蒼淵の独奏譚 ~どこか壊れた孤高で最強の魔法使いがその一生を終えるまでの独奏物語~

蔵之介

文字の大きさ
107 / 170
三. セトの章

23. 災厄から十年目を過ぎた王を自称する男 ―回想―

しおりを挟む

 災厄からまるっと10年が過ぎた。

 例の魔法使いは余りにも存在が希薄であり、僕らは何度も《中央》に人を送って探らせたけれど、有力な情報を一向に掴めないでいた。

 いるには、いる。

 件の魔法使いは、行商人らが長年をかけて浄化を進めていた町や村に現れては、ことごとく邪魔をして全てを台無しにしているらしかった。
 そんなに目立っているなら少しくらいは情報が入りそうなものだったけれど、形跡を綺麗に消しているのか、それとも目撃者がだんまりなのか生きていないのか、行商人らの証言以外に何も出てこなかったのだ。

 ローブを頭からつま先まですっぽり被って顔を隠した魔法使い。
 男か女か、年齢は、どこの出身で、どんな姿で顔をしているのか、全く分からない。
 雲のように現れ、颯爽と彼らを殺しては去っていき、散々かき回した挙句、のちのアフターフォローを一切しない。

 お手上げ状態だった。


 ついに《中央》の“ギルド”は本格的に治世に乗り出して、あまりの強大さに決して楽観視できるものではなくなった。

 父は老いて耄碌もうろくし、僕はこの町が如何に生き残って王として宣言できるか時期を狙っている。

 《中央》を軽んじていたつもりはないけど、フレデリク将軍の手腕を甘く見過ぎていた節があったのは認めよう。
 それに4つのギルドマスターと教会の政治力は、思った以上に有能だった。


 ある日、怒れる神率いる行商人は、とある町で天敵ともいえるあの魔法使いと戦闘を交わしたらしい。
 彼らは数に物を言わせて群を成して立ち向かったが、呆気なく蹴散らされ全滅させられてどうしたものかと悩んでいた。

 ほんの数年前までは、「悩む」なんて真似、出来なかったのに十分すぎる進化である。

 彼らは答えなかったが、人間社会に深く関わる内に、彼らの中に人間らしい行動や心情が現れ始めている事に僕は気付いていた。

「君らは人を模倣し、いずれ人と変わりなくなった時、この戦いは同士討ちとなるのかな」
「たがいにたがいをけがれとおもっているのなら、それはあいいれないものでしょう」
「この世界を奪い合うんだね。果たしてどちらが勝つだろう。この地に創造から住む原始の民か、はたまた新天地を目指して堕ちてきた放浪者たる君たちか」

 僕は思うのだ。
 彼らはなのではないかと。

 どうしてこの地にやってきたかは知らないけれど、足元を這いずり回る虫の世界でもよくあるでしょ?
 外来種が縄張り争いで在来種の巣を侵略し、その種の優勢に取って代わるお話を。


「たくさんのクズのおかげで、わたしたちはまなびましたよ。そのなかでもセト、あなたがさいしょのクズです」

 《中央》にギルドが立ち上がり、災厄から虐げられた人間は侵略者と戦うべく共に手を取り合った。
 復興から10年かけて、ようやく築けた人間の絆である。
 そんな中、人にも彼らにもいい顔をして、どちらも裏切り続けて甘い汁を吸っている僕のような鬼畜は何人いるのだろう。

 災厄で生き残る事に必死だった人は、彼らに取引を持ち掛けられて断る理はなかっただろう。
 ただ人の内情を密かにリークするだけの簡単な取引なのに、こっちの取り分は安全で贅沢な「生」だったのは上手すぎる話しで乗らない手は無い。

 人は狡猾でずる賢く、そして弱い。
 強いものに従い、長いものに巻かれてしまうのは、人が社会で生き抜くために学んだ術だ。


「一度会ってみたいものだね。僕らは第三の勢力として何処にも属さなかった。だけどここに至って、馴れ合う必要があるかもしれないからね」
「なにをいっているのです、セト。ほかのクズにであうことはありませんよ」
「どういう―――」
「だって、とりひきには、があるのですから。ふふふ」

 心底楽しそうに彼は言った。
 僕はその言葉の意味を図りかねていて、どうせ訊いてもはぐらかして教えちゃくれないんだろうから、聴かなかったフリをするしかなかった。

 どうせ、考えたって無駄なのだから。




 この日を最後に、彼らは僕の前に現れなくなった。

 そういえば、毎日収穫物を運んでいた荷台も随分と少なくなった。
 相変わらず白いモヤの化け物は、この町を素通りしていくけれど。

 ヴァレリの町に虫が現れ、多大な被害がもたらされて黙ってはいられなくなった時、僕はわざわざ砂漠くんだりまで出向いて彼らを探したけれど見つける事は出来ず、結局無駄足を踏む毎日を送っていた。

 僕の町は、何の事件も事象も不幸も起こらないはずなのだ。
 僕らの町の安寧こそが、彼らから与えられる取引の条件だったからである。

「せっかくギルドの魔法使いの関係者がやってくるのにね」

 彼らが対処してくれないから仕方なく《中央》に救済の力を借りようとしたら、フレデリク将軍の耳に届いてお節介にも魔法使いが派遣される事になった。

「敵を知るいい機会ですよーー!!」

 僕は毎日、砂漠で彼らを探す。

 砂丘は10年もうねり、砂嵐は常に吹き荒れているのに、恐ろしいほど静かな砂漠の地。
 僕の声はいつも砂に飲み込まれ、彼らに届く事はない。

「めんどくさいことにならなきゃいいけど…」

 彼らと過ごした10年想う。
 僕らだけ幸せだった10年間を。

「僕は…王になりたいだけなのにね」

 決して贅沢な望みではないのに、それを叶えるのに苦労するなんておかしな話だ。



 明日、《中央》から胡散臭い占い師とやらが到着する予定になっている。
 魔法使いなんて虫唾が走るけれど、根本から解決してくれるなら利用するまでだ。

 僕はそうしてこの10年を為政者の卵としてやり遂げてきたのだから。
 そしてこの虫の問題が全て解決した暁には、父には速やかに引退してもらって僕がヴァレリの領主となろう。
 それを足掛かりに《中央》に進出し、王の正当な血筋を主張して奴らを跪かせて王となる。


「ふふ…楽しみだ」


 後方で控える護衛を促し、僕は砂漠を後にする。
 占い師がやってくると面倒だから、今のうちに羽目を外すのも有りだ。

 次の瞬間には虫や彼らや人の未来なんかもう忘れてしまって、頭の中は今夜抱く極上の女を誰にしようかでいっぱいになった。




 人は浅ましく、欲に忠実な生き物である。



 最も愚かな生き物は―――。





 僕ではない。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

俺の伯爵家大掃除

satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。 弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると… というお話です。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

八百万の神から祝福をもらいました!この力で異世界を生きていきます!

トリガー
ファンタジー
神様のミスで死んでしまったリオ。 女神から代償に八百万の神の祝福をもらった。 転生した異世界で無双する。

俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!

くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作) 異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」

湖畔の賢者

そらまめ
ファンタジー
 秋山透はソロキャンプに向かう途中で突然目の前に現れた次元の裂け目に呑まれ、歪んでゆく視界、そして自分の体までもが波打つように歪み、彼は自然と目を閉じた。目蓋に明るさを感じ、ゆっくりと目を開けると大樹の横で車はエンジンを止めて停まっていた。  ゆっくりと彼は車から降りて側にある大樹に触れた。そのまま上着のポケット中からスマホ取り出し確認すると圏外表示。縋るようにマップアプリで場所を確認するも……位置情報取得出来ずに不明と。  彼は大きく落胆し、大樹にもたれ掛かるように背を預け、そのまま力なく崩れ落ちた。 「あははは、まいったな。どこなんだ、ここは」  そう力なく呟き苦笑いしながら、不安から両手で顔を覆った。  楽しみにしていたキャンプから一転し、ほぼ絶望に近い状況に見舞われた。  目にしたことも聞いたこともない。空間の裂け目に呑まれ、知らない場所へ。  そんな突然の不幸に見舞われた秋山透の物語。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

処理中です...