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四. ルーベンスの章
13. Obedience
しおりを挟む「ぐっはぁ!!えへへへ、へへへへ、すっげーきもちいっ!!」
「…くっ…レオ…ごめんな、さ…」
遠慮なく吐精された男の欲望の権現が、無理矢理の行為で裂けて血が滲む女の股座から流れ落ちる。
俺はそれを待っていた。
黄色混じりの濃い白濁の中の、鬼の残りカス――――マナを探る為に。
真霊力は生き物の生命を司る固有エネルギーである。
人は誰であろうとマナを持ち、マナは生体が何らかの行動を起こすとエネルギーとして使われて、それから体外へと排出される。
あのような、射精も例外ではない。
排出されたマナは軌跡として暫く残り、魔族は血族間でそれを感知できるが、それは自分の遺伝子の配列と類似するものを本能的に嗅ぎ取っているからである。
動物を礎に創られた魔族だからこそできる、動物的な御業だ。
人間は感知機能そのものが備わっていない。よって、マナを感知する事はおろか、魔法以外にマナを操る事さえも不可能だ。
ドロリと女の太腿を伝う精液は、個人情報がたっぷり詰まったマナの塊と言ってもいい。
本来は子種を残す目的で排出される雄の精子だ。まさに自分の分身、これ以上の物はない。
調査対象そのものの本質を知るには、男ならば精子、女は膣内を探れば一番手っ取り早く正確である。
だが――――。
「この蜥蜴はそっちの檻に入れろ!ガバガバになるまで可愛がってやる!」
「じゃあ、次だ、次ぃ!!」
また、一つだけ列が進んだ。
蜥蜴の女が押し込められた檻の中には、すでに2人の先客がいた。どれもこの数時間で犯されて、鬼どもの玩具が決定している女達だ。
俺はさっきの女も含めて3回も、この惨状を見つめてきた。
その度に奴らが出した汚い白濁に意識を送り込み、そのマナの性質を探ろうとしてきた。
全ては鬼の正体を探る為、この失踪事件の全貌を明らかにする為、そして、俺自身が逃れる為に。
なのに、また失敗に終わった。
俺の念は白濁に届き、絡み合った紐を解くかのように一つ一つその特徴を探っていくのだが、最初の時点で暖簾に腕押し、マナの痕跡が見当たらないのである。
3回とも、そうだった。またしても、情報は得られなかった。
そう、この鬼達にはマナが無い。
呼吸をするだけでもマナは巡るはずである。しかし、この鬼らはマナを全く排出しない。
感知もしない。マナそのものが、存在していないのだ。
だが、奴らでもない。
人間を脅かす怒れる神にとって、マナは毒だ。奴らはマナを食って【浄化】を行い、世界を混沌に導いている。長年奴らに対峙してきた俺には分かる。奴らもマナを持ち合わせていないが、鬼とは決定的な違いがあるのだ。
グレフには自我が無く、欲望に塗れたりもしない。グレフは無差別に人を殺すが、それは奴らの攻撃範囲内に不用意に立ち入った時に限られる。自我のないグレフは、命令がなければそもそも人すら襲わない。ひたすら空気中のマナを食い、【浄化】をするだけの木偶の坊と云ってもいい。
鬼は七つの大罪の体現者である。グレフには到底真似できない人臭さもある。
鬼はいたぶりたいが為に人を殺し、凌辱し、蹂躙する。
結論、鬼は怒れる神ではない。
ならば何だというのだ。
マナを持ちえない新たな生物がこの世界に生まれた?それともそもそも存在した?
いや、あり得ない。そんなものがあるとすれば、とっくに俺が察知している。
奴らは人類だ。それは間違いない。魔族か、もしくは人間かのいずれかだ。
マナが読めない上に、気配も探れないから人数も分からない。目視出来るだけで3人は確認できる。何処かに俺達に矢を番える射手もいるはずだ。
女を犯す鬼の股間には猛々しい雄の象徴がある事から性別は男。節くれた手や首筋の皺から見るに、40を越えた壮年期、だが年寄りではない。ただ魔族の場合は寿命が種族によって異なる為、これは一概に断言はできない。
全員が鬼の面を付け、特徴的な蓑を頭からすっぽりと被っている。
顔は見えないが、奴らが喋るたびに口元だけが露出する。鬼が曝け出した口、腕、下半身に特に目立ったものはない。魔族特有の「飾り」も、現時点では見当たらず正体は未だ不明である。
そしてこの場所も見知らぬ地だ。
俺とこの50人の囚人達は、徒歩でここまでやってきた。
長が治める集落の地下から三日間、ずっと歩き詰めだった。地下は迷路のように複雑で何度も隆起を繰り返し、時には地上に出ては水中を進むなど、道無き道を歩かされた末に行き着いた場所である。
入り組んだ地下を登った先の地上は、深い森の中だった。
俺達は周囲に森を据え、何も置いていない物置小屋のような納屋にぶち込まれた後、鬼による選別を受けている。
また納屋は複数あり、大きさに統一制はない。ここが一番広い納屋で、入り口付近にらせん状に配置された5つの檻があった。檻の下には滑車が付けられ、恐らく別の納屋に繋がっていると思われる。
俺達は鬼に選別された後、檻に入れられて別々の納屋に格納されていくのだろう。
行き着く先も、これから何をされ、何が行われるかも分からない。鬼は一切の説明を省いて囚人たちの選別を開始した。俺達に発言権は、地下を彷徨っている時から与えられていない。
ただ、選別をする辺り、現時点で鬼は囚人を生かすつもりはあるようだ。殺戮が目的ならば、まず3日も歩かせないし、こんなところで無駄に時間を費やす必要もない。
しかしここに至る前に瀕死状態に陥り、碌に歩けもしなくなると檻に収監される前に殺されてしまう。
奴らの選別は、奴らなりの理由がある。それは生きている事が最条件であり、弱ったものは不用である事。
一般的に考え得るのは「労働力」だが、こういう輩は常識の範囲外でモノを見ている為に当て嵌まらないのが実情だ。
三日だ。
三日もかけて、たったこれだけしか判明していない。
初めの三日はひたすら歩き、この半日は行列に突っ立って順番が来るのを無言で待つのみ。
その間、何も探れなかった。何もだ。何一つ、有益な情報は得られていない。
ここに囚われ責め苛む魔族が件の失踪者である事以外は、梨の礫であった。
自分の力を過信するつもりはないが、この事件を見誤った感は到底否めない。
まさか俺の力が通用しない敵と遭遇するとは思ってもいなかった。いつものように様子見して、原因と対処法を探ってから終わらせる算段だったが、力が当てにならないと分かると、途端にやる事がなくなってしまう。
否、やる事が一つしかなくなる。
様子見をやめて、今すぐにでも人質もろともこの周囲を吹っ飛ばして塵に消す事だけは可能だが、そうしてしまうと後々困った事になる。
厄介ごとは極力排除するに越したことはない。魔族を敵に回して良い事など一つもない。それに長との依頼を反故するのは勿論、その後で俺が今回の旅でどうしてもやりたかった事が出来なくなるのだけは避けたかった。
それがしたいが為に、本来は騎士団長が赴くはずだったこの案件を、俺が引き受ける形となったのだから。
それに俺は鬼どもに興味を持ち始めている。
この者らの正体は二の次だ。
俺が最も知りたいのは、「如何にしてマナを消しているか」である。
俺を地下で攫った時も、この大人数を大人しく引率している時もそうだった。この鬼らは、自由にマナを操る術を持っている。
女や老人が多いとは云え、相手は魔族。一個体の力は人間より遥かに上だ。他のどの生き物よりも引けを取らない魔族が、この大人数で一致団結して束になって反旗を翻せば状況は簡単に覆るはずなのに、たった3人の鬼を相手に無抵抗に連行されるのは、不自然さが付きまとう。
どうしてか、鬼に抗えなかった。
何らかの手段を用いて、俺たちの力を無効化している。俺はその手段が知りたかった。
敵の手の内を知りたいのもある。マナを操る前代未聞の未明な技を、お世辞にも大層な頭の出来を持ち合わせていないこの阿呆どもがしたり顔で好き放題に使っているのも面白くない。
なにより、その手法が欲しかった。この技は、本命との戦いで役に立つ。
鬼の力の及ぶ範囲を、まずは知る必要がある。その力は鬼自身が発動しているものなのか、魔法武器のような創世時代の遺物のいたずらなのか、または別の何かなのかを。
そこで俺は実験をしてみる事にした。
俺の体躯を使って、鬼の体内を直接探るのである。
幸い奴らは見た目で好みを判断している節がある。先ほどの蜥蜴女は美しく、その前に手籠めにされた女は魔族特有の「飾り」が牙のみで、姿はより人間に近かった。人間に執着がありそうなのは、俺にとって好都合である。
俺の正体が人間だと分かれば、鬼は飛びついてくるだろう。それに俺の見てくれは、十二分に利用価値がある。女よりも美しいと揶揄されるこの素顔は、鬼の加虐性を引き立てる役目を十分に果たしてくれるだろう。
一つ問題があるとすれば俺が男である事だ。
そもそも同性同士の交わりは非生産極まりなく、女神の説く経典でも不浄の行為、倫理的に於いても禁忌とされている。中には全く男を受け付けず、嫌悪感しか抱かない者もいるが、その場合は魔法で錯覚を起こさせて問題を解決させてきた。
しかし今の俺は魔法が使えない。正確に言えば、いざ使ってみたらどうなるか分からない状態にある。この状況で、極力魔法は使いたくはない。
……まあ、なるようになれだ。
何か不都合があれば、その時はその時である。
対処不能に陥れば、力を解放して皆殺しにすればいい。その際、周りの魔族を巻き込んで殺してしまうし、鬼の使う未知なる力の正体も暴けなくなるが、致し方ないと思うしかない。
今後二度と失踪事件は発生しない事実だけが出来上がる。攫われた魔族には申し訳ないが、彼ら抜きで今後の魔族の未来を作っていくしかあるまい。
面倒臭いが、長への言い訳を考えておかねばな。
「おい、そこの」
列に並ぶ囚人達を退屈そうに突く鬼の一人に声を掛けた。
「て、てめえ!勝手に喋るんじゃねぇよ、このウンコ!!」
「クソでもなんでもいい。早く終わらせてくれないか、いい加減立っているのがきつい」
「てめえ、この状況が分かって言ってんのかよ!!」
「どうした、何騒いでる!?」
「いや、このローブ野郎が急に喋りだしてよ!」
俺の周囲の列が乱れ、騒然となる。上の方で矢が番えられる音がする。
当たり前だ、誰もとばっちりには遭いたくない。
「別に逆らってるわけじゃない。嫌がらせのつもりだろうが、何時間もお前たちに付き合うのはいい加減飽きたと言っているんだ」
「なっ…!こいつ!ちょっとこっち出てこいやぁ!!」
腕を強く引っ張られ、俺は列から引き摺りだされる。その時一本の矢が俺を掠め、分厚いローブの裾を貫通した。牽制を意味しているんだろうが、生憎と矢如きで狼狽えるほど、俺は人間らしくはない。
「ま、待て!こいつを殺すな!!おいおい、よく見たら上等なモン着てやがるな…こりゃあいい!!」
そのまま列の先頭に連れて行かれる俺を、囚人らは悲痛と同情の入り混じった複雑な顔で見ている。
これから奴らに何をされるかなんて、想像に容易い。
生か死か、服従か屈服か。
与えられる選択肢なんて、そんなものしかないのだから。
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