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膝枕をかけた戦い
吉良坂さんの暖かさを直に
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「……んんん」
意識が深いところから浅いところへ浮き上がってくる。表面張力してるところに引っかかっているが、もうすぐ突き抜けるだろう。
なんだろうこの気持ちは。
ものすごく懐かしくて、ものすごく痛い。
ああ、そうか。
俺はあのときの夢を見ていたんだ。
「あ、起きた?」
「お、き……た?」
透き通ったガラス玉みたいな声が上から降ってくる。
優しく、本当に優しく頭をなでられていた。
どういうことだ?
そんなのどうでもいいか。
だってすごく心地よいのだから。
この穏やかな気持ちにずっと包まれていたいなぁ。
「おはよう。銀くん」
「ああ、おは、よ――」
当たり前のように寝返りを打ちながらおはようと返そうとして、俺は言葉を失った。まだ完全に明瞭になってはいなかったが、視界の中央に大きな胸と、右耳に髪をかけながら俺の顔を覗き込んでいる吉良坂さんが映ったからだ。
「銀くん。耳かきしてたら寝ちゃったんだよ」
とろんとした声が耳の穴に入ってきて鼓膜をねっとりと揺らす。
「みみ、かき」
そう呟いたとたん、まどろみの中に落ちる前の出来事が鮮明に頭の中に浮かび上がった。そうだ! 俺、赤ちゃん役で、膝枕で、耳かきされて!
心臓が暴走する。膝枕をされて、耳かきをされて、しかもその状況が気持ちよすぎて眠ってしまったという恥ずかしさが身体中を支配しているのに、俺の身体は動かなかった。
カーテンが締め切られているので、この部屋の明るくしているのは蛍光灯の白くて無機質な光だけ。
なのに吉良坂さんの笑顔は、まるで後光がさしているかのように神々しく見えた。いつまでもこうしていたいなぁという欲求に抗えなかった。
「そう。それで寝ちゃったの。気持ちよかったってことだよね。私で気持ちよくなれたってことだよね」
吉良坂さんは俺の頭をなでてくれる。ママ役はまだ継続ってことだろうか。
「俺、どれくらい寝てた?」
「んーっと、一時間半くらい?」
「え、まじ? ごめん。足痛くなかった?」
「ううん」
吉良坂さんはゆっくりと首を振った。
「むしろ銀くんの寝息を聞いてるのが心地よかった。ずっとこうして、銀くんが目覚めなくてもいいかなって、ちょっと思ってた」
「そ、っか。……って勝手に殺すな」
そんなことストレートに言われるとすげー恥ずかしいんですけど!
「もしかして、銀くん照れてる?」
「照れてない」
「銀くんの寝顔、すごく可愛かったよ」
「もうわかったよ。照れてる照れてる。それ以上俺の顔が赤いことには触れるな」
「じゃあもう少しこうしてる?」
俺は返事をしなかった。ゆっくりと目を閉じて、穏やかなこの時間を噛みしめようと思った。このまま世界中から取り残されてもいいと、本気でそう思った。
それから、どれくらい吉良坂さんに膝枕をしてもらっていただろう。
一分しかしてもらっていない気もするし、また一時間くらいこうしていたような気もする。そろそろ起きなきゃさすがにまずいよなぁ、なんて思っていたそのとき。
「ごめんな」
そんな言葉が、俺の口からこぼれ落ちた。
「ん? なにいきな――ってどうしたの?」
吉良坂さんが急に慌てふためきだす。え? そっちこそどうしたの? そう思った瞬間に視界がにじみ始めた。目じりから液体が流れた感覚がある。
嘘?
俺泣いてる?
涙を見られたっ?
ってかなんで泣いてんだ!
「ああー、ほんとよく寝たなぁ」
すぐに飛び起きて吉良坂さんに背中を向け、前髪をいじるふりをして涙を拭うが、
「銀くんいま泣いて」
ばっちり見られていた。
「泣いてない。目にゴミが入っただけだ」
クソみたいな言いわけしか思いつかない。
だってしょうがないだろ?
なんで泣いているのか、『ごめん』なんて謝ったのか、自分でもわからないんだから。
しかも、ごめんと言ったではなく、ごめんと言えたという気持ちだった。心の中に沈殿していた灰色のなにかがなくなって、それがせき止めていた感情が涙として溢れている。
そういう自覚があった。
「ほんとにそれだけだから、気にしないでくれ」
「銀くん……」
「ほんと、泣きたい、とか、思ってないのに、なんで」
吉良坂さんに背を向けたまま、俺は泣き続ける。ついにしゃくりあげてしまった。恥ずかしい。止まれ止まれ! なんで止まらないんだ! 格好悪いって思われるだろ!
「なんだよこれ。これは違って、ほんとに、俺は泣きたいわけじゃ――」
その瞬間、俺の身体が後ろに引っ張られた。
ぷよん、と後頭部が柔らかなにかにうずまる。
胡坐をかいて座っている俺の身体の両サイドから綺麗な足が伸びて、胸のあたりに腕が巻きついてきた。
「大丈夫、だよ」
むぎゅっと、俺を抱きしめる力が強くなる。
ああ、吉良坂さんか。
吉良坂さんが後ろから俺を抱きしめてくれてるんだ。
強く優しく抱きしめてくれているんだ。
「いまは私の前だから、私しかいないから、泣いても大丈夫」
彼女の体温が背中からじんわりと身体中に広がっていく。俺は彼女の胸を枕みたいにして、彼女に身体を預けているのか。つまり俺は子供に抱きしめられているテディベアみたいになってるってことか。
なんだそれ。
すげー情けない状況じゃん。
女の子の前でわけもわからず泣いて、こんなアホみたいな体勢で慰められているなんて。
「ごめん。吉良坂さん。俺、なんで泣いてるか自分でもわかんなくて」
「だから大丈夫だよ。私が、ずっとこうしててあげるから」
「うん。ほんとに……わかんなくて」
きっとこれまでの自分だったら、恥ずかしいと彼女のぬくもりを突っぱねていただろう。
でも、なぜだかいまは彼女の優しさに甘えていい、甘えなければいけない、そんな気がした。
懐かしくて暖かくて心地よい。
失った時間を取り戻しているような、そんな気がする。
「ほんとにごめん。吉良坂さん」
「だから大丈夫。泣きたくなったらいつでも私が抱きしめてあげるから。私の前で泣いて」
吉良坂さんの優しさと包容力が、俺の心の固い部分を柔らかくしてくれている。俺はこの瞬間をずっと望んでいたのだと、そんな気がしてならなかった。
意識が深いところから浅いところへ浮き上がってくる。表面張力してるところに引っかかっているが、もうすぐ突き抜けるだろう。
なんだろうこの気持ちは。
ものすごく懐かしくて、ものすごく痛い。
ああ、そうか。
俺はあのときの夢を見ていたんだ。
「あ、起きた?」
「お、き……た?」
透き通ったガラス玉みたいな声が上から降ってくる。
優しく、本当に優しく頭をなでられていた。
どういうことだ?
そんなのどうでもいいか。
だってすごく心地よいのだから。
この穏やかな気持ちにずっと包まれていたいなぁ。
「おはよう。銀くん」
「ああ、おは、よ――」
当たり前のように寝返りを打ちながらおはようと返そうとして、俺は言葉を失った。まだ完全に明瞭になってはいなかったが、視界の中央に大きな胸と、右耳に髪をかけながら俺の顔を覗き込んでいる吉良坂さんが映ったからだ。
「銀くん。耳かきしてたら寝ちゃったんだよ」
とろんとした声が耳の穴に入ってきて鼓膜をねっとりと揺らす。
「みみ、かき」
そう呟いたとたん、まどろみの中に落ちる前の出来事が鮮明に頭の中に浮かび上がった。そうだ! 俺、赤ちゃん役で、膝枕で、耳かきされて!
心臓が暴走する。膝枕をされて、耳かきをされて、しかもその状況が気持ちよすぎて眠ってしまったという恥ずかしさが身体中を支配しているのに、俺の身体は動かなかった。
カーテンが締め切られているので、この部屋の明るくしているのは蛍光灯の白くて無機質な光だけ。
なのに吉良坂さんの笑顔は、まるで後光がさしているかのように神々しく見えた。いつまでもこうしていたいなぁという欲求に抗えなかった。
「そう。それで寝ちゃったの。気持ちよかったってことだよね。私で気持ちよくなれたってことだよね」
吉良坂さんは俺の頭をなでてくれる。ママ役はまだ継続ってことだろうか。
「俺、どれくらい寝てた?」
「んーっと、一時間半くらい?」
「え、まじ? ごめん。足痛くなかった?」
「ううん」
吉良坂さんはゆっくりと首を振った。
「むしろ銀くんの寝息を聞いてるのが心地よかった。ずっとこうして、銀くんが目覚めなくてもいいかなって、ちょっと思ってた」
「そ、っか。……って勝手に殺すな」
そんなことストレートに言われるとすげー恥ずかしいんですけど!
「もしかして、銀くん照れてる?」
「照れてない」
「銀くんの寝顔、すごく可愛かったよ」
「もうわかったよ。照れてる照れてる。それ以上俺の顔が赤いことには触れるな」
「じゃあもう少しこうしてる?」
俺は返事をしなかった。ゆっくりと目を閉じて、穏やかなこの時間を噛みしめようと思った。このまま世界中から取り残されてもいいと、本気でそう思った。
それから、どれくらい吉良坂さんに膝枕をしてもらっていただろう。
一分しかしてもらっていない気もするし、また一時間くらいこうしていたような気もする。そろそろ起きなきゃさすがにまずいよなぁ、なんて思っていたそのとき。
「ごめんな」
そんな言葉が、俺の口からこぼれ落ちた。
「ん? なにいきな――ってどうしたの?」
吉良坂さんが急に慌てふためきだす。え? そっちこそどうしたの? そう思った瞬間に視界がにじみ始めた。目じりから液体が流れた感覚がある。
嘘?
俺泣いてる?
涙を見られたっ?
ってかなんで泣いてんだ!
「ああー、ほんとよく寝たなぁ」
すぐに飛び起きて吉良坂さんに背中を向け、前髪をいじるふりをして涙を拭うが、
「銀くんいま泣いて」
ばっちり見られていた。
「泣いてない。目にゴミが入っただけだ」
クソみたいな言いわけしか思いつかない。
だってしょうがないだろ?
なんで泣いているのか、『ごめん』なんて謝ったのか、自分でもわからないんだから。
しかも、ごめんと言ったではなく、ごめんと言えたという気持ちだった。心の中に沈殿していた灰色のなにかがなくなって、それがせき止めていた感情が涙として溢れている。
そういう自覚があった。
「ほんとにそれだけだから、気にしないでくれ」
「銀くん……」
「ほんと、泣きたい、とか、思ってないのに、なんで」
吉良坂さんに背を向けたまま、俺は泣き続ける。ついにしゃくりあげてしまった。恥ずかしい。止まれ止まれ! なんで止まらないんだ! 格好悪いって思われるだろ!
「なんだよこれ。これは違って、ほんとに、俺は泣きたいわけじゃ――」
その瞬間、俺の身体が後ろに引っ張られた。
ぷよん、と後頭部が柔らかなにかにうずまる。
胡坐をかいて座っている俺の身体の両サイドから綺麗な足が伸びて、胸のあたりに腕が巻きついてきた。
「大丈夫、だよ」
むぎゅっと、俺を抱きしめる力が強くなる。
ああ、吉良坂さんか。
吉良坂さんが後ろから俺を抱きしめてくれてるんだ。
強く優しく抱きしめてくれているんだ。
「いまは私の前だから、私しかいないから、泣いても大丈夫」
彼女の体温が背中からじんわりと身体中に広がっていく。俺は彼女の胸を枕みたいにして、彼女に身体を預けているのか。つまり俺は子供に抱きしめられているテディベアみたいになってるってことか。
なんだそれ。
すげー情けない状況じゃん。
女の子の前でわけもわからず泣いて、こんなアホみたいな体勢で慰められているなんて。
「ごめん。吉良坂さん。俺、なんで泣いてるか自分でもわかんなくて」
「だから大丈夫だよ。私が、ずっとこうしててあげるから」
「うん。ほんとに……わかんなくて」
きっとこれまでの自分だったら、恥ずかしいと彼女のぬくもりを突っぱねていただろう。
でも、なぜだかいまは彼女の優しさに甘えていい、甘えなければいけない、そんな気がした。
懐かしくて暖かくて心地よい。
失った時間を取り戻しているような、そんな気がする。
「ほんとにごめん。吉良坂さん」
「だから大丈夫。泣きたくなったらいつでも私が抱きしめてあげるから。私の前で泣いて」
吉良坂さんの優しさと包容力が、俺の心の固い部分を柔らかくしてくれている。俺はこの瞬間をずっと望んでいたのだと、そんな気がしてならなかった。
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