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教区

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 先程まで面々が身を置いていた大浴場とは所変わって此方は、厳かな雰囲気が漂う大聖堂にて。


 ユキリスを新たに含めた面々は、屋内を後として純白の石造りに整備されている道を歩んでいた。



 早朝の礼拝のために聖堂へと向かうべくして、この場へと赴く運びと相成った次第である。



 静謐な空気に包み込まれた同所は、荘厳に感じられる程に、重厚な石造りの建築により誂えられて見て取れる。



 凡そ人の手により設けられたとは到底思えぬ程に、極めて巨大な建造物として見受けられる。



 レアノスティア聖王国が誇る教区においても、一番に規模が大きな聖堂には、より多くの人々の姿が散見される。



 聖殿の最奥たるアイやユキリスの住まう居室とは、殊更に趣きを異として窺える同所である。



 しかしながら、殊更に大勢のシスター等の面々が集う場に居合わせているアイには、なんら動じた様子が見受けられない。



 寧ろ心底からの退屈な胸中を面持ちに露わとして見て取れる彼は、酷く気怠い様子さえ呈している。



 他方この場へと赴いたアイの姿を側から眺める少女達といえば、皆が皆一様に意識をこれに集わせる。



 これといって耳を澄ませる必要すらなく、潜ませた声色で口々に囁かれる噂話は自然と辺りの喧騒すらも掻き消した。



 純白の聖女ユキリスとその息子であるアイの両名が、この場へと姿を露わとした事実に殊更に騒めきを呈して見受けられた。



「見て、あれ聖女様と御子様よ」



「本当だわ‥。とても御美しいわね」



「でも、御子様は殿方であらせられるのでしょう?少しばかり失礼ではなくて?」



「‥本当に瓜二つだわ。でも聖女様はとても女性的な魅力に満ち溢れていますのね」



「そうですわ。流石はリリス様の‥」



 次々と人目を憚ることさえもしない、未だ幼き齢が見て取れる容貌を晒す、見目美しい少女達の囁く声が響いては聞こえる。



 シスターの少女達面々の交わす会話の、そんな否が応にも耳へと付き纏う言葉を受けては、幾分か辟易として見受けられるアイ。



 傍付きであるセラとサーリャ両名を両隣へと控えた彼は、足早に教区の整備された道のりを歩んでいく。



 見渡す限りの辺り一面が、一切の余すところなく純白に統一されている同所は、殊更に異様な造りとなっている区画だろうか。



 一見しただけでは神秘的な雰囲気さえ漂わせて見受けられる建造物群であるがしかし、本質は酷く殺風景な光景として見て取れる。



 常人の観点から見れば極めて異常な環境としてさえ窺える同所。



 だがしかし、それを鑑みても殊更に見目麗しい少女達の姿が散見できるのは、ここへ集う者達の大半が高貴なる生まれである証左。



 国力においては、他国の追随を許さぬ程に、屈指の信仰を誇る宗教国家、レアノスティア聖王国。


 同所において、聖職者としての地位に就くことはそれ即ち、絶大なる権威を有することと同義である。



 故に身分の高い上層に生を受けた、殊更地位の高い生まれの出の子息や令嬢の人々は自ずと大聖堂にて研修を積むこととなる。



 その理由は偏に自身の将来において、より幸福な人生を送るための、先行投資をするために他ならない。



 何故ならば、レアノスティア教の信徒となり拍をつければ、それだけで高位の恩恵が受けられるが所以。



 無論、同所における元来の性質とは、敬虔なる信仰を志す者達に対し、教育を施す場であるのは言及するまでもなく自明の理。



 それ故に、一途にも信仰を捧げる殊勝な心掛けを持ち合わせている者が養成されている事実に相違はない。



 しかしながら俗世とは無縁の超然として清廉な精神性を誇る者など、それは極めてごく少数派といった具合の塩梅だ。



 その様にして、俗物極まる制度を設けている同所に所在している聖殿ではあるがしかし、存外のこと荘厳な雰囲気を漂わせて見て取れる。



 何故それ程までに幻想的にさえ見受けられるのかは、自ずと仰ぎ見てしまう程に巨大な建築にて施されているが故。



 世界を祝福するかの様にして晴れ渡る青空の下、天を衝くかの如く聳え立つそれは、まるで同所へと居合わせている人々を睥睨するかの様だ。



 思わず気圧されてしまう程に圧巻な造りをして窺える聖堂は、地にあまねく全てを例外なく見下ろしていた。



 しかしながらそんな建造物を前としてもなんら意に介する様子が見受けられないアイは、そのままに歩みを進ませる。



 早々に屋内へと足を運ばせた面々は、同所へと場を共にする人々に道を開けさせる。



 それも無理矢理にではなく、自ずと履けていく人垣を縦に割り、堂々とした立ち振る舞いを見せつけるアイ。



 それは一見して毅然とした足取りでがしかし、側から眺めるとユキリスの後を追うだけに過ぎないのが、殊更に微笑ましい光景として見て取れる。



 そんな二人に対し、従順にも追従するサーリャとセラの両名とはいうと、酷く物静かな様相を呈して見受けられる。



 大浴場を後としてから依然として口を開く素振りさえ見せない二人であるから、著しく犬猿の仲であることが窺える。



 それを殊更に顕著に示して見受けられるのが、互いに一度として言葉を交わすことなく口を噤んでいる姿だろうか。



 先程まで交わしていた言葉の応酬すらもなく、未だに張り詰めた雰囲気を漂わせて窺えるのがその証左。



 しかしながら、明確な敵対行為をする様子が一切見受けられないのがせめてもの救いと言えるだろう。



 そうでなければ早々に周囲へと侍る他のシスターの少女等の面々へと、その争いの余波が生じていたに違いない。



 故にそれを鑑みて判断するに、正に不幸中の幸いと言わざるを得ないのが現状といった所。



 それでも、傍付きの少女等の面々の中でもより高位の絶大なる権威を有して見て取れるセラとサーリャの両名であるから殊更に質が悪い。



 これを改善できる者は、彼女等二人の主であるアイとユキリスの両名であるのだがしかし、それを一向の気にした様子が見受けられないのが彼と彼女である。



 しかしながらそれを直に進言する様な愚か者は、この大聖堂には居合わせて居ないのは改めて言及するまでもなく自明の理。



 何故ならば、例えそれをした所で聞き入れられることはなく、幾ら高貴なる生まれの出といえど不敬罪として処されるのが目に見えているが所以。



 それ程までに、純白の聖女たるユキリスと、その息子であるアイに意見することは、過ぎた行いとして見られていた。



 そしてそれは誤りではなく、あながち穿ち過ぎた認識というわけでない。



 何故なら実際にその通りの、正常な知見に基づいて判断するのであれば、極めて腐敗した権威に物を言わせる様な制度が、平然とまかり通っているのだから。



 本来であれば王侯貴族といえど許されぬ傲岸不遜な立ち振る舞いさえも、寧ろ母子が誇る圧倒的なまでの美貌により許容されてさえ見受けられた。



 それに付き従うサーリャとセラの両名もまた、それに倣う様にして見目美しくあるからこれに拍車を掛けた。



 その極めて麗しい容貌により周囲の人々を魅了する面々は、物事を円滑に進めるだけの殊更なまでの資質を有して見受けられる。



 示された美しい容姿の虜となった彼等彼女等は、これに気圧される限りであり、自ずと許容する他にないのが実情だ。



 それ程までに聖女ユキリスとアイを筆頭とした面々は、極めて神秘的なまでの存在感を呈して窺える。



 これを見て取って自然と信仰する人々の間で際限なく高められる彼等彼女等に対する偶像は、凡そ止まる所を知らなかった。



 人々に延々と神聖視され続けるユキリスとアイ両名の印象は、最早虚像の域にまで神格化されてさえ見て取れる。



 だがしかし、極めて深くまで人々の意識の深層へと一度根付いてしまった価値観は、今更ながらに変わることのない不変の領域にまで足を踏み込んで見受けられた。



 故に、信仰の徒となり得るシスターの少女等の面々は、まるで見惚れる様な眼差しをアイへと注いで見て取れる。



 無論聖女ユキリスに対するそれには劣るものの、少なくともセラとサーリャに向けられる視線の比ではない。



 その見目美しい容貌を誇るアイであるがしかし、それに反した性別が故に、自然と集わせてしまう視線。



 何故ならば、乙女の花園として確立している同所における厳格なしきたりとして、男子禁制の制度が設けられているが所以。



 しかしながら、聖女ユキリスの御子として生を受けたが故に神聖視されているアイは、決してその限りではない。


 無論、彼が歴とした男児であるのは周知の事実ではあるのだが、乙女の花園へと足を踏み入れることを、唯一の例外として許容されていたのであった。
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