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第一章 異世界召喚
5. 泣き出したら20秒。そんなに待てっこないのは分かってる ①
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シン…とした、明け方も早朝。
陽は東に現れたばかり。真上の空は未だ暗く、紫色である。
冷たい空気と、中の異様に篭った空気を入れ換えようと重い腰を上げた時。
「へけっ、へけっ、へけっ」
「!!」
ぎょっとして固まる。
薄っすらと暗い部屋の中、その音に反応して少女が両手を前に掲げる。
もう一人の少女は耳を塞いでいる。
そして、最後の一人がガタリと座っていた椅子を、その可愛らしい小さなケツで蹴り倒したのを慌てて制し、しいっと人差し指を立てた。
「ま、待てっ!」
声を潜めつつ、様子を窺う。
「へけっ、へけっ」
鼻が詰まったような抜けているような、大人では絶対に出せないか細くて高い声が断続的に鳴っている。
「20秒だ。20秒、待つんだ」
「へけっ、へけっ、ふぇっ、へぇっ」
「9、10、11…」
「いや、これは完全に起きてるでしょ」
「13、じゅうよ…」
「へけっ……」
庇護欲を掻き立てられる声は10秒辺りで感覚が短くなって、13秒目にして止まった。
俺はほうっと息を吐いて、ほれみろと勝ち誇った顔で少女らを見据えようとしたのだが。
「ふぇひゃああああぁぁぁああああああ!!!!」
「ああああぁぁぁぁあぁぁぁあ!!!!」
「ほんわぁ!ほんわぁ!ほんわぁ!!」
耳を劈く不快な声が、建物全体に響き渡った。
「ぐっ…!」
あまりの声のバカでかさに耳を塞ぐ。真ん中の少女が既にそうしている通りに耳を塞いだ上から枕を被って必死に現実逃避に走る俺だったが。
ドンガラガッシャンと、部屋の外から何か重いものが落ちる音。次いで悲鳴が聞こえてきたから耳を塞いでも全く意味がないと悟る。
「あんた!!せっかく寝たのに窓なんか開けるから!!」
朝日に照らされたピンク髪の少女が激怒している。
大きな瞳の下に、はっきりとした隈。
「うるせー!!どうせ何しても起きたとかで、全部俺の所為にするんだろうが!!」
「はんぎゃああああああ!!!」
バサバサと戸棚の本が飛んでいく。開けた窓からどんどん放り出されていく。
「あああああ…。30分前にようやく寝たと思ったのに…」
あわあわと窓を閉めに向かう濃い紫髪の少女?だったが、ギクリと立ち止まりその場から動かない。
へにゃりと顔を綻ばせ、どうしようと隣のよく似た顔立ちの少女の肩を突いた。
とても小さなもみじのおててが、少女?の小指をしっかりと握っているのだ。
「はんわぁ!はんわぁ!はんわぁ!!」
「っつか、マジで元気あり過ぎだろ…。一日中泣きまくってんのによ…」
昼も夜も無かった生活を長年やってきた俺でさえも相当堪えているのだ。
今まで陽が落ちたら寝るといった贅沢な暮らしをしていた彼女らにとっては、地獄のような辛さであろう。
現に枕を被って震えているもう一人の淡い紫髪の少女は、静かにシクシクと泣いているだけだ。
ガタガタガタ!ガタガタ!!
また部屋の外でなにかの鈍い音がした。
遠くで女の苛々した叫び声も同時に聞こえる。
「ヒステリックにもなりますよ…。連日この調子なんですから…ぐすっ」
枕から僅かに顔を上げて、少女は鼻を啜った。
「なあにが20秒よ!!20秒待つ間に大変な事になっちゃってんじゃない!」
「知るか!そう書いてたんだからしょーがねぇだろ!へけへけは、ただの寝言の可能性が高えから、下手に抱き上げたりしたら返って起こしてしまうってよ」
「この人の場合、へけへけからちょっと溜めて本泣きするから期待させられちゃうんだよね…」
「でも、泣きすぎですぅ…」
「へわあああぁぁあ!!へわぁぁあああ!!」
この赤ん坊が泣き始めてまだ3分。永遠にも感じるが、まだ3分だ。
なのに部屋はぐちゃぐちゃの大惨事である。
片付けても片付けても、こやつが泣けば部屋の中は台風が吹き荒れたみたいに凄い事になる。
だからもういっそ片付けをやめた。
散乱した物が赤ん坊に当たろうが、どうせこいつにダメージは与えられない。
俺も、どうってことない。
しかし3人の少女らは違う。
そして、部屋の外に待機している、何人かの大人たちも。
「赤ん坊ってのは「ほんぎゃあ」って泣くもんだとばかり思ってたけど、全く違うのな」
このまま赤ん坊をベッドの上に放置するわけにもいかないから、渋々と抱き上げる。
交代であやしているは、腕はパンパンでかなり痛い。
左手でだらんとした首を、右腕全体を使って身体を支え、ゆっくりと左右に振る。
「へんわぁ!へんわぁ!へんわぁ!!」
赤ん坊に泣き止む気配はない。
こいつは一度泣き出すと、それこそ火が付いたように泣き叫び、どれだけ抱こうがあやそうが全く効果がない。
「ああああ…泣き声が寝不足の頭に響くぅ…」
そして、こんなにも不快な声だとは知らなかった。
バタバタバタバタ!ガチャン!!
「おっと、ついに救世主が現れやがった」
ノックもせず汚い部屋に飛び込んできたのは、恰幅のよい中年の男。
自慢のちょび髭は可哀想なほど萎れている。
手入れする気力もないらしい。
それでも自分の役割だけはきっちりこなす所は流石だと思う。
「ぼんじゅ~る!!コウハさぁん!!3時間経ちました~。おミルクの、お時間で~すよぉ!!」
「朝からテンションマックスなのはどうかと思うけど、待ってましたぜ。サンキューな、オッサン!」
この男、語尾がトゥルルルと巻き舌で喋るのが鬱陶しいが、寝不足が過ぎて頭の中が多分お花畑になって増して鬱陶しい。
ピンク髪がジト目でちょび髭親父に近づいて、湯気の立つ哺乳瓶を奪い取った。
「あうち!乱暴で~すねぇ!」
「うるさい」
それからすかさず、俺の腕の中で喚き散らす小っちゃな口の中に、哺乳瓶の先っちょをこれまた乱暴に突っ込んだ。
陽は東に現れたばかり。真上の空は未だ暗く、紫色である。
冷たい空気と、中の異様に篭った空気を入れ換えようと重い腰を上げた時。
「へけっ、へけっ、へけっ」
「!!」
ぎょっとして固まる。
薄っすらと暗い部屋の中、その音に反応して少女が両手を前に掲げる。
もう一人の少女は耳を塞いでいる。
そして、最後の一人がガタリと座っていた椅子を、その可愛らしい小さなケツで蹴り倒したのを慌てて制し、しいっと人差し指を立てた。
「ま、待てっ!」
声を潜めつつ、様子を窺う。
「へけっ、へけっ」
鼻が詰まったような抜けているような、大人では絶対に出せないか細くて高い声が断続的に鳴っている。
「20秒だ。20秒、待つんだ」
「へけっ、へけっ、ふぇっ、へぇっ」
「9、10、11…」
「いや、これは完全に起きてるでしょ」
「13、じゅうよ…」
「へけっ……」
庇護欲を掻き立てられる声は10秒辺りで感覚が短くなって、13秒目にして止まった。
俺はほうっと息を吐いて、ほれみろと勝ち誇った顔で少女らを見据えようとしたのだが。
「ふぇひゃああああぁぁぁああああああ!!!!」
「ああああぁぁぁぁあぁぁぁあ!!!!」
「ほんわぁ!ほんわぁ!ほんわぁ!!」
耳を劈く不快な声が、建物全体に響き渡った。
「ぐっ…!」
あまりの声のバカでかさに耳を塞ぐ。真ん中の少女が既にそうしている通りに耳を塞いだ上から枕を被って必死に現実逃避に走る俺だったが。
ドンガラガッシャンと、部屋の外から何か重いものが落ちる音。次いで悲鳴が聞こえてきたから耳を塞いでも全く意味がないと悟る。
「あんた!!せっかく寝たのに窓なんか開けるから!!」
朝日に照らされたピンク髪の少女が激怒している。
大きな瞳の下に、はっきりとした隈。
「うるせー!!どうせ何しても起きたとかで、全部俺の所為にするんだろうが!!」
「はんぎゃああああああ!!!」
バサバサと戸棚の本が飛んでいく。開けた窓からどんどん放り出されていく。
「あああああ…。30分前にようやく寝たと思ったのに…」
あわあわと窓を閉めに向かう濃い紫髪の少女?だったが、ギクリと立ち止まりその場から動かない。
へにゃりと顔を綻ばせ、どうしようと隣のよく似た顔立ちの少女の肩を突いた。
とても小さなもみじのおててが、少女?の小指をしっかりと握っているのだ。
「はんわぁ!はんわぁ!はんわぁ!!」
「っつか、マジで元気あり過ぎだろ…。一日中泣きまくってんのによ…」
昼も夜も無かった生活を長年やってきた俺でさえも相当堪えているのだ。
今まで陽が落ちたら寝るといった贅沢な暮らしをしていた彼女らにとっては、地獄のような辛さであろう。
現に枕を被って震えているもう一人の淡い紫髪の少女は、静かにシクシクと泣いているだけだ。
ガタガタガタ!ガタガタ!!
また部屋の外でなにかの鈍い音がした。
遠くで女の苛々した叫び声も同時に聞こえる。
「ヒステリックにもなりますよ…。連日この調子なんですから…ぐすっ」
枕から僅かに顔を上げて、少女は鼻を啜った。
「なあにが20秒よ!!20秒待つ間に大変な事になっちゃってんじゃない!」
「知るか!そう書いてたんだからしょーがねぇだろ!へけへけは、ただの寝言の可能性が高えから、下手に抱き上げたりしたら返って起こしてしまうってよ」
「この人の場合、へけへけからちょっと溜めて本泣きするから期待させられちゃうんだよね…」
「でも、泣きすぎですぅ…」
「へわあああぁぁあ!!へわぁぁあああ!!」
この赤ん坊が泣き始めてまだ3分。永遠にも感じるが、まだ3分だ。
なのに部屋はぐちゃぐちゃの大惨事である。
片付けても片付けても、こやつが泣けば部屋の中は台風が吹き荒れたみたいに凄い事になる。
だからもういっそ片付けをやめた。
散乱した物が赤ん坊に当たろうが、どうせこいつにダメージは与えられない。
俺も、どうってことない。
しかし3人の少女らは違う。
そして、部屋の外に待機している、何人かの大人たちも。
「赤ん坊ってのは「ほんぎゃあ」って泣くもんだとばかり思ってたけど、全く違うのな」
このまま赤ん坊をベッドの上に放置するわけにもいかないから、渋々と抱き上げる。
交代であやしているは、腕はパンパンでかなり痛い。
左手でだらんとした首を、右腕全体を使って身体を支え、ゆっくりと左右に振る。
「へんわぁ!へんわぁ!へんわぁ!!」
赤ん坊に泣き止む気配はない。
こいつは一度泣き出すと、それこそ火が付いたように泣き叫び、どれだけ抱こうがあやそうが全く効果がない。
「ああああ…泣き声が寝不足の頭に響くぅ…」
そして、こんなにも不快な声だとは知らなかった。
バタバタバタバタ!ガチャン!!
「おっと、ついに救世主が現れやがった」
ノックもせず汚い部屋に飛び込んできたのは、恰幅のよい中年の男。
自慢のちょび髭は可哀想なほど萎れている。
手入れする気力もないらしい。
それでも自分の役割だけはきっちりこなす所は流石だと思う。
「ぼんじゅ~る!!コウハさぁん!!3時間経ちました~。おミルクの、お時間で~すよぉ!!」
「朝からテンションマックスなのはどうかと思うけど、待ってましたぜ。サンキューな、オッサン!」
この男、語尾がトゥルルルと巻き舌で喋るのが鬱陶しいが、寝不足が過ぎて頭の中が多分お花畑になって増して鬱陶しい。
ピンク髪がジト目でちょび髭親父に近づいて、湯気の立つ哺乳瓶を奪い取った。
「あうち!乱暴で~すねぇ!」
「うるさい」
それからすかさず、俺の腕の中で喚き散らす小っちゃな口の中に、哺乳瓶の先っちょをこれまた乱暴に突っ込んだ。
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