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三. セトの章
62. 三竦みの戦い ①
しおりを挟む結果からいうと、拍子抜けするくらい呆気なく、黒死蝶は僕の魅了にハマった。
僕が何したのかというと、これといって特別な事はしていない。
黒死蝶のつぶらな複眼を見つめ、首と胴が繋がった芋虫の躰を撫でながら、
「君が好きだよ」
と、愛の言葉を囁いただけである。
すると蝶はけたたましく鳴いた。悶えた――といった方が正しいかもしれない。
翅をプルプルと震わせて、6本の細い脚をもじゃもじゃ動かして、花の蜜を吸う触角をびんびんと伸び縮みさせて僕に擦り寄ってきたのだ。
「ははは、愛い奴め」
と思ったのも束の間だった。
蝶は毒の鱗粉を撒き散らすのをやめてくれて、でっかい顔をスリスリ擦り合わせてくるから、ちょっと可愛く見えて撫でてやろうと手を伸ばした僕に、思いもよらない事が起きた。
ドシュ!!
僕のほんの数ミリ真横を、鋭い何かが走った。
それは砂の上に音を立てて突き刺さり、僅かに遅れて僕の腕に一筋の線が入る。
「……え…?」
ツウとそこから血が滲み出た時、ようやく痛みが追い付いてきた。
「攻撃、してきた?」
いや、違う。
なんなら蝶の複眼の、何百もある眼の一個一個全てにハートマークが浮かんでいるのが見えるくらいなのに。
熱烈な抱擁を交わそうと懸命に触角を伸ばしてくるところなんか、いじらしくて可愛げもある。
蝶々ってさ、広げた時の翅が綺麗なのであって、躰はただの芋虫だ。どちらかというと気色悪い。芋虫から蛹になって成虫に変体する時に、一度からだがドロドロに溶けるんだという。
それだけでも気味が悪いよね。
まして蝶の芋虫部分がくるりと反り返って、僕に尾を突き刺そうとしてくるのは、全くもってお呼びじゃない!!
「うわっわっわっ!!」
抱擁が、攻防戦へと変わる。
蝶は長い脚をピンと立て、躰を思い切り反り返しては弓のように勢いを付けて、僕の身体目掛けて振りかぶってくる。
僕が慌てて逃げると、何故愛を受け取ってくれないのかと言わんばかりに攻撃は激しくなる一方だ。
尾の先から、粘着質な何かが、ボタボタと滴り落ちる。
「たまご!!??」
「な~るへそ。セトくんに卵を産みつけようとしてるんだ。やっばいね!」
「ちょっ…!見てないで助けてよ!!」
リュシアの読み通り、マナの結界域による目くらましは効いている。岩陰からひょっこり姿を現したテルマ嬢を、蝶は認識できていないようだ。
マナの回復はまだまだだったが、僕を担いで短い距離を移動するくらいは力が戻っているようで、心底嫌な顔をしながら、それでもその場から救出してくれた。
「重っ!重っーーー!!??」
がっしりと僕の肩に手を回して、ふらふらと宙に浮く。空を飛ぶのは初めてだ。浮遊感に股間がひゅんとなった僕は小さな身体に必死にしがみ付いていて、傍から見るとロリコンの変態さんに見えるに違いない。
「次は蠍だ!早く運んでくれないと、蝶が追い付いてくるよ!」
蝶からしてみれば、突然浮上した僕がつれなく去って行く姿としか捉えていない。
蝶の謎の行動は、テルマ嬢が解説してくれた。歩く辞書ニーナにいつもくっ付いているから、必然的に毎日講義を受けているようなものだと、この旅に出発する前に粗方の虫の生態を頭に叩き込まれたらしい。
虫や魚、両生類に見られる特徴に、雌雄混合がある。
繁殖――つまり交尾の寸前まで性別が定まってなくて、その場の状況によってどちらにも成り得る特色の事だ。
虫にとっての愛情表現は、まさに繁殖行為。
そして自然界に於いて、種として優れ、強く、タフなのは女だ。
蝶は本能的に自分の方が強いと悟った。
だから自ら雌へと変体し、僕と最上の愛情表現である繁殖行為を行おうとしたのである。
中には過激な奴もいて、交尾云々をすっ飛ばして直接雄の体内に卵を産み付けて精子と受精させる。
卵は雄の体の中で孵化し、雄に守られて育ち、最終的には子供たちの最初の餌となる。
これを、蝶は僕にやろうとしていたのではないかと少女は言うのだ。
待ちきれず卵を産み落としながら。
「こいつ、グレフでしょ!?虫になりきり過ぎじゃないか??」
ふらつきながら、しかし懸命にテルマ嬢は僕を運ぶ。
蝶は僕のフェロモンを嗅ぎ取って、砂漠をズリズリと凄い勢いで追いかけてくる。蝶の後ろの砂埃が渦を描いて、小さな竜巻が幾つも出来ては摩擦してぶつかって凄まじい事になっている。あれに巻き込まれるだけでも大惨事だ。
「わたしも元グレフよ。神さまの核から生まれた。でも、テルマだわ。最初からテルマだったよ」
そして僕も、セトだ。
グレフの核にマナを吸い取られて全て失い、厳密に人ではなくなったにも関わらず、僕はセトで同時にインキュバス。
「謎だらけだね…彼らの仕組みは」
「だからお兄ちゃんが前に立って、神さまに立ち向かってるんでしょ。おねえちゃんも、アッシュくんも」
蝶を後方に引き連れて、僕とテルマ嬢はメタルスコーピオンの近くに降り立った。
ミミズの砂流はここまで届いていない。砂嵐は止んでなかったけれど、蝶が地べたにいるから毒の粉を気にしないでいいだけでも面持ちは違う。
アッシュは既にリュシア達によって回収されていた。
テルマ嬢と空を飛んでいる時に、砂地の端っこを通る三人の姿を見た。
遠目からだったが、アッシュはリュシアに背負われていた。何度も背負い直し、時には尻をニーナが支えて、えっちらおっちらと結界域の外に向かって走っていた。
砂が重力を吸うから、細身のアッシュでも二倍以上の重みを感じただろう。鍛えてもなさそうなリュシアには骨の折れる作業だろうが、もっと体力のないニーナに任せるわけにもいかないから彼が力仕事を担うしかない。
アッシュの手はだらんとしていて、完全にその身をリュシアの背に預けていた。
「大丈夫かな、アッシュ」
「う~ん、アッシュくんのマナは感じるから、死んでないと思うよ。ほら、頑張った跡もある」
この蠍もまた、誰もいない場所をひたすらくるくる回っていた。
硬い躰を軸にして回転している。風を切る音が怖いくらいに鳴っている長い毒針は、遠心力も加わって凄まじいスピードだ。
回る瞬間に力を一瞬溜めるから、次にその攻撃が来るとは予想がつくものの、対処が避けるしかないのが結構きつい。
要は足掛け縄跳びみたいなものだ。
回転する尾の下を、タイミングを計って潜るか飛ぶかで攻撃そのものは避けられるが、下が砂だと思うようにいかないし、体力の消耗も激しいだろう。
ぶつかれば最後、鋼鉄の重みに身体は骨までバキバキに砕ける。
頑張った跡――とは、蠍の下の魔法陣の事だった。
蠍は馬鹿みたいに回転をひたすら繰り返し、一向にその場から移動しない。
「あれ、なに?」
空からだと全貌が良く見える。
すっかり夜も更けて灯りも無い地面は真っ暗なはずなのに、さっきからほんわりと青白い光で全体を照らされているから分かるのだ。これもまた、リュシアの結界域で働くマナの輝きなのだろう。
「アッシュくんの張った魔法の拘束陣ね。土の精霊術よ」
「拘束?…だから蠍は回転してるだけなのか」
「砂漠に結界陣を描き、そこに敵を誘き出して罠にかける。単純な仕組みだけど、手間がかかるわ」
本来魔法とは後方支援の技だ。
リュシアとテルマ嬢は規格外だが、魔法を使うには色々とデメリットの方がでかい。
集中、詠唱、触媒、真霊力、呪文。そのどれが欠けても魔法は成り立たないのだ。
魔法使いはそもそも単独で行動しない。詠唱中は完全に無防備となるからだ。
基本的には近接職とパーティを組んで、安全な場所で詠唱を開始する。自ら危険な場所に飛び込むのは自殺行為だし、魔法使いの本質としても意味がない。
前に出て戦ってくれる人がいて初めて役に立つ魔法使いという存在を、僕は毛嫌いしていて馬鹿にもしていた。
一人じゃ何もできない臆病者だと嘲笑っていたのだ。
まだ災厄がなかった時代、外に冒険者が溢れていた頃から、魔法使いは不人気だった。好んでパーティに入れようとする人も少なかったし、絶対的な数も少なかった。
マナが操れるから大道芸の真似事をしている人もいたし、戦いではいつも蚊帳の外扱いだった。
けれど、リュシア達は違った。
僕の知っている、冒険者の魔法使いとは格が違う。
“紡ぎの塔”の人たちは魔法を見せびらかしたりもしないし、詠唱も長くない。凝った演出でアピールしようともしないし、的確な術を放つ。
我が身に攻撃を受けようとも、その集中を切らさずに。
詠唱している時も、魔法陣を描いている時も一人。誘き出すのも罠に嵌めるのも一人。
あの巨大な蠍のグレフに、たった一人で挑んだ。
軽口ばかり叩くアッシュだが、その魔法力は目を見張るものがある。彼もれっきとしたギルドの一員なのである。
――動きを封じて逃げ回れ――
リュシアが砂に呑み込まれる時、遠くなる意識の中でその声を聴いた。
アッシュはその言葉通り、蠍を封じて逃げ回った。
そのアッシュの忘れ物が、僕にも役に立ちそうだ。
「バリアは一定時間しか持たないよ。アッシュくんは何度も張り直したんだろうね。お兄ちゃんが戻ってくるまで」
「すごいな…」
「だからさっさと終わらせちゃいましょ。おねえちゃんもアッシュくんも、安全に休ませる場所が必要だわ」
「そうだね、早く誘惑してしまおう。ライバルが現れたら、蝶も僕を構っていられなくなると思うしね」
蝶に卵を産み落とされたとしたら、それこそ僕も終わりなのだ。
生殖器に身体は貫かれ、皮膚も臓物も引き裂かれて物理的に死ぬ。そんな死に方、死んでもごめんだ。
ビュンビュン回っている蠍にどう近付くかが問題だったが、テルマ嬢が簡単に解決してくれた。
僕を、蠍の真上に落としてくれやがったのだ。
遥か上空から真っ逆さまに落ちた僕は、メタルスコーピオンの鋼鉄の背にガイン!と身体をぶつけ、そのまま節だった脚元まで滑っていく。
その様子をテルマ嬢は腹を抱えて笑って見ている。
蠍の脚こそ危険だ。鋭い脚は爪先部分が槍のように尖っている。わきわきと動く6本の脚を避ける運動能力は僕には備わっていない。
だから、必死にしがみ付いた。
滑る鉄の躰に全身でしがみ付き、頬を擦り付けて蠍に呼び掛ける。
インキュバスによる魅了のタイミングは、まさに今だ。
「助けて欲しいんだ。あの蝶から、僕を」
すると、狂ったように回転していた蠍は、ピタリとその動きを止めた。
グゴゴ、ゴゴ……
グレフ特有の、くぐもった唸り声が振動として伝わってくる。
「君と共に在りたいと僕は願っているのに、ほら、見てごらん。あのケバい蝶が僕と交尾しようと凄い形相でやってくるんだ」
グゴゴゴゴゴゴオオオ!!!
蠍の背が、エビのように反り返った。
背にいた僕は振り落とされて、砂地に落下する。蠍は脚をめちゃくちゃに動かして、地面に落ちた僕の身体をその混沌の中に取り込もうとし始めたのだ。
揉みくちゃにでもされたら一巻の終わりである。僕の身体は簡単に貫通してしまうだろう。
その時、ようやく地べたを這いずってきた蝶が追い付いた。
蝶は奇声を上げ、翅をバタつかせて蠍への攻撃を開始する。その風圧で蠍を吹き飛ばそうとしているかのような動きだ。
毒の鱗粉も同時に舞う。
僕はなりふり構わず蠍の胴体の下に隠れる。蠍はまた嘶いた。僕の身体を気遣って、必要以上に動かない。踏み潰さないようにと尾で対抗する。
ジュウ…シュウシュウ……
毒の鱗粉が、矛すら通さない最強の鋼を溶かす。
ドシュ!ドシュドシュっ!!!
蠍の尾針が千本針となり、蝶の翅を穴だらけにする。
大地の上では蠍に軍配が上がる。空の覇者はマナの影響で空を飛べないから、動きがどうしてもトロくなる。
しかしどちらも尽戦している。蠍の鋼は溶かされている。鋼に隠された生身の肉まで毒は届き、白いモヤが霧散していく。
ぶわり―――!!
一際大きな風が起こった。
ちょうど蠍が毒針をしならせていた時で、躰の重心が下の方に移ったのを見計らっての攻撃だ。
蠍は呆気なくひっくり返る。風除けを失った僕も、風に煽られて再び砂地に転がり出てしまった。
「セトくん!!」
そこをすかさずテルマ嬢が持ち上げる。
「いいタイミングだよ、君は天才だ!」
「当たり前でしょ!わたしを誰だと思ってんのよ。…っていうか、あんたの能力凄いのね。神さまが指示を無視してあんたに夢中になるなんて」
獲り合う僕がいなくなった事に、二匹のグレフはすぐに気が付くだろう。
三竦みを完成させるには、残る大御所も誘惑させねばならない。ヒヤヒヤする場面はあったし多少痛い思いはしたけれど、グレフは滞りなく僕の意図通り魅了に浮かされている。テルマ嬢が驚くのも無理はない。
「君がテルマ嬢だと言い張るって事は、グレフは擬態先の性質をモロ受けするんじゃないかと思ってね。僕もグレフの核に侵されてるけど、ちゃんと僕だ」
「なにそれ、ふふっ!」
クスクスと少女は笑う。
僕の言いたい事を、皆まで言わずとも理解しているようだ。
「神さまも不完全…というより、アホってことかな?」
「そうだね。擬態が完璧過ぎたんだね。真似たはずの虫の本能が勝った。行商人の思惑からすっかり外れてね」
「わっかんないな~、わたしはわたしだけど、神さまの声の通りに動いていた時もある。セトくんだって、町から離れないって大元の命令には従ってたわけでしょ?」
グレフへの命令と、擬態先の本能と、人間としての感情。
核に支配されても、その時その時で優先される事柄が違う。何の感情が勝るのか、どのような条件下で変わるのか、それはまだ分からない。
だけど寄生先、又は擬態先の性格や性質に帰依することの方が強いのではないかとも思う。
僕が自我を保っているのが何よりの証拠だし、僕の淫魔に魅了されて虫の生殖本能を曝け出している二匹の動きは、多分行商人は想像してなかったはずだから。
その行商人がウロウロと狼狽える様を上空から見てると尚更そう思う。
「滑稽だね、見てよあの姿」
「白状ね~、あんた。さっきまでお仲間してたくせに」
片腕が溶けてなくなって、人の容としてはアンバランスで不格好な黒の行商人は、どうしてだか既にモンゴリアンデスワームの攻撃を受けていた。
広い砂漠の上を忙しなく右へ左へ移動してアワアワしている。何をしているかと思えば、どうやらミミズが噴射する土砂に呑まれて、砂漠に描かれた渦に翻弄されていたのである。
男はあっちに行ったりこっちに行ったりと、されるがままなのに顔は無表情で、それでいて手はバタバタさせているから喜劇でも演っているかと思った。
「言ったでしょ、リュシアにつくと。絶対に敵わない相手に喧嘩を挑むほど僕は愚かじゃない。それに、リュシアといると僕も幸せだ」
見目麗しい姿を眺めるだけでも眼福だし、権力も騎士団長閣下と肩を並べる。知識も豊富で箔があり、なにより力がある。
顔が広い者と共にいれば、必ず利を得る。様々な良い思いをするだろう。
「あんたっていい根性してるわ。精霊も基本的には楽観主義だけど、立ち直りが早いのも、あんたがそうやって立ち回ろうとするのも、その核の影響かしら」
「さあてね。細かい事を考えても分からないものは、最初から考えないようにしているだけさ」
テルマ嬢に頼んで、渦の反対側に降り立つ。
腕が怠いとしきりに文句を言う少女は、その場で解放することにした。
僕らの真後ろが結界域の境目。少し距離はあるが、人間への関心を失っているグレフにもはや脅威はないだろうし、後一仕事終えたら僕もお役御免だ。
結界域の向こう側に、豆粒ほどだがリュシア達の姿も見える。彼女が飛んで行けば、直ぐにでも大好きな姉に合流できるだろう。
「すぐに終わるさ。皆の仲間入りの記念にハグして貰わなきゃね」
「あー、重かった!!あんたのインキュバスにも注意してないといけなかったから、無駄に疲れたわ!」
「ありがとう、テルマ嬢。君はなんて可愛くて良い子なんだろうね」
ふわふわ白毛を優しく撫でたら、少女の顔がふにゃりと弛緩して瞳が細まる。
これが大人の女だったら放っておかないのにと思った途端に、我に返ったテルマ嬢に手を叩かれた。
「だだだからそれ、やめなさいってば!!ったく、わたしは戻るけど、ちゃんとこっちに帰ってきなさいよ。お兄ちゃんはあんたを信用してるんだから」
「僕もリュシアを手放す気はないから、それは大丈夫だよ」
「ふうん…、あんまりあの人を甘く見ない方が、わたしはいいと思うんだけどね……」
いつか聴いた台詞を、少女は吐いた。
つい最近、同じ言葉を僕は聴かされた。あれは誰が言ったんだっけか、色々な事があり過ぎていちいち思い出せない。
「お兄ちゃんはあんたが思ってるより単純じゃないと思うけど…。テルマ的にはおねえちゃんに手を出しさえしなければ、どうでもいっか。そんじゃあ、死なない程度に頑張ってね!」
シスコン少女の嬉しそうな後姿を見送りながら、あのお堅いニーナを僕色に染めるのもまた一興だと思った。
色んなスパイスが入り混じって極上のオードブルが完成する。ニーナの本命を想う恋慕を踏みにじり、嫉妬と後悔と激しい劣情に彩られた女体盛りをリュシアの前で喰ったなら、最高に美味いに違いない。
インキュバスはそれを可能にする。
偉大な魔法使いには効かなかったが、それ以外はもれなく術に掛かるのだから。
「これって彼らの最高の贈り物だよね」
僕は思う。
最期の最後で、女神は僕を見捨てなかったと。
散々な目に遭って不幸のどん底にいた僕は、最終的にはギルドに命を救われて、これからも血筋を守る為に保護される。
《中央》に連行されて何をされようと、この力さえあれば何もかも懐柔できる。
集団を味方に付ければ、術の効かないリュシアであろうと手が出せなくなる。人の集団心理は理不尽に強固だからこそ、敵に回せば怖いのだ。僕の淫魔はあのフレデリク将軍でさえ影響を及ぼしているのだから、なんだって出来るはずだ。
あわよくば、僕がギルドの頂点に立つのも悪くない。
身も立場もリュシアと同格になって、堂々と彼の隣に並ぶのだ。
これで僕を拒絶など、出来るはずもない。正々堂々とリュシアをモノにするのだ。
「あはは!世の中なんて単純だ。結局、運の強い者が勝つ。僕は世界で一番、不幸で運の良いハンサムな男だ」
条理と不条理で出来ているこの退廃した世界で幸せになるには、正攻法でいっても無駄なのだ。
どれだけしたたかになれるかで、全ては決まるのだ。正直者が損をする時代に、女神を讃える正義の経典など、ただの肥やしにもなりやしない。
僕の夢は潰えていない。
この世界に王として君臨する力も、ハーレムを作る力もある。
なんだ、泣く必要なんてなかったじゃないか。絶望する事も、嘆く事も、命を諦める事もなかった。
僕の夢は、この瞬間に歩き始めた。今までのはただの前哨戦で、僕が真に目覚める踏み台だっただけ。
「なんの問題も、ないね」
僕の晴れ舞台を、死んだ父さんに見せたかった。
でも父さんこそ僕が主役を張る舞台のわき役の一人だったのかと考えると、これもまた必然なので哀しむ必要はまったくもってないのである。
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