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三. セトの章
23. 災厄から十年目を過ぎた王を自称する男 ―回想―
しおりを挟む災厄からまるっと10年が過ぎた。
例の魔法使いは余りにも存在が希薄であり、僕らは何度も《中央》に人を送って探らせたけれど、有力な情報を一向に掴めないでいた。
いるには、いる。
件の魔法使いは、行商人らが長年をかけて浄化を進めていた町や村に現れては、ことごとく邪魔をして全てを台無しにしているらしかった。
そんなに目立っているなら少しくらいは情報が入りそうなものだったけれど、形跡を綺麗に消しているのか、それとも目撃者がだんまりなのか生きていないのか、行商人らの証言以外に何も出てこなかったのだ。
ローブを頭からつま先まですっぽり被って顔を隠した魔法使い。
男か女か、年齢は、どこの出身で、どんな姿で顔をしているのか、全く分からない。
雲のように現れ、颯爽と彼らを殺しては去っていき、散々かき回した挙句、のちのアフターフォローを一切しない。
お手上げ状態だった。
ついに《中央》の“ギルド”は本格的に治世に乗り出して、あまりの強大さに決して楽観視できるものではなくなった。
父は老いて耄碌し、僕はこの町が如何に生き残って王として宣言できるか時期を狙っている。
《中央》を軽んじていたつもりはないけど、フレデリク将軍の手腕を甘く見過ぎていた節があったのは認めよう。
それに4つのギルドマスターと教会の政治力は、思った以上に有能だった。
ある日、怒れる神率いる行商人は、とある町で天敵ともいえるあの魔法使いと戦闘を交わしたらしい。
彼らは数に物を言わせて群を成して立ち向かったが、呆気なく蹴散らされ全滅させられてどうしたものかと悩んでいた。
ほんの数年前までは、「悩む」なんて真似、出来なかったのに十分すぎる進化である。
彼らは答えなかったが、人間社会に深く関わる内に、彼らの中に人間らしい行動や心情が現れ始めている事に僕は気付いていた。
「君らは人を模倣し、いずれ人と変わりなくなった時、この戦いは同士討ちとなるのかな」
「たがいにたがいをけがれとおもっているのなら、それはあいいれないものでしょう」
「この世界を奪い合うんだね。果たしてどちらが勝つだろう。この地に創造から住む原始の民か、はたまた新天地を目指して堕ちてきた放浪者たる君たちか」
僕は思うのだ。
彼らは新たな形の人類なのではないかと。
どうしてこの地にやってきたかは知らないけれど、足元を這いずり回る虫の世界でもよくあるでしょ?
外来種が縄張り争いで在来種の巣を侵略し、その種の優勢に取って代わるお話を。
「たくさんのクズのおかげで、わたしたちはまなびましたよ。そのなかでもセト、あなたがさいしょのクズです」
《中央》にギルドが立ち上がり、災厄から虐げられた人間は侵略者と戦うべく共に手を取り合った。
復興から10年かけて、ようやく築けた人間の絆である。
そんな中、人にも彼らにもいい顔をして、どちらも裏切り続けて甘い汁を吸っている僕のような鬼畜は何人いるのだろう。
災厄で生き残る事に必死だった人は、彼らに取引を持ち掛けられて断る理はなかっただろう。
ただ人の内情を密かにリークするだけの簡単な取引なのに、こっちの取り分は安全で贅沢な「生」だったのは上手すぎる話しで乗らない手は無い。
人は狡猾でずる賢く、そして弱い。
強いものに従い、長いものに巻かれてしまうのは、人が社会で生き抜くために学んだ術だ。
「一度会ってみたいものだね。僕らは第三の勢力として何処にも属さなかった。だけどここに至って、馴れ合う必要があるかもしれないからね」
「なにをいっているのです、セト。ほかのクズにであうことはありませんよ」
「どういう―――」
「だって、とりひきには、きげんがあるのですから。ふふふ」
心底楽しそうに彼は言った。
僕はその言葉の意味を図りかねていて、どうせ訊いてもはぐらかして教えちゃくれないんだろうから、聴かなかったフリをするしかなかった。
どうせ、考えたって無駄なのだから。
この日を最後に、彼らは僕の前に現れなくなった。
そういえば、毎日収穫物を運んでいた荷台も随分と少なくなった。
相変わらず白いモヤの化け物は、この町を素通りしていくけれど。
ヴァレリの町に虫が現れ、多大な被害が齎されて黙ってはいられなくなった時、僕はわざわざ砂漠くんだりまで出向いて彼らを探したけれど見つける事は出来ず、結局無駄足を踏む毎日を送っていた。
僕の町は、何の事件も事象も不幸も起こらないはずなのだ。
僕らの町の安寧こそが、彼らから与えられる取引の条件だったからである。
「せっかくギルドの魔法使いの関係者がやってくるのにね」
彼らが対処してくれないから仕方なく《中央》に救済の力を借りようとしたら、フレデリク将軍の耳に届いてお節介にも魔法使いが派遣される事になった。
「敵を知るいい機会ですよーー!!」
僕は毎日、砂漠で彼らを探す。
砂丘は10年もうねり、砂嵐は常に吹き荒れているのに、恐ろしいほど静かな砂漠の地。
僕の声はいつも砂に飲み込まれ、彼らに届く事はない。
「めんどくさいことにならなきゃいいけど…」
彼らと過ごした10年想う。
僕らだけ幸せだった10年間を。
「僕は…王になりたいだけなのにね」
決して贅沢な望みではないのに、それを叶えるのに苦労するなんておかしな話だ。
明日、《中央》から胡散臭い占い師とやらが到着する予定になっている。
魔法使いなんて虫唾が走るけれど、根本から解決してくれるなら利用するまでだ。
僕はそうしてこの10年を為政者の卵としてやり遂げてきたのだから。
そしてこの虫の問題が全て解決した暁には、父には速やかに引退してもらって僕がヴァレリの領主となろう。
それを足掛かりに《中央》に進出し、王の正当な血筋を主張して奴らを跪かせて王となる。
「ふふ…楽しみだ」
後方で控える護衛を促し、僕は砂漠を後にする。
占い師がやってくると面倒だから、今のうちに羽目を外すのも有りだ。
次の瞬間には虫や彼らや人の未来なんかもう忘れてしまって、頭の中は今夜抱く極上の女を誰にしようかでいっぱいになった。
人は浅ましく、欲に忠実な生き物である。
最も愚かな生き物は―――。
僕ではない。
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