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第4章 5 私はあなたを選ばない
優しさであふれますように
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叫び終えたあと、テツカさんはゆっくりとハクナさんに近づいて、髪の毛を鷲掴みにして体を持ち上げる。
「……お前も、利用された気分はどうだ?」
「ふざけないで」
ハクナさんがテツカさんを睨みながら舌打ちをすると、
「その顔も、たまんねぇなぁ」
テツカさんはハクナさんの体を軽々と持ち上げ、岩に向かって放り投げた。
「うっ……」
顔面から岩とぶつかったハクナさんは、弱々しくうめき声をあげながら地面の上に落ちた。
口から血を吐く。
よく見ると彼女の右腕は変な方向に曲がっていた。
「ああっ! 怒り、悲しみ、絶望! 最高だっ!! たまんねぇ。負の感情ってのは最高の美食だぁ!!」
テツカさんの口の端からよだれが垂れる。
エロ本を前にした男子中学生のような、恍惚の表情を浮かべ。
「愛し合っていたはずの男から裏切られる、惨めな女。大切だと思っていた母親から利用されていただけだと知らされる、バカな女。この日のために、絶望を最大にするために、この瞬間の感情を味わうために俺は、ああぁ……自分で丹精込めて作り上げた絶望の味は格別だからなぁ!」
「おい」
俺はようやく口を開くことができた。
まだなにも理解できていないけど。
頭はこんがらがっているけど。
体の外側がどうしようもなく熱い。
体の内側は底冷えするほど冷たい。
ああ、俺はいま、目の前のこの男に激怒しているんだ。
こんなクズをいいやつだと思っていた自分に、こんなクズに騙されようとしていた自分が、情けなくてたまらないんだ。
コハクちゃんの優しさを利用して傷つけたこいつを許すことができないんだ。
「なんだよ? その顔はちょっとムカつくなぁ」
「テツカさんは本当に俺たちを、慕っていたコハクちゃんを、ずっと騙していたんですか?」
「騙していた? 違うなぁ」
テツカさんは鼻をひくひくさせながら愉しそうにつづけた。
「お前らが勝手に騙されていただけだ。俺の美食のために、手のひらの上でいいように転がされていただけだ」
「そう、ですか」
淡々と返事をする。
悔しくてたまらない。
噛みしめている唇が痛い。
なんだろう、あまりに怒りすぎているためか、逆に心がすんと凪いでいく。
こんな残酷な仕打ち、おかしいだろ。
独りぼっちで生きてきたコハクちゃんにとって、ハクナさんはすべてだった。
でもその関係性はすべて嘘で、本当はずっと独りぼっちのままで、健気に献身しているつもりが利用されていただけで。
あんまりだろ。
コハクちゃんは、ずっとずっと、ただ幸せになりたくて、誰かに大切に思われたくて、誰かがそばにいてくれる温もりを感じていたかっただけなのに。
俺は、俯いているコハクちゃんの元へ歩み寄る。
コハクちゃんの両肩を抱いていたミライが不安そうに俺を見たので、俺はミライに笑顔を返した。
コハクちゃんは焦点のあっていない瞳で、小さく首を振りながら、ぼそぼそとつぶやきつづけている。
「私、信じてたのに……なにを、私は信じて、きて、お母さん。なにも、もう信じて、私は」
「人を信じるのは難しいよな」
コハクちゃんの肩に手を置く。
コハクちゃんは顔を上げてはくれないけど、俺はコハクちゃんの傷ついた心と目を合わせているつもりになって、そして柔らかに笑う。
「本当に、人を信じるのは難しくて、怖いよな」
どうか、この傷つけられてしまった心が、また優しさであふれますように。
「人はさ、勝手に期待したり、勝手に失望したり、簡単に裏切ったりする。結局自分のことしか考えてないんだって、そんなことばっかりで、傷つけられるのはいつも信じた側で、信じたいと思った側で」
どうかコハクちゃんが、また可愛らしく笑ってくれますように。
「でも、人を信じることはやめてほしくないんだ。だってそれはとても素敵なことだから」
コハクちゃんがゆっくりと顔を上げてくれる。
瞳は涙で覆われていて、猫耳はぺたんとしていて、顔は寂しさで歪んでいて。
だけど小刻みに震えている瞳には俺が映っているから。
「もしコハクちゃんが俺を、俺たちのことを信じてもいいと思ってくれたなら、俺は絶対にコハクちゃんを裏切らない」
俺はコハクちゃんの心の傷を癒してあげたい。
「コハクちゃんに信じてほしいけど、コハクちゃんが信じてくれなくても、俺たちは、コハクちゃんをこんな目に合わせたやつを許さない」
「どうして」
コハクちゃんの不安でいっぱいの声が俺の胸にぶつかった。
「こんな私に…………優しくするの? 私はっ、あなたたちを殺そうとして、最低なことをしたのにっ!」
コハクちゃんが俺の体を突き飛ばす。
「それに私の、私の本当のお母さんは!」
コハクちゃんは苦しそうに胸を押さえて、嗚咽する。
「家族を、友達を、興味本位で殺しちゃうような極悪人なの。子供の名前で遊ぶようなっ! 狂った犯罪者の、その子供なのっ!」
「……お前も、利用された気分はどうだ?」
「ふざけないで」
ハクナさんがテツカさんを睨みながら舌打ちをすると、
「その顔も、たまんねぇなぁ」
テツカさんはハクナさんの体を軽々と持ち上げ、岩に向かって放り投げた。
「うっ……」
顔面から岩とぶつかったハクナさんは、弱々しくうめき声をあげながら地面の上に落ちた。
口から血を吐く。
よく見ると彼女の右腕は変な方向に曲がっていた。
「ああっ! 怒り、悲しみ、絶望! 最高だっ!! たまんねぇ。負の感情ってのは最高の美食だぁ!!」
テツカさんの口の端からよだれが垂れる。
エロ本を前にした男子中学生のような、恍惚の表情を浮かべ。
「愛し合っていたはずの男から裏切られる、惨めな女。大切だと思っていた母親から利用されていただけだと知らされる、バカな女。この日のために、絶望を最大にするために、この瞬間の感情を味わうために俺は、ああぁ……自分で丹精込めて作り上げた絶望の味は格別だからなぁ!」
「おい」
俺はようやく口を開くことができた。
まだなにも理解できていないけど。
頭はこんがらがっているけど。
体の外側がどうしようもなく熱い。
体の内側は底冷えするほど冷たい。
ああ、俺はいま、目の前のこの男に激怒しているんだ。
こんなクズをいいやつだと思っていた自分に、こんなクズに騙されようとしていた自分が、情けなくてたまらないんだ。
コハクちゃんの優しさを利用して傷つけたこいつを許すことができないんだ。
「なんだよ? その顔はちょっとムカつくなぁ」
「テツカさんは本当に俺たちを、慕っていたコハクちゃんを、ずっと騙していたんですか?」
「騙していた? 違うなぁ」
テツカさんは鼻をひくひくさせながら愉しそうにつづけた。
「お前らが勝手に騙されていただけだ。俺の美食のために、手のひらの上でいいように転がされていただけだ」
「そう、ですか」
淡々と返事をする。
悔しくてたまらない。
噛みしめている唇が痛い。
なんだろう、あまりに怒りすぎているためか、逆に心がすんと凪いでいく。
こんな残酷な仕打ち、おかしいだろ。
独りぼっちで生きてきたコハクちゃんにとって、ハクナさんはすべてだった。
でもその関係性はすべて嘘で、本当はずっと独りぼっちのままで、健気に献身しているつもりが利用されていただけで。
あんまりだろ。
コハクちゃんは、ずっとずっと、ただ幸せになりたくて、誰かに大切に思われたくて、誰かがそばにいてくれる温もりを感じていたかっただけなのに。
俺は、俯いているコハクちゃんの元へ歩み寄る。
コハクちゃんの両肩を抱いていたミライが不安そうに俺を見たので、俺はミライに笑顔を返した。
コハクちゃんは焦点のあっていない瞳で、小さく首を振りながら、ぼそぼそとつぶやきつづけている。
「私、信じてたのに……なにを、私は信じて、きて、お母さん。なにも、もう信じて、私は」
「人を信じるのは難しいよな」
コハクちゃんの肩に手を置く。
コハクちゃんは顔を上げてはくれないけど、俺はコハクちゃんの傷ついた心と目を合わせているつもりになって、そして柔らかに笑う。
「本当に、人を信じるのは難しくて、怖いよな」
どうか、この傷つけられてしまった心が、また優しさであふれますように。
「人はさ、勝手に期待したり、勝手に失望したり、簡単に裏切ったりする。結局自分のことしか考えてないんだって、そんなことばっかりで、傷つけられるのはいつも信じた側で、信じたいと思った側で」
どうかコハクちゃんが、また可愛らしく笑ってくれますように。
「でも、人を信じることはやめてほしくないんだ。だってそれはとても素敵なことだから」
コハクちゃんがゆっくりと顔を上げてくれる。
瞳は涙で覆われていて、猫耳はぺたんとしていて、顔は寂しさで歪んでいて。
だけど小刻みに震えている瞳には俺が映っているから。
「もしコハクちゃんが俺を、俺たちのことを信じてもいいと思ってくれたなら、俺は絶対にコハクちゃんを裏切らない」
俺はコハクちゃんの心の傷を癒してあげたい。
「コハクちゃんに信じてほしいけど、コハクちゃんが信じてくれなくても、俺たちは、コハクちゃんをこんな目に合わせたやつを許さない」
「どうして」
コハクちゃんの不安でいっぱいの声が俺の胸にぶつかった。
「こんな私に…………優しくするの? 私はっ、あなたたちを殺そうとして、最低なことをしたのにっ!」
コハクちゃんが俺の体を突き飛ばす。
「それに私の、私の本当のお母さんは!」
コハクちゃんは苦しそうに胸を押さえて、嗚咽する。
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