蒼淵の独奏譚 ~どこか壊れた孤高で最強の魔法使いがその一生を終えるまでの独奏物語~

蔵之介

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三. セトの章

7. Gnat ぶゆ

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 10の指と、1の爪。
 両手とほんの少し足りない数。

 昔の事と締め括るにはまだ記憶に残りすぎていて、かといって毎日思い出すほどでもない。

 人間と魔族の二つの種族が常に争うこの世界の均衡が破られ、日々が気の抜けない戦争状態だった昔よりは幾分マシだと思うけれど、命に脅かされる日常は何ら変化がないから、むしろどっちでもいいかもしれない。

 なんにせよ、世界が終わって10年と少し。
 僕らは身の振り方を、本気で考えるべきだ。


 そうでしょう?


 しまった創造神さまよ。


 ■■■



 音を奏でる。


 男が唄う。詩を撫でるように。

 僕は弾く。詩を明確に映し出す鏡のように。



 ギター片手に気の向くまま、町のあちこちで即興のライブを行う。
 僕は伴奏。音の紡ぎ手だ。

 歌い手はその日によって違う。僕のお眼鏡に敵う人はなかなかいないから、行く先々でスカウトする。男だったり女だったり子どもだったり。

 芸術面に貴ければいい。
 僕のアドリブの伴奏に、思いの丈を歌詞として紡ぐことが出来る人ならば誰でもオッケーだ。


 僕の今日の相棒は、町の酒場で拾った見知らぬ若い男だ。
 酒に酔って大声で歌っていた。がなっていたのに聞き取りやすくて、ちっとも声に嫌味が無かったから声をかけた。

 男は驚いた顔をしていたが、酒の勢いもあって二つ返事で舞台に立ってくれたのだ。


 男は唄った。物怖じせずに、堂々と。



 ――――10年前に、神に見放された村。
 激しい揺れに、為すすべもなく朽ち果てた弱者の村。

 生き残った僅かな村人が街を目指し、力無き者達が懸命に助け合って成長していく様を、見たこともない化け物と対峙して、親しい友人を喪ってしまった悲しい出来事を。

 何とか辿り着いた街も村と大差なく、人間の無力さを痛感した悲劇。

 それでも『刻』が人を強くし、個々だった意思が連なり全となり、今まさに空前絶後の反撃体制が整いつつある。


 人よ、戦え。

 鼓舞し、今こそ幸せを掴み取るのだ――――。



 物語調に語られる歌詞の大半が、10年前の【災厄】を題材としているのは仕方ないことなのか。
 世界共通の大惨事だったし、未だ【災厄】の爪痕は濃く残っているから最も扱い易い話題なのだろう。

 無力だった人が時間を経て復活を遂げるなどと、何の捻りもなく分かり易いが、おそらくこれはこの歌い手の男が実際に体験した出来事なのだろう。

 僕としてはもっと昔の冒険譚なんかを聴きたいし、「勇者と伝説の剣」とか「パーティを追い出されたけど実は最強の軍師だった話」とかワクワクするし、なんなら創世のお伽噺の方がよっぽど面白くて聴き手を退屈させないだろうにと思うのだけど。

 なんせこの町は、、あの悲劇を語られても正直な話、ピンとこないのだ。


 それでも僕は奏でる。

 彼が唄う詩に合う、哀しげで儚い旋律を。勇気を奮い立たせる激動の調べを。



 歌の間奏には笛を吹く。

 十本の指が水流のような美しさで高温を奏で、僕は目を閉じ音の旋律だけで情景を語る。

 嗜み程度に楽器全般を扱う事は出来るけど、一番得意とするのは笛だ。
 僕の吐息そのものが音となる。
 聴く者は僕の息遣いを間近に感じるはずだ。

 これが女の股を擽るのを知っている。子宮にずんと、じかに触られているような興奮を、服を着ながら、こんな大勢の中で破廉恥にも脳内セックスに興じられる。


 だからほら、見てごらん。

 今日もまた、僕に心を奪われた女が一人。…二人かな。恍惚とした瞳で僕を値踏みしている。
 僕としてはどっちでもいいんだけど、彼女らが良いと言ってくれたなら、3人でベッドになだれ込むのも悪くないね。

 成功者が暇を持て余して何の気なしに始めた音楽だが、僅か数年で本業をも凌ぐ成果を見せた。
 ふふ。なんでも出来てしまうのは少し怖いぐらいあるな。

「きゃあああああ!!」
「こっちむいてぇ!!」
「ああ…素敵な音色…」

 この黄色い悲鳴も聞き飽きた。

「セト様ぁ!歌ってー!!」
「セト様のお声が聴きたいですぅ!」

 どれだけ僕が多才でも、一つぐらい欠点を持ち合わせていた方がより人間らしいと思わないかい。

 完璧すぎる人間は「神」と間違われ人は崇めるだけで僕自身を見てくれなくなる。
 こんな完璧すぎる僕が、「究極の音痴」というもう一つの才能を開花させたのは、物心ついた頃からだから、かれこれ15年以上は人前で歌った記憶はない。

 勿論、誰にも打ち明けるつもりはないよ。
 音程もクソもない聞くに堪えない濁声を披露されて不愉快にさせるほど、僕は甲斐性無しではないからね。


 僕はリクエストにウインクで返すと、歓声の上がる真ん中で堂々と音を紡ぐのである。





 10年前、【災厄】がこの世界を襲った。

 世界を創造した神が、天から墜ちてきた新たな神に殺された。
 マナを循環させ、輪廻の輪を巡らせていた創造神が無くなった事で世界のバランスは崩れ、生態系が大きく狂った。

 新たな神はこの世界に生活していた二つの種族の片方を絶滅させた。魔族と人間、運が良かったのは人間の方だったが、果たして本当に幸運と言い切れるのか。

 最も世界に被害をもたらしたのが、地震である。

 どうやら神が墜ちた衝撃が、激しく大地を削ったらしい。10年かけて判明した新事実だ。研究者が鼻を膨らましながら世界中に新情報を発信したから、間違いないのだろう。

 今までは神の怒りだの何だのオカルト要素が強い原因と騒がれていたが、そうではなかったと王政府の代理ちゅうおうが発表したのがつい先日の話。


 絶滅した魔族側の土地で、大地が数万キロに渡って削れているのだという。
 クレーター状に空いた穴は、大地に崖を築いた。魔族はその衝撃に耐えきれず、ほとんどが神の落下と同時に徐発したと言われる。

 神が間違って人間の地に降り立っていれば、ほんの少し墜ちた軸がずれていたら、絶滅していたのはだっただろう。

 しかし、何の影響も無かったとは言い難く、人間世界も酷いとばっちりを受ける羽目となる。

 大地が削れるほどに凄まじかった衝撃は地震を生み、世界そのものを激しく揺さぶった。

 未だかつて体験した事のない揺れである。
 そしてその衝撃波が海を唸らせ、津波を引き寄せた。

 結果、震源地に近い場所では地形変動により人は暮らせなくなり、海岸沿いでは町が丸々飲み込まれた。
 元々簡素な作りの家や建物は脆く潰れ、何もかもが死んだのである。

 これの影響により、三大都市と謡われた海都の《貿易都市》が滅亡。他にも多くの死者が出て、全人類の三分の一が喪われたのではないかと最新の調査で明らかとなっている。



 次に襲ってきたのは、雨だった。
 たかだか雨だと思うだろう?

 しかし、降ってきたのは恵みの雨ではなく、黒い水だったのだ。

 削れた大地の粉塵は高く舞い上がり、上空に留まった。
 それが世界全体の空に広がり、すっかり太陽を隠してしまったのである。
 地震で地熱が刺激され表面温度が上昇。出来た水蒸気が雨をもたらした。
 空に漂う石や砂、泥を降らしたのだ。


 4か月間、雨は一切止む事はなかった。

 これが地味に効いたのだ。


 太陽が遠ざけられてから昼間であっても真っ暗で、辛うじて人の顔が判別できるぐらいとなり、常に夜の状態は人の体内時計を狂わせ、生活に支障が出た。

 人は光を浴びないと情緒不安定にもなる。エネルギー不足から人は荒み、あちこちでいざこざが絶えなくなった。

 また、川や湖、海や井戸といった生活水にも黒い成分はなだれ込み、まともに飲めなくなったのである。
 粉塵は細かく、ろ過システムを通さねば碌に飲めた代物ではなかった。ろ過で作られた水はほんの僅かで、人は脱水症状に苦しんだ。奇しくも最も水分を必要とする夏を過ぎても解消されなかったのだ。

 人だけではない。動物や植物も同じだ。

 まず、作物が育たない。水も太陽も土も汚れていたから当たり前である。
 生き物は食べるものがないと死んでしまう。それは動物も同じ事。
 人は限りある食料を奪い合った。生きる本能が剥き出しとなり、人は慈しむ心を忘れ、争う事で己の目的を達成するようになったのだ。

 これだけでも人は良く生きていられたなと思う。
 さっさと魔族のように世界から退場した方が、よっぽど楽だったのに何て仕打ちを与えるのだと、人々は神を呪った。



 極め付けが、未知なる生物の台頭である。

 創造神から成り代わった新たな神は、人間の存在を許さなかったのだ。

【それ】に意思疎通は通じない。
 人間を見かけると無差別に攻撃し、死ぬまで執拗に追いかける。
 どんな形にも変化し、何処にでも現れる。

【それ】の前ではどれだけ強固な扉も無意味であるが、人の集まる場所には――例えば大きな町中などの目撃は少なく、人間はより町に引き篭もることになった。


 ほんの2年ほど前までは、【それ】は不死と思われていたのだ。世界中に名を馳せた多くの冒険者が勇敢にも立ち向かうが、傷は瞬く間に再生し、攻撃の一切が効かなかったのである。

【それ】と出会う事は死と同義。抵抗はおろか無慈悲に人は死ぬしかなかった。
 人間は恐怖したのだ。


 そして人は恐怖そのものである【それ】を、畏怖の意味を込めてこう呼んだ。


 ――――怒れる神グレフと。





 唄は盛り上がりを見せている。
 ギターの弦が弾ける。

 聞惚れる観客が、否応なく昂ぶっていくのを一緒になって感じる。同時に昇り詰めるのだ。
 音楽の力はすごい。ただの旋律で、こんなにも人の心を揺さぶる事が出来るのだから。


 歌い手の男は最後に締め括る。



 ―――――苦渋を舐めさせられた時代は終わった。
 10年も我慢し続けた人間はついに奴らの弱点を見つけ、返り討ちに成功する。

 人よ、集まれ。
 一つになるのだ。

 互いを思いやる人間の心こそが、神に対抗でき得る唯一の手段なのだから。

 戦い、決して挫けるな。絶対に諦めるな。

 それこそ勝利へと繋がる道となる。
 世界を取り戻し、次の神こそ”人”が成る。

 その先に、念願のマナを抱けるのだから――――――


「わあああああ!!!!」
「ブラボオオオオ!!」
「セト様ぁっ!!!」
「戦えーーーー!!!」


 今日のライブは最高の盛り上がりを見せた。歌い手の彼も満足気な顔だ。
 僕の目に狂いはなかったね。

 僕の魅力を歌で引き立ててくれて、どうもありがとう。モブの人。



 大勢からおひねりを頂戴し、半分以上を歌い手の若い男にくれてやった。

 男は聞いた事も無い田舎町から行商に訪れた旅人で、ちっとも美しくない木彫りの玩具を売りつけにわざわざヴァレリまで来たという。風の噂で一番平和で遊ぶ余裕のある町だと聞いたからなのだと言った。

「こんなに戴けるんですか!」
「ああ。仕事に見合った報酬だよ。僕は食べる分さえあればいいから、あとは全部君が持っていくといい」
「ああ!ありがとうございます!!」

 重そうに背負った布袋に目一杯オモチャを詰め込んで、一個売れれば御の字だろうに、その何倍もの金を手に入れた男はついに荷物を放り投げてしまった。
 雑な造りの玩具を一個手に取り、しばらく弄んでみたけれど面白くない。
 それにこれは何に使う代物なのだろうか。

「ああ、差し上げますよ。お近づきの印です」
「え、あ、そうだね」

 興味なさげに応える。

「それにこんなに稼いでしまって、もうこの品物は必要ありません。無駄に重いだけですし。なんでもばあちゃんが小さい頃に遊んでた玩具らしいんですけど、僕もいまいち使い方が分からないんですよね」

 カラカラと木を鳴らす男はわっはっはと笑った。

「僕は君には歌手が向いていると思うんだけどな。僕の即興の音に、歌を付けて合わせてくれるなんて中々出来る事じゃないよ。誇ってもいいくらいさ」
「本当ですか?歌手なんて、想像もしていなかった」
「ここじゃなくて《中央》はとても広くて人も多いだろ。その才能を買ってくれる人は必ずいると思うな」
「本当ですか!じゃあ、こんな行商なんかやめてそっちに行ってみようかな…」
「ふふ」

 僕のいつものやり方である。

 この町で、僕の生まれ育ったこの町で。
 この僕が、領主の息子であり王の血を引き継ぐこの僕が。
 何かを成すのだから成功して当たり前なのだ。

 観客はみなサクラと思ってくれてもいい。実際に僕の腕は天下一品なのだから本当に感動しているのは間違いないのだけど、感情の入れ具合がそもそも初っ端から高いのだ。

 僕と一緒にいる限り、この男は成功する。でもそれはこの町だけの話。

 確かに男の音楽の才能は目を見張るものがあったから即興ライブに誘ったのだけど、これがあの《中央》で通用するかと云ったらかなり厳しいだろう。

 コネもなく、無名で僕の伴奏もないアカペラで、一体誰が聴いてくれると思っているんだろうね。


 でもそうやってベタ褒めする理由は、いつまでもこの町に居座られて、僕に付きまとうのを程よく追い出すからである。

 こう言われて気分が悪くなる人間はいない。自分の才能を信じ、自ら旅立つだろう。
 そこで成功しようが失敗しようが、僕には一切関係ない。

 僕はあくまで勧めただけで、強制している訳ではないのだから。


 君が女性だったら、一晩ぐらいは床を共にしてからバイバイするんだけどな。

 どんなに綺麗な者でも、の時点でアウトオブ眼中である。




 しきりに礼を言う歌い手の男と別れて、僕に色目を使っていた女たちの待つ場所に急ぐ。

 燦々と照り付ける太陽は随分と高くなった。冬が過ぎ、春を控えて町は創設祭の準備に大忙しである。

 平和な街並みを、二人の女の肩を抱いて僕の屋敷まで案内する。領民はいずれ僕のモノになるのだから、僕を見かけると皆作業の手を止め、敬礼してくるのが心地よい。


「今宵は二人同時にお相手してくれるのかな」
「いやあん、えっち」
「うふふ。頑張っちゃいますよぉ」

 クネクネとあざとく腰を振る女と、厚いセクシーな唇をプルンと僕の頬に押し付ける女はどれも遊んでそうで後腐れがなさそうだ。

 前に明らかなオボコに手を出したら「責任とってもらいますから!」だなんて僕の正妻の座をまんまとせしめようとされて以来、処女に手を出すのは怖くてやめた。

 僕の系譜に身分の低い輩を連ならせるわけにはいかないのだ。


「愉しみだな。本当に」


 屋敷では日々遊び歩いている僕を叱る為に、父が待ち構えているだろう。

 少しだけ億劫だが、女連れだと分かるとすぐに引いてくれる。
 だから連日女を連れ込んでいるのだけど。


 まあ、楽しいからいいか。
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