猫を追いかけて異世界に来たら、拾ってくれたのは優しい貴族様でした

水無瀬 蒼

文字の大きさ
42 / 51

刃の夜3

しおりを挟む
 男たちの影が一斉に動いた。私は即座に体をひねり、迫りくる刃を受け流す。剣のぶつかる音がする。

「アーゼンハイツ卿、改革のつけを払って貰うぜ」

 怒号とともに3人が同時に斬り掛かってくる。重い衝撃が腕に伝わる。多勢に無勢だ。相手は3人。こちらは1人。相手は短剣とはいえ刃は3本。こちらは1本。相手は私を囲み、じわじわと間合いを詰めてくる。貴族で護衛がつくとはいえ、一応子供の頃から剣の鍛錬してきた。それがこんなところで役に立つとは思わなかった。それでも3対1では不利だ。私は歯を食いしばった。読み通りか。この手口、狙いの粗さ。恐らく仕掛けたのはヴァルター侯爵……いや、それにくっついているオマンド子爵か。形式上、侯爵は手を汚さない。代わりに忠義を売りたい小貴族が動く。偶然事件に巻き込まれたとして死を装う。ならば、この襲撃は本気だろう。生きて帰すつもりなど毛ほどもない。

「タクヤ、伏せろ!」

 叫ぶと同時に振り向きざま、横から振り下ろされた刃を弾き飛ばす。金属音が響く。だが、背後が甘い。すぐに次の斬撃が迫る。くそ! 守りに徹すれば、いずれ押し切られる。攻めるための隙がない。それでもなんとか隙を見つけなければやられる。こんなことで死ぬのはごめんだ。そのとき、すぐ後ろで鈍いドサリと重い衝撃音がした。振り返ると、タクヤの体が大きく弾き飛ばされ、石畳に倒れ込んでいる。乾いた鈍音。怪我はしていないだろうか。駆けつけたいけれど、自分も3人相手にしているので行くことができない。

「邪魔だ、坊主!」

 覆面の男が短剣を逆手に構え、タクヤへと歩み寄る。刃先が月光にギラついた。

「やめろ!!」

 なんとか駆け寄ろうとするけれど、別の男が私を横から押さえつけた。剣が弾かれ、体制が崩れる。間に合わない! 剣が弾かれ、体勢が崩れる。間に合わない。胸が凍った。

「……ふざけるな!」

 低く、絞り出すような声が聞こえた。タクヤが震える声で叫んだ。なんとか立ち上がり男を睨みつけていた。恐怖は見てとれる。しかしそれ以上に強い光が宿っていた。

「……ただ見ているだけなんて、ごめんなんだよ!」

 そう叫んだ次の瞬間、タクヤは地面を蹴り、体を回転させるように振り上げた。鋭い上段蹴りが男の手首を正確に打ち据える。男の手から短剣が弾かれ、地面に跳ねた。タクヤは迷わなかった。勢いのまま短剣に手を伸ばし、掴み取る。蹴り上げた足に震えはないけれど、短剣を持つ手は若干の震えが見える。剣など持ったことはないのだろう。それでも逃げるでもなく、刃先を男へ向け、立った。その姿に男の1人が言った。

「こいつ……異界の奴か?」

 その言葉に背筋が凍った。なんでわかった? オマンド子爵は屋敷に来たことすらない。ヴァルター侯爵は屋敷に来たことがあるので、タクヤを見かけただろうが、話をしたわけでもないし、私も言わなかったから異世界人だとはわからないはずなのに。それとも他のなにかで知ったのだろうか。なんにせよ、これは単なる権力闘争ではない。異界の存在を利用し、私を失脚させるつもりだ。異世界人を保護することはステータスになる。それが面白くないということもあるのか? どちらにせよ、タクヤが戦う必要はない。

「タクヤ、やめろ! お前は戦う必要は――」
「あります! 俺だって男です!」

 強い言葉に、思わず言葉を失った。

「俺は、帰る場所も、家族も、友人も、なにもなくして、それでも生きたいんです。ここで死ぬなんてごめんです! それに、あなたを失いたくない!」

 その叫びは、普段の穏やかな彼からは想像できないものだった。けれど、共に立つものとして目の前にいる。

「愚か者が……」

 私は剣を握り直し、前へ踏み込んだ。

「来いよ! 伯爵様の護衛が坊主1人だなんて哀れなもんだ!」

 男たちは再び動いた。刃がギラつき、私は全身の力をこめて受け流し、弾き、斬り返す。1人を薙ぎ払い、2人目の刃を腕で受けた痛みが走る。血の匂いがする。もうすぐ……。もうすぐ護衛がくるはずだ。それまでなんとか時間稼ぎができれば……。だが、3人目がタクヤの背後に迫る。

「やらせるか!」

 怒号とともに私は全力でその男を蹴り飛ばした。骨の軋む音が響き、男は塀に叩きつけられて崩れ落ちる。

「お前たちに……彼に指1本触れさせはしない!」

 自分でも驚くほどの声が出た。その声に男たちが一瞬、たじろぐ。そのとき――。

「お前たち、なにをしている!」

 護衛の者たちの声が聞こえた。良かった。これ以上はきつかった。

「ちっ! ひとまず退くぞ!」

 男たちは焦り、懐から煙玉のような魔道具を取り出した。白い煙が爆ぜるように広がり、視界が奪われる。手で煙を振り払うけれど、すでに姿は消えていた。白い煙が薄れると、タクヤの姿が現れた。短剣を握る手が震えていた。そして腕からは血が流れていた。

「タクヤ!」
「だいじょ、ぶ……」

 笑おうとしたのだろう顔はうまく笑えず、歪んでしまう。私は軽いかすり傷ひとつなのにタクヤが傷つくなんて……。

「これくらい、だいじょうぶ、です」

 タクヤの血を見て私は初めて誰かを失う恐怖に心臓が掴まれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。

星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。 前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。 だが図書室の記録が冤罪を覆す。 そしてレイは知る。 聖女ディーンの本当の名はアキラ。 同じ日本から来た存在だった。 帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。 秘密を共有した二人は、友達になる。 人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。

無能と呼ばれた婚約者は王を完成させる〜替え玉婚約者のはずが、強すぎる王太子に手放してもらえません〜

統子
BL
兄の身代わりとして王太子の婚約者になった伯爵家次男リュシー。 嘘の名を名乗ったはずが、冷静で誠実な王太子リオンは彼を「力の装置」としてではなく、対等な伴侶として扱おうとする。 本物になりたいと願う替え玉と、完成された王太子の静謐な王宮ロマンス。

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

隠された令息は、護衛騎士と息をする。

木漏れ日の庭
BL
公爵家に生まれながらも、妾の子として蔑まれ、固有魔法すら使えない令息のユリシス。彼は足が悪く、うまく歩くことが難しい。そんな彼の元に、護衛騎士としてキースという美しい男が訪れる。始めはなんの関わりも持たない二人だが、ユリシスの静かな優しさが、キースの心を溶かしてゆく。

僕、天使に転生したようです!

神代天音
BL
 トラックに轢かれそうだった猫……ではなく鳥を助けたら、転生をしていたアンジュ。新しい家族は最低で、世話は最低限。そんなある日、自分が売られることを知って……。  天使のような羽を持って生まれてしまったアンジュが、周りのみんなに愛されるお話です。

事なかれ主義の回廊

由紀菜
BL
大学生の藤咲啓嗣は通学中に事故に遭い、知らない世界で転生する。大貴族の次男ランバート=アルフレイドとして初等部入学前から人生をやり直し、学園で出会う無愛想で大人顔負けの魔法の実力者であるヨアゼルン=フィアラルドと親友になるが、彼に隠された力に翻弄され次々と襲ってくる災難に巻き込まれる。終いには、国家の存続を揺るがす大事件にまで発展することに・・・

牙を以て牙を制す

makase
BL
王位継承権すら持てず、孤独に生きてきた王子は、ある日兄の罪を擦り付けられ、異国に貢物として献上されてしまう。ところが受け取りを拒否され、下働きを始めることに。一方、日夜執務に追われていた一人の男はは、夜食を求め食堂へと足を運んでいた――

神様は身バレに気づかない!

みわ
BL
異世界ファンタジーBL 「神様、身バレしてますよ?」 ――暇を持て余した神様、現在お忍び異世界生活中。 貴族の令息として“普通”に暮らしているつもりのようですが、 その振る舞い、力、言動、すべてが神様クオリティ。 ……気づかれていないと思っているのは、本人だけ。 けれど誰も問いただせません。 もし“正体がバレた”と気づかれたら―― 神様は天へ帰ってしまうかもしれないから。 だから今日も皆、知らないふりを続けます。 そんな神様に、突然舞い込む婚約話。 お相手は、聡明で誠実……なのにシオンにだけは甘すぎる第一王子!? 「溺愛王子×お忍び(になってない)神様」 正体バレバレの異世界転生コメディ、ここに開幕!

処理中です...