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 一方、今し方に動揺を露わとして見て取れるエメルとレメラの両名を遠目に見据える、アイを筆頭とした彼等彼女等面々においての出来事。



 所変わって依然として娼館街の只中に身を置く此方はといえば声色も潜ませて、何事かの人目を憚る話し合いを交わし合っている様子が見受けられる。



「‥今こっちを見てたよ。それに‥、なんだかあの人達変な感じがする‥」



 どうやら奇しくも、誰よりも先んじて此方を側から眺めている者達の存在へと勘付いたのは、同所における最年少者のアイであった模様。



 それ故に自然と、粘りつく様にして這わされる視線の出所へと自ずと向けられたアイの瞳が、偶然その対象を捉えた次第である。



 予期せずしてその様に、自らの視界へと納められた相手を見て取ったアイは、これにすぐさま声を挙げたといった具合の塩梅だろうか。



 であるからして、これに対し応じるに際しては、酷く剣呑な雰囲気を伴いマリアが受け答え。



「そうね‥。一見しただけでは特におかしな所はない様に思えるけれど‥。‥でも此方を一方的に観察してくれていたのは確かな様ね」



 そんな彼女の今し方に語られた、多分に不快感の滲む声色での口上を鑑みるに、少なからず同様に違和感を覚えている様子。



「そうだねぇ‥。なんだかとっても不躾な視線を感じるよぉ。リリーに見惚れちゃうのは仕方ないことだけれど、流石にここまであからさまだとドン引きかなぁ」



 それと倣いまた、自身の姉に追従する形にて、自らの感じた所の感覚を、ここぞとばかりに語り見せるリリーだろうか。



 その様子からは平素にも増して、巫山戯た様な立ち振る舞いが見受けられるものの、戯れに興じる面持ち自体は、実に真剣味を帯びていた。



 都合その様にして、各々が情報を共有した彼等彼女等面々の緊張は、これに応じて次第に高められていく。



 際しては、ここ場に居合わせている面々の中において、特段に気が短いマリアが口火を切る様子が見て取れる。



「アイ、貴方は私の後ろに隠れていなさい。もしかしたら少しばかり戯れる事になるかもしれないから、予め覚悟はしておきなさいな。ああ、けれど安心して良いわよ。この私、マリア・スノーホワイト・フォン・レアノスティアが遅れを取ることなど万が一にもあり得ないわ。仮に相見えることになろうとも、高貴なる私の名の元に、裁かれるのが精々なのだから。下劣な魔物なんて私の手に掛かれば、それが例外なく定められた運命だもの。慈悲深いこのわたし自らが直々に引導を渡してあげるから、貴方はそれをよくよく刮目しておきなさい。一切の抵抗をする間もなく殺し尽くして見せるのだから、自らの愚鈍なその頭に刻み付けるのよ」



 例によって、案の定平素からの好戦的な姿勢を見せる彼女は遠目に相手方を見据えたままに、自らの心中を余す所なく述べてみせる。



 お陰で、これを耳とした側に眺めるアイはといえば、予期せずして与えられた宣言に対して、緊張を隠せない。



 それ故に自ずと、面持ちを強張らせる彼は、自身の動揺を抑えられずに露わとしたままに、弱々しい声を挙げる。



「え‥でも、あの人達はまだ何も‥」



 都合思いがけずして聖域からの外出を果たした初日にまさかの展開を受けては、困惑する事頻りのアイであるからして、続く言葉も覚束ない。



「リリーお姉ちゃん‥どうしよう」



 であるからして、マリアでは一方的な会話にしか発展しない事実を悟るに至る聡明なアイは、早々に縋る相手を異とする。



 しかしながら─



「んー‥と、別にいいんじゃないかなぁ、せっかくお姉ちゃんがやる気になってるんだしぃ。それに、あの人達には少なからず怪しい所があるのは事実なんだから、いずれにせよ確認は必要不可欠だよねぇ。だからぁ、ここはお姉ちゃんに任せちゃおうねぇ」



 そうして途端、苛烈なマリアの物言いに迎合するかの様にしてまるで、火に油を注ぐかの如き真似を見せるリリーだろうか。



 その様子は先程までの不機嫌からは一転打って変わった調子にて、ようやく興が乗り始めたとでも言わんばかりの、にこやかな面持ちを晒して見て取れる。



 その立ち振る舞いはまるで、劇場にでも訪れた観客の一人が、舞台袖から楽しい演劇でも眺めるかの様な傍観者の如き態度の様相を呈していた。



 一方で、そんな煽る様な口上を言い放つ彼女とは別に、その促された側はといえば、これでもかと意気揚々に、それに応じて見せた。



「ええそうね、リリーあなたに言われるまでもないわ。相手が例え魔物であったとしても、この私であれば決して不覚を取ることはないもの。なんら問題わないわね」



 その様にして、ここぞとばかりに語り散らして見せる姿はまるで、物語の主人公もかくやといった具合の熱量も露わ。



 お陰で、そんな舞台役者さながらの心意気での立ち振る舞いが見て取れるマリアに対して、否が応にも、言葉を尽くす他に選択肢がないのがアイである。



 奇しくも元来の性質において、場を共にする姉妹二人とは対称的に、些か気弱な性分が際立って思える彼であるからして、これ以上の事態の進行を食い止めるべく動いた次第である。



「で、でもまだそうと決まったわけじゃないし、もしかしたらただ物珍しいからこっちを見てただけかもしれないから‥」



 だがしかし、そんな彼の懸命な説得も、なんら意に介することのない、超然としたマリアの態度にて、無常にも一蹴される羽目と相なった。



「アイ、貴方は確か違和感がどうのとか言っていたけれど、それは本当のことなのかしら?」



 なんら構った様子も見受けられず、一向にとりつくしまもなく粛々と、自らの弟であるアイに対し、一方的に問いを投げかけて見せるマリアだろうか。



 つい今し方に自身に対し与えられた言葉を気にも留めないその様子からは、至極厚顔無恥な性質すらも窺える。



 けれど唐突、予期しない疑問を呈されたアイはといえば、これに対し最早条件反射の域にて受け答え。



「え、あ、うん‥。他の人達よりも魔力がぼやけているというか、変な感じがする‥かも」



 都合これを耳としたマリアが応じるに際しては、何事も口とすることもなく熟考する様子が見て取れる。



 そんな刹那の瞬間において、極めて迅速な逡巡を見せた彼女は至極真剣な面持ちで、傍らに依然として佇む取り巻きのならず者へと言い放つ。



「少しばかり様子を見たいわ。いくら三流の半グレ風情と言っても、偵察くらいは当然こなせるわよね?」



 次いで語られたのはその様にして、大いに不遜な心中が窺える立ち振る舞いでの、当て付けの様な物言い。



 だからだろうか、対してこれを一方的に耳とする羽目と相なった荒くれ者達としては、あまりの理不尽に晒されて、流石に物言いたげな面持ちとなっての受け答え。



「へっ、へいッ。無論俺たちみたいな奴らには正に適任の役柄かと‥。ですが、相手が魔物とあっては、流石に此方としても部が悪いと言いますか、差し支えないのであればマリア様も御助力を受けたい次第でさぁ。それに、出来ることならこれ以上部下が死ぬ所はもう見たくありません。大半の奴らはみんな薬物の後遺症みたいな症状に冒されてしまってろくに動けない状態なんです。ですからどうか、不敬とは重々承知している所、無礼を覚悟にお願い致しやす。どうか何卒、お力添えをして頂けはしやせんか」



 それ故に、そんな哀れな彼等の中から一際大柄な、代表格と思しき巨漢が至極謙った立ち振る舞いにて声を挙げる。



 その極めて切羽詰まった口調からは、つい今し方に語られるに伴う畏まった態度も相まって、彼の心底からの切実なる心中が鮮明に窺えた。



「もちろん俺が先行して話を聞いて来やすので、少しだけダチを守って頂けたらそれで満足ですんで、お頼み致します」



 それに加えて、その強面から発せられている威圧感と比較しては、まるで似つかわしくない、穏やかな表情を露わとする。



 側から眺めてもあまりに大柄な図体とは相反する様にして、これまた殊更に殊勝な心意気を示すならず者の男の姿は違和感も甚だしい光景だろうか。



 本来であれば、そんな男の容貌とは対称的な物言いに対して、心打たれた者は感銘を受けるに然るべき状況である。



 それは、平素から他者を威圧する粗暴の悪い人物が、少なからず持ち合わせていた良心を垣間見せたその時にだけ、この瞬間だからこそ感じ取れる差異(ギャップ)である。



 それに値するだけの力強い眼光が煌々として、今し方に語り見せた男と対峙するマリアへと臨んでいた。



 これはしかし、自身の母であるユキリスから様々な高等教育を受けていた、同所へと居合わせているアイを筆頭とした面々には通用する筈もない。



 伝え聞いた教え曰く今現在眼前にて見える現象は、ゲイン効果から連鎖してのハロー効果の反応から生じた、それから引き起こされる錯覚の賜物であるとのこと。



 であるからしてそれに対し、凡その及びがついているが故の彼女等面々曰く、これに絆される訳がないじゃないの、とは今し方に心中へと抱かれた寸暇だろうか。



「言ってくれるわね‥」



 そうして得るに及んだ感慨へと受けるに応じた姉妹当人等といえば、これが所謂ギャップ萌えと言うやつなんだぁ、とか何とか思ってみたり。



 都合先程までは及び腰ながらも、威勢もよくここぞとばかりにこれでもかと、自らが思う所に赴くがままに身を委ね、己が口上を語り見せた男であるがしかし、その独壇場も束の間の事となる。



 何故ならばその理由は偏に、予期しない言葉を受けたお陰で、そんな彼と真正面から対峙しているマリアの胸中曰く、例によってお決まりの台詞が浮かび上がる運びとなったが所以である。



 ─この高貴わたしに対して、平民如きの貴方が随分と一方的に語ってくれるじゃないの、みたいな。



 それ故に即ち、これを受けた当の本人である聡明な純白の聖女ユキリスその人の娘足るマリア・スノーホワイト・フォン・レアノスティアの返答はといえば例によって、既に決められた返答が帰るばかりといった具合の塩梅だろうか。



 であるからして必然、彼女の内へと溜められた鬱憤は、自然に言葉としての形となりて、自ずと言い放たれることとなる。



「このわたしに対して、随分と一方的に語ってくれた様だけれど、前置きはいいわ。それよりも行動で示しなさいな」



 駄目だった。



 儚くも男の奮闘は虚しく、マリアの冷ややかな物言いでの拒絶の意思が、これを一蹴するばかり。



 一方で命令を呈された側の、マリアに対して善戦した方と称してしまっても、なんら差し支えない男はといえば、上手い言葉が浮かばないが故に続く台詞を失い、自ずと口を噤む様子が見て取れる。



 対してこれを見て取って、途端に端正な顔立ちを顰めさせた彼女は、大仰にも腕などを組み、自らの上体を仰け反らせて相対する眼前の相手を仰ぎ見る。



「本当に不毛な話よね‥。御託を語るよりも、さっさと此方を見ていた彼女達から話を聞いて来なさいな。無論わたしとて、魔物如きの好きにさせるつもりもないのだから、安心しなさい。貴方達はただ、わたしの言う通りに動くだけでいいの。むざむざ自らの駒を無駄死にさせる様な真似、幾ら貴方達が穢らわしく品性のかけらも無い、無学無教養な愚民だとしても、それをこのわたしが許容できる訳がないじゃない。事が進めば必ず先手を取って見せるわ。抵抗する間も与えずに殺し切って見せるわよ。だから、何も案じる必要はないということよ。だから、今貴方が感じているそれは杞憂ね。それに‥」



 ただ、その様にして、大上段に挑む体勢となりながらも、依然として成人にも満たないマリアの体格ではどうしても、自ずと上目遣いにて臨む塩梅となる。




「捨て駒にされる事に対して不平を抱いているのであれば、それは懸命な考えではないわ。その不安も理解もしてあげられるけれど、貴方達はあくまでわたしの舞台の引き立て役に過ぎないのだから、哀れみを禁じ得ないわね。だってこのわたしの命令に逆らおうだなんて、あまりに不敬に過ぎるのではないかしら?」



 しかしながら、思いがけずして唐突、絶望的なまでに凍てついた、極寒の眼差しを伴い、極めて無常なる言葉が与えられる羽目と相なった荒くれ者の男は、これに対して恐れ慄いている模様。



 それ程までに、生まれの格差から生じる意識の隔たりは、これでもかと殊更に、著しく窺える次第である。



 そしてこれまた二人の姉妹曰く、そんな簡単に平民如きの懇願を受け入れる筈がないじゃないの云々、とは現在事ここに至り苛烈を極める一方の事態を、なんら意に介していない証左。



 依然として進行形の、ならず者の男達にとっては戦々恐々とした現状に対しては、さして気にも留めていない始末。



「特別にもう一度だけ名誉挽回の機会をあげるわ。良い?これが最後の通告よ」



 そんな二人の麗しき美少女している姉妹の片割れであるマリアの続けられた台詞は、何処か死刑宣告の様に研ぎ澄まされて響いても聞こえた。



 それ故に、彼女と場を共にする者達の耳へと聞き届けられたその美声は、自ずと幾度となく彼等の脳裏へと反芻されることとなる。




「このわたしから与えた慈悲に対して及びがついたのであれば、先の申し付けた命令のままに、それを実行へと移しなさいな。良いわね?」



 そうして再三に渡り、これでもかと語り見せるマリアは、自らの艶かしいプラチナブロンドをかき揚げては、不遜な振る舞いにて、眼前を睥睨する。



「そしてアイ、何か言いたいことがあるなら、はっきりと口にしなさい。そうして見ているだけではいつまで経っても、このわたしに相応しい弟にはなれないわ。ああ‥でも、しっかりと考えてから物を言うことね。もしも未だにわたしを苛立たせる様に身の程を弁えないのであれば、貴方自身のためにも教育を施さなくてはならないから」



 その仕草に応じては、眩いばかりに純白に輝く金糸の如き絹の様な艶のある長髪が軌跡を残す。



 それに際しては、美しい煌めきさえ伴う、思わず見惚れてしまう様なそれの穂先が虚空を撫でる。



 対して、これを見て取るに応じた、辛辣な物言いで口上を与えられた当の本人足るアイはといえば、酷く萎縮した振る舞いも露わとしてしまうこは致し方無いといった所の塩梅だろうか。



「‥別に僕は何も思ってない。ただ、あの人達の言うことをちゃんと聞いてあげてほしいから、いきなり殺す様な真似はやめてほしいだけ」



 際しては、続く上手い返答を呈することもままならない彼は、それだけを述べるに終えてしまい、後は口を噤む。



 しかしながら、即座にこれを受けるに応じては、息をつく間もなく、間髪さえも入れずに帰る台詞が与えられる羽目となるアイだろうか。



「わたしの弟でありながら、未だにその様なことを言っているのね‥。ふんっ、随分と悠長な話よね。良い加減その平和ボケした考えを改めなさいな。さもなければ、またお仕置きをしなくてはならないのだけれど、それで構わないと言うのであれば、無論わたしとしても戯れに興じるのは吝かではないわ」



 際しては、酷く冷然とした美貌を露わとしたマリアであるからして自ずと、必然的に向けられる羽目となる冷たい眼差し。



「‥で、でも‥だってママがそう言って‥」



 それに伴い自らに対して襲いくる強烈なまでの威圧感に、自然と気圧されてしまう側のアイといえば、上手い返答が浮かばない。



 自ずと続く台詞を失った彼は、果敢にも発言を呈したのも束の間の事、いつの間にか萎縮した心境となる他にない。



 だからこれを前として受けるに応じては、途端にこれ見よがしにも呆れた様に溜息など吐いてみせるマリアである。



「全く‥、これでは本当に幸先が思いやられてしまうわよ」



 都合、自らの優位性を感じ取るに至る彼女は自身の弟に対して見下した眼差しを向けるに伴い、ここぞとばかりに彼を論う。



 その様にして、一方的にこれでもかと語られては、押し黙る他になかったアイであるからお陰で必然的に自ずと、同所には痛い程の沈黙が訪れることとなる。



 それ故に自然とこの場には、静寂の帳が舞い降りて、質量すら感じ取れる圧迫感に居た堪れない自らの心中を、面持ちへと晒す憂き目に遭うアイである。



 一方、そんな二人の交わすやり取りを傍らから眺める側は、誰も彼もが一切の例外なくこれに瞳を奪われてしまう他にないが故にそれを鑑みると彼女自身の性格自体はともかく、見目が突出して美しいことに違いはない。



 詰まる所中身は最悪であるもののしかしながら、それを覆い隠す様にして誂えられたかの如き容姿は、これでもかと美麗だという塩梅だ。



 誰がどの様にして見ても、この場に居合わせている万人の老若男女の誰もが彼女の類い稀なる絶世の美貌に気圧されている現状は変わらない事実として窺えた。



 お陰で、そんな二人の姉妹の片割れから斥候の役目を課されてしまった男達は、これに緊張を露わとする他にない。



「へぇ‥わかりやした‥。ですが、どうか何卒御助力の程を宜しくお願いしやす‥。俺のことは構いやせんからどうか、仲間達のことは守ってやってくだせぇ」



 都合、今し方に下された命令に応じるに際して少なからず躊躇いを覚えながらも、不承不承に頷く限りである。



 その様にして、少なからず続く口上に躊躇いが窺える彼の姿を見て取るに応じては、これに対して眦を鋭くするマリアはといえば、相手を見る視線を尖らせる。



「ふんっ‥、それは貴方の振る舞い次第だということは、既に理解していることだと思うのだけれど?」



 伊達に常日頃から、平民が住まう街へと意気揚々とした振る舞いから繰り出しては、これでもかと幅を利かせていない姉妹二人だろうか。



 だがしかし、その事実とは相反し、マリアとは少しばかり様子を異として自らの思う所を訴えるリリーだ。



「もぉ‥お姉ちゃんってばぁ、そんな言い方したらダメダメだよぉ。君たちもこんな風に嫌味で、生意気な女の子のために、命を賭ける気になんてならないよねぇ。でもでもぉ、君たちにはリリーが付いているから大丈夫だよぉ。あの子達がもしも魔物だったら、ちゃんと守ってあげるからぁ、全然心配しなくていいんだからねぇ」



 そうしてここぞとばかりに述べられた口上は、同じ胎から生まれた、確かな血縁の関係にあるマリアの高慢な性質のそれとは対称的に思える程に暖かみの感じられる物言いとして受け取れる。



「それに、弟くんも一緒に来てるからぁ、リリー的にはあんまり残酷な光景は教育に悪影響だから見せたくないんだよぉ。だからぁ、君たちも死体を増やさない様に、善処してくれたら、嬉しいなぁ」



 続いてその様に、これでもかと健気に言葉を紡ぐ彼女であるから、これを目の当たりとしたマリアは、何事か物言いたげな面持ちとなりて意義を呈する。



「リリー、貴方は随分とわたしに対して言ってくれるわね」



 都合、それに際して形の良い眉を跳ねさせるマリアは、自身よりも背丈の低い自らの妹を、大上段の姿勢にて見下ろす体勢を取る。



「やん❤️やんっ❤️きゃーっ❤️こわぁい❤️助けて弟く~ん❤️」



 しかしながら、そうして上体を仰け反らせた状態にて、見下した態度が見て取れる姉に対して、平素にも増して戯けた立ち振る舞いを返すリリーだ。



「今すぐその気持ちの悪い声を出すのをやめなさいな。耳が穢れるわ」



 お陰で、これを前とした側であるマリアは、至極冷然とした美貌を晒しながら、自身の妹を見咎める。



 一方、これを確かに耳とした側の、当の本人であるリリーであるがしかし─



「もうマリアお姉ちゃんってばひどぉいよぉ❤️本当は弟くんと仲良しさんなリリーが羨ましいくせに、ホントにプライドが高いんだからぁ。お姉ちゃんってすっごく損な性格してるよねぇ❤️リリーだったら、そんな風に自分を縛るのなんてとても耐えられないよぉ❤️そんなだからリリーと違って、お姉ちゃんは弟くんに嫌われちゃうんじゃないかなぁ❤️ねーっ❤️オ・ト・ウ・ト・くんっ❤️」



 全くもって、自身の姉から与えられた窘める様な言葉に対して堪えた姿も見受けられない彼女は、依然として甘ったるい声色の口上を垂れていた。



 どうやらその姿勢を鑑みるに、自らの立ち振る舞いに関しては、幾らマリアからの言葉であれど頑なに、一歩たりとて譲りたくない模様。



 都合、極めてその頑なに思える心中は、これを眺める者達に対して、ありありと感じ取れる程、平素にも増して戯けた態度からは鮮明に窺える。



 これに伴いあまつさえ、苛立ちを露わとしているマリアの傍らにて、今し方に応じて見せたリリーは、未だに手を繋ぐアイへと甘い吐息を吹き掛けている始末であるから最早それは、生粋の振る舞いとしても見受けられた。



 こうして何れにせよ、そんな様子を側から眺めている者達の見解はといえば、例え何方の姉妹を見て取ったとしても、少なからずその性質に難がある様に思えるばかり。



「あら、どうやら教育を施さなくてはならないのは、愚弟だけではなく、愚妹も同様みたいね」



 そんな、遅々として一向に収拾のつかない現状に対して、頬を引き攣らせるマリアには、自らの妹のそれを受けて苛立ちも一入といった具合の塩梅だ。



 それ故に自ずと、その怒りから上手い言葉が浮かばない彼女から思わず続けられた言葉は、幾分か威力的な物言いと相成った次第である。



 対して、その様に思いがけない口上を与えられた側のリリーはこれを受けて、艶かしい三日月形の微笑を口元へと一線させて見せた。



「う~ん‥そうかなぁ。少なくともお姉ちゃんよりはわたしの方が遥かに優秀だと思うなぁ。あ、でもでもぉ、リリー的にはお姉ちゃんはそのままが一番おバカで、側から見ていてとっても面白いからぁ、寧ろいい感じだよぉ。そ・れ・に、わたしがこういう交渉とか、と~っても得意なこと、お姉ちゃんだってよくよく理解してるはずだよねぇ。それなのにそういうこと言っちゃうのって、お姉ちゃん的にも不本意な話なんじゃないのかなぁ」



 そうして称えられたその嘲笑めいた蠱惑的な挑発は必然、これを目の当たりとしたマリアの自尊心を、的確に煽ることとなる。



「‥リリー、貴方はどうしてそうもわたしの妹であるにも関わらず、その様に生意気なのかしらね?少しくらいは姉であるわたしを敬うべきだとは思はないのかしら?それに、今の貴方の物言いはとてもではないけれど、許容できるものではないわ。わたしは貴方に対して侮られている様に感じてならないの。ねぇリリー、確かに貴方はわたしの妹ではあるけれど、時として血縁者にも然るべき対応を取らざるを得ない状況もあるのだと考えているわ。どうかしら?わたしの言っていること、理解して貰えたわよね?もしもそうでなければいよいよもってしてその態度は捨て置けないのだけれど、幾ら自分本位な貴方でも知っているでしょう?わたしが忙しいことくらい。だからわたしの手を煩わせる様な振る舞いは、なるべく避ける事が正しい選択であることくらい、既に及びがついているわよね?懸命な貴方ならば当然理解している範疇なのだから、これ以上は痛い目を見る羽目になるわよ。これは注意ではなくて、そうね‥」



 都合触発され、凄まじいまでの長広舌を垂れるに応じるマリアはであるがしかし、怒りを露わとすることはなく、極めて粛々とした返答だろうか。



 その理由は偏に、自らの本質の痛い所を論われる羽目と相成った手前、それがあながち見当はずれでなく、存外の事図星に思ってしまったが所以。



 お陰で、上手い言葉も浮かばずに、自ずと続く台詞は、凡そ平素からの彼女らしくない懇願にも酷似した口上となる。



「‥とても慈悲深いわたしからのお願いなのだから、少なからず聡明なわたしと同様の血を引いている貴方であれば、理解に及ぶ話であると思うのだけれど、わかってもらえるわよね?そうでなければ、到底この場における指揮なんて、任せるには値しないわよ。それで?貴方の御返事はどうなのかしら?」



 それ故に必然、依然として高慢な語り草を残しながらも、自ずとそれを多少のなりを潜めてすらも窺える。



 どうやら現状のままならなかった、纏まりの無い事態は、ようやくの収束の兆しの迎えながらもしかし、肝心の問題を解決していない事実は変わらない。



 だから、これに応じるに際しては、これといって顕著な反発見せることなく、意気揚々といった具合の塩梅にて返答するリリーだ。



「うんうんっ、流石はお姉ちゃんだよぉ。ちゃんと適材適所っていうのがわかってるよねぇ。もしもこれがママだったらムキになって、意地でも自分の意見を突き通すと思うし、こういう所は、引き際を弁えてるんだよねぇ。じゃあじゃあっ、これからリリーが言った作戦に倣って、動いてもらうよぉ」



 唐突、予期せずして自らの姉の譲歩する様な姿勢を前として、ここぞとばかりに称賛の言葉を呈するリリー。



 思いがけずして降って湧いた、戯れに興じる為の機会に対して自ずと、これでもかと狂喜乱舞の姿を露呈させてしまった次第である。



 であるからして自然と、心底から浮かべられた喜色面々の微笑を称えた彼女は、殊更に可憐な美貌を曝け出す。



「それじゃぁ、平民の君たちにはぁ、今こっちを見てる女の子達を口説いてもらうっていう感じなのはどうかなぁ?そうしている間に、わたしが隙を見計らってぇ、正体を確かめるからぁ。これなら出会い頭に殺されることもないし、君たちも安心してお仕事できるんだよねぇ?」



 宣言に伴い、外套の隙間から覗けたその麗しい面貌からは、艶かしい口元へと一閃された薄桃色の三日月形に歪められた唇が窺える。



「え、ええ、危険でないなら、それに越したこたぁ、ありやせんが‥」



 それも、思わずといった具合の塩梅にて、露呈されてしまった蠱惑的な微笑みはこれでもかと、これを眺める者達を圧倒するばかり。



 無論それは、今から疑わしき相手に対し、特攻を仕掛ける憂き目に遭う羽目となる事実が確定している荒くれ者達もこれに倣う形となる。



 否が応にも目の当たりする他になかったそんなリリーの立ち振る舞いは、自らの進退の幸先を思わず案じてしまう程には、危険な色を帯びていた。



「確かにまだ、魔物と決まったわけではねぇですし、俺も助かるかもしれねぇってことですかい‥」



 都合、その様にして平素からの戯けた素振りを隠さない彼女のそれを前としては、気圧される他にない、ならず者代表格だろうか。



 それもこれも、日々を生きるに際しては、未だ幼き齢でありながら、巫女という大層な肩書の立場に身を置くが所以。



 そうして見て取れるその理由は何故ならば偏に、今まで過ごしてきた彼女達姉妹を取り巻く異常な環境が故である。



 それ故に、実に致し方無い事情があるのだから、正に本来無常なるのは、彼女等両名の精神構造をその様に育て上げてしまった現実に他ならない。



 つまるところ非難されて然るべき存在はといえば、人一倍に異常な人格を垣間見せる二人の姉妹を抑圧している世界だということになる。



 それ程までに高貴なる身分としての振る舞いを常日頃から求められてきた二人の姉妹は、これを重荷として捉えていた。



 例え当人達に自覚がある様子は見受けられ無いながらも、少なからず生まれながらにして巫女という存在を強制されるがままの姉妹であるが故に、多少なりとも煩わしく思っていない筈がないのは自明の理。



 であるがしかしてその様に、世を儚んだ所で何が変わる訳でもなく、事態の現状は淡々と進行していく限り。



 ただ、存外の事説得力の感じられたリリーの、親身な声色すら窺える物言いを受けて、誰に言うでもなく男は呟いた。



「これなら‥大丈夫なのか?俺は生き残る事ができるのか?」



 そんな始末の姉妹二人の現状であるからして、対してこれを悟るには及ばないながらも、少なからず納得はした模様の荒くれ者一派。



「あ、ありがとうございやすッ。恐らくリリーの姉御の言う通りのやり方なら、先方も警戒はしない筈でさぁッ。流石はリリーの姉御ですッ」



 そんな依然として成人にも満たない年齢の少女両名は、生まれながらにして高位の地位に君臨していたが故に、人一倍に高い自尊心を持て余していた始末の有様だ。



 その様に奇しくも、上の立場に立つ者がこんな具合の調子である手前、傲岸不遜と称する他にない二人の姉妹の振る舞いに対しては最早、これを改善する機会すらも与えられる余地はなかった。



 それ故に一方で、自らに対して与えられた、本来であれば死刑宣告にも等しい命令に、従う他にない強面の男。



「リリーの姉御‥本当にたのんますよぉ」



 どうやら先程まで意気込んでいた心境も束の間の事、事ここに至って実行に移す運びとなっては、流石の厳つい男といえども少なからず、自身の危機を目前に悟った様である。



「うんうんっ、安心して。このリリー様がちゃんと守ってあげるから、大丈夫だよぉ。それに、そんなにガチガチに緊張してたら、一発でバレちゃうと思うなぁ。だから、もう少し自然体な感じで、行くとべりぐーっとだよぉ。がんばれ、がんばれぇ❤️ほらお姉ちゃんもっ❤️」



 しかしながらそんな彼とは対称的に高飛車な性質を地で行く姉妹二人は、自らの振る舞いに対して、なんら気を咎めている様子が見られない。



「はぁ?どうしてこの高貴なわたしが、こんなたかが薄汚い三流如きに対して、媚び諂わなくてはならないのかしら?リリー、貴方みたく、自らの恥も尊厳もない、凡そ巫女としては相応しくないその様な振る舞いなんて、わたしには到底許容できるはずもないじゃない。そんな事だから、貴方はわたしに一歩及ばないのよ。まだ学園に通っていないアイの方が、幾分か成績でも振るうのではないかしら?」



 そうして語られた口上を鑑みるにどうやら寧ろ、高貴なる出生の自身に誰も彼もが一切の例外なくこうべを垂れるのは、当然だとでも言いたげな、あまりに不遜極まる感慨さえ感じている様子。



「うんうんっ、そうだねぇ。お姉ちゃんもこんなにツンツンしてるけどぉ、本心では君たちの事をちゃんと心配してるからぁ、だから安心して確認して大丈夫だよぉ❤️がんばれ~っ❤️」



 しかしながらそれも致し方なく、寧ろ不可抗力に抗えない人格形成の成り行きとしての末路とも窺えた。



 その姉妹二人の傍若無人な驕りから自然と生じる羽目と相なってしまった、当人達では到底矯正するには及ばない立ち振る舞いである模様。



「ほらほらぁっ、君たちはな~んにも不安に思う必要はないからぁ、早く終わらせちゃおうよぉ。見て見てっ、あっちもこっちを見てるし、すぐに逃げないってことは、もしかしたら魔物なんかじゃないかもしれないよぉ」



 だがしかし、これを見事一蹴してみせる側のリリーはといえば、なんら意に介した様子も見受けられることはない。



 先の今し方に、自らの姉の高慢な語り草に応じるに際しては、先程の強烈な色香漂う微笑みで、これを受け流して見せたのだ。



「へぇ‥それでは、行ってきやす」



 そうしてようやっとの具合で与えられた決め手のなる言葉を受けて、続く台詞で覚悟を決める荒くれ者代表格の男である。



 それに伴い踵を返し、自らにこれから待ち受ける戦場へと赴く後ろ姿は、これを傍目に眺めるアイにとっては、何処となく迫力が滲み出てすら窺えた。



 だから、そんな大きな背中を見て取った彼は、これを至極純粋な心境にて見送る様子さえも見て取れる。



「すごい‥格好良い‥」



 それ故に自ずと口とした言葉は特段意図しなくとも、彼の姉妹曰く語る所の、例によって件の平民風情へと、称賛を送る形と相成った。



 一方、それを見て取り物言いたげな面持ちとなる、側からこれを眺めていたマリアは、苛立ちも露わに自らの指の爪を噛む他にない。



「アイ‥貴方本気で言っているの?」



 そんな、些か穏やかではない形相を美貌へと浮かべたマリアは自ずと、自身の弟の気を引くかの如き台詞を口としていた。



 だから、その様にして与えられた嫉妬心が多分に含まれる声色での物言いを与えられたアイであるがしかし、応じる側わといえばこれでもかと自然体での返答。



「え‥?アイ何か変なこと言った?」



 都合、まさかのこれを受けるに至っては、その初々しい瞳で仰ぎ見られることとなり自然、口を噤む限りのマリアだろうか。



 お陰で、紡ぐへき上手い台詞が浮かばない彼女であるからして、続く言葉を失った挙げ句の果てに、その美貌を歪ませるばかり。



「‥いいえ、なんでもないわよ‥」



 であるからして自ずと、自身の弟が依然として尊敬の視線を注ぐ荒くれ者の男に対して、また自らも険のある冷然とした眼差しを一瞥させる様子が見て取れる。



 そんなアイの浅はかな振る舞いにより予期せずして、彼の姉であるマリアから思いがけない程の、まるで路傍の害虫にでも与えられる様な悪意を向けられる羽目となる男だろうか。



 だがしかし、そんなやり取りとは対称的に、今し方自身に対して下されたそれがどの様な命令であろうとも実行に移さなければならない不条理を受ける側の男の心中といえば悲惨の一言に尽きる。



 何故ならば、最早自暴自棄のそれであるその胸中は、マリアの嫉妬の要因を完全に否定する、彼女の弟であるアイが勘違いから尊敬するそれとは、相反していると称してしまっても、なんら差し支えない程の証左に他ならないが所以である。



 その理由は偏に、強面な面貌に加えて更には、厳つい容貌をしている割にこれで存外のこと強者に対しては、長いものに巻かれる様に小物な荒くれ者の男であるが故。



 しかしながら、これを受け入れなければ、自身の進退も極まる羽目となろうことは、否が応にも想像に難くない。



 何故ならば、世界が誇る宗教国家、レアノスティア聖王国の聖女、ユキリスの息女の娘である少女達二人に対して与えられた天上の位は、何者であれど不可侵の領域として誰もが認識しているが為である。



 同国における大半の信徒から、市民、それに加えて上層階級の人々や、貴族や王族、果てには皇族に掛けてまでに幅広く支持を集める純白の聖女、ユキリス・スノーホワイト・フォン・レアノスティアの息女が姉妹二人の位置付く高貴なる地位は、それ程までに伊達ではない。



 それ故に、戦々恐々とした覚束ない足取りを晒す荒くれ者であるがしかし、これを見張る様にして眺める姉妹の前とあってか、不承不承といった具合の塩梅にて、自らに対して待ち受ける戦地への一歩を踏み出す運びと相成った次第の彼であった。
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