蒼淵の独奏譚 ~どこか壊れた孤高で最強の魔法使いがその一生を終えるまでの独奏物語~

蔵之介

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三. セトの章

13. カウントダウン開始

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 この町の余りにも浮世離れした暢気な平和が打ち砕かれたのは、僕があの魅惑的な2人の女性を口説き落とし、専属の情婦として正式に雇った次の日の事だった。

 お祝いにと、彼女らを含めて数人の女性を呼び込み、盛大にベッドの上でもみくちゃにハーレムに興じていた翌朝、父自らが僕の部屋を訪れ、叩き起こしにやってきた。

 創立祭を7日後に控えた、長閑な春の日和の頃だった。



 ガタガタガタガタ!バタン!!


 慌ただしく乱暴にノブが回されたかと思ったら、ノックもせずにずかずかと入り込んできた。

「きゃあ!」
「ちょっ!!」
「ええ~、なあにぃ?」

 僕の腰の上で腰を激しくグラインドさせていた女達は、突然の訪問者に驚いてシーツを頭から被る。
 情婦如きが他人に見られて今更どうこうもあるまい。取り繕うだけ無駄な気もするが、一応は最低限の「羞恥心」は持ち合わせていたようである。

「どうしたの、父さん」

 お愉しみの最中だったのに…と言いかけた台詞を飲み込む。

 昨夜から殆ど休憩を取らず「お祝いパーティ」を繰り広げてうまく回らない頭ではあったが、不躾に入ってきた父の顔が余りにも真剣だったから揶揄するのを止めたのだ。

 僕は有能でキレる男だ。空気を乱す真似はしない。

 じっとりと汗の粒を背から落とす僕とは違う意味で、父は額に汗を滴らせていた。薄い頭も心なしか光っている。
 僕は裸で抗議する女達の内部なかから半身を抜き、彼女らをベッドの端に追いやった。

「ちょっとセト様!」
「いやぁん、抜いちゃいやぁ」
「なんなの~、急に入ってくるなんて!」
「オジサマもお仲間に入りたいのぉ?」

「うるさいよ」

 ピシャリと一喝。睨みも効かせたら、彼女達はようやく黙り込む。

 威勢が良いのも僕の好みだけど、時と場合を読んでくれないとね。下級市民が、貴族様に口出しするのは好ましくないんだよ。


 父が僕の私室を直接訪れるのは珍しい。呼びつけはされるが、いつもメイドを介してだった。

 そんな父の後ろには数人のメイドが声もなく控えている。
 目の前の乱交現場も慣れた様子で、些か面白くないけれど。

 成程ね。僕の朝の微睡みは、オアズケって事か。


「何かあったのかい?」

 もう一度聞いた。

「うむ。少しばかり奇妙な現象が起きていたのはお前も知っていただろう?」
「ああ、あれか。確か虫が湧くとかなんとか…」

 シーツに包まる女達を放置して、僕はベッドから抜け出る。
 すぐさまメイドが駆け寄り、速やかに僕の体液まみれの汚い肢体を清めていく。


 一晩中酒を呑み、食べ、遊んだ身体は酷く重くて気怠い。
 頭の奥底が眠気を欲していたが、熱く蒸されたタオルを顔に押し当てたら幾分かスッキリする。少しだけ眠気が遠のくが付け焼き刃だろう。

 メイド達にされるがまま、おそらく着替えもさせられるんだろうけど、メイドに身を任せるのはいつもの事なので父と会話を続ける。

 ベッドの中ですっかり興醒めした裸の情婦達は、腑に落ちない不機嫌さを顔に張り付けたまま素早く下着を身に着け、いやらしい残り香をベッドの中に残してから部屋を出て行った。

 なんだかんだで彼女らは経験豊富である。セックスで気をやっている最中であっても、自我をきっちりと保っている。交わりの中での大袈裟な喘ぎ声が演技である事も僕は知っている。
 僕はそこまで女に夢を見ていないし、それに彼女らは男を悦ばす為に精一杯の性技を披露してくれているのだから、寧ろ褒めてあげたい気分だ。

 彼女らの機嫌を損ねて僕の愉しみが減るのは本意ではないから、あとで高価な宝石でも贈って仕切り直しさせてもらうとしよう。

 外貨は豊富に持っている。むしろ、余りあるほどに。

 めっぽう娯楽が薄くなった昨今、外貨を使う場所は限られる。この町を散々遊び倒しても金は減るどころか増える一方だ。
 ギルドが幅を利かせている《中央》も、徐々に遊ぶ場所が減りつつある。
 贅を尽くして豪遊しようとも、ギルドの目がそれを牽制する。もはや《中央》は、歓楽都市ではなくなった。


「確か二日前に父さんが出向いた事件だったよね。郊外で虫に襲われた人がいるって」

 僕が寝坊したあの日、父は朝からいなかった。
 屋敷から離れた郊外だった事もあって父は帰らなかったが、その翌日、つまり昨日に僕は仔細を明かされたのだ。


 今、ヴァレリの町では最新の下水処理施設を作っている最中である。

 災厄を経験していない僕らの町は、他の町や村が復興に勤しんでいく中、逆に発展し続けていた。

 土木関係にとある【ツテ】があり、彼のモノを介せば臨んだままの成果が出来上がる。
 僕らは各町の不用になった瓦礫類を貰い受け、《王都》でも実現した事のない独自の上下水システムを作り上げていたのである。

 この世界のトイレ事情は遅れたものだった。

 人や動物の排泄物は基本的に農作物の肥料として再利用される。
 人としての誇示があるから、その場に垂れ流す真似はしないものの、田舎に行けば行くほどその境目は曖昧となる。

 各家庭に厠を設置しているのは、貴族か成金、よほど自治体が潤っていて整備しているかである。

 それでもボットン便所に用を足し、臭いの問題はいつも付きまとう。それを必死で香水や香木で隠すから、厠周辺はとにかく臭いのが当たり前だった。


 農作物を作らないこの町は、人の排泄物を再利用しない。住民の排水は汲み取り式に頼り、行商が町外で肥溜めをいくつも作って肥料を売っていた。
 砂漠からも海からも少し離れた地形の真ん中に町は在るから、排水も飲み水の確保も実は苦労していた。


 10年前。僕らは【ツテ】を頼り、長い排水路を掘った。
 汚水は海に流し、浄水は砂漠の地下水を引いた。
 砂漠から吹く風を利用して自動風力装置を作り、ポンプから下水を自動で流す仕組みに変えた。

 一世一代の大事業。

 町の全てに行き渡らせるには大変な作業だったけれど、それでも長い年月をかけてこの試みは成功したのだ。

 町は清潔で臭いもなく、汚物を見ることは一切ない。汲み取り行商の仕事を廃業させちゃったけれど、代わりに上下水道の管理を任せたからウィンウィンだ。


 しかしながら10年も毎日使えば劣化する。水路にあちこちヒビが入り、ポンプにガタがきてもメンテナンスして大事に使ってきたのだが。

 どうやら僕らの町を超える最新浄水システムを《中央》が発明したようで、ならばついでに僕らもそれに倣おうではないかと作業員を潜らせて、技術を盗み取る事に成功。物の試しと早速郊外で排水管の工事を郊外で進めていた矢先の事であった。



「事件はそこで起きた」


 腕を組み、神妙な顔つきで父が言う。
 昨日と同じ話であったが、口を挟んで言い合う方が厄介なので父の好きに喋らせている。

「初めは順調だったらしい。工事の期限も守られていたし、目立った問題も起きていなかった」
「だけど、それに遅れが出始めたんだよね」
「そうだ」

 メイド達はあらかた僕の身体を拭き終わると、次は着替えを持ってきた。

「あれ?随分と畏まった衣装じゃないか。誰かと会う約束でも?」
「うむ。まだ到着していないが、前もってお前と話を詰めておこうと思ってな」

 特別な謁見や催しの時にしか着用しない豪奢な絹の正装である。

 やたらとフリルがついているから僕はあまりこの格好が好きではないのだけどね。

 これを着るという事や、これからそれなりの立場にある貴賓に会うのだろう。今日の予定にそれは無かったから、急に沸いて出た話。


「昨日の父さんの話だと、『虫が邪魔をする』…だったよね。穴を掘ればうじゃうじゃと湧いてくると。作業の妨げになるほどに」
「排水管の中にまで入り込んでいるらしいからのう。水が逆流でもしない限り、家々に虫が入り込む事はないが。万が一という事もある」
「そうだね。それに見た目もよくない」

 女は特に虫が苦手な人が多いというが、男であっても大量に湧かれると気持ちが悪いものだ。
 僕は多少の虫は平気だけど、触ろうとは思わない。

 そういえば我が家のメイド長を務めている女は虫が全くダメだったな。普段はキリリとしているのに虫がちょこっと横切るだけで腰を抜かしていた。
 厨房や倉庫は特に虫が出る頻度が高いから、彼女は近寄りもしなかったな。

 これでメイドが務まるのかと不思議に思うだろうけど、彼女は僕らの肉体の世話をするのが主な仕事だからね。

 人は得手不得手がある。得意分野に特化した場所に配属するのが、雇い主の役目というものさ。


「虫は除去しても次の瞬間にはまた湧いてくる。いつまで経っても退治できず、あまつさえ得物を腐食させる種類も現れた。これは由々しき事態だとワシに相談があったのだ。お前が知らぬは、街で遊び呆けているからだぞ」
「はいはい。僕が悪いのは分かりましたから」

 ここは素直に謝っておかないと、また下らない小言が始まってしまう。
 父への手綱捌きも、巧くなっていく一方である。


「しかしどうする事もできまい。ある意味だ。虫を蹴散らす事はできても、御する事は叶うまい」


 そうして碌な対策も出来ず、精々が殺虫剤を撒く程度で時間だけが過ぎさるばかりであったが。


 ついに最悪の事態が起こってしまったのである。
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