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第2章 1 なにか忘れてるような
自分探しの旅
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イツモフさんとの一件が終わったというのに、まだなにか忘れているような気がする。
まあ、こういうときってふとした瞬間に思い出すものだ。
思い出そう思い出そうとするとかえって頭が混乱する。
気長に待てばいい。
徳川家康だって鳴くまで待とうと言っていたじゃないか。
それで江戸幕府を開いたじゃないか。
ちなみに、人体実験として俺が飲まされた思考読み取り機はその効力を失ってしまった。
まあ試作品だししょうがない。
体から排出された気配はないんだけど……それは大丈夫だと思おう。そうしよう。
とりあえず、ミライの指導の下、俺は家に引きこもりながら筋トレを頑張っていた。
大度出との一件みたいなことが頻発するとは思わないが、また似たような事案が発生しないとも限らない。
どんなに聖人君子であったとしても、生きているだけで人は無自覚に誰かを傷つけてしまう可能性を秘めている。
……あれ?
引きこもりって人と会わないから、人を傷つけることがない!
「つまり引きこもりは聖人君子より格上だ!」
「なに言ってるんですか。引きこもりは社会全体に迷惑をかけているのですから、下の下です」
「はい。すみません」
まあとにかく、また誰かに逆恨みされる可能性はある。
俺が狙われるのならまだいいが、ミライが狙われないとも限らない。
そのとき、今度はミライをちゃんと守れるようになっていたいと思う。
そして。
「私も、この前の失態はもうこりごりですから。少しは立ち向かえるようにしておかないと」
隣ではミライもトレーニングに勤しんでいる。
彼女も思うところがあったのだろう。
ちなみに、ミライが選んだ武器は鞭なのだが……別に俺の趣味とか、そういうことじゃないからね。
「そういえばさ、ミライ」
筋トレの休憩中、俺はずっと気になっていたことを尋ねることにする。
「どうしました? さっそくこれで縛ってほしいのですか?」
「違うわ!」
ちょっと興味はなくもないけど……ってバカ!
「ミライには俺みたいに【攻撃】とかのステータスがないだろ? ほらその……」
「人形だから、ですね」
俺が言いあぐねていたことを、平然とミライが言ってのける。
俺はミライを人間だと思って接しているが、こうしてミライが人形前提で話をしなければいけない瞬間がどうしてもきてしまう。
それがものすごく悲しいというか、心苦しいというか。
「まあ、な。俺はそんなこと思ってないけどさ」
「大丈夫ですよ。誠道さんの優しさは充分に伝わってますから。話をつづけてください」
「ありがとう」
ミライの笑顔に救われる。
ってか俺がそうやって人形の話題になるたびに心苦しくなることこそ、ミライを人形だと強く意識していることの証じゃないか。
考え方を改めなければ。
「で、えっと、俺とは違ってステータスがないってとこまで話してたよな」
「はい」
「だとすると、俺たち本当の人間とは違ってさ、訓練しても意味ないんじゃないかなって思うんだけど」
俺たちは訓練して経験値を獲得すればステータスをレベルアップできるが、そのシステムが適用されないミライは強くなりようがないのではないかと思ったのだ。
「私も最初はそう思っておりました。ですが、面倒くさいなぁと思って読み飛ばしていた説明書を細かなところまで読んでいくとそうではないことがわかったのです」
説明書……ああ、出会った当初に渡された分厚いやつか。
俺も重要そうなところだけを読んで、他は読み飛ばしてたんだよな。
「でも自分の説明書はさすがに最初から熟読しとこうね」
「どうしてですか? 人間が自分探しの旅をするのと一緒ですよ。本当の自分を知りたいと思うのはいつも後からなんです」
「説明書とインドへの旅を一緒にしないで。手間も値段も違うからね」
「誠道さん。それは横暴というものです。私は他人の書いた長文は嫌いですから読みたくありません。だったら他人のお金でインドにいきます」
「今のミライの発言を横暴と言うんじゃないのかなぁ」
「なにを戯言を。だって人間はみな、他人の書いた長文は読まない生き物でしょう。にもかかわらず、自分が努力を重ねて書いた長文だけは、それがどんな文章であっても読んでくれると勘違いしている」
「たしかに」
ミライの言うことは最もだ。
「中学のプレゼン授業のとき、字ばっかりのプレゼンは見ただけで辟易して読まなかったなぁ」
「さらに最近ではSNSの影響で、短い文章すらきちんと読まない、理解できないバカな人が増えていると聞きます」
「今の日本の闇をこうも的確に言い当ててるなんて、ミライはもしかして優秀なのか?」
一時期日本が感染症で大変だったとき、『マスクありません』って書いてるのに、マスクありますか? 本当にないの? って聞くバカがいたそうだ。
自分だけ特別だと思い込んでるバカって本当に迷惑だよなぁ。
「私は最初から優秀です。今さら気づいたんですか」
ミライは自慢げに鼻を鳴らす。
「でも、他人の書いた長文は読まない……か」
なんか知らんけど、とりあえず、読んでいただいてありがとうございますって言わないといけない気がしたので、ここで言っておきます。
読んでいただいてありがとうございます。
「たださ、ミライ。自分のことを、自分探しの旅なんかするやつと一緒とか言わない方がいいよ。『自分探しの旅』って言葉、一時期『マスクありますか?』って言葉が、バカが使う言葉ランキングを駆け上がっていったのにもかかわらず、堂々と第一位をキープしてたから。海外にいって見つかる本当の自分なんか、たいしたことないから」
「誠道さんって時々、核心を突きますよね」
ミライが感心したように胸の前でパンと手を合わせる。
「今の自分は本当の自分じゃないんだ! と思って海外にいかずに引きこもりになった誠道さんから言われると、説得力が違いますね。どうですか? 引きこもったことで本当の自分は見つかりましたか?」
「あー、俺いますぐ自分探しの旅に出ようかなー」
もう煽るのはやめてくれぇ。
まあ、こういうときってふとした瞬間に思い出すものだ。
思い出そう思い出そうとするとかえって頭が混乱する。
気長に待てばいい。
徳川家康だって鳴くまで待とうと言っていたじゃないか。
それで江戸幕府を開いたじゃないか。
ちなみに、人体実験として俺が飲まされた思考読み取り機はその効力を失ってしまった。
まあ試作品だししょうがない。
体から排出された気配はないんだけど……それは大丈夫だと思おう。そうしよう。
とりあえず、ミライの指導の下、俺は家に引きこもりながら筋トレを頑張っていた。
大度出との一件みたいなことが頻発するとは思わないが、また似たような事案が発生しないとも限らない。
どんなに聖人君子であったとしても、生きているだけで人は無自覚に誰かを傷つけてしまう可能性を秘めている。
……あれ?
引きこもりって人と会わないから、人を傷つけることがない!
「つまり引きこもりは聖人君子より格上だ!」
「なに言ってるんですか。引きこもりは社会全体に迷惑をかけているのですから、下の下です」
「はい。すみません」
まあとにかく、また誰かに逆恨みされる可能性はある。
俺が狙われるのならまだいいが、ミライが狙われないとも限らない。
そのとき、今度はミライをちゃんと守れるようになっていたいと思う。
そして。
「私も、この前の失態はもうこりごりですから。少しは立ち向かえるようにしておかないと」
隣ではミライもトレーニングに勤しんでいる。
彼女も思うところがあったのだろう。
ちなみに、ミライが選んだ武器は鞭なのだが……別に俺の趣味とか、そういうことじゃないからね。
「そういえばさ、ミライ」
筋トレの休憩中、俺はずっと気になっていたことを尋ねることにする。
「どうしました? さっそくこれで縛ってほしいのですか?」
「違うわ!」
ちょっと興味はなくもないけど……ってバカ!
「ミライには俺みたいに【攻撃】とかのステータスがないだろ? ほらその……」
「人形だから、ですね」
俺が言いあぐねていたことを、平然とミライが言ってのける。
俺はミライを人間だと思って接しているが、こうしてミライが人形前提で話をしなければいけない瞬間がどうしてもきてしまう。
それがものすごく悲しいというか、心苦しいというか。
「まあ、な。俺はそんなこと思ってないけどさ」
「大丈夫ですよ。誠道さんの優しさは充分に伝わってますから。話をつづけてください」
「ありがとう」
ミライの笑顔に救われる。
ってか俺がそうやって人形の話題になるたびに心苦しくなることこそ、ミライを人形だと強く意識していることの証じゃないか。
考え方を改めなければ。
「で、えっと、俺とは違ってステータスがないってとこまで話してたよな」
「はい」
「だとすると、俺たち本当の人間とは違ってさ、訓練しても意味ないんじゃないかなって思うんだけど」
俺たちは訓練して経験値を獲得すればステータスをレベルアップできるが、そのシステムが適用されないミライは強くなりようがないのではないかと思ったのだ。
「私も最初はそう思っておりました。ですが、面倒くさいなぁと思って読み飛ばしていた説明書を細かなところまで読んでいくとそうではないことがわかったのです」
説明書……ああ、出会った当初に渡された分厚いやつか。
俺も重要そうなところだけを読んで、他は読み飛ばしてたんだよな。
「でも自分の説明書はさすがに最初から熟読しとこうね」
「どうしてですか? 人間が自分探しの旅をするのと一緒ですよ。本当の自分を知りたいと思うのはいつも後からなんです」
「説明書とインドへの旅を一緒にしないで。手間も値段も違うからね」
「誠道さん。それは横暴というものです。私は他人の書いた長文は嫌いですから読みたくありません。だったら他人のお金でインドにいきます」
「今のミライの発言を横暴と言うんじゃないのかなぁ」
「なにを戯言を。だって人間はみな、他人の書いた長文は読まない生き物でしょう。にもかかわらず、自分が努力を重ねて書いた長文だけは、それがどんな文章であっても読んでくれると勘違いしている」
「たしかに」
ミライの言うことは最もだ。
「中学のプレゼン授業のとき、字ばっかりのプレゼンは見ただけで辟易して読まなかったなぁ」
「さらに最近ではSNSの影響で、短い文章すらきちんと読まない、理解できないバカな人が増えていると聞きます」
「今の日本の闇をこうも的確に言い当ててるなんて、ミライはもしかして優秀なのか?」
一時期日本が感染症で大変だったとき、『マスクありません』って書いてるのに、マスクありますか? 本当にないの? って聞くバカがいたそうだ。
自分だけ特別だと思い込んでるバカって本当に迷惑だよなぁ。
「私は最初から優秀です。今さら気づいたんですか」
ミライは自慢げに鼻を鳴らす。
「でも、他人の書いた長文は読まない……か」
なんか知らんけど、とりあえず、読んでいただいてありがとうございますって言わないといけない気がしたので、ここで言っておきます。
読んでいただいてありがとうございます。
「たださ、ミライ。自分のことを、自分探しの旅なんかするやつと一緒とか言わない方がいいよ。『自分探しの旅』って言葉、一時期『マスクありますか?』って言葉が、バカが使う言葉ランキングを駆け上がっていったのにもかかわらず、堂々と第一位をキープしてたから。海外にいって見つかる本当の自分なんか、たいしたことないから」
「誠道さんって時々、核心を突きますよね」
ミライが感心したように胸の前でパンと手を合わせる。
「今の自分は本当の自分じゃないんだ! と思って海外にいかずに引きこもりになった誠道さんから言われると、説得力が違いますね。どうですか? 引きこもったことで本当の自分は見つかりましたか?」
「あー、俺いますぐ自分探しの旅に出ようかなー」
もう煽るのはやめてくれぇ。
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