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膝枕をかけた戦い
宮田下銀の過去②
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俺はその日から公園に行かなくなった。
恥ずかしかったからだ。
あれだけ自慢げに語っていたのに、一次審査で落ちたなんて宮本さんに言いたくなかった。
俺が公園に行かなくなってから一週間。
ふと気になって公園を覗いてみると、俺たちがいつも座っていたベンチに座る宮本さんがいた。
次の日も、また次の日も、独りぼっちで俺のことを待っている。
その健気な姿を見ていられなくなって、ついに俺は彼女の前へ歩み寄った。
「よっ。ひ、久しぶり」
「あ、よかった。もう来ないかと思った」
彼女は花が開花したときのように嬉しそうに笑う。
「まさか、毎日待ってたの?」
知ってたのに、見ていたのに、そう聞いた。
「うん。だってまた明日って約束したから」
「もう明日じゃないじゃん」
「ほんとだね。でも、こうして来てくれたからよかった」
俺は彼女の隣にちょこんと座る。いつもの距離より拳二つ分くらい余分に間を空けて。
「……」
「……」
無言になってしまう。こうして隣に座ってみたはいいものの、なんと話しかけていいかわからない。公園で遊んでいるほかの子供たちの黄色い声が、とても耳障りに思えた。
「あのね、宮田下くん」
やがて聞こえてきた彼女の声は、励ましと不安の狭間で揺れていた。
「まだまだこれからだよ。次、頑張ればいいよ」
その瞬間、世界から音が消えた。
次、頑張ればいいよ?
え?
俺が書類審査で落ちたことを宮本さんが知っている? 言っていないのにどうして?
「次はもっと頑張ってさ」
ああそうか、と俺の中ですとんと腑に落ちるものがあった。
一週間も姿を見せなかったんだ。
誰だって俺が落ちたと推測できる。
だからこうして宮本さんは励ましてくれているのだ。
次頑張ろうよ、なんて声をかけてくれるのだ。
俺がもう、演じることに対して情熱を失っているとも知らずに。
「私は、宮田下くんの演技は世界で一番だと思ってるよ」
「うるせぇ」
俺は静かに言い放った。
「え?」
宮本さんの声が引きつる。
「どう、したの?」
「だから、さっきから勝手にぺちゃくちゃうるせぇって言ったんだ」
彼女の方を見ることができない。俺はいま彼女のことを傷つけている。八つ当たりしている。それを心の中心で自覚しながら、俺は彼女へ鬱憤をぶつけるのをやめなかった。
やめられない、じゃなくて、やめなかった。
いま思うと、あのころの自分は本当に子供だった。でも、ああするしかなかったのだと思う。『不合格』の文字を見たときの悔しさ、苦しさ、虚しさ、恥ずかしさ、情けなさを当時の俺は受け止めることができなかった。ちょっと前まで俺の全てだったはずの、声優なりたいというキラキラした感情を、切実な願いを、こんなにも簡単に失ってしまった自分に腹が立って、どうしようもなかったのだ。
宮本さんに、あれだけ自信満々だったのに書類審査で落ちた可哀そうな人、と思われているのが耐えられなかったのだ。
「お前、いつも適当に褒めてたんだろ?」
ひどい言葉だな、と当時の自分も思ったような気がする。
宮本さんの肩がびくりと跳ねた。
「そ、そんなことない」
「だってそうだろ? 俺は落ちた。書類審査で。才能がないことの証だ。実技に呼ぶ必要もないって、そういうことだから」
「私、違うよ」
宮本さんが俺の震えている拳の上に、手を重ねてくれた。
「私はいつも、宮田下くんの演技はすごいって、見ると元気になれるから」
「なわけないだろ!」
彼女の手を思い切り振り払う。
「俺の下手な演技見て、お前は心の中で嗤ってたんだ!」
「そんなわけない」
「じゃあなんで俺は落ちたんだよ!」
「それは……」
彼女にわかるはずもない。それでも元気づけようと必死で言葉をひねり出してくれる。
「でも、私には輝いて見えるから、次また頑張って」
「次はない。もう、どうでもいいから」
「どうして一回落ちたくらいで諦めるの?」
宮本さんが少しだけ声を荒らげた。
「私は素敵だって思うのに」
「知るかそんなの。演技なんかに本気になるとか、いま考えてみたら超ダサいじゃん。もう俺はそんなの目指してないし」
「なんでそんなこと言うのぉ……」
宮本さんが泣き出してしまった。
公園にいた子供たちがこちらを見ている。
「私は、ほんとに楽しかったんだよぉ……」
宮本さんが俺のために泣いてくれている。
その事実が心の中で暴れて、どうしていいかわからなくて、俺は彼女を置き去りにして公園から走り去った。
それ以来俺は彼女と会っていないし、オーディションに履歴書を送ることもなかった。
恥ずかしかったからだ。
あれだけ自慢げに語っていたのに、一次審査で落ちたなんて宮本さんに言いたくなかった。
俺が公園に行かなくなってから一週間。
ふと気になって公園を覗いてみると、俺たちがいつも座っていたベンチに座る宮本さんがいた。
次の日も、また次の日も、独りぼっちで俺のことを待っている。
その健気な姿を見ていられなくなって、ついに俺は彼女の前へ歩み寄った。
「よっ。ひ、久しぶり」
「あ、よかった。もう来ないかと思った」
彼女は花が開花したときのように嬉しそうに笑う。
「まさか、毎日待ってたの?」
知ってたのに、見ていたのに、そう聞いた。
「うん。だってまた明日って約束したから」
「もう明日じゃないじゃん」
「ほんとだね。でも、こうして来てくれたからよかった」
俺は彼女の隣にちょこんと座る。いつもの距離より拳二つ分くらい余分に間を空けて。
「……」
「……」
無言になってしまう。こうして隣に座ってみたはいいものの、なんと話しかけていいかわからない。公園で遊んでいるほかの子供たちの黄色い声が、とても耳障りに思えた。
「あのね、宮田下くん」
やがて聞こえてきた彼女の声は、励ましと不安の狭間で揺れていた。
「まだまだこれからだよ。次、頑張ればいいよ」
その瞬間、世界から音が消えた。
次、頑張ればいいよ?
え?
俺が書類審査で落ちたことを宮本さんが知っている? 言っていないのにどうして?
「次はもっと頑張ってさ」
ああそうか、と俺の中ですとんと腑に落ちるものがあった。
一週間も姿を見せなかったんだ。
誰だって俺が落ちたと推測できる。
だからこうして宮本さんは励ましてくれているのだ。
次頑張ろうよ、なんて声をかけてくれるのだ。
俺がもう、演じることに対して情熱を失っているとも知らずに。
「私は、宮田下くんの演技は世界で一番だと思ってるよ」
「うるせぇ」
俺は静かに言い放った。
「え?」
宮本さんの声が引きつる。
「どう、したの?」
「だから、さっきから勝手にぺちゃくちゃうるせぇって言ったんだ」
彼女の方を見ることができない。俺はいま彼女のことを傷つけている。八つ当たりしている。それを心の中心で自覚しながら、俺は彼女へ鬱憤をぶつけるのをやめなかった。
やめられない、じゃなくて、やめなかった。
いま思うと、あのころの自分は本当に子供だった。でも、ああするしかなかったのだと思う。『不合格』の文字を見たときの悔しさ、苦しさ、虚しさ、恥ずかしさ、情けなさを当時の俺は受け止めることができなかった。ちょっと前まで俺の全てだったはずの、声優なりたいというキラキラした感情を、切実な願いを、こんなにも簡単に失ってしまった自分に腹が立って、どうしようもなかったのだ。
宮本さんに、あれだけ自信満々だったのに書類審査で落ちた可哀そうな人、と思われているのが耐えられなかったのだ。
「お前、いつも適当に褒めてたんだろ?」
ひどい言葉だな、と当時の自分も思ったような気がする。
宮本さんの肩がびくりと跳ねた。
「そ、そんなことない」
「だってそうだろ? 俺は落ちた。書類審査で。才能がないことの証だ。実技に呼ぶ必要もないって、そういうことだから」
「私、違うよ」
宮本さんが俺の震えている拳の上に、手を重ねてくれた。
「私はいつも、宮田下くんの演技はすごいって、見ると元気になれるから」
「なわけないだろ!」
彼女の手を思い切り振り払う。
「俺の下手な演技見て、お前は心の中で嗤ってたんだ!」
「そんなわけない」
「じゃあなんで俺は落ちたんだよ!」
「それは……」
彼女にわかるはずもない。それでも元気づけようと必死で言葉をひねり出してくれる。
「でも、私には輝いて見えるから、次また頑張って」
「次はない。もう、どうでもいいから」
「どうして一回落ちたくらいで諦めるの?」
宮本さんが少しだけ声を荒らげた。
「私は素敵だって思うのに」
「知るかそんなの。演技なんかに本気になるとか、いま考えてみたら超ダサいじゃん。もう俺はそんなの目指してないし」
「なんでそんなこと言うのぉ……」
宮本さんが泣き出してしまった。
公園にいた子供たちがこちらを見ている。
「私は、ほんとに楽しかったんだよぉ……」
宮本さんが俺のために泣いてくれている。
その事実が心の中で暴れて、どうしていいかわからなくて、俺は彼女を置き去りにして公園から走り去った。
それ以来俺は彼女と会っていないし、オーディションに履歴書を送ることもなかった。
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