猫を追いかけて異世界に来たら、拾ってくれたのは優しい貴族様でした

水無瀬 蒼

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静かな夜の扉5

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 レオニスさんは机の上に視線を落として呟いた。

「私のやろうとしていることは、多分多くの者を敵に回す。けれど、それでも庶民のために改革を進めたい。誰かがやらなければこの国はダメになる。……ただ、時々自分が家名を含めてなにを失うのかが怖くなるんだ」

 レオニスさんの切なげな言葉に、俺は胸の奥がきゅっと締め付けられた気がした。怖いと思いながらも改革を進めようとするこの人はほんとに優しい人なんだなと思う。そういえば、ヴァルター侯爵が来たとき、ニコラスさんが対応していたのは庶民っぽい人だった気がする。ということはみんな知っているんだ。レオニスさんが庶民の生活を守ろうとしていることを。もちろん、それは簡単なことじゃない。庶民だってそれくらいはわかっているだろう。でも、助けを求めなくてはいけないほど困っているんだ。そういえば俺はここに来てから屋敷の外へは出たことがないということに気づいた。庭園が広いから散歩も庭ですんでしまう。この国の庶民はそんなに苦しいのだろうか。1度外へ出てみたい。とはいえ、1人で出て行くのは怖い。というより、どこをどう行けばいいのかさっぱりわからない。何しろ地理が全くわからないのだから。でも、庶民の暮らしというものを見てみたい。誰か一緒に行ってくれる人……なんていないよな。屋敷の人はみんな仕事で忙しい。だけど、レオニスさんが救いたいと思うほどなんだろうな。失うことが怖くなるほどに。それでも、この人はやろうとするんだ。

「怖いって思っていいと思います」

 俺がそう言うと、レオニスさんは驚いたような顔をしてこちらを振り返った。

「だって、人のためになにかをしようとする人がなにも感じない方がおかしいと思います。怖くても、それでも前に進もうとするのなら、その人はすごい強い人だと思うし、すごいことだと思います」

 そうだ。なにかを始めるとき、困難だと思うことに進んでいくときってほんとに怖い。だけど、それでも進んで行こうとするのは強くないとできないことだ。レオニスさんは家名を失うんじゃないかと思いながらも、改革を進めようとしている。それは強くないとできないことだ。ただ、自分を追いつめたらいけない。それはちょっと心配になる。

「でも、自分を追いつめないでくださいね。そこは大事なことだと思うので」

 自分の足元をしっかりとしたところで、それでも前に進もうとしたらいい。なんて俺が偉そうに言えることじゃないけど。それでも、レオニスさんが頑張るのなら俺は応援をしたい。そう思う。

「俺はなにもできないけど、応援はできます。あと、和食を作るくらいはします」

 そう。俺ができるのは応援と和食を作るくらいだ。それでも、なにもしないよりはいいかな? と自分で思ったりする。
 そしてレオニスさんは、そんなことを言った俺をじっと見つめてきたと思うと微かに微笑んで言った。

「君はやはり救世主みたいだな。貴族のことはわからないと言った君が、私のことを慰めている」
「慰めるなんてそんな……。俺は思ったままを言っただけです」
「思ったままでそんな言葉が出てくるのはすごいことだ。やっぱり神の使いを連れてきた君は救世主だ」
「そんな。百歩譲って、ルナがほんとに神の使いだとしても、俺はオマケです。だいたいここに来たときだって、俺はルナをおいかけて。ただ転んだらこの世界にいただけなんですから」

 そうだ。俺はただルナの後を追っていただけだ。俺を導いていたのはルナだ。だからルナが神の使いだとしたって、俺は救世主なんかじゃない。

「俺は単にルナの補助のようなものだと思います。ルナは人間の言葉を話せませんから」
「君は慎み深いんだな。君の世界はそんな人ばかりなのか?」
「まさか! ただ俺の国では、慎み深いのは美徳とされてはいましたけど」
「でも、やはり君自身も救世主のようだよ。それでこの国の庶民を救えればいい」

 この人はすごいな。庶民を救う。自分が救われたいではなく、庶民を救いたい。それだけだ。だから俺の口からその言葉が出ていた。

「優しいんですね。自分が救われたいではなく、庶民を救いたいって思うんですから。普通なら家名を守ってくれとかなにかあると思うんですけど、レオニスさんはそうじゃない。ルナがなにをできるのかわからないけど、ルナも俺も応援します!」

 そうだ。袖すり合うも多生の縁って言うから、俺にできることはなんでもしてあげよう。そう思って足元にいるルナに目をやった。


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