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静かな夜の扉3
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ドアノブがゆっくりと回る。俺は呼吸ができなくなった。もうダメだ。
重厚なドアがゆっくりと隙間を開ける。薄明かりが廊下にこぼれ、それにあわせてレオニスさんの影が伸びてきた。そしてドアが完全に開いた。
「タクヤ?」
レオニスさんの声は驚きとかすかな戸惑いが入り混じったような声だった。そうだよな。まさか俺がいるとは思わないよな。
疲れが色濃く残る青い瞳がまっすぐに俺を捉える。その目は「なんでここにいる?」と問いかけてきていて、俺の心臓はぎゅっと縮まった。
「あの……えっと……」
言葉が上手く出ない。言い訳を考えておいたはずなのに、実際にドアが開いてレオニスさんを目の前にすると、それが出てこない。なんて言おうとしてたんだっけ。
「……もしかして、ずっとここに?」
それは微かに掠れていた。俺はまっすぐに目を見ることが出来なくて、視線をそらした。適当に言い訳をと考えていたけど、嘘をついたらややこしいことになりそうな気がして、俺は正直に言うことにした。
「あの……食事、ダイニングルームで食べてないし、食が細くなってきたってアベルさんが言ってて。それに、書斎の灯りがついてたから心配で……その、来ただけです」
「心配……」
レオニスさんはその言葉を小さく反芻する。その目に宿った揺らぎは、驚きとも、戸惑いとも、それともなにか別のものともつかない。そして、ほんの一瞬、レオニスさんの肩から力が抜けたように見えた。
「そんなに、わかりやすかったのか、私は」
微かに笑おうとしたのだろう。でも、それはすぐに消えてしまった。その代わり、静かに目を伏せた。やっぱり出過ぎた真似しちゃったかな。みんなみたいに黙って見ていれば良かったのかな。馬鹿だな、俺。逆にレオニスさんを追い詰めてる気がする。謝って逃げようかな。でも、そんなことをしたら後日、顔を合わせ辛いだけだ。
ふと視界に机が見えた。机の上には破かれた紙やぐちゃぐちゃにされた紙。恐らく書類だろう。その机がレオニスさんの心を表せしているんだと思った。レオニスさんが弱音を吐くほどの理由がそこに全部ある。
「……聞いていたのか」
その言葉は小さな刃みたいだった。痛い。でも、傷つけるためじゃない。ただ、レオニスさんが自分を守ろうとするため。俺は少し息を吸って、胸の前で両手を軽く握った。
「はい……。聞いたというか聞こえちゃって。ほんとに偶然なんです。盗み聞きするつもりじゃなくて……」
ああ。もう! ほんとに俺は馬鹿だ。そのとき、鈴がまたちりんと鳴って、俺の声の震えをごまかしてくれるようだった。
レオニスさんはというと、黙って俺の目から一瞬視線をそらした。静かな部屋の中、お互いの呼吸だけが聞こえてくるぐらいの静けさだ。そして、一言。
「怒ってはいない」
低く、落ち着いた声だった。ただ、疲れは見えるけど、確かに怒りの音はしなかった。良かった。俺はホッとした。
「そう、なんですね。良かった……」
「タクヤに怒る理由はない。私が勝手に崩れただけだ」
一瞬合わさっていた視線はまた外され、レオニスさんの目は机へと向いて、ため息をついた。
「見せられる状態じゃないな。情けないところを見られた」
その言葉で、胸がぎゅっとつかまれた。
「そんな……情けなくなんかないです」
気がついたら口をついていた。俺のその言葉に、机へと向いていたレオニスさんが、驚いたように俺を振り返った。
「ヴァルター侯爵が来たとき、チラッと見えただけだったけど、すごく堂々としていました。俺、すごいなって思いましたもん。でも、誰だってあんな人にあれだけ言われたら辛いです。しんどくて当然ですよ」
俺がそう言うとレオニスさんは目を見開いた。
「タクヤ……」
レオニスさんが俺な名前を呼ぶ声はいつもよりずっと弱い。その弱さが逆に胸に刺さる。どうしてだろう。ただ心配で来ただけなのに、こんな顔をされたらもっとそばにいたくなる。いや、違う。そんなこと思っちゃダメだ。でも、その”いけない”気持ちは、レオニスさんの目と重なって、どんどん揺さぶられていく。レオニスさんが一歩だけ近づいた。距離が縮まり、ふとレオニスさんの淡い香りが届く。
「ありがとう。来てくれて」
その言葉はとても静かで、とても真っ直ぐだった。胸を包まれたような、そんな感じがする。
「い、いえ。ただ、気になっただけで……」
「それでも、だ」
レオニスさんは小さく微笑んだ。儚くて、今にも消えてしまいそうな笑み。そんな表情を見たのは初めてだった。
「タクヤが来なかったら、私はまだあの机の前で同じ言葉を呟き続けていただろう」
そう言うレオニスさんの手がわずかに震えているのが目に入り、胸の奥でなにかが軋んだ。
「あの……辛いなら少し休んだ方が……」
「タクヤにそう言われると従いたくなる」
レオニスさんは目を細めた。弱っているのに、どこか冗談みたいな口調で。その柔らかさに、俺は一瞬息が止まった。
「少し、話してもいいか?」
レオニスさんの問いに俺は小さく頷いた。
重厚なドアがゆっくりと隙間を開ける。薄明かりが廊下にこぼれ、それにあわせてレオニスさんの影が伸びてきた。そしてドアが完全に開いた。
「タクヤ?」
レオニスさんの声は驚きとかすかな戸惑いが入り混じったような声だった。そうだよな。まさか俺がいるとは思わないよな。
疲れが色濃く残る青い瞳がまっすぐに俺を捉える。その目は「なんでここにいる?」と問いかけてきていて、俺の心臓はぎゅっと縮まった。
「あの……えっと……」
言葉が上手く出ない。言い訳を考えておいたはずなのに、実際にドアが開いてレオニスさんを目の前にすると、それが出てこない。なんて言おうとしてたんだっけ。
「……もしかして、ずっとここに?」
それは微かに掠れていた。俺はまっすぐに目を見ることが出来なくて、視線をそらした。適当に言い訳をと考えていたけど、嘘をついたらややこしいことになりそうな気がして、俺は正直に言うことにした。
「あの……食事、ダイニングルームで食べてないし、食が細くなってきたってアベルさんが言ってて。それに、書斎の灯りがついてたから心配で……その、来ただけです」
「心配……」
レオニスさんはその言葉を小さく反芻する。その目に宿った揺らぎは、驚きとも、戸惑いとも、それともなにか別のものともつかない。そして、ほんの一瞬、レオニスさんの肩から力が抜けたように見えた。
「そんなに、わかりやすかったのか、私は」
微かに笑おうとしたのだろう。でも、それはすぐに消えてしまった。その代わり、静かに目を伏せた。やっぱり出過ぎた真似しちゃったかな。みんなみたいに黙って見ていれば良かったのかな。馬鹿だな、俺。逆にレオニスさんを追い詰めてる気がする。謝って逃げようかな。でも、そんなことをしたら後日、顔を合わせ辛いだけだ。
ふと視界に机が見えた。机の上には破かれた紙やぐちゃぐちゃにされた紙。恐らく書類だろう。その机がレオニスさんの心を表せしているんだと思った。レオニスさんが弱音を吐くほどの理由がそこに全部ある。
「……聞いていたのか」
その言葉は小さな刃みたいだった。痛い。でも、傷つけるためじゃない。ただ、レオニスさんが自分を守ろうとするため。俺は少し息を吸って、胸の前で両手を軽く握った。
「はい……。聞いたというか聞こえちゃって。ほんとに偶然なんです。盗み聞きするつもりじゃなくて……」
ああ。もう! ほんとに俺は馬鹿だ。そのとき、鈴がまたちりんと鳴って、俺の声の震えをごまかしてくれるようだった。
レオニスさんはというと、黙って俺の目から一瞬視線をそらした。静かな部屋の中、お互いの呼吸だけが聞こえてくるぐらいの静けさだ。そして、一言。
「怒ってはいない」
低く、落ち着いた声だった。ただ、疲れは見えるけど、確かに怒りの音はしなかった。良かった。俺はホッとした。
「そう、なんですね。良かった……」
「タクヤに怒る理由はない。私が勝手に崩れただけだ」
一瞬合わさっていた視線はまた外され、レオニスさんの目は机へと向いて、ため息をついた。
「見せられる状態じゃないな。情けないところを見られた」
その言葉で、胸がぎゅっとつかまれた。
「そんな……情けなくなんかないです」
気がついたら口をついていた。俺のその言葉に、机へと向いていたレオニスさんが、驚いたように俺を振り返った。
「ヴァルター侯爵が来たとき、チラッと見えただけだったけど、すごく堂々としていました。俺、すごいなって思いましたもん。でも、誰だってあんな人にあれだけ言われたら辛いです。しんどくて当然ですよ」
俺がそう言うとレオニスさんは目を見開いた。
「タクヤ……」
レオニスさんが俺な名前を呼ぶ声はいつもよりずっと弱い。その弱さが逆に胸に刺さる。どうしてだろう。ただ心配で来ただけなのに、こんな顔をされたらもっとそばにいたくなる。いや、違う。そんなこと思っちゃダメだ。でも、その”いけない”気持ちは、レオニスさんの目と重なって、どんどん揺さぶられていく。レオニスさんが一歩だけ近づいた。距離が縮まり、ふとレオニスさんの淡い香りが届く。
「ありがとう。来てくれて」
その言葉はとても静かで、とても真っ直ぐだった。胸を包まれたような、そんな感じがする。
「い、いえ。ただ、気になっただけで……」
「それでも、だ」
レオニスさんは小さく微笑んだ。儚くて、今にも消えてしまいそうな笑み。そんな表情を見たのは初めてだった。
「タクヤが来なかったら、私はまだあの机の前で同じ言葉を呟き続けていただろう」
そう言うレオニスさんの手がわずかに震えているのが目に入り、胸の奥でなにかが軋んだ。
「あの……辛いなら少し休んだ方が……」
「タクヤにそう言われると従いたくなる」
レオニスさんは目を細めた。弱っているのに、どこか冗談みたいな口調で。その柔らかさに、俺は一瞬息が止まった。
「少し、話してもいいか?」
レオニスさんの問いに俺は小さく頷いた。
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