蒼淵の独奏譚 ~どこか壊れた孤高で最強の魔法使いがその一生を終えるまでの独奏物語~

蔵之介

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三. セトの章

15. 残り、7日

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 ユリウス・フレデリク将軍が現れた。


 正午を少し過ぎた頃合いだったか。

 騎士団の事だから大袈裟に仰々しく意気揚々と大名行列を成してやってくるかと町の入り口に屋敷から迎えを配置。それと同時に近隣の民に最大限の歓迎の意を表するように言い含めて準備万端に整っていたのであるが。

 予想を反して、何故か砂漠側の寂れた路から騎士団ご一行はやってきた。


 僕らが気付いた時にはもう遅くて、慌てて迎えの手配を飛ばしたけれど既に屋敷の真正面まで来てしまっていた。


「出迎えもせず、申し訳ありません。ようこそ我が町ヴァレリへ。歓迎しますよ、フレデリク将軍閣下」


 父の薄い髪は偏っていて、どうやら首周りの羽が邪魔でギリギリまで取っていたみたいで、大忙しで身に着けたものだから襟はぐちゃぐちゃ、髪もくちゃくちゃで目も当てられない状態であった。

 何事も予定通りにはいかない事もあるが、折角余裕をもって万全の体制を取っていたのに、体たらくな姿を見せる羽目になるなんて思ってもみなかった。
 これでは碌に来客の備えも出来ない無能呼ばわれしても無理はない。


 しかしフレデリク将軍は、そんな父の姿を見ても何の反応も寄越さなかった。
 全く意に介していない態度であった。


 良く晴れた雲一つない青空は、太陽の光を一切遮断する事なく僕らを照らす。
 フレデリク将軍の黄金甲冑が光り輝いて眩しい。

 太陽を丸ごと背負ったその姿は、なんと荘厳なのだと思わざるを得なかった。

 堂々と厳かで、凛としていて。その場の空気を鋭く張り詰めさせる緊張感を漂わせ、尚且つ神々しくもある。
 この町にやってくる末端連中とは格が違いすぎる。
 同じ人間だというのに、比べるまでもなくこの人は『本物』だ。


 白馬に跨るその姿はまさに王子様。
 フレデリク将軍は確か子爵出の子息だったか。貴族でありながら平民とそう変わらない身分にも関わらず、そのオーラは王者の風格である。


 今は有事ではなく、あくまで非公式の対面だからか、将軍は兜までは被っていなかった。

 しかし傍に控える赤の甲冑の騎士が将軍の兜を脇に抱えている。フルフェイスの兜の頭上に、七色に光る鳥の羽があしらわれている。

 頂きに高く伸びる羽は、今にも空へと飛び立ちそうに生き生きとしている。
 どこまでも高みを目指す将軍の、心の現れなのかもしれないと思った。


「馬上から失礼する、ぞ。この鎧は存外重くて、な」

 将軍の漆黒の髪が風に揺れる。

 端正な顔立ち。意思の強い太い眉と、切れ長の油断ならない瞳。
 高く通った鼻筋の下に、大きな口がニヤリと笑っている。


 ああ、大人の貫禄。自信が自立し、服を着て歩いているようだ。

 決して自意識過剰ではない。しかし浮かべた笑みは自信家のそれ。


 僕よりも二回り以上年上だと聞いている。
 男は40も越えれば「責任」を背負って貫禄が増すものだ。

 将軍の背はそれ以上のものを抱えている。潜った修羅場は数知れないだろう。


 これは…思った以上に危険な相手だろうね。

 どうにか、悟られないようにしなければ。
 だけど、僕ならば大丈夫だ。


 僕らと騎士団とは対等の関係。身分で云えば、僕の方が遥かに高い。

 それに将軍も知っている。《王都》亡き今、将軍がただ唯一跪く事が出来る血を、僕が持ち合わせている事を。

 滅多な事にはならないはずだ。


「よくぞいらっしゃいました。《中央》からの長旅、お疲れでしたでしょう。屋敷に食事を用意しております。皆々様方、是非我が屋敷にて疲れを癒していただければと存じます」
「うむ。遠慮なく世話になろう、ぞ」

 屋敷からはふんわりと食欲を沸き起こす美味そうな匂いが漂ってきている。しかし騎士団員の表情は硬く前を見据え、微動だにしない。

 よく統制されている軍隊。
 これぞ、かつて世界最強と謡われた王直属騎士団なのだ。

 最も魔王討伐に近い男。そう呼ばれていた彼は頑なに王の側を離れず、騎士団は人間大陸の治安維持に留まった。
 そんな男率いる最強の軍隊が、王の側に在り続けていた男がたった一回離れていた10年前のあの時、災厄で騎士団は守るべき対象を喪った。


 僕は前に進み出る。

 あれから父と話を詰め、僕はとある【ツテ】に連絡の一報を入れたのだが、返事はまだ帰ってきていない。
 事後報告になってしまうが仕方ないだろう。

 僕は精一杯、僕の仕事をするだけだ。
 耄碌もうろくして使えなくなった父の代わりに。


「将軍閣下。ヴァレリが領主サミュエルの息子がセトと申します。成人を迎え、次期当主として修業中の身ではありますが、此度の会談、勉強の為にも是非同席願えないでしょうか」
「ほう…お主が、セト殿である、か。陛下から聞き及んでおる。世話になった従妹の御子が小さき町に住んでおると。かように小さき赤子であったが、そうか、もうそのようになった、か」

 全身を隈なく舐め回すように見定められる。
 その視線は野性味溢れた肉食動物。思わず背筋がぞっとする目力であった。

「はい。陛下には特別に目をかけてくださいましたので」

 産まれてすぐに母は僕を捨てた。

 王はそれにも関わらず、《王都》へ逃げた母を匿い、無理やり手籠めにした父を責めもせず、父が欲しかった権力を与えるだけ与え自治権をくれてやった。
 程の好い手切れ金のつもりなのだろうが、未だ正式に離縁されていないから僕は王族の加護を受け続けている。

 僕を捨てた母なりの、せめてもの養育費代わりだと父に告げられたが、母自身の事はどうでもいいと思っている。

 20年も僕に会いに来ない薄情な母を、母と呼ぶほど僕は頭がカラッポではない。


「うむ、許そう、ぞ。なに、そう硬くならぬともよい。視察のついでだったのだ。軽い気持ちでいるとよい、ぞ」

 バリトンの心地よい低音が優しい言葉を紡ぎだす。
 完璧な人間はいないと思っていたが、この人は別格だろう。


「は。お気遣いありがとうございます」

「ふふ、そうか。…で、ある、か」
「え?」

 馬上の瞳が、薄っすらと細められた。
 太陽に黄金甲冑が反射して眩しいといった類いではない。

 なんだ、この感じ。

 まるで値踏みするかのような、僕を見通しているかのような、嫌な、視線。


 それは一瞬であったのだ。
 すぐさま将軍は元の厳つい表情に戻り、目尻を若干和らげて僕らを見下ろしている。

 見間違いだったのか。

 僕の考えすぎ、なのだろうか。


「では、こちらへ」

 何も気付いていない能天気な父は汗を掻きつつ、使用人達に指示を飛ばす。

「馬にも美味い水を差し上げましょう。ここの水は砂漠の地下水を引いているから冷たくて美味いと評判なのですよ」
「で、あるか」

 こうして、僕らはフレデリク将軍と皆合した。
 彼の、本当の思惑を探る為、僕は気合を入れなおす。


 一筋縄ではいかない。特にこの男に際しては。

 いつか感じたなぜかこう、ピリピリと頭の毛が逆立つような、肌が冷たくなる感覚を味わっている僕は、それが第六感を刺激するであるのを知っているはずなのに、敢えて気付かない振りをする。


 大丈夫だ、大丈夫。
 今までも大丈夫だったのだ。そしてこれからも僕は、永遠に大丈夫なはずだ。

 ―――脈略もなくそう自分に言い聞かせ、フレデリク将軍の後ろを歩く。


 彼の姿は、英雄そのものであった。


 それが無性に、怖かった。
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