天高く、馬鬼娘は風を駆る~冤罪処刑人は異端の少女とレースに挑む~

龍威ユウ

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第一章:咎人、異端の少女と出会う

第4話:罪と罰

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 怪物――名を、テンダンといった。

 今でこそすっかり寂れているが、かつてはそれなりの規模を誇る牧場だったらしい。


 そう語る本人は懐かしむような眼差しを、そっと青空に向けていた。

 果たして、どこまでが真実であるかは定かではなく。だが、嘘をいう利点もあるまい。

 ひとまず雷志は、その話を信じることにした。

「――、事情は把握しました。ですが……」

 ちらりとツキノヨルノオウカを横目に見やる。

 はたと目が合う――屈託のない笑みを惜しげもなく返す彼女に、自然と顔はほころぶ。

「あぁ~オウカはなぁ、いわゆる出来損ないなんだよぉ」

「出来損ない、ですって……?」

 さらりと口に出た事実に、だが雷志はすかさず異を唱える。

「失礼ですが、彼女のどこか出来損ないなのでしょうか?」

 見た目こそ幼いが、彼女のあの脚力は確かに本物だった。

 あれほどの脚力があれば、如何様にも流用のしようもあるだろうに。

 出来損ないと揶揄される理由が、雷志はどうしても思い浮かばなかった。

「馬鬼なのに貧弱でぇ、それに体力も少ないしぃ。なにより、四本足じゃあねぇだろぉ?」

「そんな……! たったそれだけの理由で……!」

 雷志は愕然とした。

 説得力のなさに、だが自身の発言について悪びれる様子もない。

 疑ってすらない。テンダンは本気で、ツキノヨルノオウカをそのように思っている。

 ならば、何故――雷志は間髪入れず、疑問を投げつけた。

「出来損ないというのなら、どうして面倒を見ているんですか?」

「そりゃあ、あれだよぉ。こいつが災いを呼ぶかもしれないからなぁ」

「災い……?」と、雷志はひどくいぶかしむ。

「……数百年に一度だけ、変わった馬鬼が生まれたら不幸を招くってぇ言われてるんだぁ」

「それはつまり……伝承、ということですか?」

 内心でつい、舌打ちをついてしまう。

 妖怪ともあろうものが、根も葉もない噂に翻弄されている。

 人もあやかしも、結局はどちらも根底はなんら変わりない。

 どこまでも愚かだ――雷志はすこぶる本気で、そう思った。

「本当はぁ、さっさと手放したいんだけどなぁ……」

 深い溜息と共に、ツキノヨルノオウカを見やるテンダン。

 気怠そうな態度も相まって、彼女に送る視線は冷ややかな雰囲気を感じさせた。

「――、おいテンダンはいるかぁ!」

 今度の来訪者は、明らかに善人ではない。

 攻撃的な口調を助長するように、どかどかと我が物顔で敷地内を荒す。

 やってきた二人……いや、二匹もまた例にもれず妖怪だった。

 ふさふさとした毛並みは、触れればきっと心地良いのだろう。

 相反して凶悪な形相が、他者を寄せ付けない威圧感を絶え間なく放っている。

「な、なんだよぉいったいぃ。か、金はまだ先のはずだろぉ?」

「んなこたぁわかってるんだよ。ボスがいい加減、待つのを飽きちまったみたいでな」

「お前のとこの馬鬼、全然レースじゃあ勝ててねぇみたいじゃあねぇか」

「そ、それはぁ……」

 雷志は、彼らの会話の内容にほとんどついていけていない。

 その中で唯一理解できたのは、テンダンは彼らに借金があること。

 額も、焦りようから察するに少額ではないだろう。

「金も返さねぇ、レースにも勝てねぇ。となりゃあ、後はもうどうなるかわかってるよなぁ?」

「そ、そんなぁ! それだけはどうか待ってほしいんだなぁ!」

 人の足元を完全に見ている。

 現在のテンダンに、彼らに反論できるだけの物は何一つない。

 正当な取引であるかは当事者のみ知ることだが、少なくとも状況だけでいえば非はテンダンにある。

 返済できる見込みのない借金は、するものではない。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 突然、ツキノヨルノオウカが妖怪たちの前にバッと躍り出た。

 両手をいっぱいに広げ、テンダンの前に立つ。その姿は明らかに彼を守ろうとしている。

 一方で妖怪たちは、怪訝そうに顔を見合わせる。

「こいつが例の出来損ないか……」

 容赦ない一言は、氷のようにひどく冷たい。

 同じ妖怪であるのに、鋭い視線には敵意すら感じさせる。

 ツキノヨルノオウカがわずかに怯み――だが、すぐに気丈にも妖怪たちと対峙する姿勢を見せた。

「こ、ここは私のお家なんです! 壊すのは絶対に駄目なんですから!」

 子どもらしく、だが嘘偽りのない本心。

 しかし、彼女の必死に主張は鼻で一笑される。

「出来損ないのくせに、一丁前に家を壊すなだとよ――厄災を振りまくしかできないお前が、なにができるんだ?」

「大人しく引っ込んでいろ。馬鬼……妖怪としての半端モンが」

 蔑視と罵声を残し、妖怪たちが牧場の方へと向かい――

「駄目だもん!」

 と、ツキノヨルノオウカが妖怪の一人をどんと突き飛ばした。

 次の瞬間、妖怪が遥か遠くまで吹き飛んだ。

「……すごい」

 人とは、あぁも吹き飛ぶものなのか……。

 はじめての光景に、開いた口が塞がらない。

 小柄な体躯に似合わない超人的な力に、雷志は改めて実感する。

 見た目はヒトに近しくても、元を正せばやはり怪物だ、と。

「て、てめぇよくも!」

 片割れがツキノヨルノオウカに迫る。

 懐より抜いた一本の短刀。白刃がぎらりと怪しく、不気味に輝く。

 その切先が向かうは、当然ツキノヨルノオウカだ。

「え……?」

 迫りくる死に、ツキノヨルノオウカはその場に留まる。

 身を守ろうとする素振りは、少しもなし。

 呆然と立ち尽くしたまま、今にも喉元を射抜かんとする白刃を見つめるのみ。

「や、やだ……」

 恐怖から徐々に顔が歪む。さっきのような芸当も、おそらく現状では困難。

 目頭にじんわりと浮かぶ大粒の涙が、ほろりと頬を伝い落ちる。

「こ、殺さないで……誰か、助けて……」

「……ッ」

 ずきり――頭がひどく痛む。

 胸の内が万力でぎりぎりと締め付けられるよう。

 強烈な罪悪感が、過去の記憶を鮮明に雷志によぎった。

 とてもよく似ている――顔ではない。状況がまるで過去の再現のよう。

「――、お待ちください!」

 ツキノヨルノオウカと妖怪の間に割って入る。

 何故、自分は彼女を庇うような真似をしたのだろう……。

 雷志は内心ではて、と小首をひねると共に自問を繰り返す。

 やはりというべきか、満足のいく回答は出てこない。

 けれども、この行動に後悔はなかった。これでよかった。

 妙な確信に、雷志はひとまず安堵した。

「なんだテメェは!?」

「“れえす”とやらがどういうものかはわかりません。ですが彼女は、殺すにはあまりにも惜しい逸材です」

「知ったような口を叩くじゃねぇか。こいつにそれだけの価値があるってのか? 出来損ないのこいつに?」

 妖怪たちは、ツキノヨルノオウカの走りを見たことがないのかもしれない。

 彼女の走りは一級を超えて特級品だ。走る姿も流麗で美しい――それ故に、荒さがどうしても目立つが。

 以上から殺すのは惜しい。きっと後々に激しく後悔する日がやってくる。

「……お前なら、こいつを一端にできると?」

「やってみないことには……。ですが、やるからには必ず強くしてみせます」

「ほほぉ……だったら、やってみせてもらおうじゃないか」

 挑発的な笑みに、しかし雷志は動じない。

「後でほえ面を欠かせてやりますよ」

 日本刀のように鋭利な眼光を、臆することなく返す。

 妖怪には、それさえも愉快に感じたようだ。怯まない辺り、相当な場数を踏んでいる。

 ひとまず、という形で妖怪たちは去っていった。

 静かな空気の中で、雷志は深い溜息を吐く。

「……どうしたものか」

 啖呵を切ったものの、具体的な計画などあろうはずもなく。

 勢いでどうにかなったが、こうなったからには結果を出す他ない。

 自分にできるだろうか……。一抹の不安に苛まれながら、雷志は空を仰ぎ見やった。
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