癒しの術を使うことのできる男が過酷な世界で女の子達に慕われていき、いつの間にかハーレムの規模が大きくなって気がついたら教団が結成されていた話

ユキリス

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 迷宮にエリスが同行する運びと相なった優達は緊張した足取りでレーネ達の待つ店へと向かう。

「‥本当にレーネさん達はわたし達も迷宮まで連れていってくれるのかしら?」

 不安に耐えきれなくなったエリスが焦燥感も露わに声を上げた。
 その震える弱々しい声音は自身という不確定要素を受け入れてくれる確信が持てないことに起因していた。

「‥確かに依頼を変更する必要があるな」

 神妙な面持ちで頷いてみせる優に非難がましい視線を向ける雪音。

「自衛の手段を持たない人間が一人でもいるというのは相当な重荷なのです。それに応じて報酬も要求されるのですよ」

 呆れた表情を浮かべて不満を露わにする雪音に苦笑する優。

「すまない‥」

 罪悪感を表情に滲ませて謝罪する優に肩をすくめてため息を吐いてみせる雪音。

「全く優は本当にわたしがいないとだめだめなのです」

 呆れた口調で語りながらも得意げな表情で喜びを露わにする雪音。
 本人の目の目では素直になれない彼女は優に頼られることに何処か一種の満足感のようなものを覚えていた。

「その‥貴方達は随分親しい関係にあるようだけど‥良かったらどのような間柄なのか教えてもらえないかしら?」

 二人のまるで熟年の夫婦にような親密さを垣間見せる会話に関心を示すエリス。

「彼女は‥妹だ」

 言葉を詰まらせながらもなんとか返答する優だがエリスは訝しげな視線を向けたままである。
 芳しくない状況に動揺を露わにする優であったが雪音が助け舟を出すことでことなきを得る。

「それを知って一体どのような利益があなたにあるのですか?」

 射抜くような鋭い眼差しを雪音に向けられて続く言葉を失うエリスである。
 顔を俯かせて沈黙する彼女に何ら構う様子を見せずに言葉を続ける雪音。

「あなたはわたし達のことを詮索するべきではないのです。大人しく後からついてくればいいのです」

 自身の言葉を無情にも一蹴されたエリスは悔しさに表情を歪ませる。

「そんな冷たくしなくてもいいんじゃないか?エリス大丈夫か?」

 対してそんな冷徹な態度をみせる雪音とは対照的に優しい声音でエリスを気遣う優。
 自身に与えられた好意的な言葉に困惑の表情を浮かべるエリス。

「え、ええ‥平気よ‥ごめんなさい無遠慮に聞いてしまって」

 罪悪感を滲ませた面持ちで謝罪をするエリスに柔らかい微笑を浮かべて首を振る優。

「謝る必要なんてないさ。誰だってこんな怪しい二人組がいたら気になる」

 エリスを傷つけないように言葉を選ぶ配慮をみせる優。
 自身に与えられた暖かい言葉に頬を緩めるエリス。
 娼館で雑用を勤めている彼女は主にその美貌への妬みによる人の悪意に晒されてきた手前、出会って間もない彼からこのような気配りを受けるとは想定外であった。

「ありがとう‥」

 思いがけない優の心遣いに心が暖かくなったエリスは本心から感謝の言葉を述べる。

「いや‥いいんだ」

 冷たい美貌の持ち主であるエリスが笑顔を浮かべて頭を下げる様子に心を揺らがせる優。

「エリスも優様と仲良くなりたいの?」

 優と腕を組んで歩くエダが悪戯っぽく笑みを浮かべてエリスに視線を向ける。
 エリスは与えられた揶揄いの言葉に頬を紅潮させた。

「そんなわけないでしょう?‥もう彼にはあなたという恋人がいるのよ」

 語気も強く否定してみせる彼女にエダは意味深な笑みを浮かべて頷いた。

「そうだね確かにわたしはもう優様のもの。‥でも‥」

 艶やかな笑みを浮かべて言葉を切ったエダはエリスの耳元で甘い吐息と共に囁いた。

「エリスも優様の物になる権利がないわけじゃないんだよ」

 不意に与えられた予想外の言葉に頬を羞恥によって紅潮させるエリスは慌てた表情で首を振る。

「わッ、わたしは別に‥そんなつもりはないわ」

 冷たい美貌を崩して可愛らしく頬を赤く染める彼女の姿により一層揶揄うような笑みを深めるエダ。

「ふーん‥エリスってば強がっちゃって」

 取り乱した様子のエリスに何ら構うことなく言葉の追撃を仕掛けるエダに呆れた表情を向ける雪音。

「レーネ達が待つ店はあそこなのです。故にいい加減そのうるさい口を閉じるのです」

 彼女達の緊張を和らげるためのやり取りを耳障りに感じた雪音は辟易とした表情を浮かべてなんの躊躇いもなく言い放つ。

「あ‥うん。わかった‥うるさくして申し訳ありません優様」

 しかし注意した本人に視線を向けることなく真っ先に優へと頭を下げるエダを目の当たりにしてこめかみに青筋を浮かべる雪音。

「くッなんて腹正しい娘なのですか‥。‥もういいのです早く店の中へ入るのですよ」

 唇を噛んで悔しげな表情を晒しながら優の手を引いて店内へ足を踏み入れる雪音。

「え、あ‥待って」

 そんな自分勝手に我が道をゆく雪音に置いて行かれたエリスは自らの足が竦んで動かないことに気がついた。
 そしてその原因もエリス自身理解していた。
 震える身体を自身の腕で押さえつけて視線を店内へと向ける。
 店の入り口からでも店内には様々な人々がいる様子を窺うことができる。
 彼等の中には筋骨隆々の柄の悪い大男や何を考えているのかわからない暗く淀んだ瞳を虚空に向けて近寄り難い雰囲気を発している人間も存在していた。
 そんな魔境とも呼べる場所へとなんら躊躇いをみせる様子もなく足を進める優達に驚きを隠せないエリスである。

「うッ」

 怖いのだ。
 彼女はなんの力も持たない無力な己が他者からの悪意に晒されることを恐れている。
 今から足を踏み入れるのは矮小な己と違い圧倒的な力を持った人間達が入り乱れる人外達の巣窟だ。
 そう考えただけで身体の震えが止まらないエリス。
 しかしそんな彼女に優しい声音で語りかけてくれる存在が一人。

「行こうエリス。何があっても優様が守ってくれるから安心していいんだよ」

 見る者に安心感を与える柔らかい笑みを浮かべてエリスの手を握るエダ。
 彼女の手の暖かさに己の緊張が次第に解けていくのを感じるエリス。

「‥エダ‥ありがとう‥」

 強張らせていた顔の筋肉を弛緩させて柔らかい表情となったエリスは笑みを浮かべてエダに感謝の言葉を送る。
 強い意志の光を宿して煌く美しい碧眼をお互いに絡ませ合う二人。

「行きましょう」

 毅然とした態度で優達の居る席へと足を運ぶ彼女達。
 しかしそんな二人にげびた顔つきの男が二人自身の座っていた席から立ち上がると声をかけてきた。

「おいおい嬢ちゃんぉ‥ここはめぇみたいなガキが来る場所じゃねぇぜ」

 二人の歩を遮るようにして立ち塞がったのは丸太のような太い腕を持った大男。
 しかし何より特筆すべきはその体幅である。
 エリスのおよそ倍以上はあろうかという恰幅の良い体躯は凄まじい威圧感を放っていた。

「そうだぜぇ‥そんな小さな身体じゃあすぐに魔物に捕まって苗床にされた後に食われてお終いってところだ」

 思わず大男の迫力に気圧されるて後ずさるエリス退路を無精髭を生やした痩身の男が塞ぐ。
 頬骨の形が浮き出るほどに痩けた頬は邪悪な笑みによって吊り上げられる。

「ひッ」

 嫌悪感を露わに思わず悲鳴を漏らしてしまったエリスに視線を向ける男。
 落ち窪んだ瞳から覗く炯々と輝く眼光はエリスの恐怖に彩られた表情を見透かすように射抜く。

「ははッ何もそんなに怖がることはねぇぜ。俺たちはただ何も知らない嬢ちゃん達に色々教えてやろうと思ったてなぁ」

 怯えた表情を浮かべて後退するエリスにますます笑みを深めて距離を詰める大男。
 彼の腕がエリスを捉えようと伸ばされて触れる寸前に静止の声が店内に響き渡った。

「彼女に触れるな」

 一切の感情の色を窺うことができない平坦な声音で静止の声を上げたのは優だった。
 彼は温度を感じさせない冷酷な光を瞳に宿して大男の腕を掴んでいた。

「‥なんだ?てめぇは」

 興が削がれたことに不快感を露わにする大男は剣呑な眼差しで優を睨め付ける。
 そんな大の大人でも怖気付くような眼光を向けられて尚何ら動じる素振りを見せない優は再び口を開く。

「失せろ」

 放たれた言葉と同時に大男の腕を凄まじい激痛が襲う。

「ッ」

 即座に握られている腕へと視線を走らせる彼は全力で優を振り払う。

「‥な、なんだ‥おまえ‥」

 唖然とした表情を浮かべて問うてくる大男を何ら意に解する様子を見せない優は冷酷な瞳を彼に向ける。

「失せろと言ったんだ」

 殺意さえ感じるほどの冷徹な言葉が与えられると同時に大男は顔を青ざめさせて一歩後退する。
 そんな彼に追い打ちをかけるように一歩距離を詰める優に遂には恐怖の表情を浮かべて叫ぶ大男。

「ずらかるぞッマイクッ」

 焦燥感も露わに踵を返す大男は脇目も振らずに店から去っていく。

「ちょッ、ダスカルの兄貴待ってくださいよッ」

 先程の威圧感は何処へやら。
 マイクと呼ばれた痩身の男は巨体に見合わぬ速度で走り去るダスカルに困惑の表情を浮かべる。

「‥おまえ‥兄貴に何をした?」

 しかし即座に我に帰ったマイクは再び血走った瞳を優に向ける。

「‥」

 警戒した表情で腰を落とすマイクに向かって何ら意に解すことなく歩を進めてくる優。

「止まれ‥さもないとこいつを─」

 悠然とした態度で向かってくる優に対して気圧された様子を晒すマイクはエリスの首に手を回そうと身体を動かしたその瞬間だった。
 吹き荒れた竜巻と同時にマイクの痩身は吹き飛んだ。
 この場の雪音というただひとりの例外を除いて誰一人として反応出来ないほどの打撃を優が繰り出したのだ。
 声を上げる間もなく宙を舞うマイクの身体はその勢いのまま壁に激突して力なく地面に頽れる。
 気を失ってはいるが優が加減したこともあり外傷は見受けられない。

「大丈夫か?」

 マイクから関心を失った優はエリスの肩に手を置いて穏やかな表情を向ける。

「え、ええ‥それにしてもあなたって‥その‥見かけによらず凄く強いのね‥」

 至近距離に優の存在を確認したエリスは頬を赤く染めて顔を逸らす。

「そんなことはない。‥それより本当に大丈夫か?ダメそうなら宿まで送るが‥」

 狼狽える様子を見せるエリスに気遣わしげない表情を向ける優。

「‥本当に大丈夫よ。後‥助けてくれてありがとう」

 顔を覗き込んでくる優へ苦笑を浮かべながら感謝の言葉を述べるエリス。
 しかしそんな言葉とは裏腹に彼女の心臓の鼓動は早鐘のように鳴り響いていた。

「ああ‥気にするな。さあレーネさん達も待ってる。行こう」

 エリスの返答に安堵した表情を浮かべる優は未だ俯いたままの彼女の腕を引いてレーネ達の元へと向かう。

「‥あ」

 男に触れられたことに今更ながらにか細い声を漏らすエリスだが抵抗を示す様子はない。
 優の後に続いて腕を組むエダは意味深な笑みをエリスに向ける。

「本当にすごいよね優様‥女の子を平気な顔してこうやって怖い人達から守ってくれるんだよ。こんなこと他の男の人じゃ絶対できないと思うなぁ」

 自らが崇拝する優に蕩けた表情を向けるエダは何ら羞恥心を見せずに語ってみせる。
 彼女の男を見る目は以前の怯えるような感情の籠るものではなく明らかに艶やかな色を秘めていた。

「‥そうね」

 片時も優から視線を外さないエダに苦い表情を浮かべるエリスは躊躇しながらも頷いて肯定の意を示す。
 友人を誑かした男であることは確かだがその実力を目の当たりにしては認めざるを得ないエリスである。
 初対面では二人の少女を両隣に侍らせる優に悪印象を抱いたエリスだが、現在では好感さえ覚えていた。
 故に自然と優の隣へと腰を落ち着けるエリス。

「なッ」

 そんな様子を眺めて驚愕の声をあげるのは雪音である。

「どうしてあなたが優の隣に座るのですか?」

 自身の定位置を奪われて心中穏やかでいられない雪音は棘のある視線をエリスに向ける。
 しかし雪音の抗議の言葉も耳に入らない様子のエリスの瞳は一心に優を見つめていた。

「雪音さんお話が始まるので静かにしてくださいねぇ」

 自然と無視をされた形となる雪音は怒りを露わに声を上げようとしたところエダの言葉で機先を制される。

「なにをッ─」

 しかしエダの言葉に従順に従う雪音ではない。
 語気も強く反抗の意を示そうと口を開く。
 しかし自身の身体を襲う今まで感じたことのない感覚に口を閉じる。
 それはまるで悦びの絶頂とも称することができるほどの快楽だった。
 あまりに強すぎる快感に身体を震わせて必死に平常を装う雪音に訝しげな視線を向ける優。

「何処か具合が悪そうだが‥大丈夫か?」

 頬を紅潮させて顔を俯かせる雪音に気遣わしげな表情を向ける優。

「へ、平気なのです。話を進めてくれて構わないのです」

 必死に平静な姿を取り繕う雪音だが快楽によってもたらされる肉体の震えは誤魔化すことができなかった。

「本当に大丈夫か?」

 頬を紅潮させて何かを耐えるように服の裾を握りしめる雪音に怪訝な表情を向ける優。

「ほ、本当なのです。何故わたしが嘘をつかなくてはならないのですか?」

 自身の身に起きていることに大体の検討がつく雪音は恨みがましい表情をエダに向けた。
 自らに注がれる雪音の尋常ではない視線に気づいた彼女は意地悪く口の端を吊り上げて嘲笑を浮かべる。

「この女ッ」

 屈辱に打ち震えた様子を露わに唇を噛む雪音。

「エダがどうかしたのか?」

 エダに対して殺意さえ感じることができるほどの射殺すような眼差しを向ける雪音に疑問の表情を浮かべる優。

「ッなんでもないのです」

 しかし自らの無駄に高い自尊心が邪魔をして素直に現状を話すことができない雪音である。
 己がエダに対して屈することなど認めることができない彼女はひたすら耐える道を選ぶ。

「わたしのことはいいから話を進めるのですッ」

 語気も強く自らの気遣いを拒絶された優は腑に落ちない気持ちを抱えながらレーネ達に視線を移す。

「えっと‥それじゃあ今から向かう迷宮について詳しく教えてほしいのだが‥」

 気を取り直して曖昧な取り繕うような笑みをレーネ達に向ける優。
 目の前で繰り広げられたやり取りを前にして空いた口が塞がらないレーネ達は驚きの眼差しを優達へと向けていた。

「‥あなたって神官ではなかったのね‥」

 優の治癒魔術の腕を鑑みて教会の神官崩れである、とその出自に当たりをつけていた彼女である。
 しかしその予想は先程難癖をつけて絡んできた男たちを返り討ちにする優の様子を見て覆されることになった。
 教会では護身術程度は習うことを知っていたが成人している男性を吹き飛ばすことができるような芸当をできるようになるには至らないものである。

「‥神官?それはどういう意味だ?」

 自身の行いに無頓着な優は訝しげな視線をレーネに向ける。
 本心から疑問に思っていることがその怪訝な表情から窺える。
 己の考えが完全に的外れであることを悟って思わずため息を漏らすレーネ。

「‥いいえ‥なんでもないわ‥。それより‥知らない顔がいるようだけれど‥。紹介していただけるかしら?」

 優の隣に座るエリスを一瞥したレーネは怪訝な表情を優に向ける。

「ああ‥彼女はエダの友人だ。今回の依頼に同行することになった」

 淡々と淀みなくエリスの紹介をする優の様子からは不確定要素を連れてきたことへの一切の罪悪感を窺うことができない。

「‥昨日はあなたと雪音さんが迷宮に行くという話であったはずだけれど?」

 勝手極まる依頼の変更に抗議の言葉を述べるレーネ。
 彼女は何事に対しても自信が主導権を握っていなければ気が済まない性質であった。
 完璧主義であるが故に優の想定外の行動は目に余るものがある。

「それは‥」

 罪悪感を滲ませた面持ちになる優は雪音に縋るような視線を向けて助けを求める。

「‥報酬ならいくらでも払うのです‥」

 呆れた表情を浮かべて瞼を伏せた雪音であったが渋々卓上に黄金色に輝く硬貨を積み上げた。
 淡々と金額を提示する雪音に驚愕を露わにするレーネ。
 一向に金貨を積み上げる手を止める様子を伺えない雪音に静止の声を上げる彼女である。

「もういいわそれで結構よッ」

 己の想定を超える程の金額を前に驚愕の表情を浮かべるレーネ。
 しかし彼女とは対照的に隣の座るグラドは歓喜の表情を浮かべて喜びを露わにする。

「こりゃあすげぇな‥これだけでも当分の間は働かなくても生活できそうだな」

 目の前に置かれた大量の金貨に対して目を輝かせるグラドに呆れた表情を向けるレーネ。

「‥いいわ‥あなた達の要求は可能な限り受け入れるわ‥」

 己の理解の範疇を超えた大金に対して呆然とした様子を晒すレーネを眺めて金の力にものを言わせた雪音は高飛車な態度で鼻を鳴らした。

「ふん‥それでは早速その迷宮とやらに案内するがいいのです」

 傲慢にも圧倒的な上から目線での返答に頬を引き攣らせるレーネだが提示された金額を鑑みれば渋々頷くしかなかった。

「‥わかったわ‥でも迷宮に潜るならそれなりに準備をする必要があるわ」

 これまでの会話を鑑みるに彼らは迷宮に関しての知識を有していないことが窺える。
 故に無知な彼等に対して配慮を見せるレーネである。

「準備?それはどのようなことなのですか?」

 しかしレーネから与えられた気遣いの言葉を受けて不満の表情を浮かべる雪音。

「当然食料よ。迷宮の中じゃ水も手には入らないわ」

 常識知らずな雪音の疑問に呆れた表情を浮かべて答えるレーネ。

「‥すぐに見つければ問題ないのです」

 しかしレーネの提案に対して素直に頷くことに躊躇う様子を見せる雪音である。

「あのね‥迷宮はとても広いところなの。その中から人一人を探し出すなんてことは簡単なことではないわ」

 雪音の意見を何ら受け入れる様子のないレーネは諭すような口調で語ってみせる。

「‥わかったのです‥」

 真剣な表情を浮かべて己の主張を述べるレーネの有無を言わせぬ態度に渋々といった様子で頷く雪音。
 傲慢な態度を改める様子を見せないレーネに従うのは業腹だが彼女とてこれ以上益のない会話を続けるつもりはない。

「そう‥理解してもらって何よりだわ」

 雪音の了承の言葉を聞いたレーネは安堵した表情で息を吐く。

「では早速その必要な物とやらを買いに行くのです」

 今後の方針が決まったと同時に立ち上がる雪音の様子に疑問の声をあげるエダ。

「身体の具合は治ったんですかぁ?」

 雪音の身体の不調の原因の張本人であるエダは白々しい態度で雪音に訝しげな視線を向ける。

「‥あなた如きの魔術ではわたしに与える影響など恐るるに値しないのです」

「そうですかぁ‥それにしては女の子がしてはいけない顔をしていたような気がしますけどぉ」

 挑発的な雪音の返答する雪音に対して負けず劣らずの好戦的な態度で答えるエダ。

「‥二人ともレーネさん達に迷惑だろう」

 険悪な雰囲気を漂わせる二人に窘めの言葉をあげる優。

「はぁい。申し訳ございません優様」

 真っ先に顔を青ざめさせて深々と頭を下げるエダ。
 彼女にとって優に失望されることは何としても避けたい事柄だ。

「‥もういいのです」

 そんな必死なエダの様子とは対照的に不満の表情を浮かべて顔を逸らす雪音。

「‥そうね私も同意見よ。案内するわ」

 雪音の言葉を肯定すると同時に立ち上がったレーネは店の出口へと歩みを進める。

「じゃあ‥行こうか」

 悠然とした足取りで先導する彼女の後ろ姿を見てこの場にいる一同に声をかけた。

「はぁい。‥あの‥本当にごめんなさい優様。これからは発言には気をつけます」

 未だ沈んだ表情を浮かべるエダは優の機嫌を窺う様子をみせる。

「‥そうなのです。これ以降は自らの行いに慎みをもつべきなのです」

 必死に取り縋るエダに軽蔑の表情を向ける雪音。
 彼女にとって過剰なまでに優に媚びを売るように身体を寄せるエダの姿がどうしても癪にさわる。

「‥いや‥もう気にしてない。ただもう少し二人が仲良くしてくれればいい」

 苦笑を浮かべた優から返された言葉にエダが苦い表情を浮かべる。

「それは‥わかりました」

 己のにとって絶対的な存在である優からの命令に逆らうことはできないエダは従順に頷くしかない。

「何をしているの?」

 一向に己に追従する様子を見せない優達を振り返るレーネの表情に僅かな苛立ちが浮かぶ。

「それはじゃあ行こうか」

 鋭い声音で急かされた優は一同を見回して一声かける。
 各々が三者三様の様子を見せていた。

「はい。わたし‥優様の役に立ってみせます」

 優の腕に密着したまま必死に離れまいと縋り付くエダは何度も頷いた。

「ああ‥」

 呆れた表情を浮かべて優達のことを眺めるグラドは自身の身の丈ほどもある大剣を肩に担ぐ。

「いい加減優から離れるのです。この売女」

 射殺すような鋭い視線をエダに向ける雪音。
 しかし怒気を孕んだ雪音の言葉を受けたエダはなんら構う様子を見せずに優の手に自身の白魚のような指を絡めてみせた。

「ッ」

 己に一切の反応を示さないエダに苛立ちの表情を浮かべて桜色の艶やかな唇を噛む雪音。

「はぁ」

 そんな彼女達の様子を見て辟易とした表情を浮かべた優は力なく項垂れた。
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