだ。あまりにも無残で残酷な殺され方で。生きたまま、頭からバリバリ食われた。


 ズザザザザザザ!!!


 二階から天井が落ちた。
 ぽっかりと空が剥き出しとなる。時間は深夜、ただでさえ暗いのに月の光さえ覆い尽くす蟲の所為で灯りは届かない。

 透き通る翅を持つ蟲が数千と襲い掛かってきた。目の前で鱗粉が舞う。目や口や鼻に入り、碌に息も出来なくなる。
 空気を求めて開けた口の中に這い込み、喉の気管にへばり付いて空気を遮断する。

「ぐげぇ…」

 僕の遊び相手のセクシーな女が、喉を掻きむしりながら倒れる。目が飛び出ている。舌がびろんと開いた口の中一杯に、蟲が詰まっている。

 その姿に僕の肺は呼吸を忘れ、息が出来なくなった。
 震える手を、ローブの女がやんわりと包み込むのを感じる。
 とても冷たい手、そのお陰で僕は辛うじて意識を失わずに済んでいる。


 ボゴゴゴゴゴゴォォ!!


 地響きと共に、床が抜け落ちた。
 砂煙の中から、大型の蟲が飛んで現れる。立派な一本角を持つ蟲が、物理的に攻撃を開始する。
 壊れた人形達の片隅で力を失った父に目星をつけた蟲が、じわりじわりと距離を縮める。
 しかし父は動かない。もう何もかも諦めた、空虚な目をしている。

「父さん!!」

 僕の声は蟲の羽音でかき消される。
 蟲の角が、父を突いた。

「うぐう…」

 蹲る父に、何度も何度も、何千何万もの蟲が代わる代わる角を突き立て、文字通り父は穴だらけと化す。

 父の死は確実だ。

 あれだけうるさかった父は、もう喋る事すら出来ない。
 父に悪態を付いた赤毛の男が、見ていられなくて目を伏せた。


 僕はほんの僅かな期待を、父が《中央》から召喚したこの助っ人達に懸けていた。
 この町の誰もが使えない『魔法』で、剣や槍や弓ではどうにもならない事を簡単にやってのけるかもしれないと、見下してはいたが心の底で何処か信じていた部分もあった。

 果たして彼らは蟲の行軍を少しでも阻止すべく尽力を尽くしている。
 だが、分が悪すぎた。

 僕はこのまま、蟲に殺されるのだろう。
 もう、助かる術はない。


 ―――――……!!!
 …―――!!


 あらゆる隙間から、あらゆる蟲が現れ、あらゆる音が鳴り響く。


 僕はその時、あまりの恐怖から勃起していた。
 死に瀕した男の最期の生存本能が、剥き出しとなった瞬間であった。

 ふいに。
 ローブの女の手が、僕の勃起した股間を思い切り掴んだ。

「ひょ!!何を…するんだい」
「……」

 女は黙っている。
 僕よりも低い背丈。

 その頭が、僕を、見上げた。

 ローブの隙間から、女の深い蒼の瞳が見える。
 吸い込まれそうな深淵の蒼。宝石のように透き通った美しい瞳だった。
 僕は思わずゴクリと喉を鳴らす。

「いいよ」
「え?」

 女の瞳が、少しだけ細くなる。
 僕を真っ直ぐに見つめている。

「だから、やりたいんだろ?」

 今度ははっきりと、女が笑った。

「ちょっ…旦那…本気かよ」

 赤毛の男が目を見張る。
 蟲を主に近づけさせまいと必死に魔法を構築している横で、主の女が僕を誘っているのを見て愕然とした表情だ。

「いや、君を抱けたら…とは言ったが、流石にこの状況じゃあ…」

 蟲だらけの部屋で事に及べというのか。
 そんなの、隙だらけで食い殺してくださいと言っているようなもの。

 だが、美女からの誘いを無下に断るほど僕は甲斐性無しではない。僕の死にザマが腹上死なのも、女好きな僕の生き様そのもので悪くない散り方だとも思った。

「夜さえ越せれば蟲は還る。後一時間程度だ、お前たちならば持つだろ?」
「それはそうですが…。でもこんな女ったらしを、今相手にしなくとも…」

 青髪の女は心底嫌そうな顔だ。
 口では了承しているが、顔と態度が主の行動を拒否している。

 まあ、言わんとする事は分かる。
 だけど、もう僕はあらゆる事象から目を背け、現実逃避する事で人生の終止符を打つと決めたのだ。
 この状況で助かるはずもない。


 一時間で蟲が還る?
 ならばその一時間、僕の人生のすべてを懸けて、この女性を愛そうではないか。

 ローブの女の腰を引き寄せ、僕の身体に収める。
 ぴったりと僕に寄り添う女は華奢で、とてもいい香りがした。
 これは極上、いや、最上級の女だ。

 死ぬ寸前に、こんな女を抱けて良かった。


 僕の部屋は、「そういった事」をする為に造った特別製だから、少々の声は漏れないように二重窓だ。
 蟲がいるかもしれないが、この際もうどうでもいい。
 松明の炎で蟲を蹴散らしながら部屋へ向かう僕らに、ローブの女が振り返って言った。

「これの内部に【奴】の痕跡を視た。それを確かめる。お前たちは死なない程度に生きてろ」
「え?」
「……」

 なんとまあ、無責任な激励だこと。
 けれど、どうせみんな死ぬんだし、どう足掻いても無駄だという事だよね。

 だけどその言葉で彼女を慕う三人の従者は納得し、なんと僕の部屋まで守ってくれたのだ。
 どれも腑に落ちない顔はしていたけれども。

 鍵を開け、蟲がいないのを確認して中に滑り込んだ時、幼女が小さな声で呟いた。

「頑張ってね、
「…あとは、任せた」


 僕は聴かない振りをした。



 蟲に抗う生き残りをその場に残し、僕は僕の欲望を果たす為に最後の死力を尽くす。

 父が死に、メイド長や遊び仲間の女たちが死に。
 家はボロボロで、町も似たようなものだろう。


 ローブの上から女を組み敷く僕の耳にも、断続的に家が破壊される音が届く。
 女は素直にベッドに身を任せ、僕のやりたいようにやらせている。


 こんな時に、こんな事をやっている。

 本来は子を孕ます行為。
 死にゆく僕らがやっているのは、ただの非生産的な快楽の享受だ。




 ああ、女神よ。

 この人を遣わせてくれて、どうもありがとう。
 そして、さようなら。


 願わくば女神あなたも、蟲に食われて死んでください。くそったれ。
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