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道中
しおりを挟む所変わらず、場を同じくしての、荒くれ者どもが集う、些か治安が良いとは言えないこの場にて。
多くの人々が賑わいを見せる雑踏が支配した繁華街とは外れながらもしかしながら、それに程近い酒場での時分の出来事である。
依然として同所へと身を置く面々は、同店舗の殊更に奥まった席へと位置取って見受けられる。
幾分か薄黒くこの場を照らして窺える照明であるがしかし、それとは対称的に活気のある熱気を醸し出す同所の雰囲気だろうか。
それ故に、人々が交わす言葉の喧騒に包み込まれて聞き取れる屋内であるのだが、先程と同様に話し合いを続ける彼等彼女等はその限りではない。
何故ならばその理由は偏に、マリアの制した独壇場と化した同所へと、その本人から思いがけずして成された提案が所以である。
どうやら未だ続けられる、とても交渉とは称するには、あまりに拙い言葉での応酬は、依然として紡がれている様子な模様。
予期せずして、先のマリアから続く台詞を促されたならず者達の代表と思しき男は途端、これ幸いといった様子の塩梅にて口火を切る。
「先程に仰られた言葉にはよくよく及びがつきました。ですからどうか、ここで話しているだけでもなんですんで、取り敢えず現場に直接御足労願えませんか?これも不敬に当たることは痛い程に理解していはいやすが、いかんせん此方も手痛い損害を受けておりまして、これを見て欲しく思っていやす」
唐突に語り見せる彼は、早々にここぞとばかりに思う所の情動が赴くがままに身を委ね、自身の口上をこれでもかと並べ立てる。
自ずと訥々といった具合の塩梅にて、矢継ぎ早に続けられた物言いからは、極めて切実な声色が窺える。
どうやらこれまでにマリアから一方的に語り見せられた手前もあり、言葉だけでは一向に物事が進まない事実に思い至った次第の男だろうか。
その理由は偏にそれもこれも、会話を交わす相手側のマリアという少女の、これでもかと人一倍高いプライドが災いしたが所以である。
それ故に、重々しく厳かな雰囲気を伴い自らの訴えを、至極真剣な面持ちで伝える彼女と対峙する男。
そんな彼からの粛々とした訴えを耳として応じるに際しては、これまた鮮明な美貌を歪ませるマリアだろうか。
その様子から鑑みるに彼女は、今し方に男から語り見せられた所の内容に対して、少なからず不平を抱いている模様。
都合これに対して、先んじて口上を述べた側の男はといえば、戦々恐々とした心中に焦燥も一入といった所。
お陰で、先程より続く弱腰での姿勢に対して、殊更にして拍車を掛けて見て取れる相対する男である。
自然と同所には沈黙が訪れる羽目となり、これに緊張から自らの肉体を強張らせて窺える彼だろうか。
一方、美麗なる容貌に顰めっ面を露わとして見せるマリアは、大仰にも脚など組み替えての返答。
「‥そうね‥。確かに貴方達愚民共と話をしていても、上手いこと事が運ぶとは到底思えないもの。いいわ、特別にこのわたし自らが貴方の言う、その現場とやらに赴むいてあげるわ。この慈悲深いわたしの心遣いに感謝しなさいな」
しかしながら他方、側から眺めるに際して見て取れる気怠げな様子とは対称的に、応じた声色は酷く素っ気なく響いては聞こえたのであった。
*
極めて切実な声色にて呈された男の心底からの懇願を承諾したマリアの言葉に応じては、皆々が場所を移す運びと相成った次第である。
これに際しては、自身の脚で歩くことを躊躇ったリリーであるがしかし、馬車での移動はにべもなくマリアに一蹴された。
その理由は何故なら、長い間聖域にて幽閉されていたアイへと聖王国の街並みを見学させるために彼がこの場へと居合わせているが所以。
そのため、無常にも自身の提案を棄却にされたリリーは、これを不平に思っている様である。
それ故に、平素からの可愛らしい内股での歩みながらも、浮かべられた表情にはありありとした不満が窺える彼女だ。
自ずと頬など膨らませている様な、未だ歳幼い年齢の少女に相応しい振る舞いが見受けられる。
しかしながらこれを側から眺めるアイは、自らの姉であるリリーの心中は、大層御立腹である事実を骨の髄まで身に染みて理解していた。
そんなアイは、傍らへと手を繋ぐリリーの輝かしい美貌に称えられた完膚なきまでに可愛らしい微笑みに対して、二の句を告げられずにいた。
何故なら、その眩いばかりの純白の美貌とは裏腹に、内に内包している苛烈な情動を、彼女の弟であるアイは、正確に思い知っているが故。
であるからして都合、リリーの傍らにて足を運ばせるアイは、戦々恐々足る様子を露わとしている。
そうして、昼間にしては些か人通りの少ない界隈へと道を行く彼等彼女等面々は、黙々と目的地へと向かっている。
そんな最中の出来事である。
不意にアイの肉体へと身を寄せてきたリリーは、平素からの浮かべている蠱惑的な微笑を貼り付けたままに声を挙げる。
「ねぇねぇ弟くん。リリーはなんだかつまらないなぁ。本当はね、別にわたしは下町の娼館街になんか全然行きたくないんだぁ」
唐突に、甘ったるい声色にて囁いたリリーのこそばゆい吐息は、これを耳とするアイへと吹き掛けられた。
「え‥それならどうしてこんな所に‥」
次いで自ずと、予期せずして与えられた、そんな前提を覆す様な言葉に対して、少なからず困惑を露わとするアイだろうか。
対してこれに応じるに際した、問い掛けられた側の当のリリー本人はといえば、艶然と口角を釣り上げたままに語り見せる。
「当たり前だよぉ。女の子がこんな気持ちの悪い場所に来たいと思うはずがないことくらいは、そういうのに鈍い弟くんにだってわかるでしょ。けれどお姉ちゃんが、どうしても弟くんに自分が活躍する良い所を見せたいって言うからリリー的には仕方なく付き合ってあげてるだけなんだよねぇ。はぁ、本当ならこんな所わたしみたいな女の子がくる場所じゃないのにぃ。もう本当にサイアクだよ。サ・イ・ア・ク。お姉ちゃんの、無駄に高いプライドにも辟易だよねぇ。本当に勘弁して欲しいところだよぉ。そ・れ・に・男の子はみ~んな、リリーとお姉ちゃんみたいな可愛い女の子のの事大好きだもんねぇ~❤️だからぁ、別に格好いい所なんて見せなくても、こうやって手とかぎゅうぅ~っ❤️て繋いじゃえば、すぐよわよわになっちゃうのに❤️弟くんもそうだよねぇ~❤️知ってたかなぁ?ああいう風にいっつも気取ってるお姉ちゃんだけど、そういう男の子の事なんて全然分かってないんだからぁ❤️実際は大人ぶりたいだけで、と~っても純粋なんだよぉ~。もう本当に、お馬鹿さんなんだよねぇ~❤️ほらっ❤️こうすれば弟くんだってぇ❤️」
見事なまでに一息で述べて見せた彼女は、自らの語る所の内容に夢中な様子にて、些か驚きに値する発言を繰り出した。
都合これを耳としては流石に弟とえいでも知らない姉の心中を理解して、驚愕の面持ちとなるアイだろうか。
加えて、口上を締めくるに際しては、自身の柔らかな双丘を押し当ててくるリリーであるから、これに応じるアイは閉口する限りな次第。
これでもかとあからさまなまでに、腕に充てがわれた幼い年齢に反して不相応に思える程の豊満な乳肉の、柔らかな感触を感じ取ってしまっては、押し黙る他にないアイだろうか。
しかしながらそれとは対称的に、子供相応に暖かい体温を互いの衣服越しにも感じては、心臓の鼓動を高鳴らせた所存の彼である。
お陰で返す上手い言葉が浮かばない彼は、続く台詞を再度に渡りリリーに語られる羽目となる。
「ほらぁ、リリーのお胸、柔らかいでしょぉ❤️やん❤️やんっ❤️弟くんに女の子として見られちゃうなんてリリー恥ずかしいよぉ❤️」
一方、思いがけない振る舞いを受けて萎縮したアイを見て取っては、ここぞとばかり戯れに興じるリリーだろうか。
自ずと揶揄う様な調子となる彼女の声音は、挑発的な物言いにて存外のこと、同所へと響いては奏でられたのであった。
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