蒼淵の独奏譚 ~どこか壊れた孤高で最強の魔法使いがその一生を終えるまでの独奏物語~

蔵之介

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三. セトの章

4. 逃げ出した先に見た砂漠 ー回想ー

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 7日目。
 雨は未だ止む気配はない。


 町の南北の入り口に父を初めとして領民たちがズラリと並び、来たる救援を出迎えるべく備えたが、誰も現れる事は無かった。

 父はその日のうちに、斥候を再び飛ばした。

「雨で遅れているだけだろう」

 民はそう納得しながらも、いつまでも立ち続けていた。




 9日目に入り、初めて町から非難の声が上がった。

 日に増して荒んでいく領民は、栄養不足から気が立っている者も多く、町は些細な事で殴り合いにまで発展する喧嘩が増えた。

 そして僕と父は、備蓄庫の食料を半分持ち出し、残りはしっかりと鍵を何重にも掛け、真夜中に町を出発した。

「放っておいていいの?」

 馬の嘶きや足音で民を起こすかもしれないから途中までは徒歩だ。
 闇と雨に紛れてしまえば、簡単に抜け出せる。

「明日にでも暴徒はワシらに飛び火する。ワシ自らが《王都》に直訴すると申せば、民の怒りは半減しよう」

 体のいい逃げ文句だ。
 それに父も気になっている。送り込んだ斥候が、いつまで経っても帰らない訳を。

 考えられるのは地震の被害が想定外に多大である事。《王都》や《中央》もこの町のように壊滅状態であれば、他人を助ける暇や人手なんて寄越す暇はないだろう。

 そんな当たり前の事、今更過ぎると思うだろ?
 だけど父も僕も疑ってなかったんだ。

 もはや稀少とされる王家の血を持つ僕を、人々はその身を投げ出して第一に助けるのだと思い込んでいたのだ。


 笑えるね。



 僕らは《王都》を目指す。
 食料も水もふんだんにある。頭もよく戦闘経験もあり、父の腹心ともいえるべき従者も多数引き連れて。

 そして2日後、僕らは現実を目の当たりにする事になるのだ。



 《ヴァレリ》と《王都》の間には、広大な砂漠が広がっている。

 砂漠に住んでいる人間もいるがその数は少なく、全員が家を持たない遊牧民だから集落の位置が定まらない。
 運良く彼らに出会って砂漠越えの疲れを癒そうにも、遊牧民たちは余所者を毛嫌いしているから望みは薄い。ならば補給をと水や食料を求めると、法外な金額を請求されてしまう。

 頼りになるのは点在するオアシスのみで、ただ闇雲に砂漠をうろつき回っても方向感覚が狂って遭難の危険があるから、多くは道案内と称したガイドを僕の町で雇う事になる。

 僕らの町の収入源の多くは、砂漠越えの冒険者や行商人相手から頂戴するなのだ。


 町から半日で砂漠には到着する。
 何処にも寄らず真っ直ぐ2日掛ければ、砂漠を抜けられるはずだったのだが。

 僕らは地震の影響ですっかり様子の変わってしまった砂漠の惨状を垣間見て、あんぐりとみっともなく口を開けたまま、愕然としてしまったのだ。

 見知った僕らの金になる砂の地が、《王都》とその他の主だった都市を物理的に隔てる枯れた砂の大地が。
 幼き頃から慣れ親しんだ僕らの砂漠が。

 ―――波打っている。

「こ、これは…!」
「まるで大海!!」

 ズザザザザザザ
 ザザザ―――…

 砂がうねり、意思を持ったかの如く渦を巻く。

 ザザザザザザザ!

 引いては満ち、ひと時も静かにならない。

「風か?」

 いや、風は吹いていない。
 例え吹いていたとしても、龍の尾のようにグネグネと砂は隆起しない。

 黒い雨は未だ降り注ぎ、砂漠の中に浸み込んでいく。砂漠は雨を呑み込み、黒く染まった大地は僕らの侵入を阻んでいた。

「これが地震の影響という訳か!」
「お…恐ろしい!!」

 連れてきた使用人と用心棒が口々に叫ぶ。
 僕らは馬車の中で皆目し、言葉を発する事が出来ないでいる

 それでも僕らは前に進むしかなかった。
 砂漠の異様な事態もそうだが、まだそれが原因で救援の手が遅れているとは限らない。

 それに今更手ぶらで町に帰れない。

 こっそり夜中に抜け出した僕らを、今頃領民は「逃げた」と気付いただろう。
 監視役の居なくなった屋敷の貯蔵庫は、もう荒らされているに違いない。暴徒と化した住民を納得させるには、僕らは少人数過ぎるのだ。

 彼らを圧倒させる何かを連れて帰らねば、幾ら僕が彼らより位が高いといっても、所詮はただの子ども。
 領民には甘い汁を散々吸わせて楽な生活をさせていたにも関わらず、生死の問題だろ帳消しになるのだと父は言った。

 僕らはゆっくりと砂漠を進む。
 足元が定まらない行軍は、次第に方向を狂わせる。

 馬車は早々に捨てざるを得なかった。車輪が動く砂に対処できず通れない。
 たくさんの使用人がたくさんの荷物と食料を背負って、真っ暗な雨の中、砂漠を渡る。


 無謀かもしれない。
 だけど帰って責任の所在を問われるのも、死と直結する。

 もし万が一、《王都》も《中央》も助けを寄越さなければ、僕らの町は陸の孤島と化していずれ滅ぶ運命となる。
 なんせ僕らは、「生産」に、一切携わっていないからだ。

 そう。食べ物は全て輸入に頼っている。
 自給自足する知識も土地も道具も人もやる気も無い。汗水流して働くのはそれに適した人がやればいいと皆が本気で思っているのだ。

 そんな民を増長させたのは、領主である父の責任だと僕は思っている。



「オアシスだ!」
「やった!水が飲めるぞ!!」
「しばし休憩ですね」

 休みなく歩き続けて従者は疲れ果てている。

 馬上の僕らも馬の背があっちへこっちへ定まらず動き回るから、手綱を握った手が辛くて震えている。

 しかしようやく見つけたオアシスの水は、頭上をひっきりなしに降り注ぐ黒い雨に穢され、とても飲めた代物ではなかった。

「黒い正体は粉塵のようですな」

 従者の一人が指で水を擦り、こびり付いた黒の粒を舐めて言う。

「細かな砂と石。濾過すれば飲めない事もないですが…」

 そういえば、町の飲み水も限りがあるのだった。井戸は汚れ、それぞれで汲み取り保管していたものしかなかったはず。
 その貴重な水も、僕らが持ち去った。

「しかし、先陣した彼らは何処へ行ったのでしょうか」
「本来は太陽の位置で方向を把握するのですが、全く見えませんなあ」
「方位磁石も狂っています。このうねりを伴った砂といい、磁場を狂わせる何かが起きているのでしょう」

「父さん、このまま進んでも大丈夫なの?」
「なあに心配するでない。我らは元々砂漠の民。我が庭で迷子になる阿呆は一人もおらぬよ」

 ここに至っても、父と従者たちは呑気だ。
 あくまですんなり《王都》に着けると信じて疑わない。
 どこまでお気楽主義なのだ。特に父は頭が回る時と楽観視する時の差が激しすぎる感がある。

 父だけが死ぬのはいい。
 僕を巻き込んでもらっても困る。

 僕は父と違って、未来ある有望な子どもなのだから。



 それから出発して一日後。

 案の定、僕らは遭難した。



 遠くに見覚えのある荷馬車を見つけ、そこを目印に進んだのが間違いだった。


「これは…」

 息を呑む。

 バラバラの荷車が半分砂に埋もれている。脇には散乱した衣服と割れた瓶。飲み水を入れていたものだろう。

 何日も水分を取っていない馬は痩せ細り、砂の上に横たわっていた。
 僕らが近づくのをじっと見つめ、力無く首を振って動かなくなる。

「父さん!この馬、足が切断されてる!!」

 てっきり遭難して餓死寸前なのだと思ったが、砂に埋もれていたように見えた四つの足が消えているのだ。
 丁度蹄の上、足首辺りから綺麗に一刀両断されている。

 僕が無くなった足の部分をちょんと触ると、馬が身じろぎして小さく啼いた。

「血がでてない…」

 すっぱりと鋭い刃物で一気に切られた断面は、馬の肉骨があるのみで流れるべき血が無い。
 脱水症状の極みなのか。可哀相で見ていられない。

 この馬の命はもう風前の灯火だ。
 ここで無意味に生き永らえ、いつ訪れるか分からない死を待つより、潔く安楽死させた方が馬の為だ。

「僕らに会えてラッキーだったかもね」

 従者の一人が馬の喉を掻き切り、馬は音も無く命を女神に還した。
 やはり血は無かった。首の急所を深く切ったのに、現れるのはピンク色の肉ばかりで赤き血は一切流れない。
 砂漠で枯れると、血すらも砂と化すと聞いた事がある。恐らくはそうなのだろう。

「おおい!人がいたぞ!!」

 僕らが馬の相手をしていた時、ここから少し離れた場所で別の従者が行き倒れた人間を見つけた。

「ああ、ダメだ。すでに事切れてるな」

 数は三つ。最初に送り込んだ斥候の数は5人。
 数は合わないが、砂まみれで息をしていない彼らの衣服は間違いなく僕らの町のものだ。

 ヴァレリの民族衣装は公的に認められたものである。仮にも《王都》に出向き、然るべき部署で援助を要請するのだから、それなりの恰好が求められる。
 彼らの衣服は父が分け与えたものだから、それなりに稀少性も高いのだ。

「酷いな…」
「獣でしょうか」
「坊ちゃんは見ない方が…」

 砂の上、無造作に打ち捨てられた肉の塊。
 従者に阻まれるも目に入る。もはや人の形すら成していない。

「獣にしては切り傷が綺麗すぎる。先ほどの馬といい、野盗にでも襲われたか」

 たかだか人が肩から袈裟懸けで人間の身体を真っ二つという力技が出来るだろうか。
 砂に塗れているが血は無く、肉の断面がくっきりしている。骨を真ん中に、脂肪と筋肉と、千切れた血管。

 従者の一人がげえげえと吐く中、僕はどうしてもそれが「人間」には見えなくて、僕らが食べる用に買ってきた牛や豚の生肉のようで現実味が湧いてこない。

「この様子では姿の無い残りの2名も恐らくは…」

 馬も荷物も仲間も失い、方向を知る術すらない。
 斥候は《王都》に行きつく事なく、ここで果てたのだ。

「無駄に7日も待ったな」

 父が吐き捨てる。
 確かにその通りだと思った。

「しかし、第二陣の斥候は見えませんな。無事、《王都》に着いたのでしょう」
「うむ。これ以上ここにいても仕方ない。獣にしろ野盗にしろ、危険なのには変わりないからな。先を急ぐとしよう」

 この場は風が渦巻いている。
 ぼこぼこと波打つ砂と黒い雨、巻き上げた砂嵐が視界を塞ぐ。
 砂の幕の隙間から、遠くではあるが僅かに濃いシルエットを僕は見た。

「父さん!建物だ!!」

 僕は思わず父の袖口を掴み、前方を指差しながら唾を飛ばす。
 父も従者もその方向を見つめる。おお、という歓声が飛び出す。

「確かに見えるな。おい、あの辺りには何があった」

 従者は砂漠の案内人も兼ねている。生業にしているから砂漠の隅々まで把握して居る筈なのだが。
 しかしその従者は首を振った。

「申し訳ありません。実はこの場所すらはっきりしていないのです。ですが、砂漠には幾つもの町跡が点在しています。跡地の形状を見れば、今我々がいる場も分かりましょう」
「とりあえず、馬を休ませる場所も必要だ。黒き雨にずっと打たれ、疲弊しておるからな」
「は」

 充ても無く砂漠を彷徨うのは自殺行為。
 まして方向感覚の失われている今は言うまでもないのである。
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