蒼淵の独奏譚 ~どこか壊れた孤高で最強の魔法使いがその一生を終えるまでの独奏物語~

蔵之介

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三. セトの章

5. 砂漠の蛮族 ー回想ー

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 かつて砂漠には多くの人が住んでいたそうだ。
 僕の生まれる遥か昔の話らしい。


 魔族と人間が覇権を争うこの世界で、現在の覇者は魔族側にある。創造の神は魔族にマナの恩恵を与え、僕ら人間の地は衰退した。

 それが300年続いているのだという。

 人間側にマナの恩恵が与えられていた時代、この地は青々とした恵みの大地だった。
 多くの自然、人、動物に満ち溢れていた。

 だけどマナの覇権が魔族に移って、人の大地は変った。
 恵みの大地は枯れ、300年掛けてゆっくりと砂漠化した。


 父の先祖はこの砂漠に根を下ろした遊牧民だ。昔から《王都》と《中央》や《貿易都市》との橋渡しをしてきた。
 父祖父の代までは、砂漠の中に町を構え、普通に暮らしていたらしい。

 どうしてなのかは分からないが、祖父らが僕の住む草原の町ヴァレリを乗っ取った。

 砂漠の民は好戦的だし、《王都》のご用達みたいな立ち位置で無駄に発言力もあった。独自の文化と砂に抵抗した逞しさは髄一だった。
 草原の町ヴァレリは一応抵抗したみたいだけど、父が母を娶り名実共に爵位を賜った事が決定的となり、町は完全に砂漠の民が支配するようになった。

 父は幼き頃は砂漠に住んでいたらしい。
 民は水が無くなると町を捨て、違う場所に移る。父の代まっでは建物をいちいち築き、どっかりと腰を落ち着けていたという。それの果てが現在この砂漠にいる遊牧民だが、彼らの元を辿れば父のルーツに繋がる。父に着いていく者が草原に居を移し、昔の伝統を捨てきれない旧式の分からず屋達が砂漠に残ったという訳だ。

 砂漠には砂漠の民が残した町の残骸が幾つも点在する。
 僕が見つけたのはそれだったのだ。
 残骸にもそれぞれ特徴があるから、これで現在地を把握するのだろう。


 荷馬車を置いてきてしまったから僕はずっと馬上。
 兎にも角にも疲れていて、雨風を凌げる屋根のある場所で足を伸ばしたかった。馬を引く従者は徒歩だったし、僕以上の気持ちだっただろう。

 先の変死体もあって口数は少なく、僕らは建物跡地へと進んだ。


 影が段々と大きくなっていって、砂の向こう側にはっきりと四角い建物の残骸を見て取れた時、先見に行っていた従者が慌てて戻ってきた。

「閣下、この先はなりません!」
「どうした」

 従者であり案内人であり、そして屈強な用心棒でもある先見は顔面蒼白だ。
 こんなに暑い砂漠だというのに、ガタガタと震えている。
 その尋常ではない様子に僕らは立ち止まり、父は声を顰めた。

「砂漠の位置は把握しました。すぐにここから撤退しましょう!!」

 慌てる従者を止める。男は今にも駈け出さんばかりに足踏みをしている。

「誰かいたの?」
「いましたが、輩でした」
「とんでもない?」

「わたしは見られたかも知れないのです!悠長に話している暇は…!」

 捨てられた跡地に先客がいたのか。それにしても慌てぶりが酷い。男の顔には恐怖の色が見える。彼をここまで怖がらせるものが、あそこにあるという事だ。

 生きた人がいるなら渡りに船である。いうまでも無く僕らの欲しい情報が手に入るからだ。加えてこんな砂漠にいるくらいだから、王都の状態を知っている可能性がある。

 しかしこの調子では情報収集できる相手ではない、と。

「待って!あの入り口に見えるのって、僕らの馬車じゃない?」

 跡地は木の柵でぐるりと囲まれてある。その入り口だけ柵が無く、代わりに杭が何本も刺さっている。杭には数頭の馬と牛、そして僕らの馬車が繋いであるのだ。

 僕らが乗ってきた荷馬車はもう少し豪華なのでそれとは違う。第一陣の荷馬車はさっきの所で壊れていたから、あれは第二陣の斥候のもの。

 なんと、一陣に続いて第二陣までもが《王都》に着いてすらいなかったのだ。

「死体が…彼らの亡骸が杭に…」
「それは、まことか」
「は。酷く残酷な姿で、晒されておりました…」
「……」

 どういう事だ。彼らとは、二回目に送り込んだ斥候の人たちを言っているのか。
 そこでピンときたのは野盗の輩だ。荷馬車があそこにある説明も付く。

「砂漠で襲われた、か…。何てことだ」
「奴らの風貌には見覚えがあります」
「それは…」
「とりあえずこの場を離れましょう。奴らがまさにわたしの考える者達ならば、ボスは抜け目のない残酷な男です。見つかりでもしたら面倒な事になり兼ねません」

 その言葉に父も思い当たる節があったのか、これ以上は催促せずに黙り込んだ。
 先見に追い叩かれ、一人だけ意味の分からない僕は不承不承で馬の首を旋回させた時だった。

 僕の真横で手綱を握る一人の従者の姿が消えたのである。


 スト。


 とても小粋良い音がした。

 馬の蹄の傍に、従者の背が見えた。馬上から覗き込んだ僕の目に映ったのは、その背のど真ん中に刺さる一本の矢であった。

「み、見つかった!?」

 先見の男が叫んだ。

「ヒョオオオオオオ!!」
「ヒィャァッホォォォ!!!!」
「シャアアアアア!!」
「ゲラゲラゲラ!」

 刹那。
 僕らのほんのすぐ横。
 複数の人影が砂の中から飛び出してきたのである。

「!!」
「な!」
「わああ!!!」

 僕は驚いた馬から振り落とされてしまう。
 砂にしこたま腰を打ち付けて呻いている間に、不快な雄叫びを上げた人影たちが詰め寄ってきていた。

「…貴様たち、は…」
「まさか…」

「ぐふふ。飛んで火にいるなんちゃらかんちゃらってヤツかぁ?こんな所までゴクローサン!」
「ひゃあ!こりゃまた団体様だこと!」

 下品な笑い声が近づいてくる。

 男か。
 数は4人。どれも頭から蓑を被ってマントを身に着けているから顔が分からない。

 しかし剥き出しの腕周りはガッシリと太く、ガニ股で歩く太腿も筋肉の塊だ。その手にはそれぞれが得物を持っている。

 剣が2。弓が1。斧が1。

 明らかに普通の人ではない。

 見た目はまさに蛮族そのもの。
 教養も常識も清潔も、母の胎の中に忘れてきた輩。

「おいおい、見るからにお金持ちじゃねえか」
「ぐへへ!こりゃ早々についてるな。馬が二頭に荷物がこんもり!」
「おまけに小生意気そうなガキまでいやがるぜ!!」

「く…」
「セト!」

 父が僕を馬上に引っ張り上げる。僕を後ろに乗せ、奴らから姿を隠すように父が見据える。
 従者らが進み出て、僕らを守るべく立ち塞がった。

「父さん…」

「人間が…ひぃふぅみぃ…あはっわかんねー」
「ボスが悦ぶぜ!じじぃ共は役立たずだが、ガキは幾らでも使い道がある。えらいキレーだからな、ぐへへ」
「ああ、かせ甲斐があるってもんよ」
「ぼくちゃん穴だらけになっちゃうけど、しょーがねえよなあ!!」

 剣の男が僕を見て舌舐めずりをする。
 ゾっとした。

 確かに僕は美しい。
 白銀の透き通った髪とエメラルドグリーン色の輝きを宿す瞳。くっきり二重でちょっと垂れ目がちなのがセクシーポイントだと女たちから言われている。
 砂漠の民である父の血も入っているから、若干浅黒いのも魅力の一つだ。

 しかしこんな野蛮で下卑た野郎にくれてやる為に、美を磨いてきたわけではない。

 それに穴だらけだと?
 僕は男であり、女の真似事をされるのだけは御免だ。


「地獄蟻の巣。黙っていりゃあ、あっちから飛び込んでくるんだもんな!!ひゃあ、地震バンザイだぜえ!」
「あのさえ気を付けてりゃいいんだからな!」
「さっさと回収しちまおうぜ。ボスが待ってるからよ」

「しかし女が足りねえな!砂漠を越える奴は男しかいねえのかよ」
「また遊牧民見つけて攫ってくりゃいいんじゃね?男は腹一杯だ」
「働き口にゃ困らねえけどよ。どんだけ虐めても男はしぶとい。だから女とヤリてぇんだけどな!わははは!!」

 僕らの前で好き勝手に喋る男達はあまり頭が良くなさそうだ。父は従者と目配せし、彼らと微妙に距離を取って逃げる隙を探している。

 父に冷汗が浮かんでいる。
 あの不遜な男らを知っているようでもあった。


「お前たちは…脱獄したのか」

 先見の男が奴らに問う。

「へっへっへ」
「オレ達を知っているようだなあ!!」
「っつかよ、こいつらがオレらをハメたんじゃねえか。ほら、覚えてねえか、草原の町で」
「あああ!!そうだった。こいつらの所為で半年もクセえ飯を食わされてきたんだった」

「やはりあの時掴まえた野盗どもだったか」

「あの節は世話になったなあ!」
「ボスはカンカンだったぜえ。おまえ、楽に死ねると思うなよ」
「ま、あのお陰で今のオレらがあるのも否定しねえけどよ」
「そうだな。んなわけで、俺らをブタバコにぶち込んでくれてありがとーな、オッサン!!お礼はゆっくり殺すってのでいいか?」

 ああ、奴らの会話でようやく理解が追いついた。
 こいつらは半年ほど前に、好き勝手に暴れまくる野盗集団と捕り物乱闘を繰り広げた一味だ。
 僕らの町が主体となって《王都》の騎士団と共闘し、こてんぱに締め上げたんだっけか。

 人の少ない砂漠近辺を縄張りとし、主に《王都》に害を成していた極悪人たちである。
 農作物を荒らし、家畜を殺し、金品を盗むなんてものは可愛い方で、女を攫っては集団で強姦し、ただそこにいたからという道理の通らぬ理由で人を殺し、《王都》の悪い連中と抗争して一般人を巻き込んで殺したり、白昼堂々と放火して回ったりと被害は留まる事を知らず、残虐で残忍で恐れ知らずの野盗集団だった。

 《王都》は砂漠に詳しい僕らの町と共闘することで奴らの裏をかき、ようやくお縄に付けたのが半年前。
 数の多い奴らの身柄は一時的に砂漠のダンジョンの最下部に拘束していたと聞いていたが。


「牢の準備が出来たとかで、近日中に移送すると言っていたが…」

「へへへ!!」
「お偉いさん方がオレらを全員ダンジョンから出した途端にドカン!!よ」

 なんて間が悪いのだ。
 そのまさに移送の最中に、あの地震がやってきた。

「《王都》の騎士団も大した事ねえなあ!ま、オレらが束になってかかりゃあ、無力化なんて容易いもんだぜ」
「一部はオレらに寝返ったからな!強い者に従うのが世の中っつうもんだぜぇ」
「運良く建物も見つけた事だしよ」
「迷っちまったからねえ。どこにも行けやしねえ」

 そして、雨と隆起する砂から逃れてきた遊牧民達を襲い、食料と人員を確保した。

「ワナさえ張ってりゃ、それを目指して人は来る。ボスの言ったとおりになったな!!」
「お前らだって荷車を目指してきやがったんだろ?オレらの手の内に入っているとも知らずに…ぐへへへ」

 語るに落ちる。僕らが何も聞いていないのに、ベラベラとよく口が回る。

「ンなワケでよ。そろそろお前らを殺したいんだけどな!」
「男のケツは飽きたが、そのガキは調教のし甲斐がありそうだ」
「この前とっ掴まえた野郎は硬いばかりでちっとも面白くねえ」
「女は全部ボスが奪っちまう。そんなのねえよな」

 隙は無いのか。奴らはゲラゲラと黄色い歯を見せながら間を詰めてくる。

 おもむろに父が手綱を握る従者の首根っこを掴んだ。

「か、閣下!?」

 力強く父に引っ張り上げられ、従者の足元が覚束なくなる。すると先見の男が従者の胸倉をつかみ上げ、父からその男を奪い取ると、問答無用で野盗の前に投げ出したのである。

「うわあああああ!!!」
「!?」
「なんだあ」

 情けない声を上げながら、男はゴロゴロと野盗の足元へ転がっていく。
 奴らの注意が4人ともその男に向いた瞬間だった。

「はいよ!!」
「いくぞ!!」

 父が馬を思い切り蹴る。空になった僕の馬に先見の男が乗り、残った従者が砂を一面に撒き散らして目くらましする。
 馬は一啼きし、瞬く間に駈け出した。後から先見の男と他の従者たちもついてくる。
 砂をしっかりと踏みしめ、僕らは一目散に逃げだしたのだ。

 そう。従者の一人を囮にして。


「セト、振り落とされるなよ!」
「うん!」

 僕は懸命に父の背に縋りつく。
 ドガドカと砂を蹴る音が聴こえる。

 砂の風と雨で前が見えない。

 それでも走る。走り続ける。


 あのままあそこにいたら、全員殺されていた。奴らは歴戦練磨の野盗集団である。頭は馬鹿だが力はある。残虐性を強化した無教養の脳筋だ。

 従者を一人失う羽目になったけれど、尊い犠牲になったと信じたい。だってそうでもしなければ、あの場に隙なんて見当たらなかったのだ。
 地の利は野盗らにあり、僕らは罠にかかった袋の鼠。

 僕らを逃がす為に死ぬ運命にある従者のこれからを思うと、恐らくは楽に殺してなんてくれなさそうで可哀相にもなるが、僕と彼の命の重さを比べると、明らかに僕の方が重要なのだから仕方が無いと思う。

 それにたった一人の犠牲で多くが助かるのだから、選択の余地はないだろう?
 まさにそれこそ「合理的」じゃないか。


 野盗は徒歩だ。一旦跡地に戻って馬を駆り出しても、既に大きな差がついている。
 走って逃げる他の従者達は見つかるかもしれないが、何度も言うけど砂漠は僕らの「庭」なのだ。砂漠慣れしていない野盗の足は鈍いはず。
 絶対に追いつかれる事はない。


 建物跡地の形状で現在地の知れた僕らは、先見の先導で砂漠の中を突き進む。
 あの場は砂漠の西辺り。若干《王都》寄りだから、一日も掛からず砂漠を抜けられるだろう。

 それに野盗は「迷った」と言っていた。方向の定めが付いていない彼らが運良く砂漠を抜けられたとしても、僕らはその先を行っている。

 もう、大丈夫だろう。



 昼が過ぎ、夜が来ても僕らは休まなかった。
 雨は厚い雲を呼び寄せ、太陽の日差しを隠してしまっているが、夜は完全な闇となるのだ。昼は薄みかかった灰色で人や物を判別できる。

 野盗の恐怖は計り知れない。一応撒いたようだが、念のため火を灯さずに進む。


「まだ…着かないの…」

 一日経っても砂漠を抜けられない。僕には同じ場所をぐるぐると回っているようにしか感じない。砂はいつ見ても同じ砂で、景色も全く変わらないからだ。

「……」

 父たちの顔に焦りが見ている。
 馬の疲労が溜まっているようだ。ゼエゼエと舌を出し、偶にカクンと膝が崩れてしまう。

 悪いことにあれだけあった食料が、野盗から逃げる途中で落としてしまった。
 僕らにあるのは若干の飲み水だけ。

 呑まず食わずで人間が耐えられるのは3日。それまでには砂漠を抜け、《王都》に辿り着くだろうが食料を調達せねばどの道くたばるのはこっちの方だ。


「奴らが砂漠を越えて、我が町ヴァレリまで来なければいいのですが…」

 あの汚い蛮族たちを思い出す。
 人を殺すのになんの躊躇も無かった野蛮な連中。
 むしろ、楽しんでいたように見えた。

 笑いながら殺し、僕らを「人間」として見ていない。奴らにとっては奪うべき「餌」なのであり、僕らは罠にまんまと引っかかった。

「ボスは抜け目ない男と聞いておりますゆえ、悪知恵が働くのでしょう」

 こんな砂漠のど真ん中で、方向感覚が狂い遭難している状況で、見知った荷車や位置を把握できる地形なりを見つければ、誰だって確認するし近寄りもする。
 まさか「ここで殺される」とは思うはずもない。
 そんな危険な人間が、大自然の中に隠れているだなんてちっとも考え付かなかった。

 だが、これが奴らの描いた「罠」だったのだ。想定外の襲撃にまず面食らう。体勢を立て直している間に、野盗は全てを奪うのだ。

「地震に加えて野盗対策もせねばな」


 町と砂漠は距離があるとは云え、何の境界線も無い陸続きである。
 奴らは馬も持っているし、僕らの従者を殺さずに道案内人として利用されでもしたら、簡単に砂漠なんて越えられる。



 あんなのが町に来たらと思うとぞっとする。

 ただでさえ町は地震でそれどころじゃないのだから。
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