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いつか君を見る6
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「じゃあ行こうか」
「うん」
カフェを出て、渋谷行き方面のバス停までのんびりと歩く。バス停まではそれほど距離もない。歩道を歩いているとスニーカーの靴ひもがほどけていることに気づいた。
「ちょっと待って。靴ひもほどけた」
そう言ってから、しゃがんでひもを結び直しているそのとき、カシャッと乾いた音が耳のそばで響いた。
「おい」
顔をあげると、イジュンが例の写ルンですを手に持って笑みを浮かべていた。
「撮るなっていっただろ」
「顔は撮ってないよ。写ってない。手としゃがんでる姿だけだから」
そう言い訳めいたことをイジュンは言う。でも、楽しそうに写真を撮っているイジュンを見ていると怒る気にはならなかった。というより、不思議と腹は立たなかった。
「なんかね、今の良かったんだよ」
「良かったって何が?」
「なんて言えばいいのかよくわからないけど、なんかすごく自然な感じ。真剣に靴ひもを結んでる姿って、人らしいでしょ。写真でみたら絶対にいいと思ったんだ」
イジュンは真っ直ぐな目でそう言った。笑顔ではあるけれど、ふざけているわけではない。悪びれも、計算もない。多分、ほんとによかったから撮ったんだろう。その率直さに、言い返す言葉が見つからない。
俺の手はまだ少し土埃のついた靴ひもを握ったままだ。言葉にならないなら、早く結んでしまおう。ひもをぎゅっと結んだ。イジュンはその姿を切り取ったのだ。その写真がどんな風に写っているかは現像しないとわからない。だけど、もしかしたら、俺自身が知らないような瞬間をイジュンは拾ってくれたのかもしれない。
「顔は写ってないんだな?」
「うん、手元と肩と頭だけ。顔は角度的に見えないよ」
「そっか。ならいいや。好きに撮ってもいいけど、ほんと顔だけは勘弁な」
「なんでそんなに顔を撮ることを嫌がるの?」
「写真でっていうより、ほら顔にトラウマがあるから。それに子供の頃うちの親がお客さんに俺の写真見せると、可愛いお嬢さんねってよく言われてたんだよ。だから嫌なんだ」
「きっと、それを言った人は羨ましかったんだ、こんなに綺麗で。女とか男とか関係なくさ」
「でも、お嬢さんね、はないだろ、さすがに」
「あー、それは、ね」
さすがに、その点はイジュンも苦笑いになった。大人になった今だって普通にナンパされる。って、イジュンもナンパしてきたクチだけど。
「でも今の明日海は、綺麗ではあるけれど、女には見えないよ」
「そうかね。最初、お前、俺のこと女だと見間違えなかったか?」
「いや、あのときは通りすがりにチラリとしか見えなかったから。きちんと見たら男だってわかるよ」
あたふたと言い訳をするイジュンに俺はため息をついた。どうもこいつには怒る気にならない。
「もういいよ。恨むのは母さんをだ」
「男とか女とか関係なく、綺麗ってすごいことなのに。それに今の明日海は内面が外側に出ていて綺麗なんだ。子供の頃はただの造作だと思うけど、今は違う。綺麗であることをもっと威張ったっていいと思うけどな」
「子供のときに嫌な思いをしてなきゃな」
「そんなにひどかったのか」
「うーん。どうなんだろう。今の俺ならなんでもないけど、まだ俺も子供だったからな」
「そしたらさ。その子たちは明日海の綺麗さに嫉妬したんだよ。そう思えば、そんなに嫌な気もしないんじゃない?」
「どうかな」
イジュンと話していると、ほんとに”そんなこと”と思えてくるから不思議だ。子供の頃の嫌な思いは何ひとつ変わってはいないけれど、考え方を少し変えるだけで、そんなに嫌な記憶じゃなくなってくる。
「お前ってすごいな」
「え? 俺?」
「うん。やっぱり頭いい学校出てるだけあるよね」
「え? 学校関係ある感じ?」
「俺にはなかった発想だからな。関係あるんじゃないか」
「そうなの? でも、褒められたんだよね?」
「褒めてるよ」
「なんかよくわからないけど、それならいいや」
そう言ってふにゃりと笑う男につられて、俺も小さく笑った。うん、笑っている方が気分もいい。そんな当たり前のことに気づかせてくれたイジュンに、心の中で小さく感謝した。
「うん」
カフェを出て、渋谷行き方面のバス停までのんびりと歩く。バス停まではそれほど距離もない。歩道を歩いているとスニーカーの靴ひもがほどけていることに気づいた。
「ちょっと待って。靴ひもほどけた」
そう言ってから、しゃがんでひもを結び直しているそのとき、カシャッと乾いた音が耳のそばで響いた。
「おい」
顔をあげると、イジュンが例の写ルンですを手に持って笑みを浮かべていた。
「撮るなっていっただろ」
「顔は撮ってないよ。写ってない。手としゃがんでる姿だけだから」
そう言い訳めいたことをイジュンは言う。でも、楽しそうに写真を撮っているイジュンを見ていると怒る気にはならなかった。というより、不思議と腹は立たなかった。
「なんかね、今の良かったんだよ」
「良かったって何が?」
「なんて言えばいいのかよくわからないけど、なんかすごく自然な感じ。真剣に靴ひもを結んでる姿って、人らしいでしょ。写真でみたら絶対にいいと思ったんだ」
イジュンは真っ直ぐな目でそう言った。笑顔ではあるけれど、ふざけているわけではない。悪びれも、計算もない。多分、ほんとによかったから撮ったんだろう。その率直さに、言い返す言葉が見つからない。
俺の手はまだ少し土埃のついた靴ひもを握ったままだ。言葉にならないなら、早く結んでしまおう。ひもをぎゅっと結んだ。イジュンはその姿を切り取ったのだ。その写真がどんな風に写っているかは現像しないとわからない。だけど、もしかしたら、俺自身が知らないような瞬間をイジュンは拾ってくれたのかもしれない。
「顔は写ってないんだな?」
「うん、手元と肩と頭だけ。顔は角度的に見えないよ」
「そっか。ならいいや。好きに撮ってもいいけど、ほんと顔だけは勘弁な」
「なんでそんなに顔を撮ることを嫌がるの?」
「写真でっていうより、ほら顔にトラウマがあるから。それに子供の頃うちの親がお客さんに俺の写真見せると、可愛いお嬢さんねってよく言われてたんだよ。だから嫌なんだ」
「きっと、それを言った人は羨ましかったんだ、こんなに綺麗で。女とか男とか関係なくさ」
「でも、お嬢さんね、はないだろ、さすがに」
「あー、それは、ね」
さすがに、その点はイジュンも苦笑いになった。大人になった今だって普通にナンパされる。って、イジュンもナンパしてきたクチだけど。
「でも今の明日海は、綺麗ではあるけれど、女には見えないよ」
「そうかね。最初、お前、俺のこと女だと見間違えなかったか?」
「いや、あのときは通りすがりにチラリとしか見えなかったから。きちんと見たら男だってわかるよ」
あたふたと言い訳をするイジュンに俺はため息をついた。どうもこいつには怒る気にならない。
「もういいよ。恨むのは母さんをだ」
「男とか女とか関係なく、綺麗ってすごいことなのに。それに今の明日海は内面が外側に出ていて綺麗なんだ。子供の頃はただの造作だと思うけど、今は違う。綺麗であることをもっと威張ったっていいと思うけどな」
「子供のときに嫌な思いをしてなきゃな」
「そんなにひどかったのか」
「うーん。どうなんだろう。今の俺ならなんでもないけど、まだ俺も子供だったからな」
「そしたらさ。その子たちは明日海の綺麗さに嫉妬したんだよ。そう思えば、そんなに嫌な気もしないんじゃない?」
「どうかな」
イジュンと話していると、ほんとに”そんなこと”と思えてくるから不思議だ。子供の頃の嫌な思いは何ひとつ変わってはいないけれど、考え方を少し変えるだけで、そんなに嫌な記憶じゃなくなってくる。
「お前ってすごいな」
「え? 俺?」
「うん。やっぱり頭いい学校出てるだけあるよね」
「え? 学校関係ある感じ?」
「俺にはなかった発想だからな。関係あるんじゃないか」
「そうなの? でも、褒められたんだよね?」
「褒めてるよ」
「なんかよくわからないけど、それならいいや」
そう言ってふにゃりと笑う男につられて、俺も小さく笑った。うん、笑っている方が気分もいい。そんな当たり前のことに気づかせてくれたイジュンに、心の中で小さく感謝した。
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